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アレクシス(受け)視点
9.お茶会でのヒート事故
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ハインケス子爵家のお茶会には、ヴォルフラムの兄たちも参加していた。
二人とも栗色の髪に緑の目でヴォルフラムよりもやや小柄で顔立ちもヴォルフラムとはそれほど似ていなかった。
ハインケス子爵は栗色の髪に茶色い目、子爵夫人は金髪に緑の目で、ヴォルフラムの兄たちはハインケス子爵に似ていて、ヴォルフラムはものすごい美人の子爵夫人によく似ている。
「わたしはエッカルト・ハインケス。隣りに座っているのが妻のエルヴィーラです」
「初めまして、アレクシス・バルテルです」
「弟に先を越されてしまうなんて。わたしはユーリウス。まだ結婚していません」
二人ともアレクシスにはフェロモンの香りが感じられない。そのことを不思議に思っていると、ハインケス子爵が説明してくれた。
「エッカルトとユーリウスはベータなのですよ。ヴォルフラムはアルファでしたが、家を継ぐのは長男のエッカルトが相応しいと言って、バルテル家に婿入りすることになったのです」
普通ならばアルファが生まれればその子を優先的に後継者にするものだが、ハインケス子爵は第二の性をそれほど重視していない様子だった。
「ヴォルフラムには家を継ぐよりも、相応しいオメガと結婚したいという夢があったようで」
「相応しいオメガ、ですか?」
この結婚はハインケス子爵がバルテル侯爵家の権力を得るために画策したものと勝手に思い込んでいたが、そうではないようなことをハインケス子爵は言って来る。まるでヴォルフラムが自ら望んでアレクシスと結婚したような。
「父上、その話はいいだろう」
「借金も全額肩代わりしても構わないと言ったのに、それではアレクシス様の顔が立たない。アレクシス様には事業を立て直して借金を返す能力があるはずだとヴォルフラムが言うから……」
「父上! 黙ってくれ!」
白い頬を赤く染めて声を荒げるヴォルフラムにアレクシスは驚いてしまう。アレクシスの前ではいつも穏やかで優しいヴォルフラムが、両親の前では完全に子ども扱いだ。
「アレクシス様、今日はあなたとお話ししたかったんですの」
ハインケス子爵夫人に耳打ちされて、アレクシスははっと息を飲む。ハインケス子爵夫人の首には黒いベルベットのチョーカーが巻かれていた。
「わたくし、オメガなのですが、ずっとオメガなのだから馬に乗ってはいけない、一人で外出してはいけない、護身術を習うなんて許されないと言われていました。アレクシス様は学園の成績も首席で、剣術も体術もアルファすら敵わなかったとヴォルフラムが嬉しそうに話していました。馬にも乗れるのですか?」
「乗馬もできます」
「なんて素敵! これからのオメガはそうでなくてはいけません。わたくし、アレクシス様のようなオメガに憧れているんですよ」
オメガらしくない長身で筋骨隆々として、儚さも美しさもない自分がコンプレックスで、学園でもずっと孤立していたアレクシスはハインケス子爵夫人の言葉に目を丸くする。
孤立していたと思っていたのも、もしかするとアレクシスに近寄りがたかっただけなのかもしれないとすら思い始めていた。
「母上、ダメだよ。アレクシスはおれの夫なんだから」
「分かっていますわ。わたくしには愛しい番がいますからね」
母親にまで嫉妬するようなことを言うヴォルフラムも新鮮で驚きの連続だったアレクシスは、お茶会の会場に見覚えのある顔を見つける。
黒髪に金色の目、褐色の肌の男性は、ヴォルフラムが学園で学友だった第三王子に違いなかった。
「来ていたのか、フィリップ」
「夫人にお招きいただいて、来ないわけにはいかないだろう。ヴォルフラムの幸せそうな姿も見たかったし」
親し気に声をかけるヴォルフラムに、第三王子、フィリップは白い歯を見せて笑う。
フィリップからは森のような香りがして、アレクシスはフィリップがアルファだとすぐに分かる。
「自分の目の色そっくりの石が飾られたチョーカーをつけさせるなんて、ヴォルフラムらしいな。バルテル侯爵、結婚式以来ですね。ヴォルフラムはあなたを困らせていませんか?」
「ヴォルフラム様は紳士的で優しくて、わたしのことをよく気遣ってくれます」
「結婚式で拗ねて披露宴で退場したときには、この結婚は大丈夫かと心配しましたよ」
「拗ねて……?」
「フィリップも余計なことは言わないでくれ!」
第三王子とはいえ、学友なので親しいのだろう。ヴォルフラムは敬語ではなく喋っている。普段のヴォルフラムの姿が見られたようで嬉しく思ってから、アレクシスは自分の胸に手を置いた。
嬉しい?
