抱きたい美女に抱かれる現実

秋月真鳥

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第二部 年上オメガを落としたい日々 (要編)

1.2歳の妹

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 この世界の八割はベータと呼ばれる平凡なひとたちで、残りの一割がアルファと呼ばれる優秀なひとたちと、もう一割はオメガといわれるアルファを誘うフェロモンを出す発情期ヒートという期間のある男女共に子どもを孕めるオメガというひとたちで、アルファとオメガの間には、アルファとオメガの子どもが産まれやすいというのが通説だった。
 優秀な子どもを産むために、小日向こひなたかなめの両親は、お見合いで愛もなく結婚した。産まれた要はアルファで、二人の思惑は成就したのだが、愛のない結婚生活は要が小さな頃から破綻していて、中学に入る年には、両親は離婚した。
 オメガの母に、運命の番が現れた。番になる必要もないと思っていた父は、母に捨てられたのだ。その後再婚して子どもを作ったが、再び離婚したらしい。
 マンションの部屋を与えられて一人で暮らしていた要には、関係のないことだと思っていたが、高校二年の冬に、それは急に訪れた。

「海外赴任になったから、この子のことは頼む」
「は? 何言ってんの?」
「それじゃ、もう行かないといけないから」

 最低な父親は2歳になる妹、七海ななみを置いてさっさと海外に渡航した。自分のことで精いっぱいなのに、2歳の子どもを押し付けられて、要は心の底から父親を罵った。

「くそ親父、作るだけ作って、放置かよ!」
「まんま……ちぃ、じぇた!」
「え? 2歳の子って何食べさせればいいの!? 着替えは? オムツは?」

 お腹が空いた、おしっこが出たと、お腹とオムツを叩いて主張する七海。
 それまで兄弟もいなかったので、要には全く知識がない。子どもはどちらかといえば理屈が通じないので苦手な方だったし、泣き出されると、どうすればいいのか分からない。
 声が大きいことと、自分が相手にされていないことに気付いて、七海は癇癪を起し始めていた。

「まぁまーーー! ぶえええええ!」
「私の方が泣きたいわ!」
「いやー! ごあいー! まぁまーーーー!」

 子どもの世話なんてしたことがないし、無理だと叫ぶと、七海の泣き声が大きくなる。
 母親を必死に呼ぶ七海は、父親に渡された時点で、母親には見捨てられているのだろう。父親にも見捨てられて、泣き喚く七海を宥めることもできず、ぎゃんぎゃんと泣かせていると、頭が痛くなってくる。

「うるさいっ! 黙れ!」
「いやああああああああ!」

 怒鳴る要と、悲鳴のように泣き喚く七海の声が聞こえたのか、部屋のインターフォンが鳴った。隣近所からの苦情かと身構えて、出ないでおこうとするが、インターフォンは鳴りやまない。

「要ちゃん? 大丈夫なの? 声が廊下まで聞こえてるよ?」

 玄関のドアの向こうからかけられた声に、要は泣きそうになっていた。
 マンションの部屋を与えられて、中学で一人で暮らし始めてから、何かとお隣りの園部そのべ鷹野たかのという年上の男性は、要を気にかけてくれた。料理のお裾分けをくれたり、家事のできなかった要に料理を教えてくれたのも鷹野だ。

「鷹野さん……」
「お邪魔するね」

 相手が鷹野だと分かると安心して玄関を開ける。部屋には床に倒れ伏して、泣き続けている七海の姿があった。

「おいで。おじちゃんが抱っこしてあげよう」
「まぁま?」
「ママじゃないけどね」

 鷹野に手を差し伸べられて、七海は泣き腫らしたぐしゃぐしゃの顔で、よろよろと歩いて、鷹野に抱っこされる。ぽんぽんと大きな手で背中を叩いていると、七海は鷹野の肩に顔を埋めて、落ち着いてきたようだった。

「お蜜柑持ってきたから、剥いてあげようね。要ちゃんもどうぞ」
「まんま」
「オムツも濡れてるみたいだから、お着換えしようか」

 手際よく七海を押し付けられたときに置いて行かれた荷物から、オムツとロンパースを出して、鷹野が七海を着替えさせる。着替えて剥いて筋もとった蜜柑をひと房ずつ渡された七海は、もちゅもちゅとそれを食べて、涙も止まったようだった。

