抱きたい美女に抱かれる現実

秋月真鳥

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第二部 年上オメガを落としたい日々 (要編)

3.突然の恋 (鷹野視点)

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 フェロモンが漏れているから、誘惑されていると思った。
 そう言えばアルファがオメガを襲う行為は、大抵正当化されてしまう。悪いのはフェロモンを漏らすオメガで、社会的地位のあるアルファは誘われて逆に被害者のような顔で堂々としていられる。
 艶華にだけはそんなことを考えるアルファになって欲しくないという願いに、要も加わったのは、当然のことだった。
 両親との関わりが少なかった分だけ、要は倫理観が他のアルファよりもしっかりしている。

「母に『運命の番』ができたから、両親は別れたんです。『運命の番』ってそんなにいいものなのかなぁ」
「一目で惹かれ合うっていうよね。そんな相手が、要ちゃんにもできるのかな」
「……できたらいいんですけど」

 母親に「運命の番」ができる以前から、要の父親は鷹野の母親と不倫をしていて、それで他の相手と遊ぶようになった要の母親に偶然「運命の番」ができて別れたという真実を、要は知らない。自分が知っている真実を話せば、鷹野がどうして要を気に掛けるかが知れてしまう。
 親の不倫相手の息子に世話をされたくない。
 そうやって拒絶されるのが怖くて、気が付けば三年が経っていた。
 鷹野は26歳になって、要も15歳で高校に受かっている。剣道部の主将も務め上げて、内申点も良かったようだった。

「最初の頃は剣道の袴が乾かないって半泣きだったのにね」
「乾燥機にかけても、分厚くて全然乾かないんですよ! 洗い忘れた私が悪いんだけど」

 泣きながら深夜に鷹野の家を訪ねて来た日には驚いたが、テスト勉強が忙しくて袴を洗っている時間がなくて、気が付けば練習で必要なのに汚れたままになっていたと泣き付かれて、鷹野は素早くアイロンを取り出した。

「乾燥機のしわも取れるし、ある程度は乾かせるからね」
「そんな手が!?」
「泣かないで良いよ、大丈夫。ちゃんと乾くから」

 剣道は胴着や兜を付けるので、とにかく汗が籠って、匂いが酷いのだ。きちんと洗濯してもにおいが取れないことがあるのに、生乾きのままで持っていくなど、要は年頃だし考えられなかった。
 アイロンで熱々になりながら水分を飛ばして、除湿器のある洗濯物部屋に干した袴は、無事に翌日には乾いて、要はそれを持って試合に臨めた。

「剣道があんなに臭うとか、僕、知らなかった」
「鷹野さんは筋肉ついてますけど、何で鍛えたんですか?」
「水泳とウエイトトレーニングかな」

 ジム通いで鍛えた筋肉は、家でも筋トレをしているので保てているが、そろそろまた通いださないといけないかもしれない。そんな話をしながらも、要の卒業式にはお祝いをすると約束をして、朝ご飯の片付けをして仕事に行く。
 毎日仕事は憂鬱だったが、家を出る前と帰った後の要との会話に、鷹野は癒されていた。そろそろ発情期が来るので、抑制剤を飲まなければいけない。
 会社に行って社長室に入ると、父親の姿が見えて、鷹野は眉間に皺を寄せた。

「お前が結婚しないとか言うから、艶華に相手を宛がってる」
「は? 艶華はそれを知ってるんですか?」
「知るはずないだろう。お前が素直にアルファと結婚して子どもを産めばいいものを」
「僕は、あなたたちみたいになりたくないんです!」

 この世界が希少なアルファとオメガで回っていて、そのほとんどが愛のない政略結婚だとしても、鷹野はそうはしたくない。脅しに来たつもりの父親は、威圧的に鷹野に見合い写真を押し付けていく。

「この中の誰か選べ。お前もいつまでも若くないんだからな」
「いらない!」
「艶華の孫でも、私は全然構わないんだがね」

 おっとりしている艶華は、好きだと言って迫られたら、騙されてしまっているかもしれない。こうやって艶華を人質に取って、この男は鷹野を思い通りにしてきた。
 結婚までは思い通りにさせない。
 艶華も自分も。
 仕事が終わると、鷹野は真っすぐに艶華のマンションに行った。コンシェルジュに挨拶をして、ロビーで待っていると、オメガの甘い香りをぷんぷんさせた綺麗な顔立ちの女性が降りて来る。