なんで嬉しいのだろう。
考えているときに、ヴォルフラムがアレクシスに手を差し伸べる。
「この屋敷は庭もきれいなんだ。アレクシス、あなたに見せたい」
庭に誘われて、アレクシスはヴォルフラムの手を取る。
「庭を見せていただきます。少し失礼します」
「ヴォルフラム、冬薔薇が咲いているから、お見せするのだよ」
「アレクシス様、後でお話させてくださいね」
ハインケス子爵からも子爵夫人からも快く送り出されて、アレクシスは肩の力が抜けるようだった。
契約書まで作って結婚したのだが、ハインケス子爵も子爵夫人もアレクシスに子どもを早く作れというようなことも、番関係がどうなっているのだというようなことも口にしなかった。
まるで恋愛結婚でもしたかのようにアレクシスとヴォルフラムのことを応援しているように見える。
オメガらしくないアレクシスは自分が認められないのではないかという危惧を胸の奥に秘めていたが、それも杞憂だったようで、安心していた。
「このピンクの大輪の薔薇は、冬に咲くんだ。母上が好きで、母上が嫁いできたときに父上が植えたらしい」
「きれいですね」
ピンク色の大輪の花が咲き誇る冬の始めの薔薇園を見ていると、心が和んでくる。
ずっと怒りを抱えていたのが嘘のようにアレクシスは穏やかな気持ちになっていた。
「あなたも馬に乗れるのですよね?」
「もちろん。乗馬を許されなかった母が、子どもたちにはしっかりと乗馬の訓練をさせてくれた」
「春になったら、馬に乗って一緒に……」
ピクニックにでも行きませんか?
そう誘おうとしたとき、薔薇園の陰で悲鳴が上がった。
何ごとかと思って近寄ると、熟しすぎた果実のように甘ったるい香りが周囲に漂っている。
「フィリップ殿下、わたしの気持ち、受け取ってください!」
「近寄るな!」
脂汗を流して後退るフィリップに、白い肌を真っ赤にした男性のオメガが飛び掛かろうとしている。濃厚なフェロモンの香りに、アレクシスは反射的にヴォルフラムを見た。
番を持っていないアルファは、オメガのヒートのフェロモンにどうしても反応してしまう。ヴォルフラムが苦しそうに青みがかった緑色の目を見開いているのに、アレクシスは考える間もなく動いていた。
ヒートのフェロモンに反応しそうになっているフィリップに覆い被さる男性のオメガを引き剥がして投げ捨てると、右の小脇にフィリップ、左の小脇にヴォルフラムを抱えて屋敷の方に走る。
途中でお茶会の会場にいたハインケス子爵と夫人に声をかけておくことは忘れない。
「ヒートになったオメガが庭にいます。フィリップ殿下が襲われそうになっていたので、救出しました。部屋を貸してください。フィリップ殿下をお一人にさせてあげてください」
「フィリップ殿下はラットを起こしそうになっているのですか? 緊急の抑制剤を持って行きます。部屋に案内するように」
命じられた侍従が部屋に案内してくれて、アルファの発情であるラット状態に入りそうになっているフィリップを隔離することができた。
問題はもう片方の小脇に抱えているヴォルフラムのことだ。
ヴォルフラムも少なからずヒートのフェロモンを浴びてしまって、影響が出たはずだ。
「大丈夫ですか?」
「アレクシス……すまない、二人きりになってもらえないか?」
「部屋に案内してください」
ヴォルフラムを抱えたまま二人きりになれる部屋に連れて行くと、ヴォルフラムはアレクシスの首筋に顔を埋めてアレクシスに抱き着いていた。恐る恐る背中を撫でると、ふぅふぅとヴォルフラムが息を荒げているのが分かる。
「あなたの前で、他のオメガのフェロモンに反応しているところなど見せたくなかった」
「治まりそうですか?」
「もう少しあなたの匂いを嗅いでいたら落ち着くと思う」
首筋に触れる息が熱くてアレクシスは緊急事態なのに落ち着かない気分になってくる。
アレクシスとヴォルフラムが番になっていないことを知られてはいけないので、緊急の抑制剤ももらうことはできない。
ヴォルフラムが落ち着くまで、アレクシスはヴォルフラムの体を抱き締めていた。
二人とも栗色の髪に緑の目でヴォルフラムよりもやや小柄で顔立ちもヴォルフラムとはそれほど似ていなかった。
