抱きたい美女に抱かれる現実

秋月真鳥

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後日談

七海、4歳

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 元鷹野の部屋との間に扉を付けて、そちらに寝室を作って、七海の子ども用の柵のあるベッドと、要と鷹野用のキングサイズのベッドを入れた。抱き合うときには七海が眠ってから、ドアの向こうの要の部屋まで戻って、そこに入れたベッドで存分に乱れて、シャワーを浴びて七海の眠っている寝室に戻る。
 面倒ではあったが、要と鷹野が一緒に眠って、七海も一人にしないためには、それくらいの気遣いが必要だった。
 抱かれた後の鷹野はとても色っぽい。立っているときは身長差が気になるが、横になってしまえば、キスも容易にできてしまう。口付けて抱き締め合って眠るのが夢だったのに、それを壊したのは七海の乱入だった。
 柵を乗り越えて七海がべちゃっと床に落ちて来たときには、要は慌てたが、鷹野はキスを止めて、七海の元に慣れた様子で歩いて行った。ベッドの隙間は1メートルほどなので、そこに落ちた七海は、寝ぼけながらもわしゃわしゃと両腕を動かして、要と鷹野のベッドに這い上がろうとしている。
 抱き上げられて抱き締められると、七海は親指を吸いながら、鷹野の胸をもう片方の手で触って、すやすやと眠りについた。

「な、ななちゃん?」
「ときどき、僕のこと探して、一緒に寝たいみたいなんだよね」
「ななちゃんのベッドは、こっち!」

 引き剥がそうとすると、七海が寝たままで泣き声を上げる。話を聞けば、2歳の頃からどうにかして自分のベッドを脱走しては、鷹野に抱っこされて眠りたい夜が、七海にはあるようだった。

「毎日じゃないし、七海ちゃんは小さいから許してあげて?」
「そ、そうだけどぉ」

 せっかく二人で一緒に眠れるようになったのに、抱き締められているのは七海で、要ではない。あの分厚い胸、逞しい腕に抱き締められて眠るのをずっと夢見てきただけに、要はショックを隠し切れなかった。
 仕方がないので、鷹野の背中から抱き締めて、腰に脚を絡めて眠るが、やはり寂しい。
 結婚を前提にしたお付き合いも始まって、順調かと思われた生活も、意外なところで落とし穴があった。

「赤ちゃんできたら、ななちゃん、嫉妬したりするのかなぁ」
「どうかなぁ? 良いお姉ちゃんになってくれそうだけど」

 19歳になった要は、鷹野と番にもなって、鷹野の父親も追い返して二度と来ていないので、二人を阻む障害は何もない気持ちになっていた。

「七海ちゃん、抱っこで寝るのが好きだからね」
「だっこ、だめなの?」

 夕飯の支度をしている間、リビングで遊んでいた七海が、鷹野と要の会話に気付いて、鷹野の長い脚に纏わり付いてくる。鷹野が要と結婚することになったのは、純粋に喜んでいた七海だったし、赤ん坊のことを聞いても「可愛ければ弟でも妹でも良い」と答えていたので、納得しているのかと要は思い込んでいた。

「鷹野さんのお腹大きくなったら、抱っこはできなくなるかもしれないよ」
「あかちゃんおなかにきたら、だっこ、ないの!?」
「僕、鍛えてるからある程度はできると思うけど」
「鷹野さん、無理はだめです!」

 出来るという鷹野と、止める要。二人の様子を見て、七海はしばらく考え込んでいたようだった。

「なな、できるだけあんよするけど、ママ、ぎゅーってしてくれるのはいーでしょ?」
「もちろん、七海ちゃんをぎゅーってできなかったら、僕も寂しいよ」

 それで二人とも納得したはずなのだが、夜のベッドからの脱走は無意識のようで、赤ん坊の話をしてから、ますます激しくなった気がする。べちゃっと床の上に落ちても起きることなく、寝たままで鷹野の胸まで這い上がってくる七海。鷹野もほとんど眠ったままで七海を抱きしめる。
 引き剥がして子ども用の柵のあるベッドに戻すと激しく泣くので、鷹野が起き出して七海を抱っこして寝かせるため、結果は同じだった。

