あなたへの道

秋月真鳥

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四章 結婚までの道のり

20.山の賢者として

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 藍の誕生日にはケーキとご馳走を朱雀は用意したが、紅茶は藍が淹れていた。誕生日のお祝いに来た杏と緑が、結婚式の話をしていた。

「結婚式はいつになるの?」
「集落全体でお祝いしなきゃ」
「そんなに大袈裟にするつもりはないのよ」
「四人でひっそりと結婚式を挙げるつもりだったんだけどな」
「そんなのダメよ。朱雀さんからこの集落は始まったんだし、その朱雀さんと青慈の結婚式と、紫音と藍さんの結婚式だもの」
「朱雀さんと青慈と紫音と藍さんは私たちの家族でもあるんだから、しっかりお祝いしないと」

 結婚式の衣装を青慈と紫音に着せることが目的になっている朱雀と藍にとっては、杏と緑が集落全体で祝ってくれるというのは嬉しいが、どうしても大規模になってしまうので申し訳ない気もしていた。

「春の青慈と紫音のお誕生日の頃かしら?」
「みんなに声をかけて来ないと」

 朱雀と藍が止める暇もなく、杏と緑はいそいそと出て行ってしまった。
 毎日の終わりに薬屋の収益金を持って杏と緑はやってくる。それが今日は少し遅めだったのは、薬を買いに来る客が途絶えなかったせいだろう。集落では子どもを中心に鼻風邪が流行っていた。洟を垂らしている子どもが多いので、朱雀も気になっているところだった。

「今のところ重症者は出てないけど、そのうちに高熱を出したりする子が出るんじゃないだろうか」
「それが複数重ならないといいんだけど」

 一人や二人ならば青慈と紫音が転移の魔法で麓の街の医者まで連れて行けるのだが、一度に大勢となると転移の魔法を覚えて日の浅い二人には少し荷が重すぎる。子どもたちを引き連れて雪を掻き分けて麓の街まで行くのも行けなくはないのだが、それで体調が悪化しては更によくない。
 心配していた出来事が起きたのは、春になる前だった。杏と緑が上の子を連れてやってきたのだ。

「うちの娘が昨日から高熱を出して、水を飲ませても吐いてしまうの」
「うちの息子も昨晩から熱が高くて。お腹も下しているのよ」
「他にも集落で体調を崩している子がいないか、俺、見てくる!」
「私も行って来る!」

 青慈と紫音が外に駆け出した間に、朱雀は二人の様子を見る。杏の娘の方は高熱を出して吐き気が止まらない。緑の息子の方は高熱を出して下痢もしている。

「ただの風邪じゃないかもしれない。私は医者じゃないから判断ができない」

 悩む朱雀の元に、帰って来た青慈と紫音がそれぞれ両脇に子どもを抱えていた。

「猟師さんの息子さんと娘さんも杏さんの娘さんと同じ症状だって」
「農家の息子さんと娘さんは緑さんの息子さんと同じ症状よ」

 青慈と紫音の言葉に、朱雀の頭を一つの単語が過った。

「これは、ただの風邪じゃなくて、嘔吐下痢の症状じゃないのか?」
「そういう病気があるの?」
「風邪とよく似ているけれど、胃腸からくる症状だよ。そもそも風邪っていうのは定まった病気じゃないんだ。色んな症状があって、その中でも胃腸からくるものを嘔吐下痢って呼ぶことが多い」
「お父さん、嘔吐下痢の薬を作れる?」

 青慈の問いかけに、朱雀は鞄の中を確認した。薬草は大量にあるが、嘔吐下痢の症状に合う薬草があるかどうかは分からない。考え込んでいると、鞄の中から西瓜猫と南瓜頭犬が飛び出してきた。

「びにゃー!」
「びゃうん、びゃうん!」

 自分たちを使えというような西瓜猫と南瓜頭犬の姿に、朱雀ははっと息を飲む。

「嘔吐下痢に必要なのは水分補給と栄養補給。西瓜猫で水分補給をして、南瓜頭犬で栄養補給ができる。杏さん、緑さん、調合を手伝ってくれ!」
「分かったわ」
「藍さん、子どもたちをお願い」

 連れて来られた子どもたちは長椅子に寝かされて、朱雀は杏と緑と台所に向かった。西瓜猫と南瓜頭犬を使って調合していると、けほけほと子どもが咳き込んでいるのが聞こえる。

「ここに吐いていいよ」
「お手洗いに行きましょうね」

 洗面器を用意している青慈と、子どもをお手洗いに連れていく紫音も、しっかりと藍の手伝いをしていた。
 出来上がった薬を子どもたちに飲ませると、容体は安定したようだ。猟師の子どもたちは青慈が、農家の子どもたちは紫音が親の元に送り届ける。
 娘を抱いた杏も、息子を抱いた緑も、ホッと一安心したようだった。
 その後も集落では嘔吐下痢の症状の子どもが多く出て、大人たちもかかるものがいたが、西瓜猫と南瓜頭犬で調合した魔法薬が大活躍した。集落の中で大流行した嘔吐下痢もおさまって、朱雀はますます集落で信頼を得たようだった。

