あなたへの道

秋月真鳥

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一章 勇者と聖女と妖精種

18.朱雀のお誕生日

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 季節は夏に移り変わる。
 日差しは日に日に強くなって、日除けの上着を羽織った青慈と紫音は、屋根のある濡れ縁で遊んでも汗びっしょりになるようになった。畑の薬草は青々と茂っていて、皿に畑を広げて白虎経由で玄武からもらった種も育って葉を収穫できるようになっている。
 青い花を摘んでいる朱雀も、日差しに汗が滲んで緩やかに波打つ銀色の髪も湿っぽくなっていた。

「あちゅい!」
「のどがかわいたねー」
「おなか、ちーた!」

 お昼ご飯の時間が近くなって、青慈と紫音は一度風呂場で水浴びをさせられていた。

「庭に水遊び用の大きな盥があったらいいんだけどね」
「おみず、あそびたい!」
「みじゅ、ぴちゃぴちゃ!」

 頭から冷たい水をかけられてさっぱりと現れた青慈と紫音は、新しい服に着替えて、長椅子で麦茶を飲んでいた。昼食のために今にやって来た緑と杏も汗をかいていたが、二人は別のことに意識が向いているようだった。

「お昼ご飯を食べ終わったら、私と緑さんにお休みをくれない?」
「台所を使いたいの!」

 何をするのか分からなかったが、休みが欲しいのならば朱雀はいつでも与える気でいたし、台所も使いたいと申し出れば貸す気でいた。午後は調合をしようと考えていたが、それは別の日に回せばいい。

「構わないよ。藍さんも休みをもらう?」
「私はいらないわ。それより、青慈と紫音が水遊びをできるようにしたいの。暑いから、少しでも涼しいことをさせてあげたい」

 冬場に使っていた盥では二人一度に中に入ることはできない。二人が水遊びをできる盥となるともっと大きなものが必要になるが、麓の街には売っていないだろう。
 藍の願いはできる限り叶えたかったが、難しそうで朱雀は悩んでしまう。思案している朱雀に青慈が元気にお手手を上げて発言した。

「ちいさなたらいでも、じゅんばんにつかえばだいじょうぶだよ」
「じゅんばん?」
「しおたんがなかであそんだら、つぎはせーがあそぶの」
「しー、せー?」
「そう。じゅんばんだよ」

 紫音に言い聞かせる青慈の成長した様子に朱雀は感動してしまっていた。一つの盥を取り合うことなく二人は仲良く使うことができる。4歳にもなると子どもはこんなに成長するのだろうか。
 感動しつつ昼食を卓に並べると、青慈も紫音もたっぷりと食べていた。暑い日は続いているが、山の森の中なので風が吹けばそれなりに過ごせる温度になる。日差しは強いが、日陰は涼しい。
 お昼ご飯を食べると青慈と紫音は眠ってしまったが、朱雀は盥を濡れ縁に出して、水を張っておいた。台所には入らないで欲しいと杏と緑に言われているので、家を囲う柵に魔法薬を垂らしていって結界の強化を図る。一周して帰ってくる頃には汗びっしょりになっていたので、朱雀も風呂場で水を浴びた。
 着替えてさっぱりして居間に出ると香ばしい匂いがしている。杏と緑は何か作っているようだ。二階の寝室でお昼寝をしている紫音と青慈には藍が付いていてくれるので、白虎から届けてもらった文献を長椅子に座って朱雀は読み耽っていた。

「おちたー!」
「おなかすいたね」
「ねー」

 お昼寝からすっきりと目覚めて来た青慈と紫音におやつを求められているのだと気付いて、朱雀は台所の方を見た。台所から杏と緑が甘く香ばしい匂いのするものを持って出て来ていた。

「あんたん、みどりたん、なぁに?」
「ケーキは難しくて作れなかったけど、カステラに生クリームを挟んでみたわ」
「朱雀さんお誕生日おめでとう!」

 夏が誕生日だと朱雀は教えていたが、正確な日付は朱雀自身も覚えていなかった。青慈と紫音のときのように、杏と緑は朱雀のお誕生日をいつか考えて決めて、祝うことにしてくれたのだ。

