あなたへの道

秋月真鳥

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四章 結婚までの道のり

7.天使の成長

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 銀鼠の歌の練習の日で、紫音と藍は王都に出かける。藍は欲しいものがあるようで、銀鼠にお願いして紫音についていって王都で買い物をする予定なのだ。

「青龍さんのお家の紅茶がとても美味しかったんだけど、私が淹れる紅茶と何か違うのよね」
「何が違うのかしら? 藍さんの紅茶も充分美味しいと思うんだけど」
「茶葉が多いのか、渋いことがあって、減らしたら全然味が出なくて……。それで、青龍さんに聞いたのよ」

 紅茶には緑茶や烏龍茶を淹れるのとは違う茶器を使う必要がある。その話を聞いて藍は王都に茶器を買いに行くつもりなのだ。

「茶器を買ったら銀さんの使用人さんに紅茶の淹れ方も習って来るから、帰ったらお茶会をしましょう!」
「それは美味しいお菓子を作っておかないと」

 迎えに来た銀鼠と出かけていく紫音と藍を、朱雀は青慈と一緒に見送った。青慈と二人きりになると、青慈は居間の卓で書き物をして、朱雀は調合とおやつの焼き菓子の準備をする。卓の上に積み重なっている帳面何冊もの物語は、青慈が書いたものだった。

「新しい脚本を紫音ちゃんに持って行ってもらったんだ。銀先生がどんな曲をつけてくれるか楽しみだよ」
「それはいいね。私も楽しみだ」

 台所と居間で会話をするのもいつものこと。青慈と過ごす時間は朱雀にとっては日常であり、癒しのときでもあった。
 今の青慈の座っている椅子の近くにぽてぽてと蕪が逃げて行ったので、追いかけた朱雀と、立ち上がって蕪を拾い上げた青慈の目が合った。青慈は蕪を片手に持って朱雀に近付いてくる。蕪を渡してくれるのだろうと朱雀が手を出して待っていると、じりじりと迫られていつの間にか壁際まで押しやられている。
 ドンッと朱雀の顔の横に青慈が手を突いた。
 身長は朱雀を越すくらいになっているし、顔立ちもすっきりと整って青慈はとてもいい男になった。成長したとうっとりと朱雀が青慈を見ていると、青慈の顔が近付いてくる気がする。
 何を求められているのか、朱雀ははっと気付いた。

「抱っこ?」
「へ?」
「抱っこされたいなら、そう言いなさい」

 マンドラゴラ歌劇団の団員が揃ったら、紫音と藍は旅の劇団で出かけてしまう。ずっと一緒だった紫音と藍が傍にいない日もあるというのは、青慈にとっては寂しいことだろう。その寂しさを埋めて欲しいのだったら、保護者として朱雀は受け止めてやらなければいけない。
 両腕を広げてしっかりと青慈の身体を抱き締めて、背中をぽんぽんと叩く。

「こんなに大きくなっても青慈は甘えん坊だな」
「嬉しいけど、違うんだよなー」
「え? 何か違った?」

 何が違うのか分からないままに抱擁を交わして、朱雀は青慈から蕪を受け取って台所に戻った。蕪はまな板の上で「やってくれ!」とばかりに大の字になっている。蕪を切って茹でてすり潰して、朱雀は調合の材料にした。

「お父さんには、通じなかったか」
「何が?」
「もっといい方法を考えるよ」

 不満そうに青慈は椅子に戻って書き物の続きをしていた。
 昼ご飯を食べて、おやつの時間の前に紫音と藍は銀鼠に送られて帰って来た。藍は大事そうに緑茶や烏龍茶を淹れるのとは違う、丸い大きめの急須を抱いている。

「藍さん、それが紅茶を美味しく淹れられる茶器?」
「そうなのよ。淹れ方も習って来たから、これから淹れるわね」

 丸い急須をお湯で温めて、一度お湯を捨てて、藍が茶葉を急須に入れる。お湯を注いで時計でしっかりと時間を測って藍は紅茶を披露してくれた。

「とってもいい香り!」
「全然苦くない! まろやかだ」
「牛乳を入れるとさらに美味しいわ!」
「紫音ちゃんは牛乳を入れ過ぎだからね?」
「そう? 牛乳美味しいじゃない」

 紫音と青慈が感動しているので朱雀も飲んでみたが、確かに紅茶の味はしっかりと出ているが渋みやえぐみがなくてまろやかでとても美味しい。紫音は相変わらず牛乳を茶杯に半分くらい入れているので本当に味が分かっているのか不明だが、青慈は今回は牛乳を入れずに飲んでいた。

