抱きたい美女に抱かれる現実

秋月真鳥

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第二部 年上オメガを落としたい日々 (要編)

4.家族ごっこ (鷹野視点)

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 バスルームで冷たいシャワーを浴びても、身体の火照りが取れない。隣りの部屋で争う気配を察して、要はわざわざ鷹野のところに助けに来てくれた。剣道の構えなのだろう、真っすぐに背筋を伸ばして、脚を前後に開いて、竹刀を両手で持って、躊躇いなく社長の息子の頭上に振り下ろした姿は、凛々しく、かっこよかった。
 恋愛も結婚もする気がなかったし、発情期も、普段からフェロモンが漏れるような面倒な体質なので、強い抑制剤を飲んで制御して来た鷹野。発情期でも後ろが濡れるような感覚は初めてだった。
 熱い息を吐きながら、欲望のままに双丘を割って、指がそこに触れる。ぬるぬると滑るそこを洗い流して終わりにしたいのに、触れているだけで息が上がって来る。
 もっと強い刺激が欲しい。
 どれだけ自制心と薬で抑制しても、鷹野はオメガに違いなかった。社長の息子には全く反応しなかったどころか、気持ち悪いくらいだったのに、凛々しく鷹野を守ってくれた10歳以上年下の要に妙な感情を抱いてしまっている。
 無邪気に鷹野を慕ってくれて、泣きながら真夜中に助けを求めてくれる要を、性的な対象にしてはいけない。分かっているのに、発情期で熟れた体が言うことを聞かない。
 つぷりと後孔に指を差し込むと、背徳感に涙が滲んだ。
 こんなことをしてはいけない。要は鷹野のフェロモンに反応してもいなかったのだ、要が成人しても、鷹野に興味を持つことはない。鷹野自身も、自分よりも要にはもっと似合う相手がいるだろうし、年の近い相手と結ばれて欲しかった。

「だめっ……ひっ……」

 差し込んだ指は抜けないどころか、ぐにぐにと蠢く内壁にますます深くまで入ってしまう。一本では足りなくて、指を増やしたのも無意識だった。

「あっ! あぁっ!」

 中を自分で掻き回す濡れた音と、零れる吐息を、冷たいシャワーがタイルを叩く音がかき消す。掻き回して、抜き差しをして、達しようとするのに、身体は指くらいでは満足してくれない。

「いやぁ……くるしい……」

 要に欲望を抱くくらいなら、大嫌いな社長の息子に抱かれていた方が良かったのだろうか。発情期のオメガの身体は貪欲に快楽を求めてしまう。要のことを考えて奥に指を差し込んでいるだけで裏切りなのに、本当に要が目の前に現れたら、取り縋って抱いて欲しいと泣いてしまうかもしれない。
 それだけはしてはいけないと、鷹野はいつまで経っても達せない中から指を抜いて、バスルームからバスタオルを巻いて出て、ありったけの抑制剤を手に取った。飲み下していくと、身体の火照りが治まって来るのが分かる。
 それだけではなくて、体温が下がって震え出した鷹野は、携帯電話が鳴っているのに気付いた。
 この時間、要はまだ中学にいるはずだ。
 意識が朦朧としながら電話に出ると、鷹野の母親からだった。

『報告しとかないと、あなた、怒ると思って。一週間前に産まれたから』
「は? なにが?」
『あなたの妹よ。小日向の子だったから、そっちに渡したけど』
「小日向……要ちゃんのお父さんの!?」

 鷹野の母親は要の父親と関係が続いていて、子どもができて、それを産んで、要の父親に押し付けたという。生後一週間の退院したばかりの赤ん坊を押し付けられて、要の父親はどうしているのだろう。それ以上に、産み捨てるように要の父親に渡したという母親の神経が信じられなかった。

「僕に……」
『あなた、こぶ付きで結婚できると思ってるの? さっさと結婚しなさいよ』
「それを言うのか?」

 世界が足元から崩れていく気がする。
 気が遠くなって倒れた鷹野は、明らかに抑制剤の飲みすぎと、シャワーで冷水を浴びて身体が冷えたからだった。
 要は知っていたのだろうか。
 自分の父親の不倫相手との間に、子どもが産まれることを。
 捨てるようにして渡された子どもが、要と同じくベビーシッターとハウスキーパーに育てられるのは、火を見るよりも明らかだった。
 どうにかしてその子も保護しなければいけない。

