抱きたい美女に抱かれる現実

秋月真鳥

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第二部 年上オメガを落としたい日々 (要編)

2.妹のように (鷹野視点)

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「要ちゃんって、髪を伸ばしているの?」

 中学の入学式が終わってから少し経って、生活も落ち着いてきた頃に、鷹野は軽い気持ちで問いかけた。肩までだった髪は伸びて結んでおり、前髪も重く長くなっている気がする。
 年頃なのだから髪を伸ばしたりしたくもなるのだろう。そう思って見守っていたが、俯いた要の口から出たのは、全然違う言葉だった。

「美容院に一人で行ったことがないんです」

 アルファでしっかりしているから忘れそうだが、少し前まで要は小学生だったのである。一人で外食をしたこともないし、コンビニに行ったこともない。アルファの子どもは誘拐されやすいので一人で行動させられることはほとんどない。

「シッターさんに連れられて、適当に切ってもらってたから、伸ばしたい気持ちはあるんですけど、前髪とかすごく鬱陶しくなっちゃって」
「ごめんね、全然気付かなくて。今日早めに帰るから、美容院に行こうね」
「いいんですか?」

 まだ12歳の少女が一人で美容院を探して入るのは、ハードルが高すぎる。朝ご飯の片付けをしながら提案すれば、要はぱっと明るい表情になった。
 もっと早く気付けていれば、要の入学式に可愛い髪形をさせられたかもしれない。男性でオメガでしゃれっ気もなかった鷹野は、自分の鈍さを呪った。
 その日は早めに仕事を切り上げるはずだったが、社長の息子に絡まれてしまう。

「鷹野さん、俺のこと、好きでしょう?」
「名前で呼ばないでください、気持ち悪い」
「冷たくしないでよ。関連会社からここを選んだのも、俺と結婚するためって、みんな言ってますよ」
「その『みんな』が誰と誰なのか、正確に教えてください。名誉棄損で訴えるので」

 冷たくあしらうと、アルファらしき彼は鷹野に近寄って来る。鼻先を肩に掠めるくらい近づけられて、鷹野は気持ち悪さに身を引いた。
 身長も彼の方が低いし、体付きもほっそりとしている。それでも、アルファというものは力が強いので、油断はできない。

「他に好きな相手がいるなら、番にしないで自由にさせてあげますから、ね?」
「結婚はする気はありません」
「こんなにいい香りさせて?」
「触るな!」

 肩口に顔を埋めるようにして匂いを嗅がれて、ぞわりとして鷹野は彼の身体を投げ飛ばしていた。見事に半回転して、床に頭を打ち付けつつひっくり返った彼は、目を回しているようだ。
 後で社長と両親から連絡が入るかもしれない。面倒な予感がするが、セクハラをしてきた方が悪いのだ。セクハラには物理で対応すると鷹野は決めていた。
 足早に部屋に戻って、着替えて隣りの部屋のインターフォンを押すと、要が出て来る。合鍵を渡すと言ってくれるのだが、年頃の女の子の部屋にいつでも出入り自由という状態の年上の大人の男性がいるのは良くないと、鷹野は受け取っていなかった。

「髪、洗ってたんです。乾かすので待ってください」
「美容院で洗ってくれるのに」
「そうなんですか?」

 要の連れて行かれていた美容院では、髪は洗ってくれなかったようだ。時間短縮のために、そうしていたのかもしれない。

「人に洗ってもらうのって気持ちいいよ」
「そうなんだ……お風呂も物心ついてから自分だけで入ってたから」

 見守りはあったけれど、洗ったりするのは全部自分でするようにと要は躾けられていた。それは鷹野も同じだった。

「どこのアルファとオメガもそんなものなのかな」
「私は、そんな結婚、したくないです。好きなひとと結婚したい」

 頬を染めて呟く要は、いつか鷹野の手を離れて、好きなひとのところに行く。その日には父親のように暖かく送り出したい。
 嫌なことが会社であっても、要がいれば耐えられる気がするのに、その要もいつかは好きなひとを見つけて行ってしまう。残されたとき、鷹野は幾つになっているのだろう。
 結婚はしないと決めていても、生涯一人きりで暮らすということに、鷹野はまだ決心がついていないところがあった。発情期のオメガはアルファを求めて身体が疼く。それも何歳まで続くのかは分からないが、全ての発情期をたった一人で過ごすのは、肉体的にも精神的にも、つらいものがあった。誰でもいいから抱いて欲しいと自暴自棄になって、アルファの元へ飛び込むオメガもいるというのは聞いたことがある。

「鷹野さんは……」
「美容院、行こうか」
「は、はい」

 要が鷹野に何を聞こうとしていたか、鷹野は知りたいと思わなかった。これまでの恋愛遍歴を聞かれたとしても、なにもないとしか答えようがない。
 まだ12歳の要を助けるためと言い訳して、寂しさを埋めるために利用しているのかもしれない。ちくちくと罪悪感が胸を刺す。

