あなたへの道

秋月真鳥

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一章 勇者と聖女と妖精種

30.空の小瓶

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 長老の話が終わって、朱雀と青慈と紫音と藍は、青龍の部屋に招かれていた。木造の朱雀の家とよく似た青龍の家だが、中は図書館のようになっている。壁には作り付けの本棚があって、壁一面に本が立ててあった。

「青龍の家は相変わらずだな」

 本棚に入りきれない本は床の上に重ねて積んである。積んである本を崩さないように避けながら卓に座ると、青龍が卓の上に積んであった本を別の場所に移して座る場所を空けていた。

「藍さんは、朱雀とずっと一緒にいるの?」
「青慈が2歳のときから一緒です。紫音は朱雀さんと一緒のときに保護しました」
「紫音は藍さんに育てられたんだな。それで藍さんが大好きなのか」
「けっこんちるの」
「そうか、二人で幸せになれるといいな」

 青龍も玄武も白虎も、3歳の紫音が言うことを馬鹿にせずに聞いてくれるので、紫音は座布団を重ねた椅子の上に座って上機嫌だった。お茶が入ると、青龍が牛乳を小さな器に入れて出してくれる。

「お好みで牛乳は足してちょうだい」
「あ、むち!」
「え? 虫?」

 紫音が床を指さして、一瞬全員の目がそちらを向いた。朱雀には虫は見えなかったが、紫音は聖女なのでその鋭い洞察力で虫を見付けたのかもしれない。

紙魚しみが時々いるのよね。退治しなきゃ。こっちだった?」
「わかんなくなっちった」
「そう。後で確認しておくわ」

 本がこれだけあるので本に住む虫がいることはあると説明する青龍に、玄武が深く頷く。

「俺も畑の世話では虫との戦いだ」
「虫は厄介よね」
「私の猫たちは虫を見付けると食べてしまう」
「白虎の猫ちゃん、虫を食べるの!?」

 玄武は畑で虫に悩まされ、青龍は本に住み付く虫に悩まされている。白虎は飼っている猫たちが虫を見付けると食べてしまうので困っていると話していた。

「妖精種のひとたちも、私たちと変わらないのね」

 緊張を解いた様子の藍がころころと笑っている。お茶の入った茶杯を手に取った藍が、水面を見て首を傾げた。透明な赤茶色だった水面が白く濁っていたのだ。

「私、牛乳入れたかしら?」
「にゅーにゅー、おいちいから、わたちがいれてあげた」
「そうだったの、紫音、ありがとう。このお茶とても美味しいわ」

 いつの間に紫音が藍の茶杯に牛乳を入れたのか分からないが、紫音も青慈も牛乳が大好きなので、なくなってしまう前に大好きな藍に分けてあげたいという心遣いだったのかもしれない。
 朱雀もお茶を飲むが牛乳が入っていないせいか少し濃い気もする。

「確かにこれは牛乳を入れた方が美味しいだろうな。青龍、牛乳はまだあるか?」
「出して来るわ」

 小さな器には牛乳はもうなくなっていて、青慈と紫音と藍の茶杯にはしっかりと牛乳が入っている。追加で持ってきてもらった牛乳をお茶に入れて朱雀もお茶を楽しんだ。

「朱雀にはいいひとができたのね、よかった」
「いいひとって言っても、青慈はまだ5歳だよ?」
「長老たちも認めたし、大きくなってから気持ちが変わらないのであれば、結婚したらいいじゃないか」

 青龍と玄武は軽く言って来るが、朱雀と青慈との間には種族の違いがある。それをはっきりと二人は分かっているのだろうか。

「青慈は人間で先に死んでしまうかもしれない」

 ぽつりと呟いた朱雀に、白虎が真面目な顔で言う。

「私の猫たちは、私よりもずっと短い時間しか生きない。それでも、私は猫たちを愛しているし、一緒に暮らしたことを後悔しない。死んだときに千切れるほどに泣いても、私は猫を飼い続ける」

 寿命の違うものを愛するというのがどういうことか、白虎は猫との暮らしで体験しているのだ。白虎の話を聞いていると、玄武が腰の鞄から幾つか薬草を取り出す。

「不老長寿の妙薬を作ってしまえばいいじゃないか。朱雀ならきっと成功する」
「朱雀と同じだけの時間を生きるようにすればいいのよ」
「それは青慈にはしたくない。青慈の時間を歪めてまで、私は一緒にいたいとは……」

 思わない。
 そう言おうとした声が途切れてしまった。
 青慈が自分より早く死んでしまったら、朱雀は心が壊れるほどに泣くだろう。泣いて悲しんで、自分の命などどうでもいいと思ってしまうかもしれない。青慈を手放すことが簡単ではないのは、朱雀にも分かっていた。

