Cheetah's buddy 〜警察人外課の獣たち〜

秋月真鳥

文字の大きさ
上 下
15 / 30
本編

15.恋人のキス

しおりを挟む
 エルネストがルーカスの恋人になった。
 エルネストは人当たりがよく優しくて穏やかなのでものすごくモテたのだろう。ルーカスから告白されても少しも動揺していなかった。エルネストはルーカスの恋人。
 この美しい男性がルーカスの告白を受け入れてくれた。そのことをルーカスは世界中に公表したいくらいだったが、エルネストはこの関係は内緒にしておかなければいけないと言う。相棒同士が恋人であると仕事に私情が入ってしまう恐れがあるので、引き離される可能性があるのだ。
 エルネスト以外とは相棒としてやっていける自信がなかったのでルーカスはそのことを受け入れたが、エルネストとのことをつい口に出してしまいそうになる。

「エルネストとルーカスって今一緒に暮らしてるんでしょう? お昼のお弁当もエルネストとルーカスは同じものじゃない」

 鋭くアーリンが指摘してきたときに、「それは、エルネストが俺の恋人だからな!」と答えそうになってルーカスは必死に口を閉じた。口を閉じたルーカスの代わりにエルネストが答えてくれる。

「ルーカスはカウンセリングが必要な状況なんだ。そんな彼を一人にしておけないので、暫定的に一緒に暮らしているだけだよ。カウンセリングの効果が表れて彼が落ち着いたら一人でも暮らせるようになるかもしれないけれど」
「そんなんだったら、エルネストは恋人も作れないんじゃない? ルーカスは恋人なんて必要ないんでしょうけどね」
「僕はルーカスの力になれるなら平気だよ。ルーカスは僕の大事な相棒だからね」

 本当はエルネストがルーカスの恋人で、二人は両思いなのだと言いたくても言えないジレンマにルーカスは陥っていた。
 エルネストのことを自分が独り占めしたくてたまらない。エルネストが大事で、好きで堪らない。
 エルネストと出会えたことはルーカスにとって人生において一番輝かしく素晴らしい出来事になっていた。

「それよりアーリン、銀行口座を売った女性のネットの履歴から分かったことはないのかな?」
「建物の家賃を払っていた銀行口座の件でしょ? あれを辿ったら、同時期に何件か銀行口座が買われていて、その中で、一つが今も使われていることが分かったのよ」
「人身売買組織のアジトが分かったのか?」

 思わず身を乗り出してアーリンとエルネストの会話に入っていったルーカスに、アーリンが深く頷く。

「逃げられないようにその場所を探っているんだけど、間違いなさそうなのよね」
「すぐにでも突入したい」
「駄目よ、ルーカス。相手も警戒してるんだから急ぐと跡形もなく逃げてしまうわ。何より、人身売買のための子どもや、代理出産をさせている大人を人質にされてしまってはどうしようもない」

 できるだけ迅速に動くが、人質を助けることも同時に考えておかなければいけない。
 アーリンの言葉にルーカスは焦れてしまいそうになる。

「もう少し時間が必要だわ。全員国外逃亡されてしまったら、捕まえるのは国際班の手に渡って、私たちは手出しができなくなる」

 自分たちの手で人身売買組織を捕らえたいというのは、アーリンも気持ちは一緒だった。

「隣りの州の警察の人外課にも応援を頼んでいるの。大規模な逮捕劇になると思うわ」
「迅速にしないと逃げられてしまう」
「ここまで追い詰められたのは、何年振りか分からないからね」

 人身売買組織の摘発は非常に難しい。組織が警戒して自分たちの痕跡を消しているし、何より、人外となると人間に認識されないので、目撃者が減ってしまうのだ。
 人外は人外にしか捕まえられない。
 人外課の人数自体が少ないので、人間の警察に助けを求めることもあるが、人外の本性になられてしまうと、人間の警察官では認識できなくてそのまま逃がしてしまうことが多いのだ。
 人間の目撃者がいないというのも困りものである。監視カメラにも人外は映らないし、存在していたことを示す方法がなくなるのだ。

「絶対に逃がさない。捕まえてみせる」

 拳を握り締めるルーカスに、エルネストが小さく頷いていた。

 二回目のカウンセリングも問題なく終わった。
 二回目のカウンセリングではジャスティンはルーカスの恐怖について聞いてきた。
 ルーカスは正直に答えた。

「暗くて狭い場所が怖い。寝室のドアは開けておいて、灯りはつけておかないと眠れないんです」
「それで仕事に支障をきたしたことは?」
「仕事中は仕事に集中しているので平気です。仕事を離れて、一人で暗い部屋に閉じ込められると自分が保てなくなる」

