抱きたい美女に抱かれる現実

秋月真鳥

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第二部 年上オメガを落としたい日々 (要編)

4.水たまりに飛び込みたい3歳

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「まぁま、いくよー!」

 それまであまり相手にされていなかったせいなのか、喋りも遅く、食事も初めてのものは警戒するし、咀嚼が上手ではなかった七海は、春休みに入り、三歳になるとめきめきと成長した。
 よく聞き取れなくて、どうやって鷹野が七海の言っていることを理解しているのか分からなかった要とも、七海は会話が成立するようになった。
 受験生になるので、旅行などは行ける身分ではなかったが、三人でお弁当を作って、近くのお城にお花見に出かけることになった日、小雨が降っていたが、レインコートに長靴を履いて、七海はご機嫌だった。

「ママじゃないって、言ってるでしょ?」
「まぁまがいーの!」
「違うんだけどなぁ」

 母親のように鷹野を慕っている七海は、呼び方を「ママ」から頑なに変えない。鷹野と要は傘をさして、お城までの道を七海を真ん中に手を繋いで歩いて行った。
 水たまりがあると飛び込もうとする七海を、二人で手を引っ張って止める。

「ばしゃん、ちたい!」
「ななちゃんが水たまりに飛び込んだら、私や鷹野さんまで濡れちゃうよ?」
「なな、ながぐちゅ、はいてるも!」
「僕と要ちゃんは普通のスニーカーだからね」
「つにーかー?」
「長靴じゃないってこと」

 説明されるとひと時は我慢できるのだが、また水たまりを見ると飛び込みたくなる七海。お城のお堀を抜けて桜並木の中に入って行くと、脚元はぬかるみになっていた。

「ばちゃーん!」
「あー! ダメって言ったのにー!」
「帰ったらシャワーだね」

 我慢できなくてぬかるみに飛び込んだ七海が、盛大に泥をまき散らす。汚れても、雨でも、鷹野と一緒のお花見は楽しかった。
 屋根のある東屋でお弁当を広げる。泥だらけの手のままでお弁当に突っ込もうとする七海の手を、要が素早く捕まえて持ってきていたお手拭きで拭いた。

「なな、たがもやき、たべう」
「どうぞ、七海ちゃん」
「ただきましゅ」
「私も、いただきます!」

 油断しているとお重の中身を全部七海に食べられそうで、要もお箸をとって唐揚げとブロッコリーと卵焼きとおにぎりを確保した。片手に卵焼き、もう片方の手におにぎりを持って、七海はほっぺたをリスのように膨らませて食べている。

「鷹野さんもとらないと、ななちゃんが全部食べちゃいますよ」
「それは食べ過ぎだね」

 先に要と七海に食べさせてくれる鷹野は、後からゆっくりとおにぎりを食べていた。

「これが梅、これが鮭、こっちは昆布」
「なな、しゃけすち!」
「それ、昆布だから、僕と取り換える?」
「あいがと!」

 一口齧ったおにぎりを鷹野と取り換えてもらって、七海は大きなお口で齧る。海苔が噛み切れなくて、うぐうぐと苦戦しているのを、鷹野が笑って見ていた。
 お弁当が終わると、お茶を飲んで、七海は手と口の周りを拭いて、桜の下で自由に走り回り始めた。存分にぬかるみに飛び込んでいくのも、もう要も鷹野も帰ってからシャワーを浴びさせれば良いと諦めている。

「受験生になるけど、要ちゃんは進路は決まってるの?」
「国立の医学部を受けようと思ってます」

 今住んでいるマンションから通える範囲の国立の医学部を受けて、将来は医者になる。進路を告げると、鷹野は七海から目を離さないままで、感心したように頷く。

「お医者さんになるんだ」
「本当は迷ってたんですけど、ななちゃん来てから、大変だったじゃないですか」

 七海が来てからしばらく、保育園で七海はたくさんの病気を貰って来た。毎週のように風邪を引いたり、熱を出したり、嘔吐したり、下痢をしたり。泣いて眠らない夜も何度もあった。そのたびに、鷹野は起きてリビングで七海が泣き止むまで抱っこして七海を寝かしつけていた。

「小さい子って、あんなに病気になりやすいんだって驚いて」
「小児科医になるつもり?」
「そうなれたらいいと思ってます」

 進路のきっかけは七海だったが、アルファとして医学部や法学部を受けるのは珍しくないので、担任からも応援された。

「大学にアルファ枠があるみたいで、早めに合格できるかもしれません」
「そうなったら、お祝いしないとね」

 要が大学に入学するまで。
 鷹野がハウスキーパー兼ベビーシッターをしてくれる期限は、そこまでと決められている。社長秘書をしていたような優秀なひとを、いつまでも要と七海の世話にかかりきりにさせるのは申し訳ないが、鷹野が出て行った後のことを要は考えたくなかった。

