抱きたい美女に抱かれる現実

秋月真鳥

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第二部 年上オメガを落としたい日々 (要編)

8.18歳の決意

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 「番」という単語を聞いて、しばらく鷹野は黙り込んで俯いていた。耳までどころか、首筋まで真っ赤なのが分かっているので、嫌なわけではないのだろう。まだ鷹野には踏み出せない理由がある。それを聞くまで、要は辛抱強く待っていた。
 中学校に上がる年にこの部屋に引っ越してきて、一人きりで暮らすようになった要は、家事などしたことがなくて、インターネットで検索しながら悪戦苦闘していた。
 引越し初日にインターフォンを鳴らして、「お隣りの園部ですけど」と挨拶をしに来てくれた鷹野は、中学生で一人暮らしをすることになった要を心配してそれ以降毎日のように仕事の前、仕事帰りに要の部屋に寄って、料理を教え、家事を手伝ってくれた。
 それが全部、鷹野の母親が要の父親と不倫していたせいで、要の母親が他の相手と関係を持って「運命の番」と出会ってしまったからであっても、両親の結婚は要が小さな頃から既に破綻していたので、いずれこうなっていただろうから、気にはならなかった。むしろ、それに関して自責の念を持って、償ってくれようとする鷹野の誠実さに惚れ直したくらいだ。

「僕と番になるというのは、結婚したいってこと?」
「両親のこともあるから、私は自分の好きじゃないひととは結婚したくないんです。ずっと私のことを気にかけてくれて、優しくしてくれた鷹野さんが、好きなんです」

 誠実に答えると、鷹野は困ったように眉を下げる。

「要ちゃんのこと……本当は僕もずっと可愛いと思ってた。でも、僕と結婚するってことは、僕の両親が、会社を継げって迫るかもしれないってことなんだよ?」

 産まれた鷹野がオメガだと判明したときに、両親は非常にがっかりしたのだという。それで、次の子どもを望んで、アルファの妹、艶華が生まれた。艶華に両親は期待していたのだが、幼い頃から絵画の才能のあった艶華は、会社を継ぐことなど考えず、そっち方面に行ってしまった。

「艶華に迷惑はかけたくないけど、僕は、要ちゃんにも好きな道に進んで欲しいと思ってる」
「鷹野さんのご両親に失礼ですけど、倫理観も、責任感もない親に従う必要なんてないです。私が、鷹野さんを守ります」
「そんなこと言っても、要ちゃんは高校生なんだよ?」

 アルファで大学の進学が決まっているとはいえ、要はまだ高校生。大学に入ってからも、医学部で六年間は勉強しなければ、社会に出て給料ももらえない身分だった。

「私が稼げるようになるまでは、鷹野さんに迷惑もかけると思いますけど、必ず、鷹野さんを幸せにします」
「そんなの……」
「鷹野さんも、嫌な仕事じゃなくて、やりたい仕事をしましょうよ」

 要が大学に入学するのと同時に、再就職を考えているという鷹野の就職希望を、要はまだ聞いていない。七海が来たときに、鷹野は社長秘書ではなくて保育園や幼稚園や小学校の給食の先生になりたかったと言っていたのを、要は覚えていた。

「両親と鷹野さんは別物です。償いじゃなくて、私とこれからの未来を一緒に生きて欲しい。中学生になったばかりで心細かった私に優しくしてくれた鷹野さんは、すごくかっこよかったし、素敵で、惚れました」
「一番近くにいたオメガが僕だから、そんなことを言っているのかもしれない」
「これから先、どんなオメガに出会っても、どんな相手に出会っても、鷹野さんだけが好きです」

 これ以上ないくらいに口説いたつもりだった。
 それが鷹野の心に響いているのか、胸を高鳴らせながら待っていると、耳まで赤くなった鷹野が、両手で顔を覆う。

「番に、なるのは、要ちゃんが成人してからだけど……要ちゃんは、僕を抱けるの? 僕、オメガだから、要ちゃんを抱く方じゃなくて、抱かれる方なんだよ?」

 一番鷹野が心配だったのはそのことだったのだろう。
 蚊の鳴くような声で問いかけた鷹野に、要は逆の可能性を全く考えていなかった自分に気付いた。
 男性の鷹野と、女性の要。
 鷹野がオメガではなくて、要がアルファではなかったら、当然のように鷹野が抱く方で、要が抱かれる方と思っていたかもしれない。

