可愛いあの子は男前

秋月真鳥

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一章 奏歌くんとの出会い

30.夏休みで出会って一年

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 7月の奏歌くんのお誕生日の日には、私はきっちりと準備をしておいた。綺麗な封筒に手紙を入れて、手書きのチケットも入れる。
 稽古が終わると奏歌くんの家までタクシーを走らせた。
 奏歌くんの家では晩御飯とケーキの準備がされていた。

「いらっしゃい、海瑠さん。今日は奏歌のために来てくださってありがとうございます」
「こちらこそ、お招きいただきありがとうございます」

 奏歌くんと出会ってから夏休みで一年になるが、私も挨拶ができるくらいには成長していた。お家に上がろうとすると、中から駆けて来た奏歌くんが庭に置いてある自転車を見せてくれる。

「これ、かあさんがくれたんだ!」
「奏歌くんは自転車には乗れるのかな?」
「これかられんしゅうする!」

 真新しい子ども用の水色の自転車には補助輪が付いていた。
 部屋に入ると奏歌くんが小さな携帯電話を見せてくれる。

「これ、やっちゃんから。こどもようけいたいだけど、ぼうはんブザーもついてるんだって」

 おもちゃのような小さな携帯電話だが奏歌くんと連絡が取れると分かって私は番号を聞く。すぐに自分の携帯電話に登録して、「篠田奏歌」と名前を入れておいた。

「ショートメッセージもつかえるから」
「メッセージも使えるの?」
「むずかしいかんじ、つかわないでね?」

 そうだった。
 奏歌くんはまだ漢字がほとんど読めないのだった。
 お手紙もチケットもそのつもりで作って来たけれど、うっかり漢字を使っていないか気になる。
 晩御飯を食べて、ケーキの上にやっちゃんが七本の蠟燭を立てた。

「みちるさん、ハッピーバースデーうたって!」
「海瑠さんだけ?」
「みちるさんのうたがききたいの!」

 嬉しいリクエストに私は喜んでハッピーバースデーを歌った。歌い終わると「かなくんおめでとう!」「奏歌おめでとう」という言葉と共に、奏歌くんが蝋燭を吹き消す。

「何かお願いした?」
「ひみつ」

 美歌さんに聞かれてにやりと笑った奏歌くんに私は首を傾げる。

「お願いするものなの?」
「ろうそくをふきけすときに、おねがいごとするんだけど、みちるさんのおうちはしない?」
「分かんない。覚えてない」

 誕生日自体どうやって祝われていたのかすら覚えていないのだから、そんな細かいことが私に分かるはずがなかった。
 奏歌くんの家では蝋燭を吹き消すときにお願いごとをするのならば、それが正しいのだろうという気分になる。もはや私の基準は奏歌くんだった。
 ケーキを切り分けて食べている奏歌くんに、私は誕生日プレゼントの封筒を取り出した。受け取った奏歌くんは不思議そうに封筒を見ている。

「まだ、こうえんはないよね?」
「うん、開けてみて」
「うん……え!?」

 戸惑っていた奏歌くんの表情がぱっと輝く。
 封筒の中身は、『かなたくんのためのコンサートチケット』だった。

「『わたし、せがわみちるのへやで、かなたくんだけのためのコンサートをひらきます。うたはかなたくんのリクエストにおこたえします。リクエストしたいうたをかんがえてきてください』だって……みちるさん、ダンスも?」
「もちろん、ダンスも良いよ」

 ケーキを食べるのも途中のままで椅子から立ち上がって奏歌くんは私に飛び付いてきた。しっかりと抱き締めると、奏歌くんが何度も「ありがとう、うれしい」と言ってくれる。
 美歌さんとやっちゃんとも話し合って、奏歌くんを預かってコンサートをする日を決めて、奏歌くんの家から帰った。
 コンサート当日は海香にお願いしてデパートで美味しいと噂の有名店のシュークリームを買ってきてもらって、奏歌くんを待っていた。窓に張り付くようにして待っていてもじれったかったので、エレベーターで降りてエントランスに立って待っていると、やっちゃんの車が着く。
 朝食と昼食のお弁当にお泊りセット、夕飯の耐熱ガラスに入ったお惣菜を受け取って、奏歌くんを急かすようにしてエレベーターに乗った。
 奏歌くんも待ち遠しいようでエレベーターが最上階に着くまでの間、二人でそわそわとしていた。
 玄関を開けて、あらかじめ淹れておいたお茶とお弁当で朝ご飯を終えると、紅茶を準備して奏歌くんのためのコンサートが始まった。
 リクエストは奏歌くんが紙に書いて用意してくれていた。
 初めは奏歌くんと出会ったときに稽古していた「レ・ミゼラブル」の曲。
 舞台に上がるまで奏歌くんに心配されていたが、舞台で歌って踊る私を見て奏歌くんは小さなお手手が真っ赤になるくらいまで拍手をしてくれた。
 続いて、DVDで見たフランス革命のミュージカルのメドレーに、「ロミオとジュリエット」の近代版の有名ナンバー。
 歌って踊っていると、奏歌くんは観客ではいられなくなったようだ。
 立ち上がって手を伸ばしてくる。

