末っ子王子は貧乏令嬢を見初める ~御令嬢は実は凄腕冒険者でした~

秋月真鳥

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五章 十六歳の性教育

2.お魚四号さんの赤ちゃん

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 夏休みの最後の日、ロヴィーサ嬢が魔窟からの報告書の中に手紙が入っているのを見付けて、僕を呼んだ。手紙の封を開けて二人で読んでみると、お魚四号さんとオリーヴィアさんからの報せだった。

「赤ちゃんが生まれたそうですよ」
「あの卵が孵ったんですね」

 嬉しい知らせに僕とロヴィーサ嬢は出かける準備をした。
 お魚四号さんとオリーヴィアさんの赤ちゃんはどんな姿をしているか分からない。マーマンとマーメイドの夫婦と赤ちゃんにどんなお祝いを上げればいいのかも分からない。
 今、できることはお魚四号さんとオリーヴィアさんを心からお祝いすることだけだった。

 魔窟まで魔法石で飛ぶと、入口のホールのようになっている部屋で赤ちゃんの泣き声がしていた。
 僕とロヴィーサ嬢と爺やが入って行くと、オリーヴィアさんが明るい表情でこちらを見る。

『無事に孵化したんですよ。見てやってくれますか?』

 オリーヴィアさんは自分の入っているバスタブのようなものの横に大きな水槽を置いていた。その中でマーマンの赤ちゃんとマーメイドの赤ちゃんが泳いでいる。

「双子ですか?」
『マーメイドは複数卵を産むので双子や三つ子や四つ子が珍しくないのですよ』

 お魚四号さんが説明してくれる。

「僕は双子を見るのは初めてです。似ていませんね」
『男女の双子ですからね。それに卵が違いますから』
「卵が違うと、似ていないのですか?」

 質問攻めにする僕に、ロヴィーサ嬢がゆっくりと話してくれた。

「人間もそうですが、双子には二種類あって、一卵性双生児と二卵性双生児です。一卵性双生児は一つの卵子から何かの要因で卵子が二つに割れたもので、その双子は性別も同じでそっくりです。二卵性双生児は二つの卵子に同時に受精したもので、性別が違うこともあれば、それほど似ていない姉妹、兄弟になることもあります」

 ちょっと難しい。
 卵子というのは卵のことだろうと思うけれど、人間と卵にどう関係があるのだろう。
 受精というのはどういう意味なのだろう。

 実のところ、僕は性教育というものをはっきりと受けたことがない。
 赤ちゃんが生まれるのは、男性と女性がいなくてはいけないことは分かっているのだが、はっきりとどういう行為をすれば赤ちゃんに繋がるのかを知らなかった。

 十六歳にもなっておかしいと思うかもしれないが、僕は十二歳まで病弱で死にかけていて勉強どころではなかったのだ。色んなことが遅れていても仕方がない。

 ロヴィーサ嬢に真正面から聞くのは少し恥ずかしい気がしたので、今度王城に行ったときに父上にでも聞いてみることにしよう。

 それはともかくとして、双子の赤ちゃんだ。
 マーマンの方が男の子で、マーメイドの方が女の子だろう。
 上半身が魚で下半身が人間のマーマンの赤ちゃんと、上半身が人間で下半身が魚のマーメイドの赤ちゃんが泳いでいる。

『本当はこの子たちは三つ子だったのです。卵は三つありました。一つは生まれる前に死んでしまいました』
『三つ目の死んでしまった卵の分も、私たちはこの子たちを大事に育てようと思います』
『名前は私たちでつけてありますが、人間には発音できません。どうか、人間の呼び名をつけてくださいませんか』

 三つ目の卵が死んでしまったと聞くとしんみりしてしまう。
 悲し気に目を伏せたオリーヴィアさんとお魚四号さんに、僕はロヴィーサ嬢の方を見る。ロヴィーサ嬢は僕の手を握っていた。

「生まれてきた赤ん坊が平和に暮らせるようにこの領地を治めていきたいと思います。エド殿下、お名前はどうしますか?」
「男の子の方はお魚五号ではないでしょうか?」
「女の子の方はどうしましょう?」
「ロヴィーサ嬢、なにかいい名前を考えてくれませんか」