「鷹野さん!? しっかりして、鷹野さん!?」
「かなめ、ちゃん……?」
「勝手に入っちゃいけないと思ったんだけど、朝のことがあったから心配で、鷹野さんの部屋に行ったら、インターフォン押しても返事がないから」

 返事があったら無事か聞いて、部屋には入らずに帰ろうと思ってくれていたようだが、返事がなくて合鍵で開けて入ると、鷹野がバスタオルを巻き付けただけの姿で、携帯電話を持って倒れていた。周囲は冷たい水で濡れていて、鷹野の体温も下がっていて、ただ事ではないと要は救急車を呼んでくれたようなのだ。
 病院のベッドで目を覚ますと、要の泣き顔が目に飛び込んできた。
 こんなにも自分を信頼して、自分のために泣いてくれる子を、欲望の対象にしてしまった。罪悪感と共に、喉に違和感を感じた鷹野が咳き込むと、要がペットボトルの水を渡してくれる。

「襲われてショックだったからって、オーバードーズなんて……」
「発情期が治まらなくて……」
「鷹野さん、自分を大事にしてください」
「はい……ごめんね?」

 発情期をどうにか治めようと飲んだ抑制剤の量が多すぎて、鷹野は意識を失ってしまったようだ。胃洗浄されていたので、喉に違和感があったのだ。
 水を飲むと少し落ち着いて、ベッドに座る。病院でパジャマを着せてくれたようで、鷹野は裸ではなかった。

「鷹野さんいなくなったら、また私、一人になっちゃう……」
「要ちゃんは一人じゃないよ。きっと良いひともできるだろうし」
「鷹野さんみたいに面倒見が良くて、優しいひと、他にいません」

 信頼が厚ければ厚いほど、鷹野の罪悪感は増す。絶対に要にはフェロモンを浴びさせるようなことがあってはならない。
 病院で抑制剤を更に強いものにして欲しいと頼むと、医師は良い顔をしなかった。

「園部さんの体質は分かってますけど、これ以上強くすると、将来妊娠は望めなくなるかもしれませんよ?」
「結婚する気はないから大丈夫です」
「そうは言っても、園部さんはまだお若いし」
「お願いします。僕は、この体質が本当に嫌なんです」

 誰とも交わることがなければ、発情期にフェロモンを出す必要もない。常時フェロモンが漏れているような体質も、常時抑制剤を使っていれば、妊娠はできなくなるかもしれないが、制御ができるようになる。
 押し切ってもらった薬を、鷹野は発情期以外にも常に飲むようになった。
 発情期の間、薬の調整もあって入院していた期間、毎日、要はお見舞いに来てくれた。

「薬、強くしたって聞きました……」
「うん、フェロモンが漏れやすい体質だから、仕方ないよ」
「妊娠しにくくなるって」
「結婚する気も、子どもを産む気もないから、いいよ」

 鷹野の言葉に、要はしばらく俯いていたが、意を決したように口を開いた。

「父が、妹が生まれたって連絡してきました」
「そう……」
「妹って、可愛いものですか?」

 不倫相手との赤ん坊を、妹として可愛いと思えるか。
 悩む要に、鷹野は穏やかに言う。

「無理に可愛いと思わなくてもいいんじゃないかな」
「でも、あのひとの身勝手で産まれて、赤ちゃんに罪はないじゃないですか!」
「要ちゃんにも、罪はないもの」

 無理に会わなくていい。可愛いと思わなくて良いと言われて、要の目からほろほろと涙が零れる。

「妹って思えなくて……母のことも、父のことも、両親だと思えなくて……鷹野さんだけが、私の家族より家族みたいで、優しくて暖かくて……」
「僕で良ければ、要ちゃんが嫌になるまでは一緒にいるよ」
「ずっと、いてください」

 そう言ってくれるのは今だけで、いつかは他の誰かの手を取って幸せになるのだろう。分かっていても、鷹野はその日には要を笑顔で送り出すことしかできない。
 10歳以上年上のオメガで、父親のように思われている鷹野が、要の恋愛の対象になるわけがなかった。むしろ、フェロモンで間違いが起きないように、鷹野は強い抑制剤を使うことを決意したのだ、要には幸せになってもらわなければ困る。
 そのときに、鷹野に何も残っていなくても、要の成長に立ち会えた喜びだけは永遠に消えることはない。

「要ちゃんが必要な限りは」

 きっと大学に入れば世界が変わる。
 その日まで。
 期限を切って、鷹野は要との家族ごっこを続けることにした。
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