ハインケス子爵は栗色の髪に茶色い目、子爵夫人は金髪に緑の目で、ヴォルフラムの兄たちはハインケス子爵に似ていて、ヴォルフラムはものすごい美人の子爵夫人によく似ている。
「わたしはエッカルト・ハインケス。隣りに座っているのが妻のエルヴィーラです」
「初めまして、アレクシス・バルテルです」
「弟に先を越されてしまうなんて。わたしはユーリウス。まだ結婚していません」
二人ともアレクシスにはフェロモンの香りが感じられない。そのことを不思議に思っていると、ハインケス子爵が説明してくれた。
「エッカルトとユーリウスはベータなのですよ。ヴォルフラムはアルファでしたが、家を継ぐのは長男のエッカルトが相応しいと言って、バルテル家に婿入りすることになったのです」
普通ならばアルファが生まれればその子を優先的に後継者にするものだが、ハインケス子爵は第二の性をそれほど重視していない様子だった。
「ヴォルフラムには家を継ぐよりも、相応しいオメガと結婚したいという夢があったようで」
「相応しいオメガ、ですか?」
この結婚はハインケス子爵がバルテル侯爵家の権力を得るために画策したものと勝手に思い込んでいたが、そうではないようなことをハインケス子爵は言って来る。まるでヴォルフラムが自ら望んでアレクシスと結婚したような。
「父上、その話はいいだろう」
「借金も全額肩代わりしても構わないと言ったのに、それではアレクシス様の顔が立たない。アレクシス様には事業を立て直して借金を返す能力があるはずだとヴォルフラムが言うから……」
「父上! 黙ってくれ!」
白い頬を赤く染めて声を荒げるヴォルフラムにアレクシスは驚いてしまう。アレクシスの前ではいつも穏やかで優しいヴォルフラムが、両親の前では完全に子ども扱いだ。
「アレクシス様、今日はあなたとお話ししたかったんですの」
ハインケス子爵夫人に耳打ちされて、アレクシスははっと息を飲む。ハインケス子爵夫人の首には黒いベルベットのチョーカーが巻かれていた。
「わたくし、オメガなのですが、ずっとオメガなのだから馬に乗ってはいけない、一人で外出してはいけない、護身術を習うなんて許されないと言われていました。アレクシス様は学園の成績も首席で、剣術も体術もアルファすら敵わなかったとヴォルフラムが嬉しそうに話していました。馬にも乗れるのですか?」
「乗馬もできます」
「なんて素敵! これからのオメガはそうでなくてはいけません。わたくし、アレクシス様のようなオメガに憧れているんですよ」
オメガらしくない長身で筋骨隆々として、儚さも美しさもない自分がコンプレックスで、学園でもずっと孤立していたアレクシスはハインケス子爵夫人の言葉に目を丸くする。
孤立していたと思っていたのも、もしかするとアレクシスに近寄りがたかっただけなのかもしれないとすら思い始めていた。
「母上、ダメだよ。アレクシスはおれの夫なんだから」
「分かっていますわ。わたくしには愛しい番がいますからね」
母親にまで嫉妬するようなことを言うヴォルフラムも新鮮で驚きの連続だったアレクシスは、お茶会の会場に見覚えのある顔を見つける。
黒髪に金色の目、褐色の肌の男性は、ヴォルフラムが学園で学友だった第三王子に違いなかった。
「来ていたのか、フィリップ」
「夫人にお招きいただいて、来ないわけにはいかないだろう。ヴォルフラムの幸せそうな姿も見たかったし」
親し気に声をかけるヴォルフラムに、第三王子、フィリップは白い歯を見せて笑う。
フィリップからは森のような香りがして、アレクシスはフィリップがアルファだとすぐに分かる。
「自分の目の色そっくりの石が飾られたチョーカーをつけさせるなんて、ヴォルフラムらしいな。バルテル侯爵、結婚式以来ですね。ヴォルフラムはあなたを困らせていませんか?」
「ヴォルフラム様は紳士的で優しくて、わたしのことをよく気遣ってくれます」
「結婚式で拗ねて披露宴で退場したときには、この結婚は大丈夫かと心配しましたよ」
「拗ねて……?」
「フィリップも余計なことは言わないでくれ!」
第三王子とはいえ、学友なので親しいのだろう。ヴォルフラムは敬語ではなく喋っている。普段のヴォルフラムの姿が見られたようで嬉しく思ってから、アレクシスは自分の胸に手を置いた。
嬉しい?