 男の子の方は僕の中ではもう完全にお魚五号と決まっていた。それを口にするとお魚四号さんもオリーヴィアさんも苦笑している。

『私がお魚四号だから仕方がないですね』
『前の三人が気になりますが』
『気にしてはいけませんよ』

 お魚四号さんはもう自分の名前を受け入れている。
 しばらく考えてロヴィーサ嬢が口を開いた。

「ソイラというのはどうでしょう?」
「ソイラちゃん! 可愛いですね!」

 ロヴィーサ嬢の提案に僕が賛成すると、オリーヴィアさんは鱗に覆われた手で胸を撫で下ろしていた。

『普通の名前でよかったです。お魚五号とソイラですね』
『この子たちがもう少し大きくなったら、また子どもを作ろう』
『そうね。次は全部の卵が無事に生まれるといいわね』

 水槽の前で寄り添い合うオリーヴィアさんとお魚四号さんに、水槽の中でお魚五号ちゃんとソイラちゃんが『びぇびぇ』と泣いている。泣いたお魚五号ちゃんをお魚四号さんが、ソイラちゃんをオリーヴィアさんが抱き上げて水槽から出していた。

『お腹が空いたようですね』
『ご飯にしましょうか』

 抱っこされているお魚五号ちゃんとソイラちゃんに、僕はオリーヴィアさんが母乳を上げるのではないかと遠慮して席を外そうとしたが、それより先にオリーヴィアさんとお魚四号さんは茹でた魚の身をお魚五号ちゃんとソイラちゃんの口に入れていた。
 もりもりと咀嚼してお魚五号ちゃんとソイラちゃんは食べている。

「もう首が据わっているのですね」
『マーマンとマーメイドの子どもは生まれたときから首が据わっていて、自分で泳げます』
『食事も食べさせてあげれば食べられます』
『私、魚類ですから、母乳は出ないんですよ』

 お魚四号さんとオリーヴィアさんの言葉に僕はショックを受ける。
 確かにマーマンもマーメイドも魚類だった。出産は卵で行うし、お魚五号ちゃんもソイラちゃんも生まれてすぐなのに水槽で泳いでいた。
 ロヴィーサ嬢が首が据わっていることを指摘するまで、僕はお魚五号ちゃんとソイラちゃんが泳いでいることに違和感を覚えていなかったのだ。

「マーメイドとマーマンの子どもは、最初から固形物を食べて育つのですか?」
『魚や肉を中心に食べますよ。小さくしてあげないといけないけれど、基本的に大人と同じものを食べられます』
『骨は取り除いて、柔らかくしていますけれどね』

 僕の疑問にお魚四号さんとオリーヴィアさんが答えてくれる。茹でた魚を食べたお魚五号ちゃんとソイラちゃんは、水槽に戻って寝始めた。水の中でも寝られるのはさすがマーマンとマーメイドの子どもだ。

 マーマンとマーメイドの生態を知ることができて、僕にとってはとても有意義な訪問だった。

「お祝いに何を差し上げたらいいでしょう?」

 ロヴィーサ嬢の言葉に、お魚四号さんとオリーヴィアさんが答える。

『お祝いに来て下さっただけで十分です』
『私たちの生態を知っていただける。そのことが何よりもあり難いのです』
『私たちはこの国に来て、仲間とも離れて暮らしています。人間に理解してもらわねば暮らしは成り立ちません』
『周辺住民の皆様にも、私たちのことを伝えてください』

 そのことがお祝いになるのだとお魚四号さんとオリーヴィアさんは答えた。
 他に仲間のいない異国にお魚四号さんは魔窟の管理人として来てくれて、オリーヴィアさんはお魚四号さんを追い駆けて結婚するために来てくれた。二人がいなければ魔窟の周辺住民の安全は確保されていないし、魔窟は管理されていない。
 周辺住民にもお魚四号さんとオリーヴィアさんの赤ちゃんのお祝いに行くように促していくことが、僕とロヴィーサ嬢の仕事なのかもしれない。

 ミエト家に帰ってからも僕は興奮が冷めていなかった。
 マーマンとマーメイドの子どもを見たのなんて初めてだったのだ。

「次は抱っこさせてくれるでしょうか」
「エド殿下は抱っこしたかったのですか?」
「生まれたばかりなのに、抱っこさせてほしいというのは失礼かと思って我慢していたのです」
「次は言ってみたらいいと思います。きっと抱っこさせてくれますよ」

 優しくロヴィーサ嬢が答えてくれる。
 マーマンとマーメイドの抱っこの仕方など分からないけれど、それも聞いたら丁寧に教えてもらえるだろう。

 それにしても、卵子とは。
 そして、受精とはなんだったのだろう。

 これはものすごく大事なことのような気がする。

 花が種を作るために雄蕊の花粉を雌蕊につけるのを受粉と言っていたが、それと同じ感じがする。

「父上に聞いてみないと」

 僕は心を決めていた。
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