あなたへの道

秋月真鳥

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一章 勇者と聖女と妖精種

13.魔王の手先

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 山の中に立つ一軒の二階建ての母屋と平屋の離れの棟。広い庭があって、その周囲はぐるりと高い木の柵で覆われており、山の動物が入ってくることもない。水は川から引いて浄化して使っていて、常に潤沢にある状態だ。食料保存用の氷室には常に大量の食糧が入れてあって、基本的な生活に困ることはない。
 台所の火は魔法具を利用して、誰でも点けられるようにしているが、青慈や紫音は背の高さ的にまだ届かないし、台所に大人がいないときには柵で区切っていて入れないようにしているので、危険もない。
 冬の間は暖炉に火をくべて、朱雀は山に籠っていた。困ることがあるとすれば、雪が降り積もる日に水が凍って出ないことがあるくらいだ。それも水を通す管に魔法を使って、溶かしてある程度は対処できる。対処できないときは、川自体が凍ってしまっている可能性がある。
 川が凍ることなど年に一度あるかないかなのだが、そのときのために朱雀の家では魔法のかかったかめに水を溜めて使えるようにしていた。それほど大きくない甕なのだが、中は拡張されていて家のものが一週間くらいは使える量の水を貯蓄している。
 その年の冬は寒くて、珍しく川が凍った。大人は冬場なので一日や二日は風呂に入らなくても平気だが、青慈はまだ漏らしてしまうことがあるし、紫音はオムツを使っているので、汚れた場合にはお湯で洗わなければいけない。
 沸かしたお湯をたらいに入れて、適温になるように水を加えて、朱雀は紫音のお尻を洗う準備をしていた。ウンチが出て気持ちが悪いのか、紫音は人参を抱えてオムツを脱がされた状態でぷるぷると震えていた。
 盥のお湯の準備ができると、藍が紫音の服を全部脱がせてしまって、盥の中に座らせる。洗ってもらって紫音は気持ちよさそうに目を細めていた。

「川が凍るほどの大寒波はここ数年なかったんだけどな」
「今年は雪も酷くて、雪下ろしも大変だものねぇ」

 例年にない寒さに、暖炉で火を焚いていても部屋はどこか底冷えがして、寒々しい。そんなときに、杏と緑が青慈と紫音のために外套を編んでくれた。

「二人の防寒具のために使ってよかったのに」
「私のは作ったのよ。その残りで編んだの」
「紫音も青慈も少しは外に出たいわよね」

 今年の冬は特に寒いので、朱雀は防寒の魔法のかかった毛糸を杏と緑と藍が求めたので、手持ちのものをあるだけ渡していた。三人で協力して防寒具を編んだ後に、残った毛糸で杏と緑は青慈と紫音の分まで作ってくれていた。
 青慈はまだ3歳で、紫音はまだ1歳。体が小さいのであまり毛糸の量はいらなかったようだ。
 お湯から上がって服を着せてもらってから、毛糸で編まれた外套を着せてもらった紫音はすっかりと機嫌を直していた。青慈も外套を着せてもらって飛び跳ねている。

「おそと、いける?」
「私と緑さんが雪下ろしをしてる間、朱雀さんは山を見てきたらどうですか?」
「川が凍ったの、気になってるんじゃないですか?」

 杏と緑に言われて、朱雀は確かに川が凍るようなことはなかなかないので気になっていたことを見抜かれていたのだと思う。川の様子を見に行きたい気持ちはあったが、青慈と紫音を連れて行っても平気だろうか。

「藍さん、ついてきてくれるか?」
「青慈、紫音、よかったわね。お外に行けるわよ」
「おそとー!」
「おととー!」

 外套を着て喜んで部屋を走り回る青慈と紫音に、藍も編んだ毛糸の上着を着て準備していた。扉を開けて外に出ると、雪は止んでいたが、積もった雪の中に青慈も紫音もずぼっと下半身埋まってしまって動けなくなっている。藍が紫音を抱き上げて、朱雀が青慈を抱き上げる。
 冬の太陽は強くはないが、雪が日差しを照り返して、目が眩むほどに外は明るかった。深い雪を掻き分けながら歩く朱雀の腕の中で青慈は大人しくしている。紫音も藍に抱っこされて大人しくしていた。
 川に近付いてから、朱雀は異変に気付いた。
 簡単に川が凍るはずはないとは思っていたのだが、川の水が流れる音がしている。確かに今年の寒波は例年にない強さだったが、それでも川が凍るようなものではなかった。

