Cheetah's buddy 〜警察人外課の獣たち〜

秋月真鳥

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本編

17.人身売買組織の行方

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 エルネストと同じベッドで寝たい。
 それくらいは許されてもいいのではないだろうか。

 両想いになったのだし、同じベッドで眠るくらいは許されたい。

「エルネスト、一緒に寝てくれないか」

 申し出たルーカスにエルネストはちょっとだけ困った顔をした。

「僕の部屋のベッド広いけど、君と寝ると窮屈に感じるかもしれない」
「エルネストを感じながら寝たいんだ」
「それに、僕は灯りを消さないと眠れない質だから、一緒に眠るのは難しいかもしれない」
「そ、それは……」

 灯りを消して眠れるかと言えば、ルーカスにはまだ無理だった。例えエルネストが一緒でもそれは難しいだろう。

「手元のライトだけつけて眠るというのはどうだ?」
「それで君は平気なの?」
「警察学校の寮や、施設で灯りを消されていたときには、懐中電灯を布団の中に持ち込んでその光で安心して寝てた」

 折衷案として出した手元のライトだけつけるという案に、エルネストは納得してくれた。
 ベッドに入るとエルネストと体が密着する。下半身に血が集まらないように気を付けながら、ルーカスはエルネストの隣りで目を閉じた。部屋の灯りは消されて、手元のライトだけがついている。
 恐怖に襲われそうになって、ルーカスは気を紛らわすためにエルネストに問いかけた。

「エルネストはいつもいい匂いがするけど、香水でもつけているのか? 寝るときにまでこんなに香って、すごくお洒落なんだな」
「僕は香水はつけてないよ。匂いが強いものは無理だからボディソープとシャンプーがギリギリかな」

 そういえばエルネストは狼の人外で、人間よりも百倍はあるという嗅覚を持っている。香水をつけていたらその匂いで鼻が鈍るだろう。

「それなら、エルネストのいつも香るいい匂いはなんなんだ?」
「僕のフェロモンじゃない?」

 エルネストの言葉にルーカスは心臓が跳ねる。
 人間も含めて動物は全て体臭の中にフェロモンを持っている。

「フェロモンが心地いいなんて、俺とエルネストの相性がいいと言っているようなもんじゃないか」
「そうじゃないのかな? 僕もルーカスの匂い好きだけど、ルーカスは特に香水とかつけてないでしょう?」
「俺が香水なんてつけるわけがない」

 答えてから、ルーカスはエルネストと本能的に惹かれ合う仲だったのかと納得していた。ルーカスはエルネストのフェロモンを心地いいと感じて、エルネストはルーカスのフェロモンを好きだと感じている。
 最初のころからエルネストにいい感情しか抱かなかったのも、エルネストとルーカスが相性がよかったからだと言われれば納得するしかない。

「エルネスト、少し怖いんだ。抱き締めてくれないか」
「いいよ、ルーカス」

 自分の弱さも見せることができて、ルーカスはエルネストに抱き締められて、胸に顔を埋めて眠った。
 翌朝、エルネストが起き出したのにも気付かずに眠っていて、ルーカスは朝食ができるころに起こされた。

「ルーカス、おはよう。もうすぐ朝食ができるから、起きてきて」
「おはよう、エルネスト。任せてしまって悪い」
「気にしないで」

 こういうところまでエルネストはルーカスを気遣ってくれる。付き合い始めたばかりで肉体関係もまだないのに、結婚したら食事の用意も家事も分担しなければいけないと考え始めるあたり、ルーカスは恋愛初心者を抜け出していなかった。

 警察署に着くとタイムカードを押して、ルーカスとエルネストはデスクに着く。
 人身売買組織の検挙が行われるということで、スーツのジャケットを脱いで防弾チョッキを着てから、出動に備える。
 アジトとして今調査が入っているのは、隣りの州との州境にある廃屋だった。隣りの州の人外課にも協力してもらって、人間の警察官にも出動してもらって廃屋を取り囲む計画である。
 廃屋には人外が出入りしていることを確かめてあるし、アジトには間違いないだろうが、人身売買組織の中枢かどうかはよく分からないとのことだった。

