あなたへの道

秋月真鳥

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一章 勇者と聖女と妖精種

10.梅雨の濡れ縁

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 外はしとしとと雨が降っている。
 季節は夏に近付いて、長雨が続くようになった。山の中の家の氷室にも朱雀の鞄にも食料は潤沢にあるし、毎日の畑の水やりがないので楽ではあるのだが、子どもたちはそれだけでは済まない。
 春の間、毎日のように庭で遊んでいた青慈と紫音は、靴を履かせろと持って来て藍を困らせている。

「お外は雨なの。あーめ。びしょびしょになって、風邪を引くから、お庭では遊べない」
「かぜ、おとーたんのおくつり、ある!」
「くっく!」
「おくつはいて、おとと、いく!」

 外で遊びたくてたまらない青慈と紫音は、すっかりと体力を余らせていた。

「分かった、かくれんぼしましょ?」
「かくえんぼ?」
「んぼ?」
「お家の中で、見つからないように隠れて、私が探しに行くの」

 新しい遊びを提案されて、青慈と紫音は靴を投げ出して隠れ場所を探しに行った。青慈は長椅子の後ろにしゃがんで隠れた気になっているが丸見えである。紫音はその場に倒れ込んでお目目をお手手で隠して、隠れた気になっている。

「どこかなー? 全然見つからないなー」

 隠れるのが下手な二人を藍は見付からないふりをして遊んであげていた。
 かくれんぼが終わると、藍は紫音と青慈を膝の上に抱き上げて、長椅子に座って絵本を読む。藍は字を読めるので、紫音と青慈は買ってもらった絵本を何度も藍に読んでもらっていた。
 絵本を読んでいると紫音と青慈の頭がぐらぐらとし出す。お昼ご飯もお腹いっぱい食べて、そろそろお昼寝の時間だった。絵本が終わる頃にはすっかり眠ってしまった青慈と紫音を、藍は寝室で寝かせてくる。
 その間ずっと台所で杏と緑に調合を教えていた朱雀は、藍が戻ってきたところでお茶を淹れて休憩にした。
 小さな白い陶器の湯飲みに香り高い花茶を注ぐと、部屋中に茉莉花の匂いが漂う。

「雨が止んでくれないと、二人とも退屈してるわ」
「外で遊びたがるからなぁ」
「庭に屋根があればいいのに」

 ぽつりと零した藍の言葉に、朱雀はその案を採用することにした。
 庭に木の柱を立てて、木の屋根を作って雨が降っても濡れない場所を作る。それほど広くはできなかったが、窓から繋がるようにしておけば、屋根の下で青慈と紫音は遊ぶことができる。
 木の床もつけて、少し高めにしておけば、雨水が流れ込んでくることもない。
 肉体強化の魔法は得意なので、柱を立てるのも屋根を作るのも自分でやってしまった朱雀は、出来上がった屋根付きの濡れ縁に、昼寝から起きて来た青慈も紫音も大喜びで駆けて行った。
 濡れ縁の端から端まで走り回り、人参や大根と追いかけっこをする。屋根からちょっと手を出して雨に触ってみて、「ちめた!」と言って手を引っ込める。
 朱雀の作った濡れ縁は子どもたちにとっては十分な広さだったようで、雨の中でも楽しく遊んでいた。

「夏になったら日差しが強くなるでしょう。そのときに暑さで青慈と紫音が体調を崩さないか心配だったのよ」

 濡れ縁ができたら日陰になるのでそこで遊ばせられると、藍も朱雀に感謝していた。
 山の中に家を建てたのも朱雀であったし、離れの棟も朱雀の手で建てた。自分で何でもできるように生きて来たのがこんな風に役に立つとは思っていなかったので、感謝されて朱雀も不思議な気持ちになった。
 魔法の才能がなくて妖精種の村を追い出されてから、朱雀は二百年近くをこの山で一人で過ごした。寂しいとも思わなかったし、不便だとも思わなかった。誰にも邪魔されずに一人で暮らすのは気楽で、時々麓の街に降りて魔法薬を卸して生活必需品を買うくらいで、それ以外はずっと誰にも合わない生活。
 魔法薬を求める客が訪ねて来ることはあったけれど、それも年に何度かだけ。
 そんな暮らしをずっと続けるのだと思っていたら、天使のように青慈が朱雀の前に舞い降りた。青慈を引き取って育て始めたら、藍と杏と緑が一緒に暮らすようになって、紫音も拾うことになった。
 一人で平気だったはずなのに、青慈が大きくなってこの家を出るという日が怖くて堪らない。自分がこんなに変わるとは朱雀も思っていなかった。
 雨の中で濡れ縁で青慈と紫音が二人で並んで座って、雨に打たれる畑の薬草を見ている。青慈の隣りには大根がお行儀よく座って、紫音の手には人参が握られてじたばたともがいている。
 平和な日々がこのまま続けばいいのだが、それは不可能だと朱雀には分かっていた。
 魔王たちは既に動き出している。
 青慈が勇者であることは知られていないし、紫音が聖女であることも分かっていないだろう。勇者は追っ手の魔族が殺したことになっているはずだ。それでも、魔王は聖女を探して刺客を放っている。
 紫音が見付かることはないとは思っているが、魔王と勇者と聖女が呼応する関係ならば、いつかは居場所を知られてしまうかもしれない。