「うちの親が、面倒見ろって置いて行っちゃったんです」
「要ちゃんもまだ高校生でしょ? 面倒みられる方じゃないの?」
「そうなんですけど、私がどうして……」

 両親が離婚したらマンションの一室を宛がって、一人で暮らすように言われた。それも理不尽だったのに、再婚した相手との子どもを面倒見ろと高校二年生の要に押し付けるのも、非常識すぎる。
 一緒になって怒ってくれる鷹野の存在に、要は救われていた。

「保育園の手続きは……してあるみたいだね。要ちゃん、部活が終わるの何時だっけ?」
「午後七時くらいですかね?」
「それだったら、延長保育の申し込みをしないといけないみたい」

 荷物の中から書類を取り出して、冷静にこれからのことを一緒に考えてくれる鷹野は、頼りになる。思わずほろりと零れた涙を、鷹野の手が拭ってくれた。
 他人の前では要は泣いたりしないのに、鷹野の前では感情が緩んでしまうのは、鷹野が辛抱強く要の中学のときから家事を教えてくれて優しくしてくれて、そこに惚れ込んでしまっているからに違いなかった。

「うちも無茶苦茶だったからね」
「鷹野さんのところも?」
「5歳のときに妹が生まれたんだけど、僕がオメガで、妹がアルファだったから、検査した日から、別々に暮らしてる」

 中学生の要が一人で暮らすのに悪戦苦闘しているのを見ていられなくて助けてくれたのも、妹を思い出したからだと鷹野は教えてくれた。最初はハウスキーパーがいたが、鷹野はあまり他人に家にいられるのが好きではなくて、自分でなんでもできるようになった。それを教えてもらって、要も大雑把だが料理も家事もこなせるようになった。
 しかし、自分のことができるのと、いきなり自分の生活に2歳児が入り込んでくるのとは全然違う。

「アルファとオメガの夫婦って、無茶苦茶なことが多いよね」

 自分は絶対そうなりたくないと呟く鷹野は、妹が会社を継がなかったので、会社を継ぐ相手との見合いの釣り書きが大量に届いていて、うんざりしていると言っていた。

「そういえば、鷹野さん、お仕事は?」
「実は、辞めさせられちゃって、謹慎中」

 将来、アルファの夫の補佐をするために、系列会社の社長秘書をさせられていた鷹野だが、鷹野と結婚すれば社長になれると勘違いしてセクハラをしてきた取り引き先のアルファ男性を、殴って病院送りにしてしまったのだという。
 人気のない部屋に連れ込んで、強姦に近いようなことをされたのだから、相手も訴えることはできないが、鷹野も謹慎という形で会社を辞めさせられた。

「鷹野さんを襲っただと! そいつ、どこの病院に行ってるんですか?」
「落ち着いて、要ちゃん。もう終わったことだから」

 優しくて穏やかな鷹野が、病院送りにするくらいの相手である。考えるだけで要は、剣道の竹刀を握り締めて、立ち上がりかけていた。病院に殴り込みの姿勢である。
 慣れた様子で竹刀を蜜柑に取り替えて、鷹野が要を座らせる。
 鷹野が持ってきてくれた蜜柑は甘くて瑞々しくて美味しくて、食べていると少し落ち着いてくる。

「要ちゃん、七海ちゃんのこと大変だと思うから、僕にお父さんと交渉させてくれる?」
「鷹野さん、良いんですか?」
「要ちゃん、来年受験でしょ。大事な時期だもん」

 七海を押しつけられた時期に、ちょうど鷹野が仕事を失っていたのは、要にとっては非常にラッキーだった。心秘かに想っている鷹野を、強姦まがいのことをして自分のものにしようとした奴は許せないが、鷹野が無事で、相手は病院送りになったのならば、少しは溜飲も下がる。
 電話で要の父親と交渉して、要が大学に入るまでの期間、鷹野は要の父親に破格の給料を払ってもらって、ベビーシッター兼ハウスキーパーとして要の家に来てくれることになった。

「鷹野さんとの大接近のチャンスじゃない!?」

 中学のときに気にかけてくれてから、ずっと鷹野が好きだった。
 鷹野の方が長身で逞しい体つきなので、押し倒すことはできなかったが、高校を卒業したらプロポーズする気でいた要。
 一足早く同棲生活が始まったようで、七海の世話には不安はあったが、鷹野がいてくれれば安心だと、心は浮かれきっていた。
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