可愛いあの子は男前

秋月真鳥

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三章 奏歌くんとの三年目

10.悪夢の夜と、動画事件の解決

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 お泊りで奏歌くんを抱き締めて眠っているのに、その夜は何度も目が覚めた。
 夢の中で奏歌くんが車のドアにぶつかる。目を回して蝙蝠になった奏歌くんが血を吐いて苦しそうにしているのに、私は手を伸ばしても奏歌くんを抱き上げることができない。

「奏歌くん!?」
「ふぁ、ふぁい!?」

 寝ぼけ眼で飛び上がった奏歌くんの姿に、私は頬に触れて、身体に触れて、奏歌くんが無事なことを確かめる。

「痛いところはない? つらくない?」
「平気だよ。けんさでもいじょうはなかったでしょう」
「そうだった……良かった」

 確かめてまた眠っても、奏歌くんが血塗れで車にぶつかっているのを助けられずにいる悪夢は何度も私を襲ってきた。奏歌くんが私の人生からいなくなるかもしれない。
 寿命の長さでは問題はないのだが、事故は避けられないものだった。
 私は中学生に戻ったような気分だった。
 中学のときに両親の事故を知らされて、海香と駆け付けた病院で、緊急治療室に運ばれていく二人は血塗れだった。冬の寒い日で、路面が凍結していて玉突き事故が起きたのだ。
 私の両親のこと、今まで奏歌くんにも話したことがない。

「奏歌くん、寝ちゃった?」
「んん? なぁに?」

 眠そうな奏歌くんに私は半泣きで話し始めた。

「私の両親はすごく仲が良くて、娘たちを置いて二人だけで旅行に行くようなひとたちだったの」

 夫婦仲がすごく良いのだが、母が少し奔放なひとで出かけたくなるとふらりと全てを置いて出て行って数日後にけろりとして帰って来るようなことが繰り返されて、父は母を連れて定期的に旅行に行くようになった。そのこと自体は二人とも仲良くしていたし、私と海香も認めていたが、私が中学生の冬に事故は起きた。

「路面が凍結してて、玉突き事故が起きたの。それに巻き込まれて、両親の車はぐしゃぐしゃだった……両親も病院に運ばれたけど、治療できる状態じゃなくて、亡くなってしまった」

 事故を起こした相手と保険会社から大量の慰謝料が支払われて、両親の遺産もあって私と海香はその後も不自由なく暮らせたのだけれど、両親を失ったという事実はあまりにも重かった。

「その頃のことを私はあまり覚えてなかった。奏歌くんが事故に遭って、色々思い出したの」
「海瑠さん、ぼくは平気だよ」
「うん……でも、お願い、私を置いて行かないで」

 ずっと怖くて孤独で寂しかった理由も、両親の事故が関係していたのだとはっきり分かった。奏歌くんを失う可能性を考えただけで、震えが止まらなくなって、悪夢に魘される。

「海瑠さん、ごめんなさい。次からはもっと気を付けるね」
「奏歌くん……」
「しんぱいかけて、ごめんなさい」

 抱き締めてくれる奏歌くんに、私はしっかりとしがみ付いた。
 夜中に起きて話したせいで、午前中は眠くて、朝ご飯を食べると二人でハンモックに入ってうとうとしていた。私が猫の姿になると奏歌くんは何度も私を撫でてくれる。
 奏歌くんに撫でられていると、確かに奏歌くんが傍にいると存在を感じられて、私は安心して眠ることができた。
 お昼ご飯を食べてから、散歩に出かけようとマンションから出たところで、峰崎さんが待っていた。

「やっと出て来た! すっごく寒かったんだからね!」

 マフラーに顔を埋めて鼻を赤くしている峰崎さんに、私も奏歌くんも同情するつもりはない。それどころか、嫌な感情しか抱いていなかった。

「ずっと待ってたとか、ストーカー?」
「やだ、奏歌くんにストーカーが現れたとか! 警察に連絡しなきゃ!」

 携帯電話を取り出した私に、峰崎さんが携帯電話を見せつけてくる。
 そこには奏歌くんが蝙蝠になった動画が映し出されていた。

「これをネット上にばら撒かれたくなかったら、その男の子を渡しなさい」
「誘拐!? 奏歌くんを誘拐するつもり!?」
「ち、違うわよ! お話しするだけよ。そんなおばさんよりも、私の方がいいでしょう?」

