忘れられない君の香

秋月真鳥

文字の大きさ
1 / 32
アレクシス(受け)視点

1.アレクシス・バルテルという男

しおりを挟む
 いつも何かに怒っていた気がする。

 アレクシス・バルテルは侯爵家の唯一の子どもで後継者だった。

 記憶にある限り笑ったことなど片手で数えるほどしかない。
 見上げるほどの長身に筋骨隆々とした体付き、緩やかに波打つ灰色がかった白い髪を撫でつけた、紫色の目の褐色の肌のアレクシスは、同級生からも怖がられていたし、学園でも誰も近付いてこようとしなかった。

 両親は政略結婚で、仲が悪く、後継ぎのアレクシスを産んだ後は母は別居したが、体面を保つために父に浮気を許さなかった。
 父は愚鈍な男で、領地経営に失敗し、その資金を取り返そうとギャンブルにのめり込み、更に借金を増やす毎日。
 十八歳でアレクシスが学園を卒業した年に、母が亡くなると、父は全ての責任をアレクシスに押し付けて出奔した。

 学園を卒業したばかりのアレクシスは爵位と領地を継ぐことになったのだが、それにはいくつか問題があった。
 アレクシスの第二の性がオメガだったのだ。

 この世界には男女の他に第二の性がある。
 非常に優秀で武芸にも秀でている支配する階級のアルファと、一番人数が多くてごく普通の才能を持つベータ、それに周期的にアルファを誘うヒートと呼ばれる発情期があって男女問わず妊娠が可能なオメガだ。
 アルファは人口の一割程度しか存在しなくて、オメガに至ってはその半数程度しか存在しないというのだから、アレクシスは自分がオメガだと診断されたときにはものすごく驚いた。それと同時に両親はアレクシスに落胆した。

 オメガはヒートがあるために統治者向きではないと考えられていて、ほとんどの場合には後継ぎがオメガだと分かると婿を取ってそちらに統治を任せる風習があった。
 原則的にオメガは美しく他人を魅了するといわれているのに、アレクシスは魅了するどころか怖がらせる容姿しか持っていない。
 その上家は借金まみれで、結婚したいという相手も現れない。

 バルテル家は取り潰しになるしかない。
 それを強く感じていた十八歳で領主を譲られたアレクシスは、借金を返すために身売りをしようとした。
 オメガなのだから体で稼ぐことができるかもしれないと思ったのだ。
 美しく可愛いオメガの要素はアレクシスにはなかったが、屈強な男に暴力を振るって自尊心を満足させたいという輩が一定いるのは理解している。アレクシスの頑丈な体は暴力を受けてもそれほど問題はないと思っていた。

 娼館に入るには、男性を受け入れなければいけない。
 自分の第二の性がオメガだったので、アレクシスはその方法を知っていた。

 初めて男性を受け入れるときには、体に負担がかかると聞いていたので、アレクシスは身売りのために自分の後孔を男性を受け入れられるように拡張することにした。
 オメガなので後孔が濡れるはずなのだが、嫌々の行為では反応しないようなので、香油を用意して、アレクシスはベッドでただ一人、自分の後孔に触れていた。香油を纏った指はぬめりを帯びて一本後孔に入ったが、それだけでも違和感と圧迫感がひどい。
 けれどこれで怯んでいるようでは男性を受け入れることはできないと、息を詰めながら二本目の指を滑り込ませる。
 ぐちぐちと指を動かして後孔を拡げていくアレクシスは、自分でも何をしているのかと情けなくて涙が滲みそうになっていた。それに耐えて、三本目の指を受け入れられるようになると、木で作った張り型を中に入れる。
 快感など全くなかった。
 オメガの体は快感に弱く、すぐに陥落するといわれているが、アレクシスの体は全く反応しない。体格に見合った立派な中心も萎えたままだった。

 張り型の太さは何種類かあって、それを徐々に太くしていって、アレクシスは一番太い張り型も飲み込めるようになった。込み上げてくる吐き気と嫌悪感にも耐えられるようになったところで、アレクシスは娼館に向かった。
 一番地味な服を着て行ったつもりだが、それでもそこそこに上等だったらしくて、アレクシスは娼館の乗客を招く部屋に通された。

「貴族の旦那様ですね。今日はどのような娼婦をお望みですか? それとも男娼を?」
「いや、買いに来たのではない」
「買いに来たのではない? それでは、どのようなご用件で?」

 娼館の店主が聞くのに、アレクシスは厳めしい表情のまま淡々と答えた。

「わたしを売りに来たのだ」
「はい?」
「わたしを買ってほしい。わたしはオメガだ。尻も拡張している。どんな相手でも受け入れられるし、暴力も平気だ」

 至極真面目に答えたつもりなのに、店主はアレクシスの言葉に目を点にしていた。

「いやいやいやいや、無理ですよ。残念ながら、あなたを買いたいという酔狂な客はいません。他の娼婦や男娼があなたに夢中になって争いごとが起きる前に帰ってください」
「わたしは本気だ。借金を返すために金が必要なのだ」
「金が必要なら、別の場所に行った方がいいですよ。ここは娼館ですからね?」
「娼館だと分かって来たつもりなのだが」