なんで嬉しいのだろう。
考えているときに、ヴォルフラムがアレクシスに手を差し伸べる。
「この屋敷は庭もきれいなんだ。アレクシス、あなたに見せたい」
庭に誘われて、アレクシスはヴォルフラムの手を取る。
「庭を見せていただきます。少し失礼します」
「ヴォルフラム、冬薔薇が咲いているから、お見せするのだよ」
「アレクシス様、後でお話させてくださいね」
ハインケス子爵からも子爵夫人からも快く送り出されて、アレクシスは肩の力が抜けるようだった。
契約書まで作って結婚したのだが、ハインケス子爵も子爵夫人もアレクシスに子どもを早く作れというようなことも、番関係がどうなっているのだというようなことも口にしなかった。
まるで恋愛結婚でもしたかのようにアレクシスとヴォルフラムのことを応援しているように見える。
オメガらしくないアレクシスは自分が認められないのではないかという危惧を胸の奥に秘めていたが、それも杞憂だったようで、安心していた。
「このピンクの大輪の薔薇は、冬に咲くんだ。母上が好きで、母上が嫁いできたときに父上が植えたらしい」
「きれいですね」
ピンク色の大輪の花が咲き誇る冬の始めの薔薇園を見ていると、心が和んでくる。
ずっと怒りを抱えていたのが嘘のようにアレクシスは穏やかな気持ちになっていた。
「あなたも馬に乗れるのですよね?」
「もちろん。乗馬を許されなかった母が、子どもたちにはしっかりと乗馬の訓練をさせてくれた」
「春になったら、馬に乗って一緒に……」
ピクニックにでも行きませんか?
そう誘おうとしたとき、薔薇園の陰で悲鳴が上がった。
何ごとかと思って近寄ると、熟しすぎた果実のように甘ったるい香りが周囲に漂っている。
「フィリップ殿下、わたしの気持ち、受け取ってください!」
「近寄るな!」
脂汗を流して後退るフィリップに、白い肌を真っ赤にした男性のオメガが飛び掛かろうとしている。濃厚なフェロモンの香りに、アレクシスは反射的にヴォルフラムを見た。
番を持っていないアルファは、オメガのヒートのフェロモンにどうしても反応してしまう。ヴォルフラムが苦しそうに青みがかった緑色の目を見開いているのに、アレクシスは考える間もなく動いていた。
ヒートのフェロモンに反応しそうになっているフィリップに覆い被さる男性のオメガを引き剥がして投げ捨てると、右の小脇にフィリップ、左の小脇にヴォルフラムを抱えて屋敷の方に走る。
途中でお茶会の会場にいたハインケス子爵と夫人に声をかけておくことは忘れない。
「ヒートになったオメガが庭にいます。フィリップ殿下が襲われそうになっていたので、救出しました。部屋を貸してください。フィリップ殿下をお一人にさせてあげてください」
「フィリップ殿下はラットを起こしそうになっているのですか? 緊急の抑制剤を持って行きます。部屋に案内するように」
命じられた侍従が部屋に案内してくれて、アルファの発情であるラット状態に入りそうになっているフィリップを隔離することができた。
問題はもう片方の小脇に抱えているヴォルフラムのことだ。
ヴォルフラムも少なからずヒートのフェロモンを浴びてしまって、影響が出たはずだ。
「大丈夫ですか?」
「アレクシス……すまない、二人きりになってもらえないか?」
「部屋に案内してください」
ヴォルフラムを抱えたまま二人きりになれる部屋に連れて行くと、ヴォルフラムはアレクシスの首筋に顔を埋めてアレクシスに抱き着いていた。恐る恐る背中を撫でると、ふぅふぅとヴォルフラムが息を荒げているのが分かる。
「あなたの前で、他のオメガのフェロモンに反応しているところなど見せたくなかった」
「治まりそうですか?」
「もう少しあなたの匂いを嗅いでいたら落ち着くと思う」
首筋に触れる息が熱くてアレクシスは緊急事態なのに落ち着かない気分になってくる。
アレクシスとヴォルフラムが番になっていないことを知られてはいけないので、緊急の抑制剤ももらうことはできない。
ヴォルフラムが落ち着くまで、アレクシスはヴォルフラムの体を抱き締めていた。
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