恋の相手は土地神様

秋月真鳥

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4.リラの妹はさくらんぼちゃん

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 ラーイが死にかけてから、セイランはラーイのそばを離れなくなった。社にいるときにはラーイを抱き締めて放さなくなったのだ。それだけセイランがショックを受けていたことがリラにも分かった。

「レイリ様、私、強くなりたい」

 レイリの膝に座りながらリラは唇を真一文字に結ぶ。堪えていないとリラも涙が出て来そうだった。
 魔女として生まれて肉体強化の魔法が使えて、小さな頃からリラは自分が強いという自信があった。それが今回は奢りになってしまったのだ。
 人間の使う道具になど負けない。その道具がどのような強さを持っているかを知らないままに、リラは勝手な自信で生物学上の父を侮っていた。
 その結果としてラーイは死にかけてしまった。

 お面をつけて変身などせずに、真っすぐに生物学上の父に飛びかかって弓を取り上げてしまえば、こんなことにはならなかった。
 悔しさと、兄を失っていたかもしれない恐怖に涙が出そうになっているリラをレイリが優しく包み込む。

「リラもショックだったのですね」
「お兄ちゃん、私を守って矢を刺されたのよ。私、お兄ちゃんを守れなかった」

 口にするとほろりと涙が零れてしまう。
 三日間ラーイの意識がない間はリラも気が気ではなかった。毎日ラーイが助かるように泣きながら祈っていた。

 頬に手を当てて涙を拭ってくれてレイリがリラのつむじにキスをする。洟を啜っているリラはレイリにつむじにキスをされて目を丸くした。

「レイリ様?」
「僕は勝手で酷い親です。ラーイがリラを守ってくれてよかったと思っているんですから」
「レイリ様は勝手じゃないわ。お兄ちゃんを助けようと必死に頑張ってくれたじゃない」
「ラーイだったから動揺してはいたけれど何とか助けられたのです。それがリラだったら、とても動揺で動けなかったでしょう」

 ラーイが目を覚ましたときにセイランは泣いていた。
 レイリもリラが矢を刺されればあれほどに心配してくれていたということだ。

「レイリ様も私が目覚めたら泣いてた?」
「目覚める前から、ずっと手を握って泣いていたと思います。セイラン兄上は強い。ラーイが目覚めるまでずっとそばにいて、泣きもしなかった」

 セイランはラーイが目覚めるまで寝ずの番をして、看病して、泣きもしなかった。レイリはそんなことはとてもできていなかったと言っている。

「レイリ様、私、気を付けるわ」
「気を付けてくださいね。絶対に危ないことはしないでください」
「分かった。危ないことになる前に相手を倒しちゃう!」
「リラ、それが心配なのですよ」

 レイリにどれだけ言われても、リラの闘争本能が消えることはなかった。

 リラとラーイはアマリエの準備した魔法が厳重にかかった服とマニキュアで身を守るようになった。

 リラが九歳のときにアマリエが妊娠した。
 アマリエの相手は夏を運んでくる渡る神のエイゼンだった。燕の姿のエイゼンはこれまでのアマリエの相手とは違って、子どもを産むためだけに交わるようなことはしなかった。
 アマリエとエイゼンはとても仲睦まじかった。

「さくらんぼちゃん、私の可愛いさくらんぼちゃん」

 夏しかこの土地にはいられないエイゼンが他の土地に旅立ってからは、アマリエは娘でリラとラーイの姉であるアナを家に呼んでリラとラーイを日中預かっていた。アナは料理の魔女なので、リラとラーイとアマリエに食事を作ってくれる。

「私は料理の魔女なのよ。何でも食べたいものを教えて」
「アイスクリーム!」
「リラ、それはおやつにしましょうね。お昼ご飯はどうする?」
「ミニハンバーグがゴロゴロ入ったパスタがいいわ」

 アナがお昼ご飯を作りに入ったキッチンから、トマトソースのいい香りがしてくる。トマトソースで煮込むミニハンバーグのパスタはとても美味しいのだ。
 お昼ご飯を楽しみにしながら、リラはアマリエのお腹に話しかける。

「さくらんぼちゃん、もうすぐご飯だからね」
「その『さくらんぼちゃん』っていうのは何だい?」
「赤ちゃんの名前よ? 女の子だったらさくらんぼちゃんがいいの」

 さくらんぼが大好きなので、さくらんぼのような可愛い子が生まれてくるようにとリラが呼んでいるのを、アマリエは笑って聞いていた。

「女の子だったら赤ん坊に『さくらんぼちゃん』って名前を付けるのかい?」
「そうよ。いけない?」
「さくらんぼちゃんはちょっと違うかなぁ。リラは面白いね」

 魔女は圧倒的に女性の方が生まれる確率が高いので、リラは生まれて来る赤ちゃんの名前が「さくらんぼちゃん」になればいいと思っていた。

 ラーイはリラのために薔薇乙女仮面の衣装を作ってくれていた。
 エイゼンと行った南の土地で手に入れた黒真珠花の実のビーズと黒薔薇の刺繍の入った美しいワンピースだ。
 渡されて着替えてみると、膝下までスカートがあって、とても上品で可愛くできていた。

