抱きたい美女に抱かれる現実

秋月真鳥

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第二部 年上オメガを落としたい日々 (要編)

5.17歳の保護者

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 三歳児クラスに入った五月、七海は初めての遠足の日程が決まっていた。保育園なので保護者は同伴しないが、その日は給食がないのでお弁当を準備してくるように伝えられている。
 天気予報では雨となっていたが、給食は作らないことが決定しているので、遠足が中止になっても、保育園のホールで三歳児、四歳児、五歳児クラス合同で遠足ごっこをしてお弁当を食べることが決まっていた。

「ななね、あした、おべんと!」
「私とお揃いだね。鷹野さんのお弁当、美味しいよ?」
「えんちょく、あめでもいーの。おべんと、あるから」
「そっか、気持ちは分かるわ」

 姉妹で話していると、明日の準備を終えた鷹野がキッチンから出て来た。長い脚に、七海が纏わりつく。

「おべんと、なぁに?」
「内緒。期待しててね」
「えーおちえてー」

 小さな七海の脇に手を差し込んで抱き上げた鷹野が、お風呂の準備をしてバスルームに行く。発情期の鷹野のフェロモンに当てられてしまって、初めて男性器に相当するものが生えて以来、風呂上がりの鷹野を直視できず、要は自分の部屋で勉強をするようになった。
 少しでも鷹野の側にいたくてリビングで勉強していた高校二年の頃には、戻れそうもない。あれ以来、鷹野の体温が上がると、甘い香りがしてくるような気がして、あらぬ場所が疼くのだ。
 そんな器官を持って生まれていないからこそ、初めて生えた衝撃と、そこに触れて自分で処理した罪悪感は強かった。
 受験生になったのだから集中しなければいけないのだと、鷹野は勘違いしてくれているが、そのうちに、鷹野の眠っている部屋に勢い余って夜這いに行ったらどうしようかと、要は自分の理性に自信がなかった。

「かなたん、おふろ、どーじょ」
「あ、ありがとう、ななちゃん」

 部屋に呼びに来てくれた七海にお礼を言って、パジャマを持ってバスルームに向かうが、脱衣所で服を脱いで入ると、ふわりと甘い鷹野の残り香がする気がして、あの日のことが頭を過る。鷹野の発情期のフェロモンで反応してその場所が生えたとか、そこを処理したとかばれてしまったら、鷹野はもう来てくれないかもしれない。
 恋愛対象外と思われているからこそ、泊まり込みでハウスキーパー兼ベビーシッターができるのだと分かっているが、全く意識されていないことを実感させられるのもつらい。
 お風呂から上がって髪を乾かしていると、七海がおやすみなさいを言いに来た。

「おべんとだから、はやくねるの」
「お弁当じゃなくて、遠足でしょ?」
「おべんとだよ!」

 微笑ましそうな鷹野に突っ込まれても、七海の明日の目的は遠足ではなくて完璧にお弁当に変わっていた。いつも要がお弁当を持たされて出かけて、それが鷹野とお揃いなのが、余程羨ましかったらしい。
 朝は若干ぐずって機嫌が悪いのに、すっきりと起きて来て、顔と手を洗って自分で椅子によじ登って食卓についた七海。朝ご飯もたっぷり食べて、包まれたお弁当箱が保育園用のリュックサックに入るのを、目を輝かせて見つめている。
 いつもより早く保育園に行きたがる七海のために、普段は鷹野と七海に要が見送ってもらうのに、今日は要が鷹野と七海を見送って、戸締りをして家を出た。
 高校の授業は受験対策ばかりで、部活動も早々と引退させられているので、高校三年になってからは、鷹野のいる家に帰る前に、要が七海をお迎えに行くことが多くなった。塾に通う必要のないくらいアルファの学力を発揮しているので、延長保育の時間になる前に迎えに来れたのだが、要を見て保育園の担任が駆け寄って来た。

「七海ちゃんのお姉さんの要さんですよね……いつも来ていらっしゃる男性の方は?」
「あのひとはお隣さんで、うちのハウスキーパー兼ベビーシッターをしてもらっているんですけど」
「要さんも高校生だから……ご両親は?」
「父は海外で、母は離婚してから分かりません」

 初めて鷹野と一緒に七海を預けるときにも話をしていたはずだが、あれから年度が替わって担任が変わったので情報伝達がうまくいっていないようだ。

「実は七海ちゃんが、早くお迎えに来た子のお兄ちゃんに噛み付いてしまって……」
「噛んだんですか!?」

 どちらかといえば、七海は性格の激しい子ではない。喧嘩をしたという話も聞いたことがない。それが年上の相手を噛んだというのだから驚きだ。
 保護者代わりはしているが、未成年の要だけでは話がしにくいと配慮してくれたのだろう。電話で鷹野が呼ばれて、到着するまで、要はほっぺたを膨らませている七海を膝に乗せていた。よく見れば、七海の顔も殴られたようで赤く腫れていて、つぶらな目は涙で潤んでいた。
 小さな拳をぎゅっと膝の上で握り締めて、一言も発さない七海が口を開いたのは、鷹野の姿が見えてからだった。相手に怪我をさせたということで、急いでスーツに着替えて来てくれた鷹野に、七海が要の膝から飛び降りて駆け寄る。