「ぼくもおどりたい!」
「一緒に踊ろう」

 それから何曲も歌って、二人で踊った。
 最後には息を切らせて鳥籠のソファに座って、ミルクティーを飲んだ。

「すごくたのしかった! さいこうのおたんじょうびおいわいだった!」
「本当? 奏歌くんが水族館に一緒に行くチケットを作ってくれたから思い付いたんだ」
「らいねんも、さらいねんも、おなじチケットがほしい!」

 お金をかけないもので、奏歌くんが興味のあるもので、奏歌くんを喜ばせられた。私にもできることがあったのだと幸せで胸がいっぱいになった。
 お昼ご飯のお弁当を食べ終わると、猫の姿になって、奏歌くんに膝枕をしてもらう。なでなでされて私は目を閉じた。

「私、自己評価が低かったんだと思う」
「じこひょうかって、なぁに?」
「自分のことを、すごいとか、偉いとか思うことかな」

 舞台の上では自信満々でいられたけれど、私はそれ以外では価値のない人間だと思い込んでいた。寂しくて近寄って来る男性と友達になったのも、そのせいなのだろう。

「私は何もできない、舞台以外では価値のない人間だと思ってた」
「かちがないひとなんて、いないよ」
「うん、ありがとう。それに、私はワーキャットだから、人間とはそのうち別れなきゃいけないと分かってたの。どれだけ仲良くなっても、いつかは今いる場所から離れて、誰も知らない場所に行かなきゃいけない……」

 寂しかったのだと呟くと、奏歌くんが私の頭を撫でてくれる。猫の姿なので毛皮を撫でられてとても心地いい。

「奏歌くんと出会ってから、私の人生が変わった。奏歌くんは私を運命のひとって言ってくれて、可愛くて、奏歌くんといると人生が楽しくなった。私は紅茶も淹れられる、お茶も淹れられる、電子レンジも使える、洗濯もできる……色んなことができるようになって、自信を持てるようになったんだ」
「ぼく、みちるさんのやくにたってる」

 奏歌くんの言葉に私は身体を起こして猫の姿のままで奏歌くんの頬に鼻先をくっ付けた。猫の舌はざらざらしているので舐めると奏歌くんを傷付ける可能性があるので、舐めることはできない。代わりに鼻でキスをする。

「奏歌くん、私の傍にずっといて」

 これから奏歌くんが育って大人になっても、奏歌くんだったら吸血鬼なので先に死んでしまうことも、全てを置いて去らなくてはいけないこともない。ずっと長い長い人生を一緒に生きていける。

「みちるさん、ぼく、いちねんまえまで、じぶんがきゅうけつきって、しらなかったんだ」
「そうだったね」
「コウモリになっちゃって、ものすごくおどろいたけど、みちるさんはぼくをこわがったり、きもちわるがったりしなかった……だから、じぶんがきゅうけつきだってことを、うけいれられたんだとおもう」

 自分が吸血鬼と知らないで生きて来た奏歌くんが予備知識なく急に蝙蝠の姿になってしまったら、それは驚くだろう。
 それでも自分を受け入れられたのは私のおかげだと奏歌くんは言ってくれる。
 奏歌くんのことをあっさり受け入れられたのは私自身がワーキャットだったからなのだが、それもまた運命だったのだろう。
 私と奏歌くんは確かに運命で結ばれている。
 夏休みになれば出会ってから一年。
 また楽しい時間を奏歌くんと過ごせる。
 もうすぐ来る夏休みが私はとても楽しみだった。
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