 話そうかどうか迷ったが、ルーカスはエルネストに縋り付いた停電の日のことをジャスティンに話した。

「警察署に雷が落ちたことがあったんです。そのときにロッカールームで停電になって、俺は怖くて相棒にしがみつきました。相棒は俺が暗闇を怖がっていることを知らなかったけれど、受け止めてくれて、その後、相棒に俺の過去と暗闇が怖いことを話したんです」
「自分の過去について話せる相手がいるんですね」
「人外課に入ったときに面談で上司のジャンルカ課長に話した以外で、そのことについて話したのは初めてでした。相棒は人当たりがよくて、優しくて、彼ならば話してもいいのではないかと思えたんです。それで、彼がカウンセリングを受けることを勧めてくれました」
「信頼できる人がいることはいいことだと思います。次回のカウンセリングで、その相棒に同席してもらうことはできますか?」

 エルネストにカウンセリングに同席してもらう。
 それはルーカスは全く考えていなかったことだった。
 恋人や家族ならば、カウンセリングに同席してもらうことはあるだろう。
 もしかするとジャスティンはルーカスの話しぶりから、ルーカスとエルネストの関係に気付いたのかもしれない。

「彼に聞いてみます」
「よろしくお願いします」

 それで二回目のカウンセリングは終わった。

 マンションに帰ってきたルーカスをエルネストはハグしてくれた。
 抱き締められて、豊かな胸に顔を埋めて、ルーカスはエルネストの香りを嗅ぐ。エルネストは香水を少しだけつけているのか、いつもいい匂いがしていた。

「お帰り、ルーカス。カウンセリングはどうだった? お疲れ様」

 恋人になっただけで、これだけのことがとても甘く感じられる。
 エルネストを抱き締め返してから、コートとスーツのジャケットを脱いで、ルーカスはエルネストに言う。

「次のカウンセリングにはエルネストも同席してもらえないかと言われた」
「僕と君の関係を話したの?」
「話してないけど、停電の日のことを話して、それでエルネストがカウンセリングを勧めてくれたことを話したら、そう言われた」

 ジャスティンの言ったことをエルネストに伝えると、エルネストは苦笑している。

「カウンセラーには気付かれたかもしれないね」
「そうか?」
「君、アーリンにも気付かれそうになってなかった? 今にも、僕と恋人だって言いたそうにしてたよ」
「そ、それは……仕方ないだろう。初めて恋人ができて浮かれてたんだ」

 言い訳をするルーカスにエルネストはため息をついて呆れ顔になっている。

「隠し事が苦手じゃ、警察官としてやっていけないよ?」
「悪かった。気を付ける。気を付けるから、別れるとか言わないでくれよ」
「別れるとは言わないけど、あまり酷かったら距離は置くかもしれない」
「そんな……。エルネスト、俺を捨てないでくれ」

 縋るとエルネストが苦笑しているのが分かる。

「そんな大袈裟に考えないでよ。君と僕は仕事の休みも同じだから、休みのときに会えばいいだけの話だし」
「エルネストのそばにいたい。エルネストのそばを離れたくない」

 両腕を取って懇願するルーカスに、エルネストはため息をついて了承した。

「それなら、君も気を付けてよね」
「分かった」

 それにしても、恋人になったからもう少し関係を進めてもいいのではないだろうか。

 エルネストの両手を放さないルーカスに、エルネストが「夕食の仕上げができないよ」と言ってくる。

「キスを、してもいいか?」
「キス、したことあるの?」
「ない。初めてだ」

 挨拶としてのキスはしたことがあったかもしれないが、それも小さなころだけで、恋人としてのキスはルーカスはしたことがない。素直に答えれば、エルネストの手がルーカスの頬に添えられる。

 唇を重ねられて、ルーカスは目を閉じることも忘れていた。
 目を閉じたエルネストの白銀の睫毛の長さに感動し、その美麗な顔が至近距離にあることに心拍数が上がる。

 唇が離れて行って、ルーカスは自分が息を止めていたことに気付いた。
 慌てて息をすれば、エルネストに笑われてしまう。

「本当に初めてなんだね」
「つ、次は俺からする!」
「待ってるよ」

 宣言するルーカスに軽く答えるエルネストは慣れている様子で、ルーカスの胸が若干嫉妬に焦げる。これまでにエルネストはどんな風に抱かれたのだろう。どんな風に抱いたのだろう。それを考えるたびに嫉妬してしまうのだろうが、これからはルーカスだけにその姿を見せるのだと思うと嬉しくもあり、期待してしまう。

 まだ早い。まだ早いと、興奮しそうになる下半身にルーカスは歯止めをかけていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

仕事ができる子は騎乗位も上手い

冲令子
BL
うっかりマッチングしてしまった会社の先輩後輩が、付き合うまでの話です。 後輩×先輩。

それはダメだよ秋斗くん![完]

