あなたへの道

秋月真鳥

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最終章 勇者と妖精種と聖女の結婚

2.朱雀と青慈の初夜

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 爪弾く藍の竪琴の音に合わせて、紫音の高い歌い声が響いている。紫音の歌に合わせて大根と人参と蕪と西瓜猫と南瓜頭犬も踊り始めていた。キレッキレの踊りではなく、穏やかに鎧を着た大根とドレスを着た人参が手を取り合って、舞踏会のような姿になっていた。
 歌が終わると観客から拍手が贈られる。大量に運ばれてきたご馳走も減って来ていて、杏と緑が大忙しで料理を足していた。
 朱雀の元には玄武と白虎と青龍がやってくる。

「朱雀が一番に結婚するなんて思わなかったわ」
「おめでとう、朱雀」
「青慈は朱雀を思ってくれるいい奴だ。青慈のことを大事にするんだぞ?」

 涙ぐんでいるのは青龍だ。白虎は涼やかに微笑んでいて、玄武は力任せに朱雀の肩を叩くから、朱雀が前につんのめりそうになってしまった。よろけた朱雀を青慈が手を取って支える。

「朱雀のことは俺が幸せにします」
「本当に、青慈くんが相手でよかったわ」
「不老長寿の妙薬は飲んだんだな。朱雀も安心だろう」
「これ、青慈に」

 感激している青龍の肩を抱く白虎と、青慈に何か渡している玄武が気になったが、朱雀はまず兄弟たちにお礼を言わなければいけなかった。姿勢を正して小柄な青龍、女性にしては長身の白虎、男性の中でも特に長身で青慈を越す玄武に視線を向ける。

「私はずっと拗ねていたような気がする。誰も私を愛していないのだと。それが青慈に会って変わった。青慈は私にひとを大切に思うことを教えてくれた」
「青慈はあなたにとって大事な相手なのね」
「私の天使だ。青慈がこの世で一番可愛い」

 はっきりと答えると朱雀の横で青慈が赤面したのが分かった。微笑みながら青慈に身を寄せると、青慈が朱雀の肩を抱いてくれる。
 紫音の方は銀鼠に挨拶していた。

「銀先生のおかげで、マンドラゴラ歌劇団も始められたし、藍さんと一緒に旅もできてる。転移の魔法も覚えられた。銀先生、本当にありがとうございます」
「紫音ちゃんは藍さんと幸せな家庭を作ってくれ。私と玄武の仲が認められるのはまだまだ先だろうが、結婚するときには歌を歌いに来てくれると嬉しい」
「喜んで行くわ。銀先生のためだもの」

 妖精種の男性同士ということで、銀鼠と玄武との仲はなかなか認められないようだ。そうだとしても、二人は付き合いをやめるつもりはない。同性同士の結婚が認められているこの国だが、妖精種となると同性同士の結婚にいい顔をされないのは、数が非常に少ないからと、妖精種の村での結婚は子どもを作るための一時的なものでしかないからだろう。
 銀鼠と玄武との間にはまだまだ障害はあるようだが、二人を応援すると紫音は意気込んでいた。

「朱雀殿、おめでとう」
「銀さん、色々世話になった。これからも世話になる」
「青慈くんもおめでとう」
「銀先生とはこれからもマンドラゴラ歌劇団で協力してもらう仲だからね」
「分かっている。これからもよろしくと言おうとしていたところだ」

 苦笑している銀鼠に、青慈が笑顔で手を差し出した。青慈の手を握って、銀鼠はこれからも青慈の脚本で曲を作ることを誓ってくれる。
 賑やかな結婚式が終わって、衣装を脱いで着替える頃には、朱雀も青慈も紫音も藍も疲れ切っていた。煌びやかなお化粧を落として、髪を解いていく紫音と藍は、普段の服に身を包んでいる。青慈と朱雀も髪を解いて普段の服に着替えた。
 晩ご飯も杏と緑が作ってくれていて、温めて食べるだけになっていた。食べ終わって紅茶を飲むと、一日の疲れが少し和らぐ気がする。

「私たちは離れの棟に行くわね」
「お休みなさい、朱雀さん、青慈」

 仲良く手を繋いで離れの棟に行く紫音と藍は夫婦になったのだと分かるくらいに仲睦まじい。一緒に入りたがるかと思ったが、青慈は一人で風呂に入って、朱雀も一人で風呂に入った。
 風呂の中で色々と考えてしまって、身体を念入りに洗った朱雀はそれだけでもう逆上せそうだった。
 小さな頃の青慈と紫音と寝ていた広い寝台のある朱雀の部屋がこれから青慈との寝室になるのだろう。落ち着かない気分で寝台に座っていると、青慈が朱雀に覆いかぶさって来た。
 目を閉じると、頬を撫でられる。

