抱きたい美女に抱かれる現実

秋月真鳥

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第二部 年上オメガを落としたい日々 (要編)

3.29歳のオメガ

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 この世界には、六つの性別がある。
 アルファ男性、アルファ女性、オメガ男性、オメガ女性、ベータ男性、ベータ女性。アルファの性を持つものは、オメガのフェロモンに反応すれば女性でも男性器に相当するものが生えるし、オメガの性を持つものは、男性でも妊娠することが可能である。
 アルファの性を持つものは、身体的にも頭脳的にも優秀なものが多く、オメガに対して支配的で、ベータを見下しているものも少なくはない。
 そういうアルファにとっては、屈強な体付きで、身長も日本人離れして高く、腕力もアルファをねじ伏せて病院送りにしてしまうくらいの鷹野は、御しがたいオメガとして、好かれないようなのだ。

「伴侶に対して支配欲を満足させたいなんていうアルファは、僕は絶対に嫌だって断り続けてたら、この年になっても、恋人一人いないんだよ」

 もう結婚は諦めている。
 その分、七海や要を可愛がれるのが嬉しいと言ってくれる鷹野には、助かっているのだが、要の気持ちが全然通じていない。

「鷹野さんは素敵ですよ。鷹野さんを暴力でねじ伏せようとする輩なんか、去勢されて当然です」
「そんなこと言ってくれるの、要ちゃんだけだよ」
「私は鷹野さんが大好きですから!」
「本当に要ちゃんは優しくていい子だね。僕も要ちゃんが大好きだよ」

 恋愛的な意味で口にする「大好き」が、鷹野の口からは親愛的な意味で出てきて、どうしても通じない現実に、要はテーブルに突っ伏したくなった。首にかけたスタイを真っ赤に汚しながらも、七海はスプーンでは掬えないと諦めて、手づかみでトマトリゾットをもちゅもちゅと食べている。中に入っているお野菜は細切れで、七海は気にせずにお口いっぱい頬張っていた。
 要も蒸し野菜をポン酢に付けて食べつつ、トマトリゾットにスプーンを入れる。七海に合わせて優しい味付けになっているリゾットは、暖かく美味しかった。

「もいっちゅ!」
「お代わりが欲しいのかな? お野菜、少し食べてからにしようか」
「やー! ちやい!」
「お芋さんだよ? 甘いよ?」

 リンゴとレーズンとサツマイモを柔らかく煮たものを小さく切って、口に運ぶと、最初は口を真一文字に閉じたまま、じっと見つめていた七海だったが、意を決してぱくりとスプーンを口に入れた。もぐもぐと咀嚼して、ぱっと目を輝かせる。

「おいちっ!」
「そう? 良かった。あ、待って、切るから。全部口に突っ込まないで!?」

 美味しいと分かるや否や、皿を抱えて全部お口に入れようとする七海を鷹野が止める。要もお皿に添えてあったサツマイモとリンゴとレーズンの煮物を食べてみたが、レーズンとリンゴの甘みが、ちょうどよくサツマイモに移って、ほっこりと美味しかった。

「こんなにお料理上手だったら、ななちゃんが『ママ』って慕うのも分かります」
「胃袋掴んじゃったかな?」
「鷹野さんのお料理、私も大好きです。一生、毎日食べたいなぁ」

 遠回しのプロポーズのつもりだった。

「そんなに褒められると照れちゃうよ」

 通じないのも予測はできていたのだが、やはりへこんでしまう。食べた後、鷹野と七海がお風呂に入っている間に、要が食器の片付けをした。残しておいて良いと鷹野は言ってくれたのだが、作ってもらっているのだから食器の片付けくらいはしたい。
 七海が食べた椅子の下には食べこぼしが大量にあるので、それも綺麗に拭いて、椅子も拭き上げる。
 湯気を上げてバスルームから出て来た七海を抱っこした鷹野に、要の心臓が跳ねた。
 パジャマ姿の鷹野は、いかにも無防備で、襲ってくださいと言わんばかりである。これまでに大会社の跡継ぎの座を狙って襲われたことは数多、そのたびに返り討ちにしてきた鷹野である、要も無理強いをするつもりなど全くなかったが、ほんのり香る甘い匂いに、欲が生まれるのは仕方がなかった。
 両親が無茶苦茶だっただけに、要は自分の好きな相手以外とは結婚したくないと誓っていた。その相手が、パジャマ姿で濡れた髪で、リビングで七海の髪をドライヤーで乾かしている。

