あなたへの道

秋月真鳥

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三章 十年後の勇者と聖女

3.巨大猪襲来

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 白虎が言っていた。
 猫を飼っているが短い時間ですぐに亡くなってしまうのだと。それでも白虎は猫を愛し続けるし、飼い続けると。
 あれから十一年のときが経った。
 紫音の飼っている兎の白は小柄な猪くらいの大きさになって、雪は大型犬くらいの大きさになっていた。どちらも大きいのだが、雪の方が白よりも華奢で小さい。
 飼っていても七年程度で寿命を終えるはずの兎が、十一年も生きている。その秘密は紫音と青慈の飼っている人参と大根にある気が朱雀にはしていた。
 人参と大根の葉っぱを毟って、紫音と青慈は白と雪にあげている。一週間に一度だけのご馳走と決められている人参と大根の葉っぱを、白と雪は仲良く分け合って食べている。
 魔物と間違われるくらいに大きくなった白と雪は、紫音に連れられて山にお散歩に連れて行かれていた。

「紫音、しばらく白と雪を連れて行かない方がいいかもしれない」

 藍が紫音に言いだしたのは青慈と紫音の誕生日が終わって数日後のことだった。誕生日の日には不老長寿の妙薬を飲まされたことが発覚した藍だったが、すっかりとそれを受け入れてしまっている。順応力の高い藍が朱雀は少し羨ましかった。

「白ちゃんと雪ちゃんのお散歩を控えた方がいいの?」
「他の山から魔物の巨大猪がこの山に来ているみたいなのよ」

 大黒熊と変わらないような巨大な体を持つ巨大猪が来ているので、山を散歩させるのは危ないと忠告する藍に、紫音は元気に答える。

「平気よ、藍さん。私が、えい! ってすればいいもの」

 可愛い襟高の長衣にズボンをはいている紫音は、藍の望む通りお姫様のように育てられている。可愛い服に似合わない紫色の手甲だが、それもまた紫音らしい格好になっている。

「俺も白ちゃんと雪ちゃんを守るよ」

 深靴を履いた青慈が言う。
 猟師と共に山の見回りに行く青慈と紫音が心配で、朱雀はその日は二人についていくことにした。罠にかかっている獲物がいないか、猟師たちは見て回っている。弓矢を手にして警戒しているものもいる。
 紫音の足元で白と雪は跳ねながら、土に生えている草をもしゅもしゅと食べていた。

「巨大猪が出るのならば、退治しておかなければ、山に買い物に来るひとも困るよね」
「杏さんと緑さんのお店が繁盛しなくなっちゃう」

 話しながら青慈と紫音は歩いて行く。その後ろから白と雪が付いていって、二人の足元には鎧を着た大根とドレスを着た人参が戯れている。穏やかな光景を壊したのは、生臭い獣の匂いと低い唸り声だった。
 巨大猪だと気付いたときには、巨大猪は雪を狙って突進して来ようとしていた。
 基本的に猪は木の実や葉っぱを食べるのだが、魔物と化している巨大猪は兎も狙うようだ。
 紫音が駆け寄って守ろうとする前に、巨大猪の前に白が立ち塞がった。脚をバンバンと鳴らして、雪を狙う巨大猪に怒りを露わにしている。
 突進してきた巨大猪が白の蹴りによって吹っ飛ぶ。吹っ飛んだ巨大猪に、紫音が駆け寄って眉間に拳を突き入れた。

「清めますわー!」

 ばぎゃっ! という破壊音が響いて巨大猪の頭蓋骨が割れた。血泡を吹きながら断末魔の痙攣をする巨大猪を、青慈が覗き込む。

「お父さん、今日は牡丹鍋にしようか?」
「え? それ、食べられるのかな?」
「猪だから食べられるんじゃないかな」

 嬉々として巨大猪に止めを刺して、血抜きしてばらしていく青慈に、朱雀が言えたことは一つだけだった。

「臭みがあるかもしれないから、しばらく氷室で熟成させた方がいい」

 猪の肉や鹿の肉は、ひとの手によって育てられた鶏や豚と違って野生の臭みがある。その臭みを抜くためにも、肉を血を吸う紙で包んで氷室にしばらく入れておく必要があった。

「そうだね。臭みが抜けた頃に、みんなに配ろう」
「杏さんと緑さんにもお裾分けしなきゃいけないわ」

 楽しそうにしているが、兎の白が魔物の巨大猪を蹴り飛ばしたのも衝撃だったし、青慈があっさりと巨大猪を捌いてしまったのも朱雀には驚きだった。これまであまり青慈と紫音が山の見回りをするのについていったことがなかったが、青慈は確実に山で暮らすことに慣れていた。
 内臓の処理をして血抜きをした巨大猪を青慈が担いで持ち帰る。バラバラの肉にされた巨大猪は血を吸う紙に包んで氷室に納められた。骨や内臓は煮込んで近所の犬の餌に青慈がお裾分けしに行く。
 猟師は猟を助けるために犬を飼っているので、山を見回りしていた猟師仲間たちは青慈のお裾分けを喜んでいたようだった。