 ルーカスが車を運転してエルネストと一緒に現場に着くと、特別なイヤフォンを身に着ける。人外課の科学技術で、人外の本性になっても使えるという優れもののイヤフォンは今回のような任務には必要不可欠だった。

 警察官で廃屋を取り囲んで逃げ場がないようにすると、ルーカスとエルネストの二人が先頭になって廃屋の中に入る。

「警察の人外課だ! 抵抗するものは撃つ!」
「大人しく投降しろ! 周囲は囲まれている!」

 ルーカスとエルネストの後ろから、アーリンとパーシーも防弾チョッキを着て廃屋の中に入ってくる。

 廃屋の中はルーカスの鼻でもすぐに分かるようなすえた臭いがしていた。何日も風呂に入っていないものや、排泄物の臭いも混じっている。鼻の利くエルネストはもっと細かな臭いまで嗅ぎ分けているだろう。

「こっちに地下室がある。複数の人外の臭いを感じる」
「アーリン、パーシー、地下室を見に行ってくれ」

 アーリンとパーシーに地下室は任せて、ルーカスとエルネストは組織の人間を探す。

「ルーカス、逃げようとしている人外がいる!」
「どっちだ?」
「人間の警察官の守っているあたりを抜けようとしている感じだ」

 匂いで距離を測っているエルネストに、ルーカスは身を翻して金色の毛並みのチーターになった。エルネストも白銀の毛並みの狼になる。
 二匹で駆けて逃げ出そうとする人外を追いかける。
 大型の猫の人外と、犬の人外が廃屋を取り囲む警察官の間を抜け出ようとするのを、エルネストとルーカスは跳び付いて捕らえた。

 ここからは銃撃戦ではなく肉弾戦になる。
 軽量級のルーカスは大型の獣相手には不利ではあるが、大型の猫の人外と犬の人外くらいならば相手にならない。
 首根っこを咥えて振り回して地面に倒したところで、クロヴィス率いる隣りの州の人外課が駆け付けてくれた。

 無事に二人の組織の構成員を捕らえて、地下室に捕らわれていた人身売買の被害者たちを保護したが、事件はそれでは終わらなかった。

「構成員が二人きりとは考えにくい。これは尻尾切りされたな」

 ジャンルカの言葉にルーカスは歯噛みする。アジトの情報が漏れたので、二人の構成員と今捕らえている人身売買の被害者のうち足手まといになるものをここで捨てて、人身売買組織の本体は別の場所に逃げた可能性が高いというのだ。

「俺はまた、助けられなかったのか?」
「ルーカス、君は助けたよ。たくさんのひとを」
「でも、連れていかれたひともいるかもしれない」

 悔やむルーカスをエルネストは慰めてくれた。
 ここから先は国際班の仕事になる。海外に逃げたと思われる人身売買組織を、州警察が追いかけることはできない。
 最後まで仕事をやり通したかったルーカスにとっては悔しい事案だったが、エルネストは保護された子どもや少年少女のところにルーカスを連れて行った。
 不衛生な格好で怯えている子どもや少年少女の姿にルーカスは在りし日の自分を重ねてしまった。

「もう大丈夫だ。助かったんだ」

 そう言われたとき、小さなルーカスは幼すぎて状況がよく呑み込めていなかったが、もうあの暗い場所にいなくていいのだと、殴られることもないのだと本能的に感じ取っていた。
 小さかったころの自分を助けたような気持になったルーカスに、エルネストはそのために被害者と会わせたのかと理解した。

 エルネストと車に乗り込んで、息をつくルーカスにエルネストはその背中を優しくさすってくれた。

「ルーカス、頑張ったね。君のおかげで助かったひとたちがいる」
「全員は救えなかった」
「残りのことは他の班に任せるのも、組織としての協力だよ」

 組織として他人と協力するなんてことは全く考えられなかったルーカスにとっては、エルネストの言葉は新鮮に感じられる。

「それに、ほとんどの被害者を救えたってことは、人身売買組織もそれだけ追い詰められてたってことだ。次は焦ってもっと捕まえやすくなっているかもしれない」

 それだけのことを自分たちはした。
 それを誇っていいというエルネストに、ルーカスは素直にその言葉を受け取ることにした。
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