あなたへの道

秋月真鳥

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四章 結婚までの道のり

18.藍の帰る場所

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 夏から秋の間、紫音と藍は公演に出かけて、冬は集落に戻ってくるつもりだったようだ。理由としては、青慈の書いた新しい脚本が出来上がったからと、春に向けて結婚式の衣装を朱雀と藍が作りたくてたまらなかったからだった。
 青慈が小さい頃から朱雀は青慈を天使のように育てたかったし、藍は紫音が小さい頃から紫音をお姫様のように育てたかった。王都で試着した結婚式の衣装が素晴らしすぎて、朱雀と藍はすっかりと結婚というものに取りつかれてしまったのだ。

「こっちのドレスも可愛いわ。やっぱり、色は赤よね」
「藍さん! 藍さんも着るんだからね?」
「私のなんかよりも、紫音のが大事なのよ!」

 結婚して欲しいという答えははっきりと出せないのに、結婚式の衣装が紫音に着せたいから結婚するなどという不純なことを藍は考えている。

「青慈の漢服格好良すぎる……」
「お父さん? お父さんも試着して?」
「私は何を着ててもいいんだ」
「よくないからね?」

 それに強く言えないのは、朱雀もまた青慈の結婚式の衣装が見たいから、結婚の承諾はできていないのに衣装を誂えに来ているからだった。
 紫音はこの国風の高い襟に少し裾の広がったスカートの真っ赤なドレスで、金と銀の刺繍がされているものを藍に選ばれていた。藍も紫音の願いでお揃いで着るようだ。
 青慈は漢服と呼ばれる着物と袴に似た長い袖の服を朱雀が選んだ。長い真っすぐな黒髪は後ろに流して一部を結んでいるが、それが真っ赤な衣装によく似合う。

「お父さんはこれを着て」
「黒の着物の上に赤を重ねるのか」

 黒い着物の上に赤い上衣を羽織るような形になった朱雀に、青慈がうっとりとそれを見ている。青慈の頼みならば何でも着るつもりはあったが、自分も結婚の色である赤を身に着けるとなると朱雀は妙に気恥ずかしくなってしまう。

「これで仕上げてください」
「お願いします」

 最終的に仕立て職人に頼んだのは青慈と紫音だった。最初ははしゃいで衣装を選んでいた朱雀も藍も、少しずつ正気に戻って来て、これを自分たちも着て青慈と紫音と結婚するのだということに気付いたのだ。

「お似合いの二組ですね。親同士、子ども同士で結婚なんて素敵です」

 仕立て職人が笑顔で言って来る意味が分からずにいると、青慈が朱雀の肩を抱き、紫音が藍の腕に腕を絡ませる。

「この二人ですからね!」
「間違えないでくださいね!」
「これは失礼しました」

 仕立て職人からは青慈と紫音、朱雀と藍が結婚するように見えていたようだ。
 年齢から考えれば、二十代半ばに見える藍と二十代前後に見える朱雀、15歳の紫音と17歳の青慈は、藍と紫音が母子、朱雀と青慈が父子に見えて、子連れで親子がそれぞれに結婚するように見えてしまったのだろう。
 そうではないと必死に主張する青慈も可愛くて、朱雀は微笑んでしまったが、いざ自分が青慈と結婚するのだと考えても実感がわいてこない。

「私は青慈の結婚衣装が見たい」
「分かるわ、朱雀さん。私も紫音の結婚衣装が見たい」
「私は青慈と結婚するのか!?」
「その気持ちも分かる!」

 藍と深くわかり合えてしまう朱雀だった。
 結婚することに関して返事をしていないのに結婚衣装を仕立てに来てしまったのは、青慈があまりにも可愛すぎて、結婚するなら絶対に朱雀が衣装を選びたいとずっと願っていたからだ。藍も同じに違いない。その結婚相手が自分であることが頭から抜けそうになっている辺り、朱雀もどうしようもないのだが。

