抱きたい美女に抱かれる現実

秋月真鳥

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後日談

兄と嫉妬と赤ん坊

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 結婚したのは雪峻が19歳、艶華が26歳で早かった。
 その後に、艶華の兄の鷹野と要が結婚したので、雪峻は要と義姉弟になってしまった。

「なんで、お前と」
「別に、あんたと縁が持ちたかったわけじゃないよ。鷹野さんと結婚したかっただけだから」

 要の誕生日に籍を入れたという報告をされて、睨み合う雪峻と要も複雑だったが、艶華と鷹野も微妙な雰囲気だった。

「鷹野ちゃん、他のひとのものになっちゃうんだ」
「艶華は結婚してるんだから、いいんじゃないの?」
「鷹野ちゃんは、私のお兄ちゃんなのよ?」

 離れていた分だけ、番ができたので心置きなく会えるようになったオメガとアルファの兄妹。幼い頃から自分の世話を焼いてくれていた鷹野が結婚したのは、艶華にとってはあまり喜ばしくないことだったらしい。

「艶華さん、私、美味しいコーヒー淹れられますよ」
「カプセル式のでいい……」
「そう言わずに」

 豆から曳いたコーヒーを淹れて艶華に飲ませる要の方は、仲良くなりたがっていた。
 結婚前に余裕があるように見えて艶華は子どもっぽいし嫉妬深いのだとようやく理解した雪峻は、苦笑して二人の様子を見守っていた。
 要と艶華の仲が変化したのは、鷹野に赤ん坊ができてからだった。自分の妹の七海とは分かり合えないのか、あまり近寄って来ない艶華も、鷹野の赤ん坊には興味津々だった。

「要ちゃん、鷹野ちゃん、平気?」
「悪阻も酷くないみたいで、元気は元気ですよ」
「いいなぁ。うちも早く赤ちゃん欲しいなぁ」

 ちらちらと雪峻を見られても、雪峻は大学に通っている学生で、大学を卒業するまでは、妊娠出産をするつもりは全くなかった。自分の方が年上なので、早く赤ん坊が欲しい艶華の気持ちは分かるが、雪峻には産むことに対して、かなり抵抗もあった。
 ベータ男性という認識で生きて来た雪峻が、実は妊娠できるオメガだったなど言われても、数年で感覚が変わるわけがない。無事に出産を済ませた鷹野の赤ん坊は、女の子で、要に似ていた。

「可愛い……雪峻くん、可愛いよ!」
「そう、だな……あの馬鹿に似てる割りには可愛い」
「馬鹿とは何よ。あぁ、でも、鷹野さん本当に頑張ってくれて」

 感動で泣いている要は、疲れ切って眠っている鷹野を病室で休ませて、新生児室から赤ん坊を連れて来てもらって、授乳室で抱っこしてミルクを飲ませていた。小さくて、要に似た薄茶色のぽやぽやの髪で、甘いミルクの匂いのする女の子。

「ななですよ。おねえちゃんですよ」
「ななちゃんもお姉ちゃんになれたね」
「要ちゃん、そのまま……」

 熱心に写真を撮っていた艶華は、この光景を絵にするつもりなのだろう。帰ったらすぐに仕事道具を広げて、描き始めた。
 大作は二月以上かかって出来上がって、要と鷹野と七海と生まれた赤ん坊、あずさのところに届けられた。
 授乳室で梓に哺乳瓶でミルクを上げている要と、それを覗き込んで目を輝かせている七海と、七海の手を小さなお手手できゅっと握っている梓。
 三人の絵を渡されて、要も鷹野も七海も大喜びしていた。

「つやちゃん、え、じょーずだったんだ」
「え? 七海ちゃん、私のことなんだと思ってたの?」
「にじちゃん、つれてったひと」
「私は! お絵描きで! 稼いでるの!」

 どれだけ海外で凄い賞をとったとしても、まだ6歳の七海にはその価値も分からない。描いた絵は物凄く上手だと褒めてもらえたが、七海は一時期鷹野に預けていた虹華を連れて行ってしまったことを、まだ根に持っているようだった。

「私、七海ちゃんに嫌われてるのかなぁ……」
「艶華さんも要に適当なことしてるじゃん」
「反省したのよ……でも、両親が無茶苦茶だったからか、鷹野ちゃんだけがずっと私の味方だったから、嫉妬しちゃって」
「艶華さんの結婚相手は、お、俺だろ?」