「朱雀、口付けていい?」
「き、聞くのか?」
「聞かない方がいい? 俺は朱雀の嫌なことはしたくないんだけどな」

 問いかけに答えられなくてただただ気恥ずかしく顔を背ける朱雀の耳元に、青慈が囁く。

「口付けていい?」

 返事がないと進まないと理解して、朱雀は目を閉じたままこくこくと頷いた。柔らかくて乾いた唇が朱雀の唇と重なる。ぬるりと入って来た舌に、朱雀は驚いて逃げ出しそうになるのを必死に堪えていた。
 口付け自体ほとんど初めてなのに、深い口付けなど急すぎて気持ちがついて行かない。耳朶を噛まれて、寝間着を大きく乱した首筋に青慈の唇が触れたところで、両手で顔を覆いながら朱雀は震えていた。

「どうして、こんなこと……」
「ずっと朱雀としたかったんだ」
「な、なにを」
「朱雀を、抱きたかった」

 はっきりと言う青慈に、朱雀の中に一つの疑問が生まれる。それは青慈のことだけではなかった。
 男性同士でどうやって結ばれるのかを朱雀はよく分かっていない。なんとなく使う場所は理解しているのでそこは綺麗に洗ってきたが、それからどうすれば青慈と結ばれるのかが全く理解できていない。
 困惑している朱雀の寝間着を剥ぎ取ろうとする青慈に、朱雀がその胸をそっと押す。嫌だったわけではないが、聞きたいことがあったのだ。

「青慈は、男同士で……その、そういうこと、経験があるのか?」
「あるわけないよ。朱雀のことがずっと好きだったんだから」
「それなら、男同士の行為がどんなものか、知っているのか?」

 問いかけに青慈の白い頬が赤くなったのを朱雀は見ていた。赤い目で見つめられて、青慈は頬を染めながら意を決したようにこくりと頷く。

「分かるよ。大丈夫」
「私はあまり分かっていないんだが」
「俺がしてあげるから、朱雀はそれに身を任せるだけでいいよ」

 心強い言葉なのだが、青慈の声が僅かに震えているのを聞き逃さないほどの朱雀ではなかった。青慈もやはり不安なのだろう。青慈が学んだことを朱雀も学んでから行為に及んだ方がいいのではないかと朱雀は思ってしまう。

「青慈、それはなんで学んだんだ?」

 そういう本があるならば自分もそれで学ぼうと声を上げた朱雀に、青慈の反応はあまり歓迎している雰囲気ではなかった。答えづらそうに視線を逸らしている。

「青慈、教えてくれ」
「玄武さん……」
「え?」
「玄武さんに教えてもらった」

 真っ赤な顔で蚊の鳴くような声で言った青慈に、朱雀はがばりと体を起こしていた。

「玄武から?」
「い、いけなかった? 銀先生と玄武さんは恋人同士で聞けるひとはあの二人くらいしかいなかったから」

 自分の兄が可愛い天使の青慈に卑猥なことを教えていた。理解した瞬間朱雀は枕元に置いていた通信用の赤い鳥の置物を手に取った。

「玄武、うちの可愛い天使になんてことを教えてくれてるんだ!」
「お父さん!?」
『朱雀じゃないか。なんで初夜に俺に通信してるんだよ』
「玄武が教えたんだろう! 私の可愛い天使なのに!」
「や、やめて、お父さん! 通信を切って!」
『朱雀、お前、すごい格好だぞ? 気付いてるか?』

 寝間着の上半身は乱されて首筋や胸が見えているが、玄武は兄でそんなことを気にしない。それよりも朱雀にとっては玄武が青慈に教えたということの方が大事だった。

「二人で調べて、少しずつ夫婦になって行こうと思っていたのに!」
『そんなの知るか! 青慈はさっさとお前とヤりたかったんだろう?』
「青慈はそんないやらしい子じゃない!」
「俺はお父さん……朱雀とさっさとヤりたかったいやらしい子だよ!」

 自己申告で言われてしまって、朱雀は青慈の姿を凝視してしまった。青慈は涙目で朱雀を見ている。

「朱雀ぅ、もう通信を切って。俺と続きを……」
『ほら、青慈と仲良くヤってこい』
「玄武、言い方!」

 通信は切ったのだが、朱雀は涙目の青慈を見ながら、可愛かったがここから先に進むのに抵抗が出てしまった。玄武の知っているやり方で抱かれるなんてどうしても納得できない。兄である玄武に自分の閨ごとが筒抜けなような気がしたのだ。

「寝る!」
「朱雀!? お父さん? お父さん?」
「私は寝る。青慈も寝なさい」

 抱き締めて無理やりに布団に突っ込んだ青慈が、本懐を遂げられなくてぷるぷると震えているのは分かるのだが、朱雀にも譲れないところがあった。抱き締めると青慈の涙で胸がじわりと濡れる。

「今日は疲れたし寝よう」

 疲れたことを言い訳に目を閉じた朱雀の腕の中で、青慈はなかなか眠れない様子だった。
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