抱きたい美女に抱かれる現実

秋月真鳥

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第二部 年上オメガを落としたい日々 (要編)

5.期限が来るまでは (鷹野視点)

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 抑制剤の量を増やしてから、フェロモンが漏れているはずはないのだが、会社の取り引き先のアルファに絡まれることが多くなった。様々な取り引き先の優秀なアルファを、鷹野の父親がわざと鷹野に会わせるように仕組んでいるようだ。
 結婚する気はない。子どもも作るつもりはない。強い抑制剤のせいで、男性としての機能はほとんどなくなっていたし、襲われる立場になってみると、他のオメガや女性にそんな行為を強いることはとてもできないと思うようになっていた。
 男性なのだから子どもだけでも作れとオメガを宛がわれたこともあるが、自分の男性としての機能が役に立たないことを告げると、ますます父親は鷹野にアルファを会わせるようになった。
 仕事中だから社長のスケジュール管理をして、書面も作って、普通に働いているだけなのに、男女問わず送り込まれて来たアルファが絡んでくる。社長が席を外そうとするのも、そういう風に父親から命じられているからなのだろう。
 凛々しく要が撃退した社長の息子は、あれ以来鷹野を見るとこそこそと逃げ出すようになっていた。
 自分の身は自分で守らなければいけない。艶華のことも、兄として守らなければいけないので、父親が宛がった悪い恋人に気付いていなければ別れさせている。要のこともまだ高校生なので守らなければいけないと思ってはいたが、あの日の記憶は、その後で要の姿を思い出して後ろに触れたことと共に、鮮烈に記憶に残っていた。
 一人で全てを抱え込んできた鷹野を、小さな体で、見事に守ってくれた要。その後で鷹野が自己嫌悪に陥って、発情期で判断力が落ちて、薬を大量に飲んで病院に運ばれた後も、要は細々と世話を焼いてくれた。
 自分のことは全て自分で、艶華のことも鷹野が、要のことも自分がと、必死になっていたときだっただけに、要に助けられたという事実は鷹野にとって非常に大きなものになっていた。
 11歳も年下の女の子に抱いてはいけない想いを抱いている。
 12歳で助けてくれた年上の鷹野のことを、要は保護者のように思ってくれているが、それ以上になり得るはずがなかったし、あの可愛らしい要が鷹野を抱くなんてあり得ない。
 いつか手放さなければいけないから、距離を置きたくて、高校に入ってからは朝ご飯と晩御飯を一緒に食べなくなったが、そうすると自分の分も作る気力がなくなって、鷹野は手抜きのインスタントか、もしくは食事も摂らないで働く日々を続けていた。
 お昼も食欲がなく、お茶だけで済ませた冬の日に、社長に資料室に資料をとってくるように言われて、言ったら、アルファの男性が待ち構えていた。無視して資料をとって戻ろうとすると、鍵をかけられてしまう。

「大声を出しますよ?」
「そしたら、あなたと俺の関係が公になるだけだ」
「あなたとなんて、なんの関係もない」

 押しのけて退かそうと腕を伸ばしたら、思わぬ強い力で捩じり上げられる。床の上に引き倒されて、腰に跨る男性は、鷹野よりも細身だったが、良く鍛え上げているようだった。

「うなじを噛んでしまえば、オメガなんていちころだろ」
「触るな!」

 ジャケットを乱され、スラックスからベルトを引き抜かれて、シャツの前を乱暴にボタンを引きちぎられた瞬間、鷹野はここで反撃をしておかなければ、負けると確信した。
 両手を組んで、身体を回転させるようにして、自分に跨る男性の横顔に肘を入れる。体勢が崩れて床に倒れた男性の鳩尾めがけて、容赦なく靴の爪先を叩き込んだ。

「ぐぇっ!?」
「園部くん、なんてことを!?」

 タイミングよく駆け込んできた社長は、本来ならば鷹野がこの男性に抱かれて、うなじを噛まれたところを目撃するはずだったのだろうが、実際に見たのは、鼻血を出して床に倒れて嘔吐しているアルファ男性と、明らかに服装を乱された鷹野が憮然として立っているところだった。
 アルファ男性を乱暴されたとはいえ、病院送りにしてしまった。病院で頬の骨と、肋骨が一本折れていることが分かったアルファ男性は、物凄い勢いで鷹野の父親と社長に抗議した。
 結果として、鷹野は謹慎という名目で社長秘書という嫌な仕事を辞められたのだった。
 肩の荷が下りた気分でせいせいして荷物を纏めて早く帰ってくると、ドアの前を通ったときに要の部屋から幼い子どもの泣き声が聞こえた。

