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四章 キスがしたい十五歳

4.エクロース家の舞踏会

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 エクロース公爵家の御令嬢が僕をプロムに誘った件以前は、エクロース公爵家はハーヤネン公爵家の催しにも、ミエト公爵家の催しにも来ていなかった。
 エクロース公爵家としても、公爵家として一番古いのはエクロース公爵家で、公爵家になったばかりのミエト公爵家やそのミエト公爵家と仲のいいハーヤネン公爵家には対抗意識があったのだろう。
 それが、僕が書いた手紙でエクロース公爵家は恐縮して催しに来てくれるようになった。

 ヘンリッキのお誕生日にもハーヤネン公爵家にエクロース公爵家の当主夫妻と嫡男が来て祝いの言葉を述べ、祝いの品を渡していた。
 そうなると、僕やヘンリッキの方もエクロース公爵家の催しに出ないわけにはいかなくなる。

 招待状が送られてきて、僕は舞踏会などは得意ではなかったし、夜に出歩くと次の日の高等学校に響くのであまり行きたくなかったが、ヘンリッキのお誕生日にエクロース公爵家の当主夫妻と嫡男が来ていたことを思い出して、ロヴィーサ嬢に相談する。

「エクロース家の舞踏会、どうしましょうか?」
「エド殿下の生活が一番です。エド殿下は学生なのです。ご無理はなさらないでください」
「でも、少しだけでも顔を出した方がいいような気がするのです。エクロース公爵家はハーヤネン公爵家のヘンリッキのお誕生日に来ているし、僕のお誕生日にも、ロヴィーサ嬢のお誕生日にも来ていました」

 行きたいわけではないが、行かなければいけないのではないかとロヴィーサ嬢に言うと、ロヴィーサ嬢は少し考えていた。

「飲み物と食べ物を持って行きましょうね。舞踏会はアルコールが普通に出ますし、エド殿下が食べられるものが出るか分かりませんからね」
「そうですね。飲み物は冷たいミントティーがいいです」
「ミントティー、お好きですね」
「隣国で飲んでから、あのすっきりした後味がすごく気に入りました」

 エクロース公爵家に行くのはちょっと憂鬱だが、ロヴィーサ嬢と計画を立てるのは楽しい。
 ロヴィーサ嬢はお弁当の中身も考えてくれた。

「カツサンドとコロッケサンドを作りましょう」
「トンカツとコロッケをパンに挟むのですか?」
「そうですよ。ソースをかけて、甘めの味付けにして」

 トンカツもコロッケもとても美味しい。それをパンに挟んだらますます美味しいに決まっている。
 僕はメニューを聞いただけでエクロース公爵家に行く憂さが晴れるようだった。

 エクロース公爵家にはハーヤネン公爵家のヘンリッキ一家も、バックリーン子爵家のアルマス一家も招かれていた。
 会場に通してもらうと、ロヴィーサ嬢がエクロース公爵家の当主夫妻に優雅にお辞儀をする。

「この度はお招きいただきありがとうございます」
「お越しいただきありがとうございます。楽しんでいっていただければ幸いです」
「エドヴァルド殿下はまだ高等学校に通っております。わたくしも研究課程の学生です。長居はできませんが、楽しませていただきます」
「ご無理をなさらずにどうぞ」

 こういうときに、長居ができないことを先に言っておけるロヴィーサ嬢はできた女性だと思う。僕のためにも、自分のためにも、夜更かしはしないと決めているのをはっきりと示せるのがすごい。

「今日はよろしくおねがいします」

 僕も軽く目礼をしたが、エクロース公爵家の当主夫妻は深々とお辞儀をしていた。

 アルマスとヘンリッキと合流して、僕はロヴィーサ嬢と四人で椅子に座る。踊りの輪ができていたが、そこに混ざる気はあまりなかった。
 ロヴィーサ嬢がマジックポーチから水筒を出して冷たいミントティーをグラスに注ぎ、僕とアルマスとヘンリッキに渡してくれる。
 爽快感のあるミントティーにアルマスとヘンリッキは目を丸くしている。