「朱雀さんと青慈、藍さんと紫音の結婚式は、朱雀さんの家の庭で行わせてもらうから」
「その日は何も朱雀さんは作らなくていいからね。私たちが全部用意するわ」
「大きなケーキも用意するから、期待しててね」
「朱雀さんにお礼を言いたいひともたくさんいるみたい」

 杏と緑の手はずで結婚式の準備は着々と進められていく。
 王都からは銀鼠を通して連絡が来て、結婚式の衣装が出来上がったとのことだった。
 結婚式の衣装を取りに行くときに、転移の魔法で銀鼠の屋敷を使わせてもらうと、銀鼠が朱雀に声をかけて来た。

「遂に青慈と結婚するのだな。藍さんと紫音も」
「まぁ、そうなるかな」
「その……朱雀殿、玄武も呼ぶのだよな?」

 問いかけられて初めて、朱雀は玄武の存在を思い出していた。不老長寿の妙薬を青慈と紫音と藍が飲んでしまって以来、玄武との連絡は途絶えている。兄弟のようにして育ったのだから、玄武と白虎と青龍を結婚式に呼ぶのは当然と銀鼠は思っていたようだ。

「そ、そうだった! 呼ぶ」
「銀先生も来てくれるわよね?」
「私もいいのか?」
「銀先生、結婚式で歌う歌を練習したいわ」

 紫音は紫音で、銀鼠を結婚式に呼びたいようだった。
 結婚式の衣装を受け取って帰ると、結婚式というものが急に間近に感じられる。冬が過ぎて春になって、紫音のお誕生日が来て16歳になって、青慈のお誕生日が来て18歳になってからだと分かっているのだが、どうしても気は急いてくる。
 朱雀にはすることがたくさんあった。
 玄武と白虎と青龍に連絡を取ると、案の定、朱雀は怒られてしまった。

『私を呼ばないつもりだったの! 忘れてたとか許さないんだからね!』

 分かりやすく怒ったのは青龍だった。

「すまない。来てくれるか?」
『当然よ!』

 誘えば青龍は素直に返事をする。
 白虎は拗ねているようだった。

『私は朱雀に結婚式にも呼ばれない仲だったのか』
「そんなんじゃない。私が抜けているから忘れていただけなんだ。ぜひ来てほしい」
『それなら、行かせてもらおうかな』

 誘えば白虎も機嫌を直してくれた。
 大らかに笑いつつ、怒りを滲ませたのは玄武だった。

『俺のことをすっかり忘れてただろう? 俺には分かってるぞ?』
「いや、すまない……」
『結婚式の話は銀鼠から聞いていた。呼んでくれるんだろ?』
「もちろん、来てくれるか?」
『一番いい服を着て行かないといけないな』

 玄武も誘えばなんとか機嫌を直してくれた。
 自分の兄弟たちのことがなんとかなったところで、朱雀は藍から相談を受けた。青慈も紫音も自分の部屋に入ってしまった後で、居間に朱雀だけが呼び出される。

「青慈の両親は亡くなっているけれど、紫音のお母さんは生きているでしょう?」
「そうだな、生きているな」
「青慈と紫音のお祖母様とお祖父様も生きているはずよね」
「連絡は取っていないけれど、そのはずだな」

 紫音の母親と、青慈と紫音の祖父母について、藍は気にしているようだった。朱雀は結婚式に兄弟の青龍と白虎と玄武すら呼ぶことを思い付かなかったほどなのだから、紫音の母親と、青慈と紫音の祖父母についても全く考えていなかった。

「私たちは長い長いときを生きていく。紫音はお母さんのことも、青慈と紫音はお祖父様とお祖母様のことを置いていってしまうのよ。その運命を選ばせたのは私たちだわ」
「言われてみれば確かにその通りだ」
「娘と孫たちの晴れ姿を見せてあげることくらいしか、私たちにできることはないと思うの」

 藍の言うことももっともだと朱雀には思えた。今まで考えたことがなかったが、青慈と紫音には祖父母がいて、紫音には母親もいる。

「紫音のお母さんの住んでいる場所は分かっているから、彼女に青慈と紫音のお祖父様とお祖母様の居場所を聞こう」
「そう言ってもらえてよかったわ。私は家族とは縁を切ったようなものだけれど、青慈と紫音は縁を繋いでおけるなら、そうしてあげたいのよ」

 藍の言葉に朱雀は紫音の母親と、青慈と紫音の祖父母と連絡を取ることを考えていた。
 春が近付いてきている。
 春になれば朱雀は青慈と、藍は紫音と結婚する。
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