「どんな髪型にしたいの?」
「えっと……長く伸ばしたいけど、前髪が鬱陶しいから……」
「前髪を伸ばして横に持って行って、量を減らすようにしていこうか」

 美容師と話をする要は、雑誌を見ながら髪型を決めていた。ロングヘアーに憧れているようで、長く伸ばしたいという要望に、美容師は応えてくれていた。
 髪を揃えて、洗い流して、ドライヤーで乾かすと、要はすっきりとした顔で鷹野の元に戻って来た。

「鷹野さんの妹さんですか? 可愛いですね」
「妹じゃないよ、お隣りさんなの」
「一人じゃ何もできないから、助けてもらってます」

 帰り道、要はもじもじと鷹野に問いかけた。

「次行くときも一緒に来てもらっても、迷惑じゃないですか?」
「いいよ。今度は、外でランチを食べようか」
「外食! どんなお店に連れて行ってくれるんですか?」

 他に頼るものがいないからかもしれないが、要は無邪気に鷹野に頼ってくれる。
 そのことが嬉しくもあり、申し訳なくもあった。
 スーパーに寄って晩ご飯のおかずを買って行く。ついでに苺や柿も籠に入れると、要が鷹野を見上げた。

「鷹野さん、果物好きなんですか?」
「普通に食べるよ。葡萄も入れとく?」
「果物って、あまり食べたことないんですよね」

 栄養バランスの取れた食事は与えられていたが、デザートはあまり食べたことがない。その話を聞いて、鷹野は要についてまだ知らないことがあったと気付いた。

「要ちゃん、お誕生日は?」
「八月です」
「そのときには、ケーキを作ろうか?」
「ケーキって、作れるんですか?」

 純真な12歳の目が輝く。鷹野も艶華も髪は真っ黒で目も真っ黒だが、要は少しだけ色素が薄いのか、髪の毛はさらさらと真っすぐで細く、薄茶色だった。同じく目も薄茶色だ。
 綺麗なお人形のような可愛い要。
 大事なアルファとして育てられるはずだったのに、鷹野の母親のせいで壊れてしまった家庭。その償いをするためと言いつつ、ただこの美しく愛らしいアルファを最大限に甘やかして、幸せな顔をさせたいがために、鷹野は自分が行動しているような錯覚に陥る。
 可愛い妹の艶華とは引き離されて、ほとんど関われなかった。

「どうしてこんなに良くしてくれるんですか?」
「僕が、されたかったからかな。自己満足だから、要ちゃんが気にすることはないよ」

 溢れるほどに愛されて育てたかった艶華。同じように自分も、愛されて、甘やかされたかった。
 まだ疑問そうな要に言葉を重ねようとしたが、鷹野のジャケットの胸ポケットで携帯電話が振動した。会計を終えて、鷹野はスーパーから出る。

「ごめんね、仕事の電話みたいだ。要ちゃん、先に帰ってて」
「荷物、持って帰ります」
「重いよ?」
「平気です。私、力持ちなんです」

 事実アルファは体格に関係なく身体能力が高く、筋力が強いことが多い。それに勝ててしまう鷹野は、襲われないために相当鍛えているのだが。

「よろしくね」

 荷物を預けて電話に出ると、父親からだった。

『社長の息子を投げ飛ばしたそうじゃないか』
「あっちがセクハラをしてくるからだよ」
『慰謝料を払うか、お前と結婚させろと言っている』
「どっちもする必要なし。僕が、セクハラされたの!」

 はっきりと主張するが、父親は電話の向こうでため息をついたようだった。

『お前のフェロモンのせいで惑わされたと言っている。昔からフェロモンが漏れやすい体質なんだから、管理しろとあれだけ言っているのに』
「管理してるよ。病院にも行ってるし、強い抑制剤も飲んでる。それこそ、子どもができないくらいね! 処方箋を持っていくから、奴には一歩も譲歩しないで! もう関わるな!」

 成人して立派に一人で働いている鷹野に、いちいち親が干渉してくるのもおかしな話である。慰謝料の話にしても、鷹野ではなく親に話すあたりが、鷹野を所詮オメガと馬鹿にしている。

『お前は優秀なアルファと結婚して、アルファの孫を産むんだ』
「結婚はこの国では両者の合意がないと成立しないよ。アルファなのに、法律も分かってないの?」
『そんなの関係あるか。世界を回しているのは、少数のアルファとオメガなんだぞ?』
「そんな世界の歯車になる気はない!」

 優秀な子どもを産むためだけの存在として見られる嫌悪感は、これまでに何度も経験した。挙句の果てに、ごつ過ぎる鷹野は好みではないから、結婚は形式だけで、他の相手と子どもを作って、その子を跡継ぎにという輩までいるのだ。
 あの社長の息子もそういう輩の一人だと鷹野は認識していた。

「怖い顔……」
「要ちゃん!?」

 とっくに帰ったと思っていた要が、電話を切った鷹野の通りの向こうに立っていて、鷹野はそちらに駆け寄った。心配そうに要は眉を下げている。

「結婚、させられるんですか?」
「そのつもりはないよ」

 立場や、地位抜きで鷹野を選ぼうとする相手はいない。
 望んだ相手と、望まれて結婚したいなんて、贅沢過ぎる願望だが、鷹野はそれが果たされないくらいならば、一生結婚などしない、恋愛などしないと決めていた。
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