「私が藍さんと結婚するのよ! ちゃんと自覚してね?」
「そうね、紫音。そうだったわ」
「もう! そうだったわじゃないわよ」

 ちゃんとしてと頬を膨らませる紫音は怒っているのではなくて拗ねているように見える。

「お父さんも俺と結婚するんだよ」
「そ、そうだな」
「お父さん、結婚してくれる気があるから、俺の衣装を選んでくれたんだよね?」

 青慈に顔を近付けられて朱雀は心臓が高鳴って飛び上がってしまった。朱雀にそんな気持ちがあったのかどうかはよく分からない。

「青慈の結婚式の衣装は私が選びたかったんだ」
「お父さんの……朱雀の結婚式の衣装は俺が選んだよ」
「そ、そうだった」

 結婚式の衣装も選んで注文してしまったから後戻りはできないのだが、朱雀はまだ心の整理が付いていなかった。間違いなく青慈は可愛い。青慈の可愛さがあるからこそ、朱雀は青慈を拒めないでいる。流されてしまってもいいと思うくらいには青慈に好意があることも分かっている。
 好意があるからこそこれが保護者として、父親としてのものなのか、恋愛感情なのか、朱雀にはまだはっきりと名前を付けられずにいた。
 杏と緑の一家も集落に戻って来ていて、杏と緑の畑の収穫も終わった。朱雀の畑では種を取る作業を行っていた。来年のために種の種類分けをして、乾かして、種の種類が分かるように刺繍をした袋に入れていく。よく乾いた種は硬く、袋の中に入れると他の種と触れ合って小さな音を立てた。
 冬で集落の外に雪が積もって出られなくなる前に、青慈と紫音は猟師たちと一緒に見回りに出かける。今年は魔物の侵入も認められず、穏やかに冬が越せそうだった。
 氷室の中に蓄えた食料も一冬越せる分は十分にある。
 安心していると、杏と緑が赤ん坊を連れて朱雀の家にやって来た。赤ん坊は生まれたばかりの赤みが引いていなくて、ふにゃふにゃとしていて小さくてとても可愛い。

「青慈と紫音が転移の魔法を使えるようになったって聞いたから、お願いがあるのよ」
「冬の間にこの子たちの予防接種の時期が来そうなの。麓の街まで送ってもらえるかしら?」
「もちろん、お礼はするわよ」

 長椅子で話を聞いていた紫音と青慈が、玄関の方にやってくる。

「赤ちゃん小さくて可愛い! 杏さん、緑さんおめでとう」
「元気に育ってるみたいね。とっても可愛いわ」
「ありがとう、青慈、紫音」
「おっぱいをいっぱい飲んで大変なのよ」

 朱雀の家で働いていた頃よりも貫禄の付いた杏と緑は生まれたばかりの赤ん坊を抱いてにこにこと微笑んでいる。

「俺でよければ杏さんと緑さんを送っていくよ」
「私も喜んで送り迎えするわ」
「いつでも声をかけて」
「ありがとう、助かるわ」
「朱雀さんのお薬もちょっと欲しいのよね」

 最近集落の子どもの間では風邪が流行っていて、杏の娘も緑の息子も洟を垂らしているということなので、朱雀は風邪のための薬を用意して二人に渡す。

「お代は薬屋で売れた薬の代金と一緒に払いに来るわ」
「夫に頼むかもしれないけど」
「うちも夫に頼んじゃおう」

 結婚して離れても杏と緑は集落にいるし、夫や家族とも繋がりを持てている。そのことが朱雀にとっては何よりも嬉しかった。

「青慈と紫音が来てから、私は寂しくなくなった」
「それは私も同じかな」
「藍さんも?」

 藍の心境は聞いたことがなかったので朱雀は興味深く聞いてみる。

「私にも兄がいたけど、青慈と紫音みたいに仲良くなかった。離婚するって言ったときに、兄は実家には私の帰ってくるところはないって言ったのよ。離婚するなんてお前の忍耐力が足りないんだ、恥さらしとも言ったわ」

 兄の酷い言葉を聞いて藍は自分が帰る場所はないのだと悟ったのだという。

「居場所がなくなった私に、朱雀さんは紫音と青慈の乳母という役目をくれた。住む場所もくれた。私はこの家に来てようやく帰る場所ができたのよ」
「藍さん、私にとってもこの家が帰る場所だわ」
「紫音とどこに行っても私はこの家に帰ってくる。私の家はここだもの。朱雀さんと青慈は覚悟してよね」

 最後は悪戯っぽく笑った藍に、朱雀と青慈は顔を見合わせる。藍は青慈と紫音の乳母として二人を育てるうちに、すっかり朱雀の家族になっていた。藍が帰って来ないことなど、朱雀も想像できない。

「藍さんの家はここだよ」
「藍さんも紫音ちゃんも、ここに帰ってくるのを待ってる」

 藍と紫音と青慈と朱雀の四人、家族円満でずっとずっと一緒に暮らしていく。それが結婚というものならば朱雀は受け入れてもいいような気がしていた。
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