抱きたい美女に抱かれる現実

秋月真鳥

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第一部 後天性オメガは美女に抱かれる (雪峻編)

6.同棲開始

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 朝食は和食でも洋食でも、艶華がコーヒーを淹れてくれる。コーヒーだけは自信があるという艶華に淹れてもらったコーヒーは、確かに美味しいのだが、雪峻には腑に落ちなかった。

「カプセル式のコーヒーメーカーじゃないか」
「美味しいのは確かでしょ?」

 自信満々の顔で言われると、それはそうかと思ってしまうあたり、雪峻は艶華の顔に弱い。こんな美女にこれまでお知り合いになったことはないし、テレビにでも出て良そうな整った容姿と豊かな体付きは、雪峻の好みど真ん中だった。
 よく見ると幼馴染の要もアルファで顔立ちは整っているのだが、好みじゃないのと、性格が致命的に合わないので、計算には入れていない。

「艶華さん、肌綺麗だし、いい匂いするし、美人だし……モテたでしょう?」
「モテたは、モテたかな。でも、私の生活見せると、大抵、距離を置かれたよ」

 絵を描いている間は集中しすぎて、相手のことなど構っていられない。酷いときには風呂に入るのも食事をするのも忘れるくらいで、部屋も乱雑に汚れた実態を見れば、どれだけ艶華が美人でも、幻滅して離れていくものが多かった。
 車を買ってあげた恋人もそうだったと艶華は語る。

「車に乗せて旅行に連れてってくれるって言ってたんだけど、日程聞かれた日が締め切り近くで、返事を忘れてたら、別れたことになってたの」

 連絡先も全部拒否設定にされてしまって、それ以後会ったこともないオメガ。妬くほどの相手ではないと分かっているのだが、艶華が過去の相手の話をすると、雪峻は胸がちりちりと焼ける気がする。

「雪峻くんは私の絵の良さは分かってくれないみたいだけど、描いててもそっとしておいてくれるよね」
「そりゃ、艶華さんの仕事だから。それに、良さが分からないわけじゃないよ」

 芸術的センスがないと言われたようで心外だったが、雪峻は艶華の絵が写真とどう違うのか未だによく分かっていなかった。細かく線を引いて、一ミリ、否、もっと緻密に細かく正確に精密に紙の上に、ひとの手で物質や動物、ひとの姿が映し出されていく様子は、魔法のようで信じられない。

「写真とどう違うのか分からないだけで、艶華さんが色鉛筆で本物みたいに描ける技術は凄いと思ってる」
「珍しい! 雪峻くんに褒められた。嬉しい」

 少し垂れた目元を緩めてへにょりと笑うと、艶華は完璧な美女ではなく、少し幼く可愛く見える。ハウスキーパーの名目の元、雪峻が艶華の部屋に押しかけるような形で始まった同棲も、不思議と不快なことはなにもなかった。
 仕事が忙しい期間は艶華はそれにかかりっきりで、食事もお風呂も忘れてしまうのだが、トイレに立ったときなどに上手く声をかけると、食事もとってくれるし、お風呂にも入ってくれると学習した。
 大学の授業と自動車学校があるので、行為は頻繁ではないが、夜は何もしなくても抱き合って眠る。
 部屋には恋人は入れたことがないという艶華は、雪峻が初めてベッドルームのベッドで一緒に寝た相手のようだった。そういう話を聞かされると、特別感に胸がいっぱいになる。他の恋人は、雪峻のように艶華の部屋で暮らしていないし、同じベッドで眠っていない。
 その事実は自尊心を満足させるが、一つ胸に浮かんだ疑問が、小さく棘のように突き刺さる。
 雪峻は艶華の恋人なのか。
 告白はされていないし、最初は身体の関係で始まった。付き合っているんじゃないかと聞かれて、雪峻はそれを肯定しなかった。
 体の相性が良いから側に置いてもらえるだけかもしれない。
 艶華は地位のある成功したアルファで、オメガなどより取り見取りに違いないのだから。

「学校、行って来る」
「行ってらっしゃい。私は、今日は家で描いてるね」

 帰りを待っていると送り出されるのは、正直嬉しい。
 けれど、雪峻は艶華に全幅の信頼を寄せられずにいた。
 大学に行くといつものように要が隣りに座って、講義を受ける。真剣な面持ちで黒板を見つめていた要だったが、考えていることは全く違うようだった。