「まぁま!」
「七海ちゃん!」

 抱き上げた鷹野の胸に縋った七海の目から、涙がぽろぽろと零れる。

「まぁま、ちやうって。どっかいっちゃうって」

 泣きながら訴えかける七海の様子に、戸惑う鷹野に七海の担任が説明してくれた。
 保育園の遠足は雨で中止になったので、遠足ごっことして三歳児クラス、四歳児クラス、五歳児クラスが集まって、ホールにシートを敷いてお弁当を食べていた。そのときに、早く迎えに来た園児の親の連れていた小学生の兄が、同じクラスの弟から話を聞いていたのか、七海に絡んできたのだ。

「君の弁当美味しそうだな。卵焼き一個くれよ」
「だぁめ。まぁまの、おいちい、たがもやきなの!」

 大好物の卵焼きを欲しがる園児の兄に断ると、園児がなにやらその子に耳打ちした。それを聞いて、園児の兄は七海を笑ったのだ。

「ママじゃないんじゃないか。ハウスキーパーなんだろ? 先生と同じで、自分の子どもができたらそっちが可愛くなるし、契約が切れたらどっかいっちゃうんだぞ」

 そんな相手を「ママ」と慕う七海は可哀そうだ。
 憐れまれて、七海は必死に言い返した。

「まぁまだも! いっちょにねんこちて、おふろはいって、おいちいごはんちゅくって、おトイレちゅれてってくれて、やたちい、まぁまだも!」
「騙されてるんだな。優しいのは今の内だけだぞ」

 意地悪なことを言われて、七海はお弁当箱の蓋を閉じて、園児の兄に飛びかかって行った。小さな体だが、アルファなので力は強く、押し倒された体格のいい園児の兄の腕に噛み付いた七海は、園児の親から引き離された。
 園児の親は、年下の子に意地悪を言って怒らせた園児の兄を叱っていたが、噛み付きは危険だということで、保育園に報告せざるを得ず、七海はお弁当の残りも食べずに職員室で要のお迎えをずっと待たされていたのだった。

「まぁま、ほんとのこが、いーの? ななおいて、どっかいっちゃうの?」

 ぽろぽろと涙を流す七海を鷹野がしっかりと抱き締める。

「僕は結婚する予定もないし、どこにも行かないけど、本当のことを教えてあげるね」
「ほんとのこと?」
「僕は七海ちゃんのお隣りに住んでて、七海ちゃんのママじゃない。要ちゃんが大学に入学したら、僕は七海ちゃんのお家から出て行くよ」
「いなくなゆの?」

 行かないでと泣かれて、鷹野は大きな手で七海の涙を拭う。

「でもね、ずっとお隣りに住んでるから、困ったことがあったらすぐに来て良いし、そうじゃなくても遊びに来て良いよ。七海ちゃんのことは、ずっと大好きだよ」
「ななも、まぁま、すち!」
「僕も大好きだよ」

 包み隠さず本当のことを教えられて、七海は納得したようだった。噛んだ園児の兄の家を教えてもらって、要と鷹野と担任で七海が謝るのを見届けた。

「あむちて、ごめしゃい。いたかったでしょ?」
「俺も、意地悪なこと言って、ごめんな。君、小さいのに」
「いーよ」

 仲直りをして家に帰る途中で泣き過ぎたのか、車の中で七海は寝てしまった。眠った七海を抱き上げて部屋に連れて帰って、ベッドに寝かせてから、鷹野は要にココアを淹れて、二人でゆっくりと飲んだ。

「七海ちゃんにも言ったけど、要ちゃんも同じだよ」
「私も同じ?」
「ずっとお隣りにいるから、困ったらいつでも来て良いし、何もなくても遊びに来ていいからね」
「鷹野さん……ずっと一緒にいてくれませんか?」

 七海のためにも、要のためにも、鷹野はかけがえのない存在になっている。それを思い知らされた日だったが、鷹野の答えはいつも通りのものだった。

「大学生になったら、要ちゃんにも恋人ができるかもしれないし、遊びたくなるかもしれないから。そういうときには、七海ちゃん、預けて行っていいからね」
「そうじゃなくて……鷹野さんが、好きなんです」
「うん、ありがとう。僕も要ちゃんと七海ちゃんが……」
「鷹野さんのこと、恋人に、したいんです!」

 全然通じない歯がゆさに、必死に選んだ言葉。
 鷹野の目が見開かれる。

「この前の発情期でフェロモンに当てられちゃったかな?」
「そうじゃなくて……」
「そんなこと言わなくても、ずっとお隣りにいるよ」

 ハウスキーパー兼ベビーシッターとして繋ぎ止めたいから恋人にと言っていると勘違いされて、要は膝から崩れ落ちそうになっていた。
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