中頭かなり
BL
年下×年上。表紙はhttps://www.pixiv.net/artworks/116042007様からお借りしました。

二杯目の紅茶を飲んでくれるひと

秋月真鳥
BL
 ベストセラー作家にもなった笠井(かさい)雅親(まさちか)は神経質と言われる性格で、毎日同じように過ごしている。気になるのはティーポットで紅茶を入れるときにどうしても二杯分入ってしまって、残る一杯分だけ。  そんな雅親の元に、不倫スキャンダルで身を隠さなければいけなくなった有名俳優の逆島(さかしま)恋(れん)が飛び込んでくる。恋のマネージャーが雅親の姉だったために、恋と同居するしかなくなった雅親。  同居していくうちに雅親の閉じた世界に変化が起こり、恋も成長していく。  全く違う二人が少しずつお互いを認めるボーイズラブストーリー。

早く惚れてよ、怖がりナツ

ぱんなこった。
BL
幼少期のトラウマのせいで男性が怖くて苦手な男子高校生1年の那月(なつ)16歳。女友達はいるものの、男子と上手く話す事すらできず、ずっと周りに煙たがられていた。 このままではダメだと、高校でこそ克服しようと思いつつも何度も玉砕してしまう。 そしてある日、そんな那月をからかってきた同級生達に襲われそうになった時、偶然3年生の彩世(いろせ)がやってくる。 一見、真面目で大人しそうな彩世は、那月を助けてくれて… 那月は初めて、男子…それも先輩とまともに言葉を交わす。 ツンデレ溺愛先輩×男が怖い年下後輩 《表紙はフリーイラスト@oekakimikasuke様のものをお借りしました》

英雄様の取説は御抱えモブが一番理解していない

薗 蜩
BL
テオドア・オールデンはA級センチネルとして日々怪獣体と戦っていた。 彼を癒せるのは唯一のバティであるA級ガイドの五十嵐勇太だけだった。 しかし五十嵐はテオドアが苦手。 黙って立っていれば滅茶苦茶イケメンなセンチネルのテオドアと黒目黒髪純日本人の五十嵐君の、のんびりセンチネルなバースのお話です。

聖獣王~アダムは甘い果実~

南方まいこ
BL
 日々、慎ましく過ごすアダムの元に、神殿から助祭としての資格が送られてきた。神殿で登録を得た後、自分の町へ帰る際、乗り込んだ馬車が大規模の竜巻に巻き込まれ、アダムは越えてはいけない国境を越えてしまう。  アダムが目覚めると、そこはディガ王国と呼ばれる獣人が暮らす国だった。竜巻により上空から落ちて来たアダムは、ディガ王国を脅かす存在だと言われ処刑対象になるが、右手の刻印が聖天を示す文様だと気が付いた兵士が、この方は聖天様だと言い、聖獣王への貢ぎ物として捧げられる事になった。  竜巻に遭遇し偶然ここへ投げ出されたと、何度説明しても取り合ってもらえず。自分の家に帰りたいアダムは逃げ出そうとする。 ※私の小説で「大人向け」のタグが表示されている場合、性描写が所々に散りばめられているということになります。タグのついてない小説は、その後の二人まで性描写はありません

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

愛する者の腕に抱かれ、獣は甘い声を上げる

すいかちゃん
BL
獣の血を受け継ぐ一族。人間のままでいるためには・・・。 第一章 「優しい兄達の腕に抱かれ、弟は初めての発情期を迎える」 一族の中でも獣の血が濃く残ってしまった颯真。一族から疎まれる存在でしかなかった弟を、兄の亜蘭と玖蘭は密かに連れ出し育てる。3人だけで暮らすなか、颯真は初めての発情期を迎える。亜蘭と玖蘭は、颯真が獣にならないようにその身体を抱き締め支配する。 2人のイケメン兄達が、とにかく弟を可愛がるという話です。 第二章「孤独に育った獣は、愛する男の腕に抱かれ甘く啼く」 獣の血が濃い護は、幼い頃から家族から離されて暮らしていた。世話係りをしていた柳沢が引退する事となり、代わりに彼の孫である誠司がやってくる。真面目で優しい誠司に、護は次第に心を開いていく。やがて、2人は恋人同士となったが・・・。 第三章「獣と化した幼馴染みに、青年は変わらぬ愛を注ぎ続ける」 幼馴染み同士の凛と夏陽。成長しても、ずっと一緒だった。凛に片思いしている事に気が付き、夏陽は思い切って告白。凛も同じ気持ちだと言ってくれた。 だが、成人式の数日前。夏陽は、凛から別れを告げられる。そして、凛の兄である靖から彼の中に獣の血が流れている事を知らされる。発情期を迎えた凛の元に向かえば、靖がいきなり夏陽を羽交い締めにする。 獣が攻めとなる話です。また、時代もかなり現代に近くなっています。

処理中です...