抱きたい美女に抱かれる現実

秋月真鳥

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第三部 七海とのぶくん (七海編)

1.運命を信じて (信久視点)

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 幼い正義感のつもりだった。
 相良さがら信久のぶひさの両親はアルファとオメガだったが、二人は恋愛結婚をしており、夫婦仲も円満で、親から継いだ西洋菓子店を有名店にしていた。愛し合い、支え合う二人の様子を見て育った信久は、幸せな子どもで、アルファとオメガが愛のない結婚をしたり、優秀な血を残すためだけに契約のようにして番いにもならずに結婚している現実など、遠いものだと思っていた。
 小学六年生で12歳のときに出会った七海は、非常に複雑な生まれだった。親の不倫の末に生まれた子どもが、ハウスキーパー兼ベビーシッターを本当の「ママ」だと慕っているのが、信久には可哀想に感じられたのだ。真実を教えてあげて、ベビーシッター兼ハウスキーパーはいずれ自分の元を離れて、ずっとそばにいないことを教えてあげなければいけない。
 正義感で伝えた真実の末に、信久は可愛い3歳の女の子、小日向こひなた七海ななみに噛まれた。噛まれた手は痛かったが、それよりも薄茶色の大きな目からぽろぽろと涙を流して泣いているのに胸が痛かった。
 なんて可憐で美しい少女だろうと惚れ込んだ。
 噛んだことを七海が謝り、意地悪なことを言ったことを信久が謝って、信久は両親に10歳近く年下の子を苛めた罪で説教と正座のお仕置きを受けたが、そんなことは気にならず、七海と信久の間に蟠りはなかった。
 お弁当を食べていたときの輝くような笑顔。蜂蜜ボーロを渡すと、ぱぁっと明るく輝く瞳。大きな目と大きなお口。食いしん坊の七海が信久は可愛くてたまらなかった。
 両親はアルファとオメガだが、バース性にそれほど拘っていないので、信久と七海のバース性がどうあれ、反対するようなことはない。七海が5歳の誕生日にバース性を調べるということで、それまで調べたことのない信久もバース性の検査に行った。自分がアルファで七海がオメガならば最高なのにと考えていた信久は、それが逆である現実を突き付けられた。
 しばらく七海に会わずに落ち込んでいた信久に、両親は語りかける。

「七海ちゃんがアルファだったら、好きじゃなくなるの? 運命を感じたって、そんなに軽いものだったの?」

 大事にお弁当箱を抱えて、フォークで突き刺して卵焼きを頬張っていた七海。あの笑顔に、信久は惹かれた。信久もあんな顔にさせたいと思った。
 ホワイトデーに蜂蜜ボーロを渡して、自分がアルファだと告げると、七海の反応は意外なものだった。

「のぶくん、ななのおよめさんになって!」

 自分がオメガと分かったばかりで、信久はそれを認められるだけの大人ではなかった。抑制剤の進歩で差別はなくなったと言われているが、オメガは発情期があるし、アルファに能力的に劣ると言われている。世界的なパティシエになるつもりだった信久にとって、オメガという不利な条件を晒すのは、将来のことを考えるとまだ勇気が出なかった。

「俺のバース性のことは、誰にも言わないでくれ」
「ないしょなの?」
「そうだ。ななちゃんと俺の内緒だ」
「なな、やくそく、まもれるよ」

 七海のお嫁さんになるのが嫌なわけではない。
 細くて小さくて、壊れてしまいそうな華奢な七海が、将来大きくなるのかといえば、姉の要もほっそりとして大柄ではないので、疑問しかない。あまりに細い七海が産むくらいならば、体格もよく大柄な信久が産む方が良いに決まっている。
 オメガのフェロモンを浴びると男性器に相当するものが生えるアルファ女性は、その体質からか、妊娠や出産に向いていない。分かってはいるのだが、オメガとしてアルファの台頭するパティシエの世界で生きていく覚悟が、信久にはできていなかった。
 それでも、アルファとオメガの間に生まれて、自分がアルファかオメガだと分かっていたので、運命には人一倍強い憧れがある。
 年の差はあるが、七海の笑顔と泣き顔に、運命を感じた。七海以外の相手など考えられない。
 幼い七海の気が変わることだけが怖かったが、8歳になった七海は保護者で姉の要と配偶者で「ママ」と慕う鷹野の間に赤ん坊が生まれたので、信久に運動会のお弁当を作ってくれるようにねだるくらい、親密だった。
 妹の久恵ひさえも同じ小学校で運動会には家族で行く予定だったので、それにお弁当作りが加わっても、信久は苦ではない。
 こっそりと七海の好物を鷹野から聞いておいたが、七海のお弁当を作ることについて、鷹野はとても感謝してくれた。

