可愛いあの子は男前

秋月真鳥

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二章 奏歌くんとの二年目

26.五月の連休の予定

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 四月の公演が休みの日、津島さんの結婚式の招待状が届いて、私と奏歌くんはそれを見ていた。
 宛名は「瀬川海瑠様」と「篠田奏歌様」の二つが書いてある。

「ご出席の『ご』は二重せんでけすんだって」
「奏歌くん、結婚式に出席したことがあるの?」
「ううん、初めて。でも、やっちゃんがお返事書いてるのを見たことある」

 二年生になって奏歌くんは甘い舌ったらずな喋り方から、ちょっとしっかりとした喋り方になって来た気がしていた。成長を感じられてそれが嬉しい。

「ホテルのレストランだって。ぼく、ちゃんとできるかな?」
「ホテルで食事するときのマナー、私、ちょっとだけ知ってるよ」

 珍しく奏歌くんに誇れることがあって私は胸を張る。

「ナイフやフォークは外側から取っていくの」
「外側から」
「パンは齧りつかずに、千切って食べるんだ」
「かじっちゃダメなんだね。分かった」

 劇団が賞をもらったときなどは、授賞式でディナーを食べることがある。あまり美味しかった記憶もないし、何を食べたかも覚えていないが、この二つのマナーだけは津島さんと百合に叩き込まれていた。

「津島さんからメッセージがあるよ。『百合ちゃんと同じテーブルなので、リラックスして来てください』って」
「百合さんもいっしょなんだ」

 幼馴染の百合が同じテーブルなのは私にとっても心強いことだった。
 御出席の「御」を消して丸を付ける。
 結婚式は二か月先の六月だった。
 ちょうど春公演が終わって、秋公演までは時間があって、私たちも落ち着いて出席できる時期だ。ジューンブライド関係なく、その辺を配慮して津島さんはこの時期にしてくれたのかもしれない。

「津島さんが結婚かぁ」

 しみじみと考えると私は津島さんには迷惑しかかけていない。まだ十代の私のマネージャーになってくれたとき、津島さんはまだ二十代だった。食事はまともに取らない、男友達を作って振り回される私に、津島さんは手を焼いたことだろう。

「両親が死んで、歌劇団の仲間はいたけど友達って感じじゃなくて、女の子と友達になろうとしたんだけど、難しかったんだ」

 女の子は私と友達になると妙にもじもじしたり、気合を入れてお洒落をして来たりして、そのうちに「私と仕事とどっちが大事なの?」とか難しいことを聞いてくるのだ。
 私は劇団が大事だし、友達は友達と思っているのだが、百合曰く憧れを抱かせてしまうらしい。
 176センチで中性的な私は女性にとっては理想の姿のようなのだ。
 それで、男性の友達を作ったら、酷いことになった。お金目当てだったり、友達としか思っていないのに身体目当てだったり、付き合っているつもりになられたり、婚約して借金を背負わされて海外に逃げられたりして、疲弊しきった私の前に現れたのが奏歌くんだった。

「奏歌くんがいなかったら、私は劇団を続けていられなかったかもしれない」

 ワーキャットだから食べ物が喉を通らなくても死ななかったが、劇を続けていられる体調ではなくなって、私は倒れて劇団を一番不本意な理由で退団しなければいけなかったかもしれなかった。

「ぼく、海瑠さんと出会えて良かった」
「私も奏歌くんと出会えて良かった」

 同じだけの寿命を生きられて、本性を隠す必要のない奏歌くんの存在は、私の寂しさを消して、健やかにさせた。

「私が劇団を続けていられるのは奏歌くんのおかげだから、今年の奏歌くんのお誕生日も、奏歌くんだけのコンサートを開くね」

 誕生日の話題を出すと、奏歌くんがハッと息を飲んだ。

「そうだった。この前、猫ちゃんの食べられないものの話をしたでしょう?」
「うん、したね」
「ぼく、海瑠さんのおたんじょうびに、ディナーを作ってみたいんだ」

 奏歌くんが私のお誕生日に特別なディナーを作ってくれる。

「それで、食材をそうだんしようと思ってたんだった」

 リュックサックから取り出したノートには奏歌くんの考えたメニューが書かれている。
 色鉛筆で描いた絵も添えてあるので分かりやすい。

「サーモンのマリネのサラダでしょう。これは、スモークサーモンを買って、玉ねぎを塩水にさらして、オリーブオイルとお塩とコショウでマリネにして、ちぎったレタスの上にのせるだけだから、むずかしくないんだ」
「サーモン! 私、サーモン好きだよ!」