「まだ青慈は小さいのだから、大きくなるまでに決めればいいことだわ。最終的には選ぶのは青慈でしょうし」

 藍に言われて、朱雀はその言葉を噛み締めていた。
 白虎に山の中の家に連れ帰ってもらうと、杏と緑が庭で布団を干して叩いていた。舞い上がる埃に、定期的に布団も干さなければいけないのだと思わされる。

「今日はありがとう、白虎」
「おねえちゃん、ありがとうございました」
「ねーたん、あいがちょ」

 朱雀がお礼を言っていると、青慈も紫音も白虎に頭を下げていた。白虎は青慈のさらさらの黒髪と、紫音のふわふわの黒髪を撫でて、僅かに微笑んだようだ。

「またいつでも呼んでくれ。会えるのを楽しみにしている」

 つむじ風に乗って転移の魔法で白虎は消えて行った。
 杏と緑のところに青慈と紫音が走って行く。

「みどりさん、あんずさん、おれ、ちゃんとごあいさつできたよ!」
「敬語も使えた?」
「できたとおもう」
「すごいわ、青慈」

 緑と杏の言葉に、朱雀はやっと青慈が挨拶をするときに敬語を使っていたことに気付いた。

「青慈、敬語が使えたんだ」
「ごあいさつにいくっていったら、あんずさんとみどりさんがおしえてくれた。おれ、ちゃんとできてた?」
「とても上手だったよ。格好良かった」
「よかった!」
「わたち、でちてた?」
「紫音はできてたけど……挨拶する相手が違ったかな」

 紫音は一生懸命朱雀の兄弟姉妹や妖精種の長老に挨拶をしていたけれど、藍との仲に関しては妖精種たちは関係ないことを理解していなかった。その辺りがまだ3歳なのだが、それも微笑ましいので朱雀はそれ以上言及しないことにする。

「朱雀さんのご兄弟がいい方たちでよかったわ」

 藍も安心しているようだった。
 妖精種の村に連れて来られた、勇者でも聖女でもないただの乳母の藍の存在は、無視されがちだったが、朱雀の兄弟姉妹の玄武と白虎と青龍とは交流が持てていた。

「これから、青龍と玄武も遊びに来るかもしれない」
「朱雀さんの妹さんとお兄さんね」
「朱雀さんは四人兄弟だったんだ」
「どんなひとたちだった?」

 藍と杏と緑が話している間に、濡れ縁で疲れた紫音が倒れて眠っているのに気付いて、朱雀は紫音を抱っこした。濡れ縁に座っている青慈の頭もぐらぐらし始めている。
 紫音を片手で抱っこして、もう片方の手で青慈を抱っこして、朱雀は布団が干されているので長椅子に二人を寝かせた。
 すやすやと眠っている青慈の足から深靴を脱がせて玄関に置いて、紫音の手からは手甲を外す。
 思い出して紫音のがま口を覗いた朱雀は玄武の作った不老長寿の妙薬を探し出すことができなかった。細かく区切られたがま口の中には、人参のための栄養剤や、紫音の着替え、紫音の宝物などが入っている。
 何度探しても不老長寿の妙薬はなくて、残っていたのは栄養剤のものとは形の違う空の瓶だった。

「紫音は、なくしてしまったのかな」

 空の瓶を手にしながら、朱雀はもしかして紫音がもう魔法薬を使ってしまった可能性を必死で自分の頭の中から消そうとしていた。この空の瓶は玄武が紫音に渡した不老長寿の妙薬が入っていたものと似ている気がする。しかし、瓶はどれだけでも朱雀の家にあるし、その中の一つを紫音が気に入ってがま口に入れてしまった可能性もある。

「まさか、そんなことはないよな」

 紫音がもう藍に不老長寿の妙薬を飲ませてしまった可能性を、朱雀はどうしても否定したかった。飲んでしまったものを無効にするような方法はどうやってもないのだ。取り返しがつかない事態など、朱雀は考えたくない。

「うー……おとうさん……」

 寝言で呼ばれて朱雀は青慈の顔を覗き込む。青慈の眉間に皺が寄っている。

「怖い夢でも見たのかな? 私はここにいるよ」
「おとうさん……だいすき」

 はっきりとした寝言に朱雀はどきりとしてしまう。
 魔王は勇者と聖女に降伏した。
 これからは青慈と紫音は普通の子どもたちとして成長していく生活が始まる。
 それを邪魔するものは国王であっても許さない。
 朱雀は子どもたちの寝顔を見ながら決意を新たにしていた。
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