「私の鷹野さんなのに……」
「赤ちゃん生まれたら、要ちゃんも抱きしめられなくなるよ?」
「その前にいっぱい抱きしめてもらおうと思ってたら!」

 七海の眠っている寝室に戻らなければならないので、要は鷹野の意識が飛ぶくらいまで激しく抱くこともできなかった。ようやく番になって抑制剤もやめてくれて、発情期も存分に抱き合えるのに、鷹野を乱れさせることができない。
 12歳から鷹野のことが好きで、やっと実った恋はまだまだ前途多難だった。

「ななね、これ、もらったの」
「誰から?」
「のぶくん」

 保育園から帰ってきた七海が、蜂蜜ボーロを一袋持っていて、食べる前に鷹野に報告してくれた。「のぶくん」という男の子は、西洋菓子屋さんの子で、以前に七海が意地悪なことを言われて噛んでしまった年上の男の子だった。

「のぶくん、おうちのおてつだいしてて、なながいちばんすきなのなぁに? ってきかれて、はちみつボーロっていったら、つくってくれたの!」
「西洋菓子屋さんの子に蜂蜜ボーロ……」
「七海ちゃんのために作ってくれたんだね。大事に食べないと」

 お洒落なケーキやプリンやムースなど、なんでもリクエストできたのに、七海は正直に一番好きなものを「のぶくん」に告げた。言われて「のぶくん」の方も真面目に蜂蜜ボーロを作ってきたようだった。

「ママとかなちゃんがけっこんするのっていったら、『ほんとうのママになるんだな。よかったな』っていってくれたのよ」

 後日「のぶくん」とご両親にお礼に紅茶の詰め合わせを届けると、ご両親はひどく恐縮していた。

「自分よりも10歳近く小さな子を苛めるなんて、一時間説教して、正座させてたんですよ」
「七海ちゃんが可愛かったから、話しかけたかったとか、それで七海ちゃんを傷付けることになってしまって、本当に申し訳なくて」
「七海ちゃんも噛んでしまったし、あの時のことはこちらこそすみませんでした」

 鷹野とご両親が話をしている間に、「のぶくん」が七海にラッピングされた袋を差し出した。フィナンシェの入ったそれを受け取って、七海が涎を垂らしながら、お礼を言う。

「ありがとう、のぶくん」
「今はまだ修行中だから、それくらいしか作れないけど、もっと大きくなったら、綺麗で美味しいの作るから、食べてくれよな」
「うん、たのしみにしてるね!」
「でも、一番好きなのは蜂蜜ボーロなんだろ?」
「だぁいすき!」

 あまりお菓子は食べさせていない七海は、初めて見るフィナンシェに興味津々だった。

「のぶくんって、ななちゃんのこと、好きなのかな?」
「そうじゃないかな。七海ちゃんも好きそう」

 年上の男の子から好かれていて、七海の方も満更ではなさそうに見える二人。「のぶくん」の方は中学生だが、背が高く体格ががっしりしていて、どことなく鷹野と似ているのに、要は気付いていた。

「ママとかなちゃんとななでたべようね」
「ミルクティーを淹れようか?」
「あまぁいの?」

 帰り路に七海を真ん中に手を繋いで、鷹野と要と三人で歩く。できるだけ歩くと約束した日から、七海は疲れている時以外は鷹野に抱っこを求めなくなってきていた。

「ななちゃんはミルクたっぷりの甘いのね」
「ミルクティーすき。ママもすき。かなちゃんもすき」

 生後すぐに母親からは捨てられた七海は、母親を知らない。その分だけ、鷹野に母親を求めても仕方はない。
 それでも、夜中に柵を乗り越えて、べちゃっと床の上に七海が落ちる音がするたびに、要は願わずにいられない。
 一日も早く七海が大きくなって、一人で寝られるように。
 毎日というほど頻繁ではないが、週に2、3回は鷹野の胸に這い上がってくる七海。

「まだ4歳だから……あー! でも、私の鷹野さんなのにー!」

 耐えつつも、要もまだ19歳。鷹野を独り占めにしたい気持ちと葛藤していた。
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