あなたへの道

秋月真鳥

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一章 勇者と聖女と妖精種

16.家族のお誕生日

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 藍と杏と緑がいてくれるから朱雀は青慈と紫音を余裕を持って育てられていたが、三人のいない時期は青慈だけでも毎日が戦争だった。決して青慈はものすごく我が儘でも癇癪持ちでもなかったが、お腹が空けば時間を問わず機嫌が悪くなって泣き、オムツが濡れれば替えるまで泣き続け、料理をするときにも台所に柵を付ければ朱雀のところに行きたいと引き付けを起こしそうになるまで泣き喚き、機嫌がいいときもいつ何を口に入れるか分からないような状態だった。畑仕事をしながら、調合もして、青慈の食事を用意し、汚せば着替えさせるという生活は、本当にどうやって一人でこなしていたか朱雀ももう思い出せない。
 紫音を拾ったときには既に藍と杏と緑がいてくれて、三人の協力があって紫音も無事に2歳の誕生日を迎えることができた。本当の誕生日がいつかは分からないが、発達度合いから二人ともこれくらいだろうと考えられる春を朱雀は青慈と紫音のお誕生日にした。

「青慈と紫音が健康にいい子で育っているのは、藍さんと杏さんと緑さんの協力なくしてはできなかったことだよ。本当にありがとう」
「そんなこと言って、水臭いわよ。私は紫音と青慈が大好きでやってるんだから」
「私も藍さんも朱雀さんも、緑さんも、青慈も紫音も、本当の家族よりも自分の家族だと思ってるわ」
「私も、ここでの暮らしがとても楽しくて幸せよ」

 改めてお礼を言えば藍も杏も緑も暖かい言葉を口にしてくれる。晩ご飯は戦争になりかねないので、おやつの時間に出して来たケーキを見て、青慈と紫音の目がきらりと光る。

「おいしそう! おとーたんがつくってたやつ?」
「青慈と紫音のお誕生日のために作ったんだよ」
「たらきまつっ!」
「紫音、まだ切ってないからね?」
「たらきまつっ!」

 手を合わせてもう「いただきます」をして食べる気満々の紫音のためにお茶を淹れて牛乳を入れて、白地に青い花の描かれた茶杯に注ぐ。青慈の分も用意して渡すと、待てなかったのか二人は小さな茶杯を手に取ってぐびぐびと一気に飲み干してしまった。

「もいっちょ!」
「おかわり!」
「喉が渇いてたのかしら」
「もう一杯あげようね」

 紫音も青慈もお昼寝から目覚めたばかりで喉が渇いていたようだった。もう一杯小さな美しい茶杯に注いで渡すと、次は待っていられる。ケーキを切って皿に乗せて藍に渡すと、藍は紫音の分は一口大に切ってから紫音の前に置いて、青慈の分は先の割れた匙と共に渡した。
 紫音は豪快に手掴みで、青慈は先の割れた匙でケーキをものすごい勢いで食べていく。吸い込むように食べられるケーキは作った甲斐があるというものだ。微笑ましく二人を見ながら朱雀も藍も杏も緑も牛乳の入ったお茶とケーキを楽しんだ。
 食べ終わるとお口の周りを拭いてもらって、青慈と紫音は子ども用の椅子から降りて床で遊びだす。足元で青慈と紫音を遊ばせながら、朱雀は藍と杏と緑に話をしていた。

「青慈は4歳、紫音は2歳になったわけだけど、私は御誕生日を祝うなんてことをずっと知らなかった。藍さんと杏さんと緑さんのお誕生日も祝わせてもらっていいかな?」
「私のお誕生日を祝ってくれるの?」
「それだったら、私たちは朱雀さんのお誕生日を祝わないといけないわね」
「私は長く生きているしお誕生日がいつかなんて忘れてしまった。夏生まれだったことだけは覚えているけれど」
「それでも構わないわ。私たちは家族でしょう? みんなでお互いのお誕生日をお祝いしましょう」
「その分だけ、ご馳走を食べられる機会が増えて青慈と紫音も喜ぶわ」

 そう言われると朱雀も断りにくくなる。
 藍は誕生日を祝われるのが嬉しそうで、杏は朱雀の誕生日を祝ってくれるといっていて、緑もそれに賛成している。青慈と紫音を理由にして朱雀に断れなくしたのは藍だ。