 奏歌くんの腕を引っ張ろうとする峰崎さんを奏歌くんが振り払う。

「海瑠さんはおばさんじゃない! しつれいなこと、言わないで!」

 私を庇ってくれる奏歌くんに、峰崎さんが携帯電話を突き付けた。

「正体がバレるのよ? いいの?」

 これは脅迫だ。
 私の大事な奏歌くんを脅迫して奪って行こうとしている。
 強い意思を持って峰崎さんを睨み付けると、びくりと峰崎さんが震える。立ち尽くした峰崎さんに私は携帯電話の動画ボタンを押していた。

「これ以上、奏歌くんに近付くなら、その喉笛、嚙み切ってやってもいいんだからね?」

 そんな物騒なことは絶対に実行できないけれど、実行するつもりで脅さなければいけない。恐ろしい猫科の肉食獣を演じるのだ、私!
 自分を鼓舞して睨んでいると、峰崎さんの頭頂部に大きな耳が現れて、お尻にふかふかの尻尾が見えた。

「こ、怖い!? なにこれ!? おばさん、も、人外!?」

 震え上がっている峰崎さんの様子を動画に撮って私は再生ボタンを押して峰崎さんに突き付けた。

「この動画をネット上に上げてもいいのかな?」
「ひ、卑怯な!」

 必死に耳と尻尾を隠した峰崎さんが言うが、卑怯なのは峰崎さんの方だ。

「そっちがどうがを消すなら、こっちもどうがを消す。消さないなら、おたがいにこまっちゃうね」

 奏歌くんの言葉に渋々峰崎さんが手元を見せながら動画を消してくれた。私も携帯電話の動画を消す。

「ずっと寂しかったんだもん……友達にくらいなってよ……」

 しょんぼりとしている峰崎さんに、奏歌くんははっきりと告げた。

「友達なら良いけど、ぼくが好きなのは海瑠さんだけだから」

 運命のひとなんだ。
 堂々と告げてくれた奏歌くんに私はときめきを禁じえなかった。
 峰崎さんの件はどうにかなったので、美歌さんとやっちゃんに連絡を入れておく。公園まで歩いて、ペットボトルのミルクティーを買った私と奏歌くんに、峰崎さんもついて来ていた。

「私、妖狐……狐の獣人なんだ」

 峰崎さんの尖った大きな耳とふさふさの尻尾は狐のものだった。

「奏歌くんだっけ? 奏歌くんは蝙蝠の獣人なんでしょう? 海瑠さんだよね? 海瑠さんは、何の獣人?」

 蝙蝠の獣人ではなくて奏歌くんは吸血鬼で、私はワーキャット、猫の獣人なのだがそれを明かす義理はない。

「ないしょ」
「秘密です」

 二人で言うと、峰崎さんは唇を尖らせる。リップグロスでてらりと光る唇が、女子高生っぽい。

「教えてくれてもいいでしょう? 友達なんだから」
「友達でも、何でも教えるわけじゃないでしょう?」

 奏歌くんの峰崎さんへの対応は非常にクールだった。
 同級生にもクールに対応しているのを見ているので、奏歌くんは私以外には結構クールなのかもしれない。
 拗ねたような態度のままで峰崎さんは帰って行った。

「海瑠さん、がんばってくれてありがとう」

 帰り道に奏歌くんにお礼を言われて私は嬉しくなる。

「大人しい猫ちゃんだけど、猫科の肉食獣になったつもりで頑張ったわ! 私の演技もなかなかでしょう?」
「海瑠さんはヒョウ……ううん、すごくがんばったね。海瑠さんはえんぎがとくいだもんね」

 豹とかいう単語が聞こえた気がするけれど、聞こえなかったことにする。
 猫の姿の私が大きすぎるから、奏歌くんは豹と勘違いしているのかもしれない。豹と猫は違うんだとそのうち動物園に行って見せて説明しないといけないだろうか。
 ちょっとだけ、私も自分の猫の姿は大きすぎると思うのだが、豹だとは思っていない。
 本性に戻った私は自分の姿をあまり鏡で見ることはない。見なくても自分が猫だと分かっているからだ。
 海香がどれだけ豹と言っても、私の両親は私のことを「可愛い子猫ちゃん」と呼んでくれていた。大事な両親との思い出を揺るがすようなことは誰にもさせない。
 私は奏歌くんの可愛い猫ちゃんなのだ。
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