「あの男から、幾らもらったんだ?」
「なんの話?」
「艶華には内緒にしてやるから、二度と近付くな」

 金を握らせると、彼女は顔を顰める。

「あんな生活力のないアルファとは思わなかった。エッチは悪くなかったけど、女のアルファって、それほど好きじゃないのよね」

 あっさりと別れることを約束した彼女に安堵して、マンションの部屋に戻ると、入口で要が待っていた。いつもより帰りが遅くなったので、鷹野を心配してくれたのだろう。

「残業だったんですか?」
「そんな感じ」
「あの……鷹野さん、甘い匂いがするから、明日は仕事を休んだ方が良いと思います」

 この子もアルファだったと、鷹野は要を凝視してしまった。フェロモンを漏らしているつもりは全くないのだが、抑制剤が間に合わなかったようだ。

「ありがとう。明日はご飯作りに行けないから」
「大丈夫です、鷹野さん、気を付けて。部屋から出ないで。足りないものがあったら、買ってきますから」

 幼い頃から、甘い香りがするとアルファの父に言われ続けてきた。フェロモンの漏れやすい体質なのだろうが、それがまだ15歳の要にまで効くというのは、アルファという性なのだから仕方がないが、自分がオメガであることを厭わずにはいられない。

「それ……結婚、するんですか?」
「しないよ」

 カバンからはみ出た見合い写真に気付かれて、鷹野は慌ててそれを隠した。後ろめたいことは何もないのに、要には見られたくない。要には良いお隣りさん、良い大人でありたいのに、鷹野のオメガという性とフェロモンがそれを邪魔する。

「おやすみ、要ちゃん」

 部屋に入ってから、明日から一週間発情期で休むと会社に連絡を入れて、鷹野は夕飯も食べないままでベッドに倒れ込んだ。体の疲れと共に、発情期の独特の火照りのようなものが湧き上がってくる。
 自分の身体を埋める熱いものが欲しい。抱き締める腕が欲しい。誰かに愛を囁いて欲しい。
 なかなか寝付けずに、眠っても何度も目を覚まして、鷹野は体の疼きに堪えていた。抑制剤を飲んでいるのに、こんなにも効きが悪いのは初めてだった。
 薄茶色のサラサラの髪、大きな薄茶色の目。
 真っすぐに要が鷹野を見つめる姿が、瞼の裏に蘇る。
 最初はスーパーで買い物もおぼつかなかったのに、今は発情期の鷹野のために足りないものがあれば買って来るとまで言ってくれる。
 もうすぐ高校生になる要は、恋愛にも興味が出て、そのうち恋人ができて、鷹野の手を必要としなくなるだろう。
 一緒にご飯を食べて、話した毎日が楽しかっただけに、それが突然なくなるのは考えられなくて、鷹野は両手で顔を覆った。
 あまり眠れないままに来た朝に、インターフォンの音で目覚めさせられた鷹野は、要が何かあったのかと思って、警戒せずにドアを開けてしまった。そこに立っていたのは、以前投げ飛ばした勤めている関連会社の社長の息子だった。

「凄く香ってる……ドアを開けてくれたってことは、そういうこと、ですよね?」
「ちが……なにを!?」

 部屋の中に押し込められて、後ろ手で鍵を閉められて、床の上に押し倒される。パジャマの前を引きちぎるように開けた彼の手が、無遠慮に鷹野の胸をまさぐる。

「好みじゃないけど、フェロモンのせいでちゃんと勃ってるから、満足させてやるよ」
「嫌だ!」

 抵抗しようとしても、発情期のオメガがアルファに敵うわけがない。欲望で目をぎらつかせた彼にパジャマのズボンを降ろされそうになって、必死に抵抗する。

「挿れて欲しいんだろう? ほら、ちゃんとケツ上げておねだりしろよ!」
「放せ! 触るな!」

 パジャマのズボンを死守しながら、彼の胸を押すが、発情期のせいで力が入らない。触られても気持ち悪いだけなのに、甘いフェロモンの香りが相手を誘っているようで、鷹野は自分の身体が嫌でたまらなかった。

めぇーん!」
「ぐぇ!?」

 ばしぃんっ! と良い音を立てて、開いたドアからしっかりとした姿勢で要が竹刀を伸し掛かる彼の頭頂部に振り下ろしたのは、そのときだった。潰れたカエルのような声を上げて床に倒れた彼を、要が引きずって部屋の外に出す。

「何かあったときのために、鷹野さん、合鍵預けてくれててよかった……無事ですか?」
「要ちゃん、ありがとう……大丈夫だから、ごめん」
「はい! こいつ、警察に送り届けて、学校行ってきます! 鷹野さん、もう鍵を開けたらだめですよ」

 颯爽と助けてくれて、無礼者を引きずって警察まで送り届けに行った要。
 発情期のせいか、ドアを閉めた後も、要の凛々しい姿が脳裏から消えてくれない。ずくずくと胎は疼く。

「だ、ダメ。要ちゃんは、そんなんじゃない」

 12歳のときから知っていて、鷹野を保護者のように慕ってくれる要を、性的な対象にするなど、あり得なかった。要の方も、鷹野が性的な対象になることはあり得ないだろう。
 好みではないのにあのアルファは勃っていたというのに、要は発情期の鷹野を前に、そんな素振りも見せなかった。要は鷹野を好きになることはない。
 それなのに、身体の奥に火が付いたようで、鷹野はバスルームに飛び込んでいた。
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