Cheetah's buddy 〜警察人外課の獣たち〜

秋月真鳥

文字の大きさ
上 下
24 / 30
本編

24.アルマンド・アントニーニという男

しおりを挟む
 大学への潜入捜査のために一時的にルーカスはエルネストの部屋を出て、大学近くのアパートの部屋を借りてスーツも着ず、銃も警察手帳も持ち歩かずに大学に通うことになった。
 銃も警察手帳も持ち歩かないのは、万が一捕らえられた場合に、ルーカスの持ち物を取り上げられて検査される危険性があったからだ。
 代わりに人外の本性になっても使える特別製のイヤフォンは常につけている状態にしている。

 イヤフォンは携帯電話に接続されて、録音もできるようになっていた。

 オレンジがかった赤毛の男性は、アルマンド・アントニーニという名前で大学の講師として登録していた。外見はエルネストやアーリンと同じくらいで二十代半ばに見えるが、人外なのでそれよりはるか長い時間を生きているだろう。

 大学の外では車でエルネストが待機していてくれるし、パーシーとアーリンのコンビも待機してくれている。
 幾つもの学科のある大きな大学だが、人外に対する教育は人外しかできないので、人外の講師であるアルマンドは重宝されるのだろう。

 ルーカスはアルマンドの講義に参加してみた。

「人外は人間と共に暮らさねばなりません。人間の方が圧倒的多数で、繁殖力も強く、人外は人間社会で人間になじんで暮らす他ないのです」

 小さいころにもルーカスが受けた人外の学習を繰り返しているような気分になる。

「どれだけ人外の力が強かろうと、人間が育てた作物や肉、捕まえてきた魚を食べ、人間の建てた家に住み、人間の働く社会の一員として生きていくことしかできません。人外は人間に頼って暮らしているのです。人間を尊重することを覚えましょう」

 大学でもこんなことを教えているのかと呆れてしまいそうになるが、聞いている人外たちも食事をしていたり、別の教科の勉強をしていたり、居眠りをしていたりしてとても真面目とは言い難かった。

「人外は繁殖力が低く、今は、絶滅の危機に陥っています。人間との融和が求められているのです。実際に人間と子どもを作った場合でも、産む方が人外ならば人外が生まれてくるという結果が出されています。ただし、人間と人外との結婚は、寿命の違いによって阻まれています」

 人外にとっては常識であるので、わざわざ聞く必要もないのだろうが、社会に出る前にもう一度人外たちに学ばせる必要があるということでカリキュラムに組み込まれているらしい。ルーカスは後ろの方の席で聞いているふりをしていた。

「人間と人外は寿命が違いすぎて、子どもを作っても、人間の方が先に死んでしまうので、人外は人間との結婚を好みません。ただ皆さんに覚えておいてほしいのは、産む方が人外であれば生まれてくるのは人外であるという事実です。人間との融和の中にこそ、人外の未来はあるのです」

 語り終えて「これで今日の授業は終わります」とアルマンドが言えば、我先にと生徒が出口に殺到する。様子を見ていたルーカスに、教科書を持ったアルマンドが近付いてきた。

「君はこれまで見たことのない子ですね。初めてですか?」
「ジェリー・オーダムと言います。社会人をしていたのですが、学びたくなって大学に編入しました」
「社会人入学でしたか。私はアルマンド・アントニーニ。大学には入学したことがなかったんですか?」

 興味を持たれている。それがルーカスが真面目に授業を聞くふりをしていたせいだったとしたら、ルーカスの演技力も捨てたものではない。

「施設では高等学校までしか行かせてもらえなくて……。社会人として働いて、大学に行く資金が貯まったので、入学を決意しました」

 あくまでも陰のある孤独そうな青年を演じなければいけない。
 俯いて呟くルーカスに、アルマンドが手を握ってくる。香水の匂いなのか、苦手な臭いにくしゃみが出そうになったが、ルーカスは必死で我慢する。