「マンドラゴラ歌劇団で紫音がどこに行っても、私は紫音に美味しいお茶を淹れられるのよ」
「私のためだったの?」
「私が紅茶が好きなのはあるけど、それだけじゃなくて、紅茶は喉にいいから、紫音が歌うときに必要かなって思っていたの」
「藍さん、嬉しい!」

 藍に飛び付いて抱き締める紫音を藍は優しく抱き留めている。

「紫音も抱っこか。青慈も抱っこして欲しがってたもんな」
「お父さん、違うんだけど」
「あら、青慈、私たちがいない間に、お父さんとイチャイチャしてたの?」
「したかったけど、お父さん鈍すぎるんだよ」
「マンドラゴラ歌劇団で私たちが家を空けるようになったら、存分にイチャイチャできるわね」
「そんなに簡単にいくかなぁ」

 ため息を吐いている青慈に、朱雀は自分の何が間違って青慈はこんなに憂鬱な顔をしているかがよく分からなかった。
 マンドラゴラの収穫ができるようになるのは、栄養剤を使って成長を早めても夏までは無理だろう。団員を増やして壮大な物語に青慈はしたいようだが、まだまだそれは叶いそうになかった。
 晩ご飯の準備をしていると、紫音が氷室を開けて牛乳の瓶を手に取っている。茶杯に注いで飲んで、もう一杯注いで持って行って居間の長椅子に座って、卓の上に茶杯を置いていた。
 卓の上には本が積み上がっている。

「お父さん、コロッケって知ってる?」
「コロッケ?」

 声をかけられておやつの食器を洗い終えた朱雀は台所から出て来た。青慈も興味を持って食卓から長椅子に移動してきている。

「ジャガイモを茹でて、潰して、ひき肉や玉ねぎを炒めたものと混ぜて、形作って、小麦粉、卵、パン粉の順番につけていくんだって」
「美味しそう……あ、同じように小麦粉、卵、パン粉をつける料理がいっぱい載ってる」
「トンカツ……これは豚肉ね。フライ……魚介類を使うのね」

 紫音が呼んでいるのは異国の料理の作り方の本のようだった。

「銀さんから借りて来たのか?」
「お昼ご飯に鯵のフライが出たの。それがすごく美味しかったから、調理法を聞いたら、銀先生が貸してくれたのよ」

 銀鼠から紫音が借りた本は揚げ料理の本だった。朱雀も見せてもらうが、これまで作ったことのない料理がたくさん載っている。

「今日の漁師さんから届いた魚は何かな?」

 お腹が空いて来たのであろう青慈が移転の箱を開いている。そこに入っていたのは貝殻に包まれた大きな牡蠣だった。

「牡蠣!」
「すごい! お父さん、牡蠣だよ!」

 紫音と青慈が目を輝かすのに、朱雀は牡蠣フライの頁を見ていた。

「今日はそのコロッケという料理と、牡蠣フライにしてみようか」
「やったー!」
「絶対に美味しいわ!」

 喜んで無邪気に叫ぶ青慈と紫音はやはりまだまだ子どもなのだと実感する。朱雀にとっては可愛い天使で、藍にとっては可愛いお姫様だ。
 牡蠣の殻を外そうと刃物を持ってくると、青慈も並んで台所に立つ。

「お父さん、手伝うよ」
「牡蠣の殻で手を切らないように気を付けて」
「手を切ったら、お父さんの薬を塗るよ」

 笑いながら青慈が牡蠣の殻を開けていく。殻の中には大粒の牡蠣が入っていた。労力の割りにはあまり食べるところがないのが牡蠣というもので、そのせいで殻を開ける作業に時間を取られるのが嫌で、海沿いの街の漁師は送って来たのだろう。大粒の牡蠣は八個あって、朱雀と青慈と紫音と藍が二個ずつ食べられそうだった。
 牡蠣に小麦粉と卵とパン粉で衣をつけると、氷室に入れておいて、続いてジャガイモを取り出して茹でる。茹でたジャガイモを潰して、炒めたひき肉と玉ねぎと混ぜて、俵型に形作って、牡蠣と同じように衣をつける。

「どっちも美味しそう」
「たれも作った方がいいな」

 作り方に書いてあるソースというものは作るのが難しそうだが、トマトを煮たものと醤油を合わせてそれっぽいものは出来上がった。
 ご飯を炊いて、朱雀が牡蠣フライとコロッケを揚げている間に、青慈が味噌汁を作ってくれる。

「青慈もすっかり料理上手になったな」
「お父さんの教え方がいいからだよ」
「それだと、紫音は?」
「紫音ちゃんは……歌が上手だから!」

 料理の特性はあまりない紫音に関しては、青慈は笑ってごまかしていた。
 ふと見上げる横顔が妙に精悍に見えたりするのも、ただの気の迷いで、青慈は天使だと思い込もうとする自分がいることを、朱雀は自覚したくなかった。
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