「青慈と紫音のそばにいたら、あなたたちも危ないかもしれない」

 濡れ縁で座っている青慈と紫音を見ながら、お茶を飲んでいる藍と杏と緑に言えば、三人は笑いながら答える。

「そうだとしても、私は青慈と紫音から離れられないわ。こんなにも可愛いんだもの」
「何があっても、私はここで働く! 魔王なんて怖くないわ」
「青慈と紫音が危ないなら、尚更二人にちゃんと仕込まないと」
「何を仕込む気!? 青慈はまだ3歳で、紫音はまだ1歳だよ!?」
「それは、ねぇ? 防衛術?」

 青慈と紫音を心から愛している藍と、魔王など怖くないという杏と、防衛術を二人に仕込むという緑。三人がいてくれるのは心強いのだが、3歳児と1歳児に妙なことは教えてほしくない。

「防衛術を教えるのはやめてほしい」
「青慈は2歳で大黒熊を倒したじゃない。絶対才能があるんだって」
「そういう問題じゃない!」

 勇者である青慈は確かに2歳で大黒熊の顎を蹴って砕いたが、3歳児にそんな過激なことを教えるのは親代わりとしてどうかと思ってしまう朱雀だった。

「おとーたん、びちょびちょ」
「へくち!」

 いつの間にか朱雀のことを「おとーたん」と呼べるようになっている青慈が、濡れ縁の端に座っていたので斜めに振り込む雨に降られて濡れてしまったようだ。隣りに座っていた紫音はくしゃみをしている。
 慌てて青慈と紫音を回収すると、朱雀はお風呂で身体を温めて、着替えさせた。紫音と青慈の鼻からは、たらりと洟が垂れている。

「風邪を引いたかしら」
「おくつり! せー、おくつり!」
「私の薬があるから平気だとか思わないでね? 今度から濡れない場所で遊ぶんだよ」
「あい!」

 洟を垂らしている青慈と紫音に風邪薬を飲ませると、苦さに二人の顔が歪む。朱雀が薬を作れるから平気だと思っていた青慈も、薬の苦さに考えを改めたようだった。

「もう、びちょびちょ、ちない」
「ないない」

 口直しに甘い砂糖菓子をもらっても、口の中の苦みは消えなかったようで、しばらく青慈と紫音はしかめっ面をしていた。
 雨の上がった日に、青慈と紫音を連れて、朱雀は藍と森の中を歩いていた。ぬかるんだ森の中を、朱雀は花を摘みながら進んで行って、紫音は人参を抱き締めてよちよちと歩いている。
 朱雀が向かった先は、約三年前に青慈の両親の亡骸を埋めた場所だった。

「一度もここに来たことがなかった。もっと早く連れてくればよかったね」
「こえ、なぁに?」
「ここに、青慈のお父さんとお母さんが眠っているんだよ」
「せーのおとーたん、いるよ?」
「私は本当のお父さんじゃないんだよ」

 木の杭を立てて目印にしていたその場所は、大黒熊に荒らされた形跡はなかった。青慈からもらった花を、朱雀は手に握ってじっと見つめる。

「この花は、青慈の本当のお父さんとお母さんに上げてもいいかな?」
「いいよ! またつむ!」

 青慈からもらった花を木の杭の根元に備えると、藍が手を合わせている。藍の真似をして紫音も人参を置いて手を合わせていた。

「青慈、こうやって手を合わせてお祈りをするんだよ」
「なんていのるの?」
「なんだろうね……青慈が今日も元気なことを伝えたらいいんじゃないかな」

 手を合わせて祈る姿を見せると、朱雀に倣って青慈も手を合わせる。
 帰り道で青慈が朱雀に聞いて来た。

「ほんとうのおとーたんとおかーたんって、なぁに? おとーたんとちやうの?」
「青慈を産んでくれたひとたちだよ。私は青慈を山で拾った。血は繋がってないんだ」

 そこから話をしなければいけなかったのだと朱雀は反省する。青慈には両親がいて、両親は青慈の命を守るために魔族から逃げて、この山で命を落とした。命懸けで守ってくれた両親が青慈にはいたのだと伝えなければいけない。
 それが、青慈を育てさせてもらっている朱雀の義務のような気がしていた。
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