「まぁまーーー! ぶえええええ!」
「私の方が泣きたいわ!」
「いやー! ごあいー! まぁまーーーー!」

 泣き喚く声に心配になって、急いで荷物を置いて、部屋にあった蜜柑を持って隣りの部屋のドアの前に立つと、要の怒鳴り声が聞こえた。

「うるさいっ! 黙れ!」
「いやああああああああ!」

 2年前に、不倫相手との間に母親が子どもを産んだことを聞いていた鷹野は、その泣き声が誰のものか見当がついていた。2歳の幼子が泣き喚くのを、17歳の要がどうにもできずに、ヒステリックに叫んでしまうのも仕方ないだろう。
 インターフォンを押すと、半泣きの要が出てきて、鷹野を部屋に入れてくれた。色素の薄い要によく似た2歳の幼児は、七海という名前だった。
 オムツを替えて、剥いて筋まで取った蜜柑を食べさせると、お腹が空いたのとオムツが濡れたので不機嫌だった七海は泣き止んで落ち着いてくる。

「うちの親が、面倒見ろって置いて行っちゃったんです」
「要ちゃんもまだ高校生でしょ? 面倒みられる方じゃないの?」
「そうなんですけど、私がどうして……」

 押し付けられたという荷物をあさると、保育園の書類や母子手帳も出て来た。それにしても、12歳の要を独り暮らしさせるという時点で非常識だとは分かっていたが、17歳の要に2歳の七海の面倒を見るように押し付けて、海外に行ってしまうのも責任感がなさすぎる。
 ここで、鷹野は七海が自分の妹でもあると言えれば良かったのだろう。
 そうすれば、何の問題もなく、七海を鷹野が引き取って、育てられる。
 けれど、要との日々が壊れるのが怖くて、鷹野はそのことを口にできなかった。残り一年と少し、大学に入れば完全に要の手を放そうと決めていたのに、それが目の前に来ると、躊躇ってしまう。
 鷹野の母親の不倫のせいで要の両親が別れて、七海も押し付けられたと知れば、要との間で築き上げてきた信頼関係は、全て崩れてしまうだろう。二度と要は鷹野を信用しないかもしれない。このマンションからも出て行ってしまうかもしれない。
 二度と会えなくなるくらいならば、今まで隠し通したのだから、残り一年間だけは許して欲しい。
 自分勝手な我が儘だと分かっていたが、15歳のときに鷹野を助けてくれた要の凛々しい姿が脳裏を離れず、鷹野は嘘を吐き続けることになった。
 七海の面倒を見る名目で、要の部屋にハウスキーパー兼ベビーシッターとして住み込んだ日々は、穏やかで、幸せだった。七海は鷹野に懐いてくれて可愛かったし、要は変わらずに好意を寄せてくれる。それが家族に対するものだとしても、鷹野は満たされていた。
 終わりの日を待ちながら過ごす時間は、一日一日、一秒一秒が大切で、幸せで、いつか全部白状しなければいけない現実から、鷹野は逃げ続けていた。
 七海が3歳になって、要が高校三年生になった初夏に、七海が保育園で園児の兄を噛んでしまった事件の後で、鷹野は要から告白をされた。
 キスをされて、鷹野は狼狽えた。
 口付けすら、襲われて無理やりされたのをカウントしなければ、初めてに近い鷹野。いけないと要の口を押えて逃れると、指の間を舐められて、ぞくりと胎が疼く。

「ど、どうしたの?」
「鷹野さん、いい匂いがします。ずっと、好きだった。こういう意味で、好きだったんです」
「ごめん……要ちゃんのこと、そういう風には見られない」

 また、自分のフェロモンが漏れ出していたのだろうか。
 妹の艶華ですら、鷹野のことを小さい頃から「いい匂い」と言い続けていた。まだ17歳で小柄な要も、アルファだから鷹野のフェロモンに踊らされているのかもしれない。
 要には言えていないことがある。
 言わないままで、信頼関係は崩さないままで、要の側をそっと離れて、幸せになるのを見守りたかったのに。
 そのままハウスキーパーもベビーシッターも辞めてしまうのが正解だったのだろうが、鷹野はどうしても諦められなかった。要が正気に戻ってくれるのを待っていた。
 要の誕生日に、告白をもう一度されて、鷹野は自分の母親が要の父親の不倫相手であること、七海が妹であること、全て白状したのだった。
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