Cheetah's buddy 〜警察人外課の獣たち〜

秋月真鳥

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本編

12.エルネストとの約束

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 エルネストの元相棒を見てから、ルーカスはエルネストのことを直視できなくなっていた。
 エルネストが抱かれる方とは限らないのに、エルネストが抱かれてしまう姿を想像する。その相手が自分であればいいのに、エルネストはあれだけルーカスに優しくしておきながら、特別な相手としてクロヴィスが心にいるのだと思うとどうしようもない気持ちになってしまう。
 エルネストを手に入れたい。
 けれど、エルネストには大事な相手がすでにいる。

 車の運転をしながらも落ち着かないルーカスに、エルネストは別のことを心配しているようだ。

「やっぱり、君はこの捜査を外れた方がいいんじゃないかな」
「どうして!?」
「君が動揺してるんじゃないかと思って、ルーカス。保護対象者と自分を重ねていたようだし」
「俺は平気だ。人身売買で苦しむ相手を一人でも減らしたい」

 絶対に助けたい。
 自分も人外課に助けられたが、幼いころに人身売買組織に囚われたせいで、今も心に傷を持っている。そんな人外が一人でも減るようにしたい。そのためにルーカスは人外課に入ったのだ。

「それじゃ、僕の言うとおりにして」
「何をすれば信頼してもらえるんだ?」
「まず、カウンセリングの予約をして」
「カウンセリングは小さなころに十分に受けた」
「十分じゃないからこそ、君は今も苦しんでるんじゃないか」

 エルネストに言われてカウンセリングを受けるべきかとルーカスも思う。エルネストが心の底からルーカスを心配して言ってくれているのはルーカスにも伝わってきていた。

「それから?」
「カウンセリングが終わるまで君を一人にしておけない。僕の部屋で暮らしてほしい」
「え!? い、いや、それはまずいだろう」

 クロヴィスという特別な相手がいるのに、エルネストはルーカスへの同情から自分の部屋にルーカスを住ませようとしている。昨日訪ねた感じでは、エルネストの部屋は広いし、エルネストは自分の寝室を持っているので問題はないのかもしれないが、ルーカス側にしてみればエルネストを性的に見ているので問題がありすぎる。
 隙あらばルーカスはクロヴィスを押しのけてエルネストの特別な存在になりたいと思っているのだ。昨晩は我慢できたが、うっかりとエルネストを押し倒して、返り討ちにされてしまうかもしれない。
 エルネストにそのことで嫌われてしまうのは、ルーカスとしては一番不本意だった。

「君はとても危うい。一人にするのは怖いんだ」
「で、でも、俺も男だぞ?」
「どういう意味? ルーカスは僕に興味はないでしょう?」

 一応自己主張してみるが、エルネストの方に危機感がなさ過ぎてルーカスは拍子抜けしてしまう。
 エルネストを手に入れたいのはルーカスの本音だ。

 逆に考えれば、これはチャンスなのではないだろうか。
 エルネストとクロヴィスは特別な関係とは言っているが、物理的に離れている。エルネストにクロヴィスから心を離してもらって、ルーカスを見てもらえればいいのではないか。

 そこまで考えてから、ルーカスはそれが非常に難しいことに気付く。
 エルネストもクロヴィスも本性が狼だ。狼の番は一生を添い遂げるというし、絆が強いのは間違いない。
 そこにルーカスが入っていけるのだろうか。

 恋愛経験もない、肉体経験もない、キスすらしたことがあるかどうかよく分からないような若造のルーカスが、幼いころから一緒で警察学校でも一緒で、警察官になってからずっと相棒だったというエルネストとクロヴィスの間に入れるとは思えない。

 ルーカスが毎晩、エルネストを襲おうとして我慢するのが目に見えている気がする。

「ルーカス、君が心配なんだよ」
「分かった」

 それでも一縷の望みに願いをかけて、ルーカスはエルネストの言うとおりにすることにした。

 カウンセリングの話をすると、ジャンルカは驚いていたが、ルーカスを抱き締めんばかりに喜んだ。

「ルーカス、お前さんにはずっとカウンセリングが必要だと思っていた。やっと受ける気になってくれたんだな!」
「今のままでは、人身売買組織に万全の状態で立ち向かえると思いません」
「よかった。エルネストが来てからルーカスは変わったと報告を受けていたが、私が何度言っても受けてくれなかったカウンセリングをやっと受ける気になったとは」