 かっこよく決められなくて、真っ赤になってしまったが、それでも艶華は喜んで雪峻に抱き付いてくれた。
 その後も、鷹野と要のところには、順調に第二子、第三子ができた。
 大学を卒業して研修医として働き出した年に、雪峻は自分の妊娠を知った。お腹の中に赤ん坊がいる。想像もつかない出来事に、完全に動揺してしまって、妊娠したことを艶華に告げて以来、家事も手につかなくて、悪阻は酷く、食事も作れずに、雪峻は沈み込んでいた。
 梓や隼斗はやとしゅうを見て、赤ん坊が欲しいと思っていなかったわけではない。しかし、実際にできてみると、生まれながらにオメガではない雪峻にしてみれば、腹の中に異物がいるわけで、それを壊さずに健康に産み落として、死なせずに育てることが本当にできるのか、不安でならなかった。
 完全なマタニティブルーになってしまった雪峻を心配して、鷹野が子どもたちを連れて、一家で訪ねて来てくれた。
 産まれたばかりの柊は要に預けて、まともにできていない家事を七海と梓と協力して手早く片付け、脚元で隼斗と梓を遊ばせながら、冷蔵庫いっぱいに料理を作って詰めて行ってくれる。

「鷹野さんって、本当に艶華さんのお兄さん?」
「私も、鷹野ちゃんと血が繋がってるか、疑問に思うことがある」

 家事全般が一切できない艶華と、完璧な鷹野との差に、雪峻は驚きを通り越して感心してしまった。
 晩御飯を一緒に食べていくと言ってくれたが、作ってもらった料理が悪阻でほとんど口にできなくても、鷹野は気にしていないようだった。

「オレンジを剥こうか。口がさっぱりするよ」

 要が艶華にお風呂の掃除の仕方や、冷蔵庫の料理の暖め方を教えている間、雪峻は鷹野にオレンジを剥いてもらった。甘酸っぱいオレンジは、気分が悪くならずに食べられて、少し胃が治まった。

「艶華が雪峻くんの話を聞いてあげてって言ってるけど、妊娠したら、不安だよね」
「……艶華さんはあんなだし、俺も仕事に戻らなきゃいけないし……その前に、ちゃんと産めるのか心配で」

 このひとにならば弱音を吐いても良い。
 そう思わせる包容力が鷹野にはあった。艶華があれだけ鷹野を信頼して慕うのもよく分かる。

「ちゃんと、できなくて良いと思うんだ」
「産むのは、俺が頑張らないと!」
「ううん、たくさん助けてくれるひとはいるでしょう? 僕も病院で産んだけど、お医者さんや看護師さんを信じて、産むときは頼っていいし、産まれる前も生まれた後も、困ったことがあれば、僕に連絡をくれたらいいよ」

 一人で産むのだと思い込んでいた。
 オメガなのだから、赤ん坊が腹にいるのは自分なのだから、自分が頑張って産まなければいけないのだと信じ込んでいた。

「艶華も、容赦なくこき使っていいからね。……最終的に、産むのは自分だけど、そのときにも、たくさん助けてくれるひとはいるから、まず、病院で悪阻の相談をした方が良いよ」

 自分が病院に勤務しているせいか、あまり病院に頼りたくないようなところが雪峻にはあった。それを艶華が話してくれていたのだろう。

「雪峻くん、私、お風呂の掃除とお湯張りはできる! 食器も洗って片付けられる! お料理はできないけど、暖めはできるよ!」

 一生懸命要から習って、艶華も努力してくれようとしている。
 もっと周囲を信じようと思えた雪峻だった。
 その年の終わりに、雪峻は艶華に似た黒髪の可愛い女の子を出産した。小さくて壊してしまいそうだったが、この子をお風呂に入れて、ご飯を食べさせるのは自分しかいない。
 そう思い詰める前に、雪峻は鷹野に電話をかけていた。

「退院したら、しばらく、手伝いに来てくれませんか?」

 鷹野からは快い了承が得られて、子連れで毎日のように通って来る鷹野に、自分の子育てもあるのに申し訳ないと思いつつも、鷹野がビシバシと艶華を仕込んでいるのに、安心もした。

「オムツ、替えられるもん!」
「ミルクは無理しないで、パックのやつに使い捨ての乳首付けていいからね」
「分かった。どうやって付けるの?」

 パックの液体ミルクに使い捨ての乳首を付けてそのまま飲ませることならば、艶華にでもできる。どこまでも艶華のできる範囲を考える鷹野は、確かに良い兄だった。

「艶華さんが鷹野さん好きって言ってたの、分かった気がする」
「え!? 浮気はダメだよ!?」
「浮気じゃないし」

 どっちかと言えばママ友?
 呟いた雪峻に、鷹野がスリングに一番下の柊を入れたままで、笑っていた。
 命名、李華りか
 2歳になって職場復帰した雪峻が当直で病院に泊まるたびに、ひっくり返って大泣きして眠らなくなる、鷹野曰く「艶華そっくり」の女の子の誕生だった。
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