「全然、考えたことなかった……」
「そうでしょう? 無理だよね」
「そうじゃなくて、私が鷹野さんを抱く方しか考えてなくて、鷹野さんに抱かれる可能性なんて、少しも考えてなかった」
「ほ、本当……? 僕だよ? 僕が抱かれる方で、良いの?」

 心配なのか、信じ切れていない様子の鷹野に、要ははっきりと告げる。

「前に鷹野さんの発情期でフェロモンが漏れてたこと、あったでしょう? あのとき、私、生えたんですよ?」
「ふぁ!?」
「それをバスルームで、鷹野さんのこと、考えながら処理しました」
「え? え? 待って……そ、そんな、恥ずかしいこと、い、言わないでぇ」

 顔を覆っていた手を耳に持っていく鷹野。その手を立ち上がった要が、ゆっくりと外した。
 凛々しい黒い目が涙で潤んで、白い肌は真っ赤になっている。唇を塞いで甘噛みすると、鷹野が長い睫毛を伏せる。

「んっ……だめ、要ちゃん……七海ちゃんが……」
「海に、行きましょう。旅行にも、行きましょう。ななちゃんに、いっぱい思い出作ってあげないと」

 碌な両親に育てられていない要は、幼少期にいい思い出などない。それは鷹野も同じだろう。
 七海が要の妹というだけでなく、鷹野の妹ということも分かった以上、もう遠慮はいらなかった。鷹野が否定しながらも、七海が甘えて「まぁま」と呼ぶのを、やめさせられなかった理由も、よく分かる。鷹野は七海に血の繋がりを感じていたのだ。

「本当は抱きたいけど、大学に入るまで、我慢します。ななちゃんを、いっぱい色んな場所に連れて行ってあげましょうね」

 夏休みの間、行きたい場所はないかと問われて、要が一緒に過ごしたい相手は鷹野であり、七海であった。
 口付けを交わすと、鷹野がおずおずと呟く。

「僕のこと、嫌になっても、七海ちゃんは僕の妹だから、一生責任は持つよ。僕は成人もしてるし」
「ななちゃんは、私と鷹野さんの妹です。子どもができたみたいですね」
「こ、子ども!?」

 赤ん坊を作るのは、結婚して、要が働き出してからになるだろうが、その前から、要と鷹野と七海は家族だった。一緒にお風呂に入るのも、寝るのも躊躇わなかったのは、鷹野は七海との血の繋がりを知っていたからだろう。それを感じ取っていたから、七海も「まぁま」と鷹野を呼ぶくらい慕っている。

「ななちゃんに、教えなきゃ。きっと喜びますよ」
「僕が兄だって? 兄よりおじさんの年だけど」
「本当の『ママ』より『ママ』じゃないですか」

 くすくすと笑うと、ようやく緊張が解けたのか、鷹野も要を見て微笑んだ。その微笑みが以前より柔らかい気がして、漂う甘い香りに、ずくんっと要の生えていない場所が疼く。
 鷹野をどうやって抱けばいいのだろう。
 要の部屋のベッドは狭いし、鷹野の使っている部屋は七海と一緒なので、寝ている間とはいえそういうことはできない。
 まだ高校を卒業するまでは、常識的な鷹野が体を許してくれるとは思わなかったが、要は今からそのことばかり心配していた。

「だからね、僕は七海ちゃんのお兄さんなの」
「まぁま?」
「血が繋がってて、七海ちゃんとは本当の家族だから、どこかに行ったり、絶対にしないんだよ」
「ほんとの、まぁま?」
「もう、それでいいよ」

 説明されても難しかったのか、七海はよく分かっていなかったが、七海の中では鷹野の位置づけは本当の「ママ」になったらしい。

「まぁまだったのよ」
「良かったね、ななちゃん」
「なな、いったれしょ?」

 本当のママじゃない。
 ハウスキーパーだからどこかに行ってしまうと同じ保育園の子どもの兄に言われて噛み付いた日から、七海なりに考えることはあったようだが、それで納得できたようだ。

「海に行こうね、七海ちゃん」
「日焼けしないようにしなきゃ! ラッシュガード買おう!」
「みじゅぎも!」

 まだ三歳児クラスなので、水遊びはするが水着に着替えてのプール遊びが保育園で始まっていない七海は、水着を持っていない。
 本格的な夏休みに向けて、準備が必要だった。
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