「最近、あんた、シャンプー変えた?」
「なんで分かるんだよ、ストーカーか!? 気持ち悪い、馬鹿っ!」
「後、アルファの匂いがする」

 指摘されて、雪峻は講義室の座り心地の悪い椅子から飛び跳ねてしまいそうになった。もしかすると、要は雪峻がオメガと気付いてしまったのかもしれない。
 こいつだけには気付かれたくなかったという悔しさがこみ上げるのは、同じ剣道部で、学校は違ったが主将同士で、要はアルファということで練習相手がおらず、ときどき練習を付き合った意地があったからかもしれない。あの頃もコテンパンにやられてしまったが、アルファとオメガ、強さの違いをはっきりと要に見せつけられるのは、どうしてもプライドが許さなかった。

「俺がアルファみたいだって、ようやく気付いたのか」
「あんたの匂いじゃない。他の誰かの匂い……残り香?」

 牽制するようなアルファの匂いがべったりと雪峻にはついていると、要は言った。心当たりはありすぎて、雪峻はどう誤魔化そうか必死に考えを巡らせる。

「アルファでも抱かれたいひとっているらしいし、あの美女と?」
「え? あ、あぁ、実は、そうなんだよ」

 恐れていたことは、要の言葉で打ち消された。相変わらず要は雪峻のフェロモンにも気付いていないようで、ベータだと思っているようだ。その上で、名刺を見せた艶華と、雪峻が付き合っていると判断したようだ。

「なんで、生えるのに使わないのかなー。もったいない」
「お前、使ったことあるのか?」
「使いたい、ひとは、いるけど……」

 自信過剰で、アルファの要が、落とせない相手。そんな相手がいるとは、雪峻にも興味があった。

「その話、詳しく聞かせろよ」
「えー、絶対馬鹿にするし」
「馬鹿を馬鹿にして何が悪い」
「私の方が成績いいのに」

 話していると、教授に咳ばらいをされてしまった。声が大きい要につられて、講義の最中だというのを忘れてしまっていた。
 講義が終わってから改めて話をするということにして、午前中は大人しく抗議を受けた。艶華の分も作っているお昼のお弁当を、鞄に入れ忘れたことに気付いたので、学食で済ませるつもりで要も誘う。
 学食の食券を買う列に並んでいると、教授に呼び止められた。

「君たち、付き合ってるのか知らないけど、仲が良いのは分かったから、講義中は講義に集中してくれないかな?」
「すみません」
「付き合ってないけど、すみません」

 素直に謝る雪峻と、言い訳しつつ謝る要。

「いちゃいちゃするのなら、学校の外でして欲しいね。未成年だろ、そもそも」

 説教が長く続きそうだったので、食券の列から外れて平謝りしているところで、雪峻の視界に艶華の姿が入った。大学の場所は知っているし、来ていてもおかしくはないのだが、艶華が鼻の下を伸ばした男子に、「高嶺はこっちですよ」と案内されているのに、イラっとしてしまう。
 艶華の方も、むっとした表情だった。

「あ、本命さんが来た。先生、あっちが本命です」
「なにを……もういい。今日の講義の分、レポートとして出すように」

 助けが来たと艶華に話を振る要を、艶華はいつになく厳しい表情で一瞥して、雪峻の腕をとった。

「お弁当、忘れてたから届けに来たの」
「あぁ、ありがとう」
「その子、誰?」

 どうして艶華が不機嫌なのか分からないままで、雪峻は要を紹介する。

「小日向要、俺の幼馴染」
「通ってた剣道教室が同じだったんです。その腐れ縁で」
「剣道してたの? 知らなかった」

 驚かれて、そういう話を艶華にはしていないことを雪峻は思い至る。

「艶華さんは興味ないかと思ってた」
「雪峻くんのことは、なんでも興味あるよ」
「あ、私、失礼しますね。お幸せにー」

 そそくさと去っていく要に、片思いの相手を聞けなかった雪峻は、艶華が不機嫌な理由について、あまり深くは考えていなかった。
 礼を言って弁当を受け取ると、午後の講義が始まってしまうので、席に着く。艶華も仕事の途中で抜け出してきたので、戻らなければいけなかった。

「雪峻くん、気を付けて。匂い出してる」
「え?」

 前の発情期からそろそろ三か月。
 オメガになったばかりの雪峻は、抑制剤も持ち歩いていないし、隙だらけだという自覚はあった。もうそんなに時間が過ぎたのかという実感と、発情期が始まるかもしれないという恐怖が同時に来て、午後の講義ではフェロモンの匂いに気付かれないように、要とは距離を置いておいた。
 講義が終わると、一度自分の家に帰って、処方されている抑制剤をとってきて、艶華のマンションに向かう。
 初めての発情期には、艶華に抱かれて乱れた。
 今度の発情期も、抑制剤を使っても、あんな強い衝動が来てしまうのだろうか。
 ぞくりと胎が疼いて、雪峻は艶華のマンションの玄関前で、喉を鳴らして唾を飲み込んだ。
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