 そういえばジャンルカからも再三カウンセリングを受けるように言われていたが、ルーカスはそれを無視していた。ジャンルカの命令であろうとも、ルーカスはこの国にはびこるカウンセリング神話を信じたくなかったのだ。

 銃撃戦があった場合、警察官は撃ったものも、撃たれたものもカウンセリングを受けなければ現場に復帰することができない。カウンセリングでなんでも解決しようとするような風潮を、ルーカスは皮肉ってカウンセリング神話と呼んでいた。

 相棒が目の前で撃たれたエルネストもカウンセリングを受けただろうし、撃たれたクロヴィスもカウンセリングを受けただろう。それが警察官としての正しい姿だとは分かっているが、ルーカスにとっては幼いころの人身売買事件のことについては、もう終わったこととして記憶の外に追いやっていた。
 幼いころにカウンセリングにはずっと通わされたし、十分だと思っていたのだ。

 今でも暗闇が怖くて、灯りをつけないと眠れないなどということを、ルーカスは異常だとはそれほど感じていなかったのだ。

 ルーカスの弱い部分をエルネストは受け入れて、そのうえで治療するように促してくれる。相棒として当然のことなのかもしれないが、それが自分に好意があるからではないかとルーカスは勘違いしそうになる。

 ルーカスが自分は男だと主張しても、エルネストは笑ってそれを流してしまった。
 エルネストのことをこんなにも抱きたいと思っているのに、エルネストはそのことに気付いてもいないのだ。

 エルネストの部屋で暮らすことを了承した一つの理由としては、エルネストに自分を意識してほしいというものがあった。
 ルーカスはエルネストに好意を持ってほしい。エルネストがクロヴィスと番であっても、今は距離があるし、入り込む隙がほんの少しでもあるのではないかと考えずにはいられないのだ。

 カウンセリングの予約をして、エルネストの部屋に荷物を運び込むルーカスを、エルネストは歓迎してくれた。

「ルーカス、生活用品は何でも使っていいからね。クロヴィスも一時期僕の部屋に入り浸ってたことがあるから、そういうのは慣れてるんだ」
「クロヴィスと一緒に暮らしてたのか?」
「一緒に暮らしてはいないかな。クロヴィスが時々、僕の部屋に押しかけてきて、夕食を食べて、泊って行ってたことがあっただけだよ」

 クロヴィスの名前がエルネストの口から出ると、ルーカスは胸が痛むような気がする。泊まって行って、クロヴィスはエルネストを抱いたのだろうか。もしかするとエルネストの方が抱く方かもしれないが、ルーカスは自分がエルネストを抱きたいので、どうしてもそういう風にしかクロヴィスとエルネストの関係を見られなかった。

「カウンセリングには通うから、相棒を辞めないででくれよ」
「それはもちろんだよ。相棒を辞める気なら、君を僕の部屋に招いてない」

 弱音のように漏らせば、エルネストは当然として受け止めてくれる。同情でもいい。エルネストの心の隙間に入り込みたい。クロヴィスとの間は今離れているようだし、エルネストはルーカスを受け入れてくれるのではないか。

 エルネストの体をベッドに押し倒して。

 その先が浮かばなくてルーカスは焦れる。
 ベッドに押し倒した後はどうすればいいのだろう。
 恋愛経験も肉体経験もないルーカスにはよく分からない。

 どこにナニを入れればいいのかくらいは分かるのだが、その前にどうすればいいのかなんて全く想像が付かない。

「エルネスト……」
「どうしたの?」
「いや、なんでもない」

 エルネストはどんな風に抱かれたのか。もしくは抱いたのか。
 口を突いて出そうになって、ルーカスは慌てて誤魔化した。

 エルネストは最高の相棒だが、ルーカスの恋人になってくれるかはまだ分からない。
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