「施設で育ったんですね。それは大変だったでしょう」
「実際に大学に入ってみても場違いな感じしかしなくて……学ぶのは楽しいんですが……」

 目を伏せたルーカスにアルマンドは手を放し、軽く背中を撫でてくる。ぞわぞわとする悪寒に耐えながら、ルーカスは殊勝な演技を続ける。

「また話をしましょう。君となら話ができそうです」

 ターゲットにされたか。
 望むところなのだが、アルマンドが講義室から出て行った後、ルーカスは思い切りくしゃみをしていた。

『ルーカス、大丈夫?』
「鼻がむずむずする……なんなんだ、あの匂いは」

 アルマンドの臭いはエルネストのものとは全く違う。あれがフェロモンの臭いならば、ルーカスとアルマンドは決定的に相性が悪いのだろう。

「変な臭いがした。香水みたいな」
『一応、調べてみるよ』

 小声でイヤフォン越しに話すだけでルーカスは落ち着いてくる。
 その日はアルマンドと接触を果たして、ルーカスはアパートに戻った。
 アパートで買ってきた味気ない夕食を終えて、エルネストに電話をする。仕事の時間は終わっていたし、電話くらいは許されるはずだ。

『ルーカス、今日はお疲れ様。初日からターゲットに接触できたし、順調だね』
「早く終わってエルネストと過ごしたいよ。新しい部屋も探さないといけないし」
『アルマンドを捕らえるまでの辛抱だよ。そういえば、アルマンドはオーダーメイドの香水をつけてるって話だったよ』
「あれはその香水の匂いだったのか。思い出すだけで鼻がむずむずする」

 チーターも狼ほどではないが鼻はいい方である。アルマンドの香水の匂いはルーカスには合わなかったようだった。

「エルネスト、お前の入れた紅茶が飲みたい」
『帰ってきたら入れてあげるよ』
「お前と一緒にチョコレートが食べたい」
『お取り寄せのチョコレートを揃えておくね』

 茶葉から入れた紅茶の味も、チョコレートの美味しさも、全てエルネストが教えてくれたものだった。エルネストが教えてくれなければ、ルーカスはそういうものを知らずに生きて来ただろう。
 小さいころに取り上げられていた甘いものを、エルネストが今になってくれているような気がする。小さいころの泣くこともしなかった意地っ張りのルーカスが、どれだけ甘いものを奪われてつらかったか、嫌だったか、そういう気持ちを今になってエルネストが救い上げてくれているような気がしてならない。
 エルネストと出会ったからルーカスは自分が過去に傷付いていたことに気付き、過去をやり直しさせてもらっているような気分になれる。

「この事件が終わったら新居を探して、結婚だ」
『そうだね。結婚しようね、ルーカス』
「俺はエルネストの番になるんだ」
『狼の番は生涯離れないんだからね。ずっと一緒だよ』

 エルネストと会話していると、アルマンドと対峙したときの気持ちも忘れられそうになる。
 アルマンドに手を握られたときも、背中をさすられたときも、ルーカスは気持ち悪くて仕方がなかった。
 オーギュストにハグされたときには平気だったのに、ルーカスはエルネスト以外と触れ合うのが基本的に慣れていなくて嫌いなのだと理解していた。
 それでも、アルマンドを油断させるために、アルマンドが触れてくるままに任せなければいけない場面も今後出てくるだろう。

 アルマンドを油断させて人身売買組織の尻尾を出させなければいけない。そのためにはルーカスは多少の犠牲は払わなければいけないと分かっていたが、触れられるのだけはどうしても我慢ができない。

「任務が終わったら、休みをもらってエルネストと過ごすからな!」
『うん、待ってるよ』
「エルネストのことを抱くからな!」
『楽しみにしてる』

 エルネストのことを考えると少しだけ気持ち悪さが薄れる。
 エルネストのことだけ考えて乗り切ろうと決めるルーカス。
 触られるのを我慢するのは憂鬱だったが、何とか乗り切らなければならなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

仕事ができる子は騎乗位も上手い

冲令子
BL
うっかりマッチングしてしまった会社の先輩後輩が、付き合うまでの話です。 後輩×先輩。

二杯目の紅茶を飲んでくれるひと

秋月真鳥
BL
 ベストセラー作家にもなった笠井(かさい)雅親(まさちか)は神経質と言われる性格で、毎日同じように過ごしている。気になるのはティーポットで紅茶を入れるときにどうしても二杯分入ってしまって、残る一杯分だけ。  そんな雅親の元に、不倫スキャンダルで身を隠さなければいけなくなった有名俳優の逆島(さかしま)恋(れん)が飛び込んでくる。恋のマネージャーが雅親の姉だったために、恋と同居するしかなくなった雅親。  同居していくうちに雅親の閉じた世界に変化が起こり、恋も成長していく。  全く違う二人が少しずつお互いを認めるボーイズラブストーリー。