「お父さん、私行きたいところがあるの」
「妖精種の村には行かないよ」
「そうじゃないのよ」

 家に帰って晩ご飯の準備をしていると、白と雪を小屋に帰してきた紫音がおねだりする口調で言ってきて、朱雀は身構えた。自分で不老長寿の妙薬を飲むために紫音が妖精種の村に行きたがっているのは知っている。それを許さないのは、紫音がまだ14歳で若すぎるというのがあった体。
 自分の人生を決めるには紫音も青慈もまだ若すぎる。もっと大人になってから分別を持って決めて欲しい。紫音が藍に不老長寿の妙薬を飲ませてしまったのは分別のきかないまだ3歳の頃だったが、今の紫音には学校も卒業してかなりの知識があるはずだ。歌の先生である銀鼠も十年以上経ってもまだ三日に一度通って来てくれていて、紫音に歌を教え続けてくれている。
 まだまだ成長途中の紫音の人生を決めていいときではないと朱雀は判断していた。

「私が行きたいのは、王都!」
「王都に?」

 行ったことはないが、朱雀は王都に嫌な印象しか持っていなかった。王都に朱雀と青慈と紫音を住ませて、軟禁するようにして魔王除けにしようとする国王が住んでいる場所だ。青慈と紫音が小さな頃には、王都の国王に二人を差し出せば賞金がもらえると攫いに来る輩もいた。その輩は青慈と紫音に倒されて、失禁して逃げて行ったということで、勇者と聖女がどれだけ恐ろしいものかを知らしめているので、それ以降そんな輩はほとんど来なくなったのだが、王都に朱雀と青慈と紫音が出向くとなると話は変わってくるかもしれない。

「王都の図書館に行ってみたいの」

 本を読むのが大好きで、青龍ともよく通信の魔法で交流していて、本を送り合っている紫音は、王都の図書館に行きたいようだ。王都の図書館については、青龍ですら手に入れられないような貴重な文献が大量にあると聞いているので、朱雀も行ってみたい気持ちがないわけではなかった。

「王都か……青慈と紫音が狙われないだろうか」
「狙われても平気よ。私、強いもの」
「それはそうだけど……。王都に行くには列車にも乗らないといけないし、列車の駅のある大きな街までは半日かかるし」

 泊りがけで何日も時間がかかってしまうのは朱雀にとってはあまり嬉しいことではなかった。白虎のように転移の魔法が使えればいいのだが、朱雀は魔法の才能があまりないので無理だ。一瞬で移動できれば王都で国王の軍に囲まれたときにも、青慈と紫音を無事に逃がすことができる。

「そうよね。気軽には通えないわよね」

 転移の魔法が使える銀鼠にでもお願いすれば、紫音だけは連れて行ってもらえるかもしれないが、紫音はあくまでも藍と朱雀と青慈と行きたいようだし、銀鼠にも頻繁に頼むことはできない。

「魔法薬を作ってみるか……」

 青慈と紫音が小さい頃に一度だけ飲んだことのある魔力を強化する魔法薬。それが朱雀の頭を過っていた。
 王都に行って帰るのは時間がかかっても馬車と列車で行くとして、もしも国王軍や他にも青慈や紫音を狙う輩に囲まれたときには、いつでも逃げられるように準備をしておかなければいけない。

「紫音ちゃん、王都に行くの?」
「青慈も一緒に行きましょうよ。王都の図書館はすごく貴重な文献が多くて、古い楽譜もあるって銀先生が言ってたわ」

 非常に貴重な文献ばかりなので貸し出しをすることが認められていない王都の図書館は、古い楽譜も所蔵しているらしい。銀鼠からその話を聞いて紫音はがぜん興味を持ってしまったのだろう。

「行ってみるか、王都に」

 そのために朱雀は魔力を高める魔法薬を作る準備を始めた。
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