『七海ちゃん、お弁当が小さい頃からすごく楽しみで、のぶくんのお弁当も大喜びだから、どうかよろしくお願いします』

 おかずのレシピと一緒に受け取ったメッセージに信久はいい気分になっていた。
 運動会当日は、若干の熱っぽさがあったが、信久はあまり気にしていなかった。抑制剤は飲んでいるし、七海が定期的に信久のうなじを噛むので、信久はフェロモンが漏れることがない。発情期でもフェロモンが漏れたことがないので、身体のきつさはあっても、それも鍛え上げた肉体と精神で乗り越えていた。
 お弁当を作って持っていくと、七海は目を輝かせて喜んでくれた。

「ななの好きなのばっかり! どうして知ってるの?」
「俺がななちゃんを大好きだからかな?」
「わぁい! ななも、のぶくん、だぁいすき!」

 製菓の専門の学科のある高校で、製菓の賞に応募したら、特賞を貰ってしまって、信久は海外留学を勧められていた。そのことを話すと七海が寂しがるのではないかと口に出せなかった。
 発情期のフェロモンが七海には香るが、七海はまだ小さいと油断していた。

「のぶくん、お熱?」
「ちょっと熱っぽいかな」
「もしかして、ひーと?」
「え?」

 発情期を言い当てられて、戸惑っている間に、七海の方が泣き出しそうな顔になって、脚を擦り合わせている。

「かなちゃーん! なんかへぇん!」
「ななちゃん、俺から離れて」
「かなちゃん! 助けてぇ!」

 アルファとしての本能は8歳でも健在だった。
 もう少し七海が大人になるまで距離をおいた方がいいのではないか。
 その日の出来事が、信久の心を決めさせた。
 ヨーロッパの有名製菓学校で三年間。留学して卒業するまでに、何度も色んな賞に応募して、競い合うので、腕は磨かれる。

「もう、大丈夫? のぶくん」
「俺のはあまり酷くないから平気だよ。用心のために休んでるだけで」
「ママはオメガでしょう? いっぱい襲われたんだって、かなちゃん言ってた。のぶくんにそんなことがないように、のぶくんは、ななに、内緒の約束したんだよね。なな、オメガと思われてていい。のぶくんが無事なら、なながオメガで、のぶくんがアルファってことにしよ?」
「ななちゃん、良いのか?」

 幼い七海は七海なりに、信久がオメガという性で、アルファばかりのエリート集団の中で生きていくことについて、協力してくれようとしている。
 七海と結婚するためにも、立派なパティシエにならなければいけない。オメガだから家を継げないなどという古いことを両親は言ったりしないが、実力が伴わないのは信久のプライドが許さなかった。

「大学を出てから修行するという選択肢もあったんだけど、留学の話が来てて、丁度良かったからな。俺、立派なパティシエになってくるから、ななちゃん泣かないで」
「のぶくんと離れるの嫌だよー!」
「長期休みには帰ってくるし、電話もするよ」
「のぶくん、うなじ噛まないと、他のひとにとられちゃうかも」

 泣いてしまった七海を抱っこして、うなじを噛ませて、定期的に戻ってきてうなじを噛ませると約束をすれば、ぐしゃぐしゃの泣き顔で七海は健気に頷く。泣き顔まで可愛いのだからどうしようもない。
 可愛い七海を日本に置いて、信久は異国の地に旅立った。
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