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

早く惚れてよ、怖がりナツ

ぱんなこった。
BL
幼少期のトラウマのせいで男性が怖くて苦手な男子高校生1年の那月(なつ)16歳。女友達はいるものの、男子と上手く話す事すらできず、ずっと周りに煙たがられていた。 このままではダメだと、高校でこそ克服しようと思いつつも何度も玉砕してしまう。 そしてある日、そんな那月をからかってきた同級生達に襲われそうになった時、偶然3年生の彩世(いろせ)がやってくる。 一見、真面目で大人しそうな彩世は、那月を助けてくれて… 那月は初めて、男子…それも先輩とまともに言葉を交わす。 ツンデレ溺愛先輩×男が怖い年下後輩 《表紙はフリーイラスト@oekakimikasuke様のものをお借りしました》

英雄様の取説は御抱えモブが一番理解していない

薗 蜩
BL
テオドア・オールデンはA級センチネルとして日々怪獣体と戦っていた。 彼を癒せるのは唯一のバティであるA級ガイドの五十嵐勇太だけだった。 しかし五十嵐はテオドアが苦手。 黙って立っていれば滅茶苦茶イケメンなセンチネルのテオドアと黒目黒髪純日本人の五十嵐君の、のんびりセンチネルなバースのお話です。

聖獣王~アダムは甘い果実~

南方まいこ
BL
 日々、慎ましく過ごすアダムの元に、神殿から助祭としての資格が送られてきた。神殿で登録を得た後、自分の町へ帰る際、乗り込んだ馬車が大規模の竜巻に巻き込まれ、アダムは越えてはいけない国境を越えてしまう。  アダムが目覚めると、そこはディガ王国と呼ばれる獣人が暮らす国だった。竜巻により上空から落ちて来たアダムは、ディガ王国を脅かす存在だと言われ処刑対象になるが、右手の刻印が聖天を示す文様だと気が付いた兵士が、この方は聖天様だと言い、聖獣王への貢ぎ物として捧げられる事になった。  竜巻に遭遇し偶然ここへ投げ出されたと、何度説明しても取り合ってもらえず。自分の家に帰りたいアダムは逃げ出そうとする。 ※私の小説で「大人向け」のタグが表示されている場合、性描写が所々に散りばめられているということになります。タグのついてない小説は、その後の二人まで性描写はありません

忘れられない君の香

秋月真鳥
BL
 バルテル侯爵家の後継者アレクシスは、オメガなのに成人男性の平均身長より頭一つ大きくて筋骨隆々としてごつくて厳つくてでかい。  両親は政略結婚で、アレクシスは愛というものを信じていない。  母が亡くなり、父が借金を作って出奔した後、アレクシスは借金を返すために大金持ちのハインケス子爵家の三男、ヴォルフラムと契約結婚をする。  アレクシスには十一年前に一度だけ出会った初恋の少女がいたのだが、ヴォルフラムは初恋の少女と同じ香りを漂わせていて、契約、政略結婚なのにアレクシスに誠実に優しくしてくる。  最初は頑なだったアレクシスもヴォルフラムの優しさに心溶かされて……。  政略結婚から始まるオメガバース。  受けがでかくてごついです! ※ムーンライトノベルズ様、エブリスタ様にも掲載しています。

貢がせて、ハニー!

わこ
BL
隣の部屋のサラリーマンがしょっちゅう貢ぎにやって来る。 隣人のストレートな求愛活動に困惑する男子学生の話。 社会人×大学生の日常系年の差ラブコメ。 ※現時点で小説の公開対象範囲は全年齢となっております。しばらくはこのまま指定なしで更新を続ける予定ですが、アルファポリスさんのガイドラインに合わせて今後変更する場合があります。(2020.11.8) ■2024.03.09 2月2日にわざわざサイトの方へ誤変換のお知らせをくださった方、どうもありがとうございました。瀬名さんの名前が僧侶みたいになっていたのに全く気付いていなかったので助かりました! ■2024.03.09 195話/196話のタイトルを変更しました。 ■2020.10.25 25話目「帰り道」追加(差し込み)しました。話の流れに変更はありません。

処理中です...