「川は凍ってなかった……それならどうして水が止まったんだ?」

 原因究明のために川から水を引く管を設置している場所まで上がって行くと、不自然に管が捻じ曲がっているのが見えた。捻じ曲がっているせいで川の流れに管が入っていなくて、これでは水が通るはずがない。

「管が曲がっている……こんなこと、山の動物にできるか……」

 おかしいと思いながら青慈を藍の元に置いて管を修理していると、雪原に影が落ちた。何事かと思って振り返れば、背中に黒い翼の生えた魔族が、紫音を抱いて青慈を足元に立たせている藍の前に降り立っていた。

「これは、もしや、勇者と聖女では? 使い魔の大鴉の波動がこの近くで消えたのは、そのせいだったか」
「近寄らないで!」
「その子どもたちを渡せ、女!」

 近寄って来る魔族から逃れようと藍は下がるが、魔族は雪を掻き分けてずんずんと近付いてくる。

「ぎょえええええ!」
「ぎょわああああ!」

 大事に青慈が抱いている大根と、紫音が握っている人参が、威嚇するように魔族に向かって吠えているが、それすらも魔族は気にしていない様子だった。

「命が惜しければ、その子どもを渡せ。お前も大黒熊の餌にはなりたくないだろう?」

 この魔族が青慈を追い駆けて、青慈の両親を死なせたのだ。そのことに気付いた朱雀の行動は早かった。雪を蹴って跳躍して魔族の前に立って、魔族を仕留めようと肉体強化の魔法を唱える。

「えい!」

 それより先に、朱雀の足元をすり抜けて前に出た青慈が、小さな足で魔族に飛び蹴りをくらわす方が早かった。股間を蹴り上げられて、魔族が雪の上に倒れ込む。魔族のはいているズボンの股間は真っ赤に染まっていて、魔族は血を吐いてもがき苦しんでいる。

「あいたん、せー、めっしたよ!」
「青慈、さすがだわ!」

 苦悶の声を上げている魔族は青慈の両親を殺した相手。容赦する必要はないと、朱雀は首に腕を回してその首の骨を折って息の根を止めた。

「この魔族が水を止めていたのか……」
「おみず、こいつのせーだった!」
「ないない!」
「せーがないないしてあげたから、もうへーき!」

 指さして魔族を責める紫音に、胸を張っている青慈。二人に凄惨な場面を見せたくはなかったが、仕方がないと朱雀は炎の魔法で魔族を焼き払った。周囲の雪が炎で溶けて土が見える。

「魔族はまだ勇者と聖女を探していたのか」
「こいつの単独行動だったらいいんだけど……」

 この魔族が戻って来ていないことに気付いて、探されるかもしれない。その結果として朱雀の家に辿り着いてしまったら面倒だ。消し炭になった魔族は土に埋めて、朱雀は青慈と紫音と藍と一緒に家に戻った。

「結界の魔法は得意じゃないんだが、そういうことは言っていられなくなったな」

 家に戻ると朱雀は魔法書を取り出して、家の敷地を全て覆うような結界を編んでいく。魔法は得意ではないので粗いところもあるが、ないよりはましだろう。
 これから魔王の手先がこの家を発見してしまったら、青慈も紫音も平穏には暮らせなくなる。いつかは魔王と相対しなければいけない日は来るのかもしれないが、青慈はまだ3歳で、紫音はまだ1歳。もう少し大きくなってからであってほしいと朱雀は願っていた。
 そのために青慈と紫音を守らなければいけない。
 立派に成長した青慈と紫音が魔王を退治できる日まで、あとどれくらいかかるのか分からない。その日まで青慈と紫音を守り切れるのかも分からない。
 それでも、できることは全てしようと朱雀は心に決めていた。
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