「私は冬生まれよ」
「私は秋生まれ」
「杏さん、私と同じね。私も秋よ」

 藍は冬生まれ、杏と緑は秋生まれということを教えてくれた。
 春は青慈と紫音のお誕生日を祝って、夏は朱雀がお誕生日を祝われて、秋は杏と緑のお誕生日を祝って、冬は藍のお誕生日を祝う。一年のどの季節にもお誕生日があることは食いしん坊の青慈と紫音にとっては嬉しいことなのかもしれない。お誕生日のたびにケーキとご馳走が食べられる。
 晩ご飯は若鶏を一匹丸々窯で焼いたものと炊き込みご飯と卵とキノコのお汁を出したが、大喜びで食べていた紫音も青慈も、遊び付かれたのか食べ終わる頃にはうとうとと眠りかけていた。
 晩ご飯の前にお風呂には入れてあるので、着替えさせて後は寝かせるだけだ。朱雀の寝室に寝かせてから、朱雀は台所で調合を始めた。
 最近はこれまで作らなかった魔法薬をたくさん調合している。青慈と紫音の服を染めるために薬草を煮出したのも、朱雀にとっては初めての経験だった。妖精種の村を出るときに持ち出してきた薬草学の本を捲りながら、もっと知識が必要だと朱雀は痛感していた。
 青慈と紫音を守るためにはもっと強い力が必要だ。
 今では朱雀にとって守りたいのは青慈と紫音だけではなくなっていた。藍も杏も緑も大事な朱雀の家族だ。全員が不自由なく暮らせて、魔族からも身を守れるようにしなければいけない。
 そのためにはもっと知識が必要だった。
 調合を終えた朱雀は、寝室に戻って赤ん坊用の柵付きの寝台で眠っている紫音と、自分の大きな寝台で眠っている青慈の顔を覗き込む。二人とも健やかに眠っていた。丸い頬を撫でると、青慈がふにゃりと笑う。
 眠りながらでも朱雀のことが分かるのだろう。
 妖精種の村を出てから二度と村に戻ることはないと考えていたが、朱雀のことを兄弟のように育った同年代の仲間たちは止めた。それを振り切って、朱雀は村を出た。
 寝室の端に置いてある机について、朱雀は机の上に置いてある赤い鳥の形に彫られた石を撫でる。赤い鳥がほんのりと光を発して、魔力を示している。

青龍せいりゅう……」

 妖精種の村を出るまで親友だった相手の名前を呼ぶと、赤い鳥の上に青灰色の髪に青い目、褐色の肌の小柄な女性の姿が浮かび上がる。

『朱雀! どうしたの? ずっと連絡もせずに、元気かどうか心配していたのよ』
「訳あって勇者と聖女を育てている。勇者と聖女と家族を守るために力を貸してほしいんだ」
『詳しいことは話せないの? 私にできることならなんでもするけど』

 妖精種の村にいた頃から親切だった彼女、青龍は快く請け負ってくれる。

「調合に関する文献を集めたいんだが、お願いできるか?」
『いいわ。勇者様と聖女様を守りたいのね。集めて届けるけど、詳しいことはそのうちちゃんと話してね』

 妖精種同士の会話なので、「そのうち」というのが、これから百年か二百年以内ということであっても構わない程度の大らかさが青龍にはあった。新しい文献が届けば、朱雀は新しい魔法薬も調合できるようになる。

玄武げんぶにも声をかけておきなさいよ。薬草調達に必要でしょう?』

 青龍に言われて朱雀は気付く。どれだけ文献があろうとも、特殊な薬草は朱雀の畑ではまだ育てていないので、薬草の調達も考えなければいけなかった。

「分かったよ、ありがとう、青龍」
『あなたが私のことを思い出してくれて、頼ってくれて嬉しいわ。私たちは兄弟みたいなものだものね』

 これまでずっと妖精種の村には頼らないと決めて生きてきたが、青慈と紫音を守るためにはどうしようもなくなった。そんな状況で声をかけた青龍は快く朱雀を受け入れてくれる。
 頑なだったのは自分だったのかと、朱雀は自分を反省していた。

「玄武……私のことを覚えているか?」

 青龍との魔法の通信が終わって朱雀がもう一度赤い鳥の置物を撫でると、長身に褐色の肌、短く刈った黒髪に黒い目の耳の尖った妖精種の男性が立体映像で映し出される。夜も更けているのに外にいるのか、周囲から虫の声が聞こえてきている。

『忘れるわけがないだろう。朱雀、元気だったか?』
「私は元気で気楽にやっている、と答えたいところだけど、最近困りごとがあって」
『なんだ? 教えてくれ。俺にできることならなんでもしよう』

 兄のように慕っていた妖精種の玄武は、あっさりと朱雀の要請に応えてくれる。朱雀だけが気にして連絡を取っていなかっただけで、青龍も玄武も朱雀をそっとしておいてくれたが、連絡が来るのを待っていてくれたようだ。

「新しい薬草と、種が欲しい」
『今、ちょうど収穫をしていたところだ』
「この時間にか?」
『あまり日に当たりたくなくてな。それにそんなに遅い時間でもないぞ』

 言われてみれば青慈と紫音と眠るようになってからやたらと早寝早起きになっているだけで、今の時間が深夜というわけではなかった。まだ夜の始めといったところだ。太陽の光に目が弱い玄武は、できるだけ日中は外で活動しないし、日が出る前に畑の世話をして、日が落ちてから収穫に行くような生活をしていたのだと思い出す。
 通信の魔法一つにしても、朱雀は魔法具がないと使いこなせないが、玄武や青龍たちは魔法具がなくても通信を受け取ることができる。だから夜の畑でも玄武は朱雀の通信にすぐに応じてくれたのだ。

『青龍にもなにか頼んだのか?』
「文献を頼んだよ」
『それなら全部合わせて、白虎びゃっこに持って行ってもらおう』

 青龍、朱雀、白虎、玄武と妖精種の村で仲の良かった四人組。妖精種は生殖能力が低いので年の近い四人は兄弟姉妹のようにして育てられていた。
 白虎がこの家に来る。
 朱雀はそれが楽しみなような、少し怖いような気がしていた。
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