「色っぽい……」

 パジャマの下の発達した大胸筋、丸い大殿筋、引き締まった腹筋。剣道で鍛えているけれども、要よりも屈強な鷹野が、要にはこの上なく色っぽく、艶やかに見える。

「お風呂お先に。要ちゃんもどうぞ」
「は、はい」

 あまり見ていたので視線に気付いた鷹野が、要がお風呂に入りたいのかと促してくれた。着替えを持ってバスルームに入ると、鷹野の残り香がする。
 抑制剤を使っているし、発情期ヒートではないので、鷹野のフェロモンは漏れていないはずなのだが、要は時々鷹野から甘い香りがするのを感じ取っていた。
 おいでおいでと誘うような香りに負けないように、気を引き締めてシャワーを浴びる。長い髪を洗って出て来ると、鷹野のお膝で七海が絵本を読んでもらっていた。

「もいっちょ」
「もう一回?」
「ん!」

 読み終わっても何度も読んで欲しいとねだる七海に、鷹野が丁寧にもう一度絵本を最初から読み聞かせる。記憶にある限り、要は両親に絵本を読んでもらったことはない。代わりにタブレット端末を渡されて、英会話や数を数える知育アプリで一人で遊べと放置されていた。
 結婚して、鷹野との間に赤ん坊が産まれたら、こんな風に鷹野は丁寧に絵本を何度も読み聞かせて育てるのだろうか。
 自分にはなかったものを見せつけられるたびに、要は鷹野に惹かれていくのを感じていた。
 絵本の読み聞かせが終わって、大あくびの七海を連れて鷹野が寝室に入る。柵のある子ども用ベッドで寝かされる七海は、お腹もいっぱいで満足して、すぐに眠りについたようだった。
 自分の部屋もあるが、鷹野の側にいたくて、リビングで教科書を広げて勉強を始めた要を、鷹野はそっとしておいてくれた。キッチンで明日の料理の準備をする鷹野と、リビングのテーブルで勉強をする要。
 同じ空間にいられるだけで、家族になったような気がする。

「要ちゃん、今、大丈夫?」
「はい、なんですか?」

 魚のフライに衣をつけていた鷹野が、手を止めて対面キッチンの中から要に話しかけてきた。宿題も終わったところで、受験のための問題集を取りに行こうと立ち上がりかけた要は、椅子に座り直す。

「要ちゃんって、お昼、どうしてるのかなって思って」
「学食で適当に食べてますよ」
「僕、お昼食べなきゃいけないから、お弁当作ったら、持っていく?」

 朝に昼の分も作っておいて、鷹野は家で食べて、要は高校で食べる。一人分を作るのも二人分を作るのも、手間は変わらないので、作ってくれるという申し出に、要は目を丸くした。

「いいんですか? 面倒じゃないです?」
「僕の分は作るんだから、手間は同じ」
「嬉しいです。鷹野さんと同じお弁当」

 聞けば、三歳児クラスになると七海は遠足に行くことがあって、そのときにはお弁当を作らなければいけないようなのだ。保育園で説明を聞いてきた鷹野は、その日のためにも、練習をしておかなければいけないと思ったようだった。

「七海ちゃん、来年度から三歳児クラスだから」
「そういえば、ななちゃんのお誕生日、私知らないや」
「三月の早生まれさんって、母子手帳に書いてあったよ」

 押し付けられた七海の荷物には、一応母子手帳も入っていたようだ。無茶苦茶な父親だが、持たせるものはちゃんと持たせてくれたようで、七海のためにも安堵する。

「予防接種でまだ受けてないのがあるみたいだから、病院にも予約しなきゃね」
「色々、すみません」
「あのね、要ちゃんの母子手帳も入ってたよ」
「へ?」

 ついでに入れたのだろう、その母子手帳を、鷹野は確認したのだという。七海が予防接種を受けていない感染症に、要がかかっては困ると予防接種の欄を見て、全部予防接種は受けていることを確認して、健診の欄も見たという鷹野。

「艶華のことを思い出しちゃった」

 二歳で絵本を自分で引っ張り出して読み始めたとか、喋るのが遅かったので心配していたら、ある日いきなり流暢に喋り始めて驚いたとか、母子手帳には書いてあった。

「私の記録もとってたんだ……」
「びっしり書いてあったわけじゃないけど、要ちゃん、後で母子手帳渡すね」

 自分が受けた予防接種くらいは知っていた方が良いし、持っていた方が良いものなのだろうが、七海を預けるときになって、ようやく親は要の母子手帳を思い出したのかと考えると呆れてしまう。
 中学に入る年から、ファミリータイプの広いマンションに一人きり。お隣りの鷹野が気にかけてくれなければ、家事も料理も全くできないままに育っていたかもしれない。

「ななちゃんが『ママ』っていうのも分かるな」
「僕はママじゃないけどね」
「『ママ』になってくれたらいいのに」

 要と結婚したら、正確には『ママ』ではなく、義兄なのだが。

「僕、要ちゃんのお父さんの趣味じゃないし、結婚する気はないよ」

 鷹野の反応に、その通りだと感じて、要は今度はどんな手で鷹野を口説こうか考え始めるのだった。
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