抱きたい美女に抱かれる現実

秋月真鳥

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第一部 後天性オメガは美女に抱かれる (雪峻編)

2.逃げ出したいのに怯む脚

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 小日向こひなたかなめは、女性のアルファで、雪峻の幼馴染だった。小学一年で通わされ始めた剣道教室で、同じ時期に入ったのが要で、気の強い要は剣道でもかなりの成績を修め、中学、高校では女子剣道部の主将も務めた。雪峻の方は男子剣道部の主将だったので、要と学校は別でも、試合で何度も会っていた。
 同じ大学の同じ学部に入学して再会したときには、お互いに顔を背けたものだが、なぜか周囲は要と雪峻がデキているのだとか、妙な噂を立てたりしている。
 病院に行って検査をして、雪峻ははっきりと後天性のオメガだということが判明した。それまでベータとして生きて来ても、発情期が来なかっただけで、発情期が来ればオメガになるタイプが一定いるらしい。
 突然の発情期に対応できず、避妊具ゴムなしで艶華と交わってしまったため、緊急の避妊薬を処方してもらい、抑制剤も貰って帰る途中で、要から連絡があった。
 大学を急に休んだので、剣道部の先輩から雪峻がなんで休んでいるかを聞かれたというメッセージに、思わず顔面が引き攣る。
 どうして他の男友達じゃなくて要に聞くのか意味が分からないし、何より、「後天性のオメガとして覚醒して発情期になって、行きずりの美女のアルファに抱かれていました」なんて本当のことが言えるはずがない。
 『カラオケでオールして、寝過ごした』とだけ返すと、雪峻は家に帰ってバスルームに一直線に向かった。ホテルでもシャワーを浴びていたが、そんな場所使うと思っていなかったので、指を突っ込んで精液を全部掻き出すのが怖くてできなくて、下着にまだ残っていた精液が伝い落ちて濡れていたのだ。
 惨めな気分で下着を手洗いして洗濯機に入れて、バスルームでシャワーを浴びる。あんな太いものを受け入れたとは思えないくらい、後ろは今は慎ましやかに閉じていた。だが、時折大量に吐き出された白濁が逆流して来ているのが分かる。

「ひぁっ……むりっ……」

 バスルームのタイルに手をついて、後ろに指を這わせるが、後孔に指を突っ込むのが怖くて、周囲を撫でる程度で止まってしまう。こういう場合、他のオメガや女性はどうしているのだろう。体の中にあんな大量に注ぎ込まれたものを、どう処理しているのだろう。

「俺がオメガなんて……」

 信じたくない事実を突き付けられて、雪峻は後ろの処理もきちんとできず、シャワーから出て下着とシャツを着て、ベッドに倒れ込んでしまった。徹夜した後の身体で激しく睦み合ったので、疲労感が酷い。
 うとうとと眠りかけると、艶華の姿が瞼の裏を過った。
 白い肌、豊かな胸、乱れた黒髪に、散る汗が色っぽくて仕方がなかった。
 発情期は約一週間続くという。初めての発情期で、抑制剤ももらったのでそれほど酷くはないはずだが、艶華のことを考えると、好みの美女なのに前ではなく後ろが疼いてしまう事実に、愕然とする。

「俺が男なのに。俺が抱く方なのに」

 ずっと思い込んできた価値観は、自分がオメガで抱かれる方だという認識を、既に抱かれた後なのに受け入れてはくれなかった。
 後ろが疼いて触れると、濡れているのが分かる。後始末をしようとしたときには怖くて指をいれられなかったのに、欲望が絡むと、雪峻の臆病心は吹き飛ばされてしまう。恐る恐る濡れたそこに指を入れれば、艶華の放ったものが指に絡むのが分かる。濡れた音をさせながら指を動かしていると、艶華の精を内壁に塗り付けているようで、興奮してしまう。

「あっ! あぁっ! つや、かぁ!」

 シーツの上で陸に打ち上げられた魚のように跳ねた体。雪峻の前はとろとろと薄い白濁を流していたが、後ろで達したのは間違いなかった。
 もう一度シャワーを浴びる気になれず、ウェットティッシュで後始末をして、着替えて雪峻はそのまま眠ってしまった。
 発情期は続いているが、抑制剤のおかげで酷い欲望に襲われることはなく、少し熱っぽいくらいの体調で、翌日には雪峻は大学に行くことができた。フェロモンが漏れていないか心配だったが、周囲にアルファはたくさんいるはずなのに、誰も雪峻の匂いには言及してこなかった。

「熱でも出したの? 一日オールしたくらいでグロッキーとか、年なんじゃない?」
「誰が年だ、馬鹿なんじゃないか?」
「あーまた馬鹿って言った! 私の方が成績良いのに」