「お祝いに、鷹野さんがずっと一緒にいてくれたらいいのに」

 本気で言ったつもりなのに、鷹野は驚いたように目を見開いて要を見てから、また桜の花びらが落ちて来るのを追いかける七海に視線を戻した。

「ずっといたら、七海ちゃんはいいかもしれないけど、要ちゃんに恋人もできないでしょう」
「私は、鷹野さんがいてくれたら、それでいいです」
「心配しないでも、お隣りに住んでるんだから、七海ちゃんのことはいつでも相談に乗るし、お手伝いするよ」

 この場で鷹野に「結婚して欲しい」と口にするには、要にはなにもなかった。大学も決まっていない、収入もない、妹を育てるだけの能力もない、結婚できる年にもなっていない。
 足りないものだらけで、要はプロポーズを口に出せなかった。

「鷹野さん、好き」
「僕も、要ちゃんと七海ちゃんが可愛いよ」
「あいして……」
「あー!? 七海ちゃん!?」

 愛している。
 そう告げようとした瞬間、鷹野が東屋のベンチから立ち上がった。視線を剥ければ七海が桜の根っこに躓いて転んで、顔からぬかるみに突っ込んでいた。
 お手拭きを持って走る鷹野と、それに並走する要だが、急ぐと良いことは何もない。ぬかるみに滑って転びかけた要を支えようとして、鷹野も転んでしまう。
 パンツのお尻にべっとりと泥が付いて、お手拭きもぬかるみの中に落っこちた鷹野と要を見て、転んだ衝撃で泣き出しそうになっていた七海が、目を丸くしてこっちを見ていた。

「まぁま、かなたん、いたいいたい?」
「びっくりしたけど、平気。七海ちゃんは?」
「へーち」

 三人で笑い合って、どろどろのままで部屋まで帰った。先に要と七海がシャワーを浴びて、鷹野は自分の部屋でシャワーを浴びて戻って来る。大急ぎで戻ってきてくれたのだろう、髪から水の垂れる鷹野に、要がバスタオルをかけた。
 ふわりと甘い香りが鷹野から漂う。

「鷹野さん、いい匂い……」

 いけないと分かっているのに、触れたくて鷹野の頬に触れると、そこがぱぁっと紅潮したのが分かった。甘い香りが強くなる。

「ごめん、抑制剤飲んでるはずなんだけど……」
「発情期!?」
「今日は部屋に戻るね! 晩御飯は、冷蔵庫の中のもの食べて!」

 逃げるように部屋を出て行く鷹野を、引き留めたくて伸ばした手が、宙を掴む。アルファと濃厚に接触していると、抑制剤を飲んでいてもフェロモンが漏れ出すという事例は、聞いたことがあった。
 僅かに開いて戦慄いた唇を、塞いでしまいたかった。自分よりもずっと大きな体を、ベッドに押し倒して、脚を開かせて、鷹野の身体に自分の中心を埋めたかった。

「なにこれ……」

 反応している下半身に、これまでなかったものが生えている事実に要は慌ててしまう。好きなオメガのフェロモンに、アルファである要が反応しないはずがなかった。

「かなたん、じょぶ?」
「ちょっと、大丈夫じゃない、から、ななちゃん、お部屋で遊んでてくれる?」
「あいっ!」

 小さなお手手を上げて返事をする七海を置いて、要はバスルームに駆け込んだ。服を脱げば、逞しい中心が股間でそそり立っているのが分かる。
 今までなかったものなので、どうすればいいか分からないが、触れると鷹野の顔を思い出す。とろりと欲望に濡れた目、半開きの唇、紅潮した頬。
 鷹野の香りと顔を想いながら、要は恐る恐るそこを扱き上げた。手を動かしていると、次第に止まらなくなってくる。

「うっ……あっ、たかの、さん……」

 オメガの男性は発情期に後ろが濡れるというが、鷹野も濡れていたのだろうか。胎を埋めるものが欲しくて、欲望に悶えているのだろうか。
 想像だけで高まった中心が弾けて、白濁を零す。
 その日、初めて要はアルファ女性として、生えた中心を自分で慰めた。
 シャワーで吐き出した精を流していると猛烈な虚しさと、申し訳なさに襲われる。あれは事故のようなもので、鷹野は要を誘いたくてフェロモンを発していたわけではなかった。

「抑制剤、やめてくれるかなぁ」

 告白が通じて、両想いになったら、鷹野は抑制剤を飲むのをやめて、要のために発情期のフェロモンを出して誘ってくれるだろうか。
 そうなるためには、越えなければいけないハードルが、幾つもあった。
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