「私のお誕生日……」
「おとーたん、おめでとう!」
「おめめと!」

 青慈と紫音にもお祝いを言われて、朱雀は笑顔になる。

「晩ご飯はご馳走にしないといけなくなったな」
「やったー! ごちそう!」
「ごちとー!」

 自分の誕生日を自分で祝うのもおかしいが、料理を作るのは朱雀と決めているので、期待する青慈と紫音のためにも晩ご飯はご馳走をつくらなければいけない。
 お皿に乗せられた生クリームを挟んだカステラは、甘いいい香りがしている。

「たらきまつっ!」
「紫音、待って。先にすることがあったでしょう?」
「あ! しー、おうた!」

 カステラを見ると涎を垂らして食べようとする紫音に、藍が囁くと、紫音は子ども用の椅子に座ったままで歌い出した。2歳と思えないくらい旋律のしっかりとした歌は、歌詞は聞き取れないけれど、とても美しいものだった。

「せーからは、これ!」

 青慈からは庭の花を摘んだ花束が渡される。

「あいたんがしおたんとせーにおしえてくれたの」

 ケーキ代わりのカステラを作るのは杏と緑の担当で、藍は紫音に歌を教えて、青慈に花束を作らせる担当だったようだ。

「贈り物もあるのよ」
「私と緑さんで作ったの」

 手渡された贈り物は、生成りの生地で作られた青慈と紫音とお揃いの立て襟で紐の付いたボタンのある上衣だった。

「ありがとう」
「朱雀さんは薬草で染めて魔法の力をつけるみたいだから、生成りを選んだのよ」
「染めて使ってね」

 自分が青慈と紫音を守ることばかりに気を取られていて、自分の身なりは気にしていなかったことに杏と緑は気付かせてくれる。これからは藍と杏と緑の分も服を薬草で染めようと朱雀は決めていた。
 生クリームを挟んだカステラを食べた後で、青慈と紫音は濡れ縁に出した盥の水で遊んでいた。パンツ一枚になって、盥の中に入ったり、盥の水を如雨露で汲んでお互いにかけあったりして笑い合っている。

「しおたん、つぎはせーのばんよ!」
「やーの!」
「せーのばんー!」

 仲良く遊べるかと思っていたが4歳と2歳ではまだ順番を守るのは難しいようだ。盥の中に入っている紫音が動こうとしなくて、青慈は涙目になって堪えている。

「かわってー!」
「やーの!」
「あいたん、しおたんがかわってくれないー!」

 拒否し続ける紫音に、青慈が藍に泣き付く。

「紫音、順番で遊ぶ約束でしょう?」
「やーの!」
「順番が守れるいい子だと、私は紫音のこと、信じてる。代わってくれるの待ってるね」

 頭ごなしに叱ったりせずに、びしょ濡れで泣き出しそうになっている青慈を慰めつつ、藍が辛抱強く盥の前で待っていると、紫音がしょんぼりとして盥から出て来る。

「せー、ごめちゃい」
「しおたん、いいよ」

 青慈を待たせていたことは分かっていたようで謝る紫音に、青慈は明るく許して喜び勇んで盥の中に入っていった。

「青慈は、やろうと思えば、紫音を持ち上げることもできるはずなのに……」

 2歳のときにはひと蹴りで大黒熊の顎を砕き、3歳のときには飛び蹴りで魔族の股間を潰した青慈。本当に怒っていたなら、実力行使で紫音を盥から追い出すことも、紫音が入ったままの盥をひっくり返すこともできたはずだ。それをしないで、泣きそうになりながら藍に訴えるだけで我慢したのは、4歳にしては見上げた自制心だと朱雀は感心していた。
 盥の中で遊ぶ青慈に近寄ると、上半身裸で紫音に如雨露で水をかけられてはしゃいでいる。

「青慈は、紫音を持ち上げたり、無理やり盥から出したりしなかったね。偉いよ」
「せー、えらい?」
「うん、とても偉い」
「えいってしていいのは、てきだけなんだって、あいたんとあんたんとみどりたんがいってたの。しおたんは、てきじゃない。せーのいもうとだもん」

 紫音は妹で、大事だから絶対に自分の腕力を使ったりしない。
 それを誓っている青慈は、藍と杏と緑の教育がよかったのだろう。

「しー、せー、えい! ちない」
「しおたんもしないよね。せーはしおたんのおにーたんだもんね」
「あい、にーた!」

 紫音も蹴りや殴りを練習しているが、青慈にはしないし、家族にもしないと教え込まれているようだった。

「紫音も青慈もなんていい子なんだろう」

 子どもたちの成長を感じられて、朱雀は今日は最高の誕生日だと感じていた。
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