 話しかけてきた要も、雪峻のフェロモンに気付いた様子はない。
 安心しつつも、雪峻は興味本位で問いかけてみた。

「なぁ、俺がオメガだったらどうする?」
「ないわー」
「なんだ、その言い草は!」
「全然好みじゃないから。てか、あんた、ベータでしょ? 平々凡々な顔してるし」
「俺の美形さが分からないとは、馬鹿なのか? 目がおかしいんじゃないか?」

 オメガという話題を出しても、要は訝しんだ様子もない。内心胸を撫で下ろしつつ、講義室の席について、雪峻は昨日貰った名刺を見返していた。
 園部艶華という名前と、精密に描かれた実物のような鳥の色鉛筆画、裏には連絡先がボールペンで走り書きしてある。

「あんた、芸術を解する感性とかあったわけ?」
「は? 馬鹿にするな、感性くらいある! これは知り合いから貰っただけだ」
「それ、美人画家って、顔出しで売ってる物凄く有名な賞もとってるひとだよ?」
「あぁ……」

 アルファならば才能に溢れているので、そういうこともあるのかもしれない。有名な賞をとった画家が、道端で蹲っていた初めて発情期を迎えたオメガを、ホテルに連れ込んだ。
 アルファに襲われないためとはいえ、連れ込んだ先がホテルなのだから、ああいう結果になっても仕方がなかったのかもしれない。

「俺が美形だから……」
「は? 何言ってんの、ナルシスト。あんた、顔は悪くないけど、中身がダメすぎて、マイナスだからね?」
「俺のどこが中身が悪いんだ。馬鹿なことばかり言って」

 全く自分を理解しない要にオメガだと知られるのは、死んでも嫌だ。
 それだけは雪峻の中で確定した。
 授業が終わると、剣道部の部活動が待っているのだが、熱っぽいのを理由に雪峻は先輩に休むと伝えた。抑制剤で今は治まっているが、発情期は制御できないところで発動する場合がある。学部全体がアルファが多いので、その中でフェロモンを漏らすなど、襲ってくれといわんばかりの行為だった。
 名刺には裏に個人の連絡先が書いてあるが、表には、ギャラリーの場所と名前も書いてあった。
 まずはどんな人物か確かめたい。
 初めての相手に、雪峻が夢を持っていないわけではなかった。
 発情期に抱かれたのは事故のようなもので、もしかすると、逆で雪峻に艶華が抱かれてくれるかもしれない。あの大きな胸に手を埋めたらどれだけ柔らかいのだろう。
 要などが見たら「鼻の下伸びてる」と言われかねない表情で、歩いていた雪峻だったが、ギャラリーが近付くと、さすがに表情を引き締めた。
 表通りのお洒落なカフェの二階にあるギャラリーに、階段を上がって行くと、重厚な木の扉があって、そこを押し開ければ、壁に絵の飾られた空間が広がった。
 色鉛筆で描いているのは要からも聞いていたし、名刺にも書いてあるので分かっていたが、あまりに写実的で、雪峻は驚いてしまう。

「来てくれたの? ……フェロモン、少し香ってるみたいだけど、大丈夫?」
「ふぁ!?」

 後ろから艶のある声で耳元に囁かれて、雪峻は飛び上がってしまった。昨日存分に処理したはずの後ろが濡れる感覚があって、胎がじくじくと熱を持つ。

「本当にいい香り……」
「漏れてますか? 知り合いのアルファは気付かなかったから、大丈夫かと思っていました」
「フェロモンに鈍いひとと、鋭いひとがいるみたいだからね。私、鈍いはずなんだけど」

 なぜか雪峻のフェロモンには引き付けられる。
 そう言われると、がくがくと膝が笑いそうになる。
 抱かれたいと思っている自分が怖い。これがアルファという生き物で、それに弱いオメガという自分を実感させられて、雪峻は来たことを後悔した。

「写真みたいですね。これなら、写真で良いんじゃないですか?」

 怖くて、逃げたくて、憎まれ口が出てしまって、雪峻は口を閉じた。言ってしまった言葉は、もう取り返せない。

「よく言われるけど、私が切り取ってるのは、私の世界だから」

 地位のあるアルファの認められた絵画を貶してしまったのに、艶華の対応は柔らかなものだった。抑制剤で制御しているはずなのに、胎の疼きが止まらない。

「帰ります」

 逃げ出そうとした雪峻は、脚がもつれて艶華に抱き留められた。女性にしては長身の艶華の柔らかな胸に顔が埋まる感触に、ぶわっとフェロモンが出たのが、自分でも分かっていた。

「このまま帰すわけにはいかないよ」

 危険すぎると言われて、自分を支えてくれる艶華の手の平の熱さに、雪峻は溺れそうになっていた。
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