「これは面白い飲み物だな」
「喉がすっきりしますね」
「隣国の特産品なんだ。ヘンリッキも輸入してあげてよ」
「そうします」

 アルマスもヘンリッキもミントティーが気に入ったようだ。
 アルマスが僕に聞いてくる。

「あの後隣国の疫病はどうなったんだ?」
「治まったと聞いているよ。アルマスの薬のおかげで」
「それはよかった」

 隣国で蔓延し、国王陛下の命まで危機に陥れた疫病は、アルマスとアクセリとアンニーナ嬢の薬湯のおかげで患者がほぼいなくなった。隣国の情勢が落ち着き次第、アルマスとアクセリとアンニーナ嬢は恩賞を与えられると聞いている。

「またアルマスがお手柄だね」
「私の婚約者が誇らしいですね」
「ヘンリッキ、それは俺に直接言えよ」
「自慢したいんだよ」

 言い争っているアルマスとヘンリッキの間に甘い空気が流れているようで、僕は微笑ましくなる。アルマスとヘンリッキの関係もこうやって深まっていくのだろう。

 僕とアルマスとヘンリッキがロヴィーサ嬢にお弁当を出してもらって、カツサンドとコロッケサンドを食べながらミントティーを飲んでいると、僕たちと年の変わらない男女が話しかけてきた。

「高等学校で同じクラスなのですが、話す機会がありませんでした」
「王子殿下はアルマス様という逸材を見出したのですよね?」
「へ?」

 僕がアルマスを見出したことになっている!?

 よく分からないので話を聞いていると、男女は言っている。

「王子殿下が入学の際にアルマス様に近寄って、『面白い男だな』と言って学友にしたとか」
「アルマス様はそれ以後王子殿下を崇め奉っているとお聞きしてます」
「誰がそんなことを!?」

 僕は仰け反って驚いてしまったし、アルマスは爆笑しているし、ヘンリッキは複雑そうな微妙な顔をしている。

「みんなそう言っていますよ」
「さすがは王子殿下だと」

 あまりのことに言葉が出なくなった僕に、ロヴィーサ嬢もくすくすと笑っていた。
 僕とアルマスの関係はそのように見えてしまうようだ。
 僕としては不本意なので実際のところを話しておく。

「アルマスが僕に興味を持って近付いて来たんだよ」
「ご謙遜なさらなくてもいいのですよ」
「アルマス様のような優秀な方を見出すなんて、王子殿下は違いますね」

 否定しても全く聞いてもらえない。
 そのまま男女は離れて行って、アルマスは爆笑したままだった。

「違うのに」
「エドヴァルド殿下の権力の前ではそうなってしまうのでしょうね。話が湾曲するのはよくあることです」
「不本意です」
「不本意かもしれませんが、バックリーン家の威光を見ていると、エドヴァルド殿下と結び付けたくなる貴族が多いということですよ」

 ロヴィーサ嬢が穏やかに言ってくれるので僕は気持ちを落ち着けた。

 カツサンドもコロッケサンドも甘めのソースがよく合ってとても美味しい。もりもりと食べてから、僕は立ち上がった。

「帰って明日の高等学校の準備をしないと」
「そうですね。エクロース公爵家の当主夫妻にご挨拶をしてきましょう」

 辞することをエクロース公爵家の当主夫妻に挨拶に行ってくれるロヴィーサ嬢。僕も一緒に行ったが、僕が口を出すことは何もなかった。

「本日は短時間でしたが楽しい時間をありがとうございました」
「またいらしてください」
「ぜひ伺わせていただきます。今度はできれば休日の昼に」
「心得ました」

 自分の主張もはっきりするロヴィーサ嬢に、僕は感心してしまう。
 休日の昼ならば僕も行きやすいし、高等学校のことを考えないで済む。
 僕とロヴィーサ嬢が帰るので、ヘンリッキ一家も、アルマス一家も辞する挨拶をしていた。

 ミエト家に帰ると僕は眠くて欠伸が出ていた。
 まだシャワーも浴びていないし、明日の準備もしていない。

 ロヴィーサ嬢と順番にシャワーを浴びて、明日の準備をして、ベッドに入ると、眠気が襲ってくる。

 次に舞踏会に行くことがあれば、ロヴィーサ嬢と一曲くらいは踊ってもいいかもしれない。
 目を閉じて僕はロヴィーサ嬢と踊るのを夢見ていた。
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