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後編
13.結婚の挨拶
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ユストゥス・ハインツェはエリーアスの研究データを引き継いで、疫病の特効薬を開発したもう一人の英雄である。エリーアスを父親に会わせるにあたって、ギルベルトはユストゥスの手を借りるつもりだった。
お願いのメッセージを携帯端末で打つと、快い返事が戻ってくる。国の英雄のギルベルトとユストゥスがいれば、軍の将軍である父親でも失礼なことはできないだろうと考えたのだ。
「兄さんの幸せのためだからね。僕でよければ喜んで協力するよ」
「ユストゥス、あなたには苦労をかけますね」
「気にしないで。僕は兄さんのデータを引き継いで仕上げただけなのに英雄に祭り上げられちゃっただけで、本当にすごいのは兄さんなんだからね」
本当にユストゥスとエリーアスの兄弟は仲がいい。電気自動車を運転しながらギルベルトは考えていた。
三つ揃えのスーツを着てアードラー家に出向くと、ゲレオンとグンターが迎え入れてくれる。
「兄さん、そちらの方は?」
「俺の伴侶のエリーアス・ハインツェとその弟のユストゥス・ハインツェだ」
「ユストゥス・ハインツェ! 特効薬を開発してその特許を国に譲った英雄か」
ユストゥスの方に反応しているが、ギルベルトにとって大事なのはエリーアスである。グンターとゲレオンを威嚇しながら長い廊下を通って行った応接室の奥の席に父親が座っていた。
ゲレオンとグンターに似た赤毛に緑色の目の厳めしい表情の髭を生やした男性。ギルベルトはその顔も見たくはなかったが、エリーアスとの未来のためにエリーアスと手を繋いで口を開く。
「俺の伴侶のエリーアス・ハインツェだ。俺はエリーアスと結婚する。文句を言うなら、俺のことは勘当してくれ」
「ギルベルト、落ち着きましょう。私はエリーアス・ハインツェ。ギルベルトと同じ基地に配属され、戦争が終わった後も同じ家で暮らしています」
「初めまして。ギルベルトの父だ」
立ち上がった父親がエリーアスに握手を求めるのを、ギルベルトはエリーアスの右手を握り締めたまま放さずに阻止した。握手はさせなかったが、父親が「座りなさい」と言うのには渋々従う。
「特効薬の件も、元々研究していたのは兄です。僕はその研究を引き継いだだけ。兄は聡明で心が優しく、ギルベルトのことを本当に愛しています」
「俺もエリーアスを愛している。引き離すつもりなら、誰であろうと許さない」
「そんなに攻撃的にならないでください。穏やかに話しましょう」
ユストゥスもエリーアスも理知的に話を進めようとしているが、ギルベルトは父親に関しても兄弟に関しても警戒心しかなかった。少しでも反対するそぶりを見せれば、怒鳴り付けて戦うつもりがあった。
「小さな頃から大人しい子だった。その大人しさに甘えてしまって、私はギルベルトに碌に構わないままで戦場に出してしまった。自分の至らなさを深く反省している」
「別に謝ってほしいわけではないし、悔恨を聞いたところで過去が変わるわけでもない」
バッサリと切り捨てるギルベルトに、エリーアスが手を握ったままで淡く微笑む。
「ギルベルトのことは、幸せにします」
「至らない親の私が何を言っても白々しいかもしれないが、ギルベルトの幸せだけを願っている。どうか、ギルベルトをよろしく頼む」
深々と頭を下げた父親の髪に白髪が混じって、頭頂部が薄くなり始めているのを見て、ギルベルトはこのひとも年を取ったのだと実感する。それ以上の感慨はなかったが、エリーアスも頭を下げているのには泣きそうな気分になる。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「アードラー家とは関わりを持つ気はないからな」
「それでもいい。どこかでお前が幸せに暮らしているのならば」