「リラ、可愛いよ」
「本当、お兄ちゃん? 嬉しいわ。ありがとう」

 今度こそラーイを守れるように、薔薇乙女仮面の変身に手間取っている暇はない。
 リラはアマリエにお願いしていた。

「このポーズで変身したときには前の衣装になるように、こっちのポーズで変身したときには新しい衣装になるように、できる?」
「ワンピースに魔法をかけてあげようね」
「魔女っぽいとんがり帽子も欲しいの」
「いいね。作ってあげよう。刺繍はラーイがするかい?」
「僕がしてあげる」

 ポーズを決めるだけで変身できるようにすれば、隙を作ることもない。
 もう先手を取られることなく、攻撃される前に相手を殲滅すればいいのだとリラは心に決めていた。

 赤ちゃんは人間の姿だけでなく燕の姿にもなるようだ。エイゼンに似たらしい。神族の血と魔女の血を引く赤ちゃんが生まれて来るのにリラはとても期待していた。
 人間の赤ちゃんと燕の赤ちゃんではサイズが違うので、赤ちゃんがお腹の中で燕の雛になるとアマリエはサイズで分かるようだった。

「燕のさくらんぼちゃん。お姉ちゃんがお手手で抱っこしてあげるわ」
「リラ、赤ちゃんの名前はさくらんぼちゃんじゃないよ? 男の子かもしれないんだよ?」
「男の子だったら新しく考えるわ。女の子なら絶対にさくらんぼちゃんよ!」

 赤ちゃんは「さくらんぼちゃん」だと決めているリラに、アマリエは赤ちゃんの名前を決めたようだ。

「スリーズってのはどうだろうね?」
「スリーズちゃん?」
「さくらんぼちゃんじゃないの?」

 「さくらんぼちゃん」ではなくて不満なリラにアマリエが意味を教えてくれる。

「スリーズってのは大陸の言葉でさくらんぼのことだよ」
「スリーズちゃん……さくらんぼちゃんなのね!」

 意味がさくらんぼならばリラはそれに納得できた。
 生まれて来る赤ちゃんが女の子ならば、名前はスリーズちゃんになる。

 春になってリラとラーイは小学校の六年生になった。
 小学校の送り迎えはアマリエからアナに変わっていた。アマリエがお腹が大きくなってあまり動けなくなるからアナに頼んだのだ。

 新学期が始まって数日後の夜に社に連絡が入った。
 アマリエが産気づいたのだ。

 リラはレイリと一緒に眠っていたが、レイリに優しく起こされた。

「アマリエが呼んでいますよ。行けますか?」
「赤ちゃん!? 生まれるのね!?」
「そうです。赤ん坊を一番に見て欲しいから来て欲しいと呼んでいます」
「行くわ! きゃー! 私、頭がぼさぼさ! こんなんじゃ赤ちゃんに会えないー!」

 起きて来てくれたマオにお願いしてリラは髪を結ってもらった。前髪は三つ編みにして斜めに流し、後ろも三つ編みにして薔薇の髪飾りをつける。

「妹か弟に会うのよ。可愛い格好をしていかなきゃ」
「リラはいつも可愛いよ」
「とびきり可愛くないと嫌なのよ」

 黒真珠花の実のビーズで刺繍されたワンピースを着たリラに、ラーイも黒真珠花の実のビーズで刺繍されたシャツを着て出かける。リラは白虎の姿になったレイリの背中に乗って、ラーイは白虎の姿になったセイランの背中に乗って魔女の森に行った。
 アマリエの仕立て屋は緊迫した空気が張り詰めていた。
 アマリエはアンナマリと寝室にいるようだ。

「陣痛が始まっているのよ。アンナマリ姉さんが母さんについているわ」

 アナがリラとラーイにお茶を淹れてくれたが、セイランとレイリとマオが座る場所はない。
 セイランとレイリは体格がよくて普通の成人男性よりも頭一つ背が高かった。そんな二人がいるとどうしても部屋が狭く感じてしまう。
 オレンジを剥いてくれたアナに礼を言いながら、オレンジを食べて、お茶を飲んでリラとラーイは眠気と戦った。
 寝室ではアマリエが赤ちゃんを産んでいるはずだ。
 うめき声や痛みに耐える声が聞こえてくる。

 応援しているリラの隣りでラーイは眠りかけていた。

「お兄ちゃん、しっかりして」
「はっ! 起きなきゃ!」
「お母さんは頑張っているのよ!」

 ラーイの手を引っ張って起こしたリラは、自分も眠かったが必死に頑張っていた。
 夜明け前に赤ん坊の泣き声が聞こえた。

「生まれた!?」
「男の子? 女の子!?」

 椅子から飛び降りたラーイとリラに、アンナマリが寝室から出て来た。腕には小さな赤ちゃんを抱っこしている。
 ぽやぽやの黒髪で、横の髪が赤いような気がして、エイゼンの面影のある赤ちゃん。

「女の子ですよ。スリーズです」
「スリーズちゃん! やったー! お兄ちゃん、やっぱり女の子だったわ」
「よかったね、リラ。お姉ちゃんだよ、おめでとう!」
「ありがとう! 私とても幸せよ」

 妹が生まれた喜びに、リラは飛び跳ねていた。
 アンナマリがリラに教えてくれて赤ちゃんを抱っこさせてくれる。
 腕を曲げて抱っこする形を取ったリラの腕の中に、赤ちゃんをそっと置くアンナマリ。

「肘の上に頭を置く感じで……そう、上手ですね」
「小さい……可愛いわ」

 その日、リラは姉になった。
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