 奏歌くんがサーモンが好きなので、私も何度もお惣菜でサーモンを食べていて、すっかりとサーモン好きになっていた。

「マグロのおさしみは、切ってあるのを買ってきたらだいじょうぶだと思う」
「マグロ! 海苔で巻いて食べても美味しいよね」
「てまきずしにする?」
「うん、手巻き寿司、大好き!」

 海苔で巻くだけでご飯が美味しくなることを教えてくれたのも奏歌くんだった。火を使わずにできるだけ作ろうとしているメニューは途中で、手巻き寿司に変更しても構わない感じだった。

「上手にまけないんだけど、たまごやきもつくるね」
「お出汁とかどうしよう?」
「やっちゃんにそうだんしてみる!」

 私の誕生日は楽しい手巻き寿司パーティーになりそうだった。サーモンのマリネのサラダもついてくる。

「一昨年まで保育園だった奏歌くんが私にディナーを作ってくれるんだ。嬉しいなぁ」
「おさしみは買うし、キュウリとたくあんと山いもを切って、ばいにくをそえるくらいしかできないよ? たまごやきはがんばるけど」
「それでも、すごく嬉しい」

 私のために奏歌くんが作ってくれる特別なディナーなのだ。嬉しくないはずはない。

「ご飯は炊飯器で私が炊くね」
「うん、おねがいします」

 誕生日の計画を立てているだけでとても楽しくて、ファンの皆様のためにしかなかった私の誕生日が、特別に嬉しいものになったようで私は奏歌くんに感謝した。
 誕生日の当日はファンの皆様のためのお茶会とディナーショーがあるので、少し前倒しにして私の誕生日を祝ってもらう計画にした。

「海瑠さん、ゴールデンウィークって知ってる?」
「えーっと、五月の連休?」
「うん、その間、海瑠さんのへやにずっとお泊りしていいか、母さんにきいてもいいかな?」

 カレンダーを見ると五月の連休は四月の終わりから飛び石で、五月は三日連なって休みになっていた。

「奏歌くんに合わせてお休みがとれるかどうか分からないよ?」
「そのときは、大人しくおるすばんしてる。ぼくのへやもあるでしょう?」

 私の部屋には奏歌くんの部屋も作ったのだった。
 奏歌くんの部屋が早速活躍するときがくる。

「ごはんは、やっちゃんと母さんにてつだってもらわないといけないかもしれないけど」

 私がいない間は奏歌くんはお弁当やお惣菜を食べられるように準備しておかなければいけない。料理を私ができればいいのだが、私は電子レンジのコンセントが刺さっていないのを故障と思い込むくらい家事ができないのだ。

「家にいたら茉優ちゃんがいるけど、私の部屋は本当に一人きりだよ?」
「平気! ぼくがあぶないことはしないのは、海瑠さんも知っているでしょう?」

 保育園の頃から奏歌くんは大人っぽくて、暴れたりしない良い子だった。部屋に一人でいるのが寂しくないかは心配だったが、奏歌くんが危険なことをしないかどうかに関しては、完全に信頼がある。

「一人で出かけないし、へやで大人しくしてる。海瑠さんがお休みをとれたら、その日を海瑠さんのおたんじょうびのディナーにしようね」

 約束をして、私は根回しを始めた。
 劇団に五月の連休は休みたいと津島さんを通して告げると、あっさりと許可が下りた。

「トップスターはディナーショーが入ってますが、海瑠ちゃんは今回は外してもらうように言いましょう」
「良いんですか?」
「海瑠ちゃんはお誕生日のお茶会とディナーショーがあるんだから、今月は多めに休んでも良いと思います」

 奏歌くんとお誕生日当日を過ごせない代わりに津島さんは連休は一緒に過ごせるようにと配慮してくれているのだ。

「ありがとうございます」

 お礼を言って次は美歌さんとやっちゃんへの連絡だった。
 美歌さんは『奏歌が迷惑をかけませんか?』と恐縮していたが、奏歌くんと私の願いであることを告げると『できるだけたくさんのお惣菜を安彦に持たせます』と協力してくれる体勢だった。
 四月が終わり、春公演も終わる。
 五月の連休が近付いてきていた。
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