呆気ないほどあっさりと挨拶は終わってしまった。ユストゥスとエリーアスを電気自動車に乗せて帰る車内で、ギルベルトは驚きを隠せなかった。
「体面を大事にするあのひとたちが、あっさり許すとは思わなかった」
「私が前線の基地に召集されたときもあなたのお兄さんと弟さんに泣き付かれたのですよ」
「その話もあまり信じてなかった」
これまでのことがあるから父親も兄弟も信用できないし、アードラー家と関わりを持つ気がないことをギルベルトが告げると、ユストゥスが苦笑する。
「許せないことは許せなくていいんじゃないかな。僕も兄さんからギルベルトの家族の話は聞いているけれど、嫌なことがたくさんあったみたいだしね」
「私たちは私たちで幸せになれば、それでいいんじゃないでしょうか」
ユストゥスの言葉もエリーアスの言葉も、ギルベルトには納得できるもので、ギルベルトは小さく頷いた。
その日の午後にギルベルトとエリーアスは近くの小さな教会に行った。簡単な結婚式を挙げられるか神父に相談するつもりだったのだ。
「二人だけ……いや、ユストゥスは来るか。二人と参列者一人の小さな式を挙げたいんです。お願いできますか?」
「神の御前で全てのひとが祝福される、それがこの教会です」
「よろしくお願いします」
衣装もブーケも自分たちで用意することになったが、堅苦しいことは考えずに、今着ている三つ揃えのスーツでいいことにする。結婚式の日取りを決めて、ギルベルトはエリーアスと一緒に家に戻った。
晩ご飯を食べてシャワーを浴びると、エリーアスを寝室に運んで、ギルベルトも手早く洗って寝室に入る。先にベッドに横たわっているエリーアスの胸にギルベルトが顔を埋めると、エリーアスが右手でギルベルトの金色の髪を撫でた。
「結婚の書類も役所に提出しなければいけませんね」
「そうだった。式を挙げたら終わりじゃなかった」
結婚式を挙げたら結婚できる気になっていたギルベルトに、エリーアスがくすくすと笑い声をあげる。落ち着いたエリーアスが声を上げて笑うのは珍しくて、ギルベルトはエリーアスの顔をじっと見つめてしまった。
「どうしました?」
「笑ったなと思って」
「私だって笑いますよ」
その表情が『愛してる』という以前よりもずっと柔らかくなっていることにエリーアスは気付いているのだろうか。いつかいなくなるかもしれないという不安を抱えていたエリーアスにとっては、ギルベルトが生涯傍にいると誓うことはそれだけ緊張感を解くことなのかもしれない。
「エリーアス、愛してる」
「ギルベルト、私も」
口付けると、エリーアスが目を閉じて口付けを受けてくれる。舌を絡める深い口付けに下半身も反応しそうになって、ギルベルトは顔を離して、エリーアスの胸に顔を埋めた。
「ギルベルト、あなた、あれ以来私を抱きませんね」
プロポーズが失敗して、関係が完全に決裂したと絶望した日から、ギルベルトはエリーアスのことを抱いていない。抱きたい気持ちはものすごくあるのだが、ギルベルトはそれにブレーキをかけていた。
「結婚してから、ちゃんとしたい」
「今更、ですか?」
「今更かもしれないけど、形式は大事なものだろう?」
肉体関係を持つのは結婚してから。
それまでの肉体関係をエリーアスが性欲処理と認識していたのならば、それを塗り替えるような結婚初夜を迎えたい。
ギルベルトが恥ずかし気にそのことを告げると、エリーアスに笑われてしまう。
「いいですよ。結婚初夜がどのようなものか、期待しておけばいいんですね?」
「エリーアス、大事にする。どんなお姫様よりも大切にする」
真剣に言ったはずなのに、ギルベルトの言葉にエリーアスはますます笑い声をあげて身を捩っている。
「私がお姫様なんて、ないですよ」
「俺にとってはお姫様だ」
「あなたよりもずっと体格がいいんですよ?」
「そんなの関係ない。エリーアスは美しい俺のお姫様だ」