 どれだけアレクシスが本気で娼館に身売りしに来たといっても店主は買ってくれない。

 身売りすらもできなくて娼館から帰るアレクシスは、娼婦か男娼に振られた可哀そうな貴族にしか見えなかった。
 自分にオメガとしての価値もないことを知ったアレクシスは、必死に領地の事業を立て直し、少しずつでも借金を返していっていたのだがそれも限度がある。
 借金取りは日に日に厳しくなっていく。
 領地を手放せばいいのだろうが、この領地で生きてきたアレクシスにとっては爵位は捨てられても領地は捨てられなかった。

 屋敷も手を入れることができなくなって荒れてきても、数少ない使用人たちは離れない。忠実な使用人たちのためにも早く借金を返して領地を立て直したい。

 アレクシスが二十一歳になったときに持ち込まれたのが、ハインケス子爵からの縁談だった。
 長身で厳ついアレクシスはオメガとは思えない姿で、フェロモンも非常に薄い。間違ってオメガと診断されたと考える方が正しい気もするのだが、ヒートが来てフェロモンも出るのだから否定しようがない。
 剣技も体も鍛えたが、オメガと分かってからはそれが意味のなかったことだと重く圧し掛かる。

 ハインケス子爵は元は金持ちの商家で、王家が資金難に陥ったときに資金援助をしたということで子爵位を手に入れていた。影では爵位を金で買ったと言われている大金持ちの家である。
 その三男とアレクシスは結婚の話が持ち上がった。

 ヴォルフラム・ハインケス、二十歳。
 アレクシスより頭半分くらい身長は低いがそれでも長身で、長い真っすぐな金髪に緑の目に白い肌のものすごい美形のヴォルフラム。彼を見てアレクシスは内心、これは何かの間違いではないかと思う。
 ハインケス子爵はアレクシスに言った。

「借金の半分をこちらで肩代わりしましょう。その後も事業が立て直せないようでしたら、支援を考えています」
「いいのですか?」
「ヴォルフラムの夫となる方のことですから」

 笑顔を見せながらも、ハインケス子爵は数枚に渡る契約書を用意して来ていた。

 アレクシスの方から離婚は言い出せないこと。
 アレクシスとヴォルフラムはつがいになること。
 アレクシスとヴォルフラムの間に子どもができなければ、ハインケス子爵家の縁者から養子をもらうこと。
 バルテル家の借金は半分はハインケス子爵家が肩代わりし、その後も事業が立て直せなければ資金援助をすること。
 ヒートのときにはアレクシスとヴォルフラムは寝室を共にすること。

 番という単語にアレクシスはハインケス子爵に確認していた。

「ヴォルフラム様は、アルファなのですか? わたしと番になって構わないのでしょうか?」
「アレクシス様にはぜひ可愛い孫を産んでもらわねばなりません」

 これも契約の内なのだ。
 アレクシスがヴォルフラムの子どもを産めば、ハインケス子爵家の血がバルテル侯爵家に入る。ハインケス子爵は子爵位を金で買ったように、バルテル侯爵家も自分の思いのままにしようとしている。
 それが分かっていても、アレクシスに断ることなどできなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻本作品(オリジナル)の結末をif(運命の番)ルートに入れ替えて、他サイトでの投稿を始めました。タイトルは「一度目の結婚で愛も希望も失くした僕が、移住先で運命と出逢い、二度目の結婚で愛されるまで」に変えてます。 オリジナルの本編結末は完全なハッピーエンドとはいえないかもしれませんが、「一度目の〜…」は琳が幸せな結婚をするハッピーエンド一択です。

のほほんオメガは、同期アルファの執着に気付いていませんでした

こたま
BL
オメガの品川拓海(しながわ たくみ)は、現在祖母宅で祖母と飼い猫とのほほんと暮らしている社会人のオメガだ。雇用機会均等法以来門戸の開かれたオメガ枠で某企業に就職している。同期のアルファで営業の高輪響矢(たかなわ きょうや)とは彼の営業サポートとして共に働いている。同期社会人同士のオメガバース、ハッピーエンドです。両片想い、後両想い。攻の愛が重めです。

売れ残りオメガの従僕なる日々

灰鷹
BL
王弟騎士α(23才)× 地方貴族庶子Ω(18才) ※ 第12回BL大賞では、たくさんの応援をありがとうございました!  ユリウスが暮らすシャマラーン帝国では、平民のオメガは18才になると、宮廷で開かれる選定の儀に参加することが義務付けられている。王族の妾となるオメガを選ぶためのその儀式に参加し、誰にも選ばれずに売れ残ったユリウスは、国王陛下から「第3王弟に謀反の疑いがあるため、身辺を探るように」という密命を受け、オメガ嫌いと噂される第3王弟ラインハルトの従僕になった。  無口で無愛想な彼の優しい一面を知り、任務とは裏腹にラインハルトに惹かれていくユリウスであったが、働き始めて3カ月が過ぎたところで第3王弟殿下が辺境伯令嬢の婿養子になるという噂を聞き、従僕も解雇される。

僕がそばにいる理由

腐男子ミルク
BL
佐藤裕貴はΩとして生まれた21歳の男性。αの夫と結婚し、表向きは穏やかな夫婦生活を送っているが、その実態は不完全なものだった。夫は裕貴を愛していると口にしながらも、家事や家庭の負担はすべて裕貴に押し付け、自分は何もしない。それでいて、裕貴が他の誰かと関わることには異常なほど敏感で束縛が激しい。性的な関係もないまま、裕貴は愛情とは何か、本当に満たされるとはどういうことかを見失いつつあった。 そんな中、裕貴の職場に新人看護師・宮野歩夢が配属される。歩夢は裕貴がΩであることを本能的に察しながらも、その事実を意に介さず、ただ一人の人間として接してくれるαだった。歩夢の純粋な優しさと、裕貴をありのまま受け入れる態度に触れた裕貴は、心の奥底にしまい込んでいた孤独と向き合わざるを得なくなる。歩夢と過ごす時間を重ねるうちに、彼の存在が裕貴にとって特別なものとなっていくのを感じていた。 しかし、裕貴は既婚者であり、夫との関係や社会的な立場に縛られている。愛情、義務、そしてΩとしての本能――複雑に絡み合う感情の中で、裕貴は自分にとって「真実の幸せ」とは何なのか、そしてその幸せを追い求める覚悟があるのかを問い始める。 束縛の中で見失っていた自分を取り戻し、裕貴が選び取る未来とは――。 愛と本能、自由と束縛が交錯するオメガバースの物語。

巣ごもりオメガは後宮にひそむ【続編完結】

晦リリ@9/10『死に戻りの神子~』発売
BL
後宮で幼馴染でもあるラナ姫の護衛をしているミシュアルは、つがいがいないのに、すでに契約がすんでいる体であるという判定を受けたオメガ。 発情期はあるものの、つがいが誰なのか、いつつがいの契約がなされたのかは本人もわからない。 そんななか、気になる匂いの落とし物を後宮で拾うようになる。 第9回BL小説大賞にて奨励賞受賞→書籍化しました。ありがとうございます。

運命の番ってそんなに溺愛するもんなのぉーーー

白井由紀
BL
【BL作品】(20時30分毎日投稿) 金持ち‪社長・溺愛&執着 α‬ × 貧乏・平凡&不細工だと思い込んでいる、美形Ω 幼い頃から運命の番に憧れてきたΩのゆき。自覚はしていないが小柄で美形。 ある日、ゆきは夜の街を歩いていたら、ヤンキーに絡まれてしまう。だが、偶然通りかかった運命の番、怜央が助ける。 発情期中の怜央の優しさと溺愛で恋に落ちてしまうが、自己肯定感の低いゆきには、例え、運命の番でも身分差が大きすぎると離れてしまう 離れたあと、ゆきも怜央もお互いを思う気持ちは止められない……。 すれ違っていく2人は結ばれることができるのか…… 思い込みが激しいΩとΩを自分に依存させたいα‬の溺愛、身分差ストーリー ★ハッピーエンド作品です ※この作品は、BL作品です。苦手な方はそっと回れ右してください🙏 ※これは創作物です、都合がいいように解釈させていただくことがありますのでご了承くださいm(_ _)m ※フィクション作品です ※誤字脱字は見つけ次第訂正しますが、脳内変換、受け流してくれると幸いです

孤独の王と後宮の青葉

秋月真鳥
BL
 塔に閉じ込められた居場所のない妾腹の王子は、15歳になってもバース性が判明していなかった。美少女のような彼を、父親はオメガと決め付けて遠い異国の後宮に入れる。  異国の王は孤独だった。誰もが彼をアルファと信じているのに、本当はオメガでそのことを明かすことができない。  筋骨隆々としたアルファらしい孤独なオメガの王と、美少女のようなオメガらしいアルファの王子は、互いの孤独を埋め合い、愛し合う。 ※ムーンライトノベルズ様にも投稿しています。 ※完結まで予約投稿しています。

虚ろな檻と翡翠の魔石

篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」 不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。 待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。 しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。 「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」 記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。 ----------------------------------------- 0時,6時,12時,18時に2話ずつ更新

処理中です...