言えば言うほど笑われてしまって、ギルベルトは不満そうに唇を尖らせてエリーアスの胸に顔を埋めていた。
翌日は霧のように細雪の降る冷たく寒い日だったが、エリーアスとギルベルトは役所に行って二人で結婚の書類を提出した。不備もなく書類は受理されて、エリーアスとギルベルトは正式な夫婦となった。
「ギルベルトは知らないかもしれませんが、成人した大人は両者の同意があれば、周囲がどれだけ反対しようと結婚できるんですよ」
「そうなのか!?」
アードラー家の父親に認められなければ、書類すら改ざんされるような気分でいたが、軍の将軍であろうともそこまでの権限はない。単純に書類を出せば結婚できたのだと知って、ギルベルトは自分が悩んでいたことはなんだったのかと頭を抱えた。
「私は嬉しかったですけどね。あなたが嫌な相手に対峙してまで私と結婚したかったというのが分かったんですからね」
「エリさんは嬉しかったのか」
「嬉しかったですよ」
自分の勘違いは恥ずかしかったが、エリーアスが嬉しかったのならばそれでいい。そう思うギルベルトだった。
お願いのメッセージを携帯端末で打つと、快い返事が戻ってくる。国の英雄のギルベルトとユストゥスがいれば、軍の将軍である父親でも失礼なことはできないだろうと考えたのだ。
「兄さんの幸せのためだからね。僕でよければ喜んで協力するよ」
「ユストゥス、あなたには苦労をかけますね」
「気にしないで。僕は兄さんのデータを引き継いで仕上げただけなのに英雄に祭り上げられちゃっただけで、本当にすごいのは兄さんなんだからね」
本当にユストゥスとエリーアスの兄弟は仲がいい。電気自動車を運転しながらギルベルトは考えていた。
三つ揃えのスーツを着てアードラー家に出向くと、ゲレオンとグンターが迎え入れてくれる。
「兄さん、そちらの方は?」
「俺の伴侶のエリーアス・ハインツェとその弟のユストゥス・ハインツェだ」
「ユストゥス・ハインツェ! 特効薬を開発してその特許を国に譲った英雄か」
ユストゥスの方に反応しているが、ギルベルトにとって大事なのはエリーアスである。グンターとゲレオンを威嚇しながら長い廊下を通って行った応接室の奥の席に父親が座っていた。
ゲレオンとグンターに似た赤毛に緑色の目の厳めしい表情の髭を生やした男性。ギルベルトはその顔も見たくはなかったが、エリーアスとの未来のためにエリーアスと手を繋いで口を開く。
「俺の伴侶のエリーアス・ハインツェだ。俺はエリーアスと結婚する。文句を言うなら、俺のことは勘当してくれ」
「ギルベルト、落ち着きましょう。私はエリーアス・ハインツェ。ギルベルトと同じ基地に配属され、戦争が終わった後も同じ家で暮らしています」
「初めまして。ギルベルトの父だ」
立ち上がった父親がエリーアスに握手を求めるのを、ギルベルトはエリーアスの右手を握り締めたまま放さずに阻止した。握手はさせなかったが、父親が「座りなさい」と言うのには渋々従う。
「特効薬の件も、元々研究していたのは兄です。僕はその研究を引き継いだだけ。兄は聡明で心が優しく、ギルベルトのことを本当に愛しています」
「俺もエリーアスを愛している。引き離すつもりなら、誰であろうと許さない」
「そんなに攻撃的にならないでください。穏やかに話しましょう」
ユストゥスもエリーアスも理知的に話を進めようとしているが、ギルベルトは父親に関しても兄弟に関しても警戒心しかなかった。少しでも反対するそぶりを見せれば、怒鳴り付けて戦うつもりがあった。
「小さな頃から大人しい子だった。その大人しさに甘えてしまって、私はギルベルトに碌に構わないままで戦場に出してしまった。自分の至らなさを深く反省している」
「別に謝ってほしいわけではないし、悔恨を聞いたところで過去が変わるわけでもない」
バッサリと切り捨てるギルベルトに、エリーアスが手を握ったままで淡く微笑む。
「ギルベルトのことは、幸せにします」
「至らない親の私が何を言っても白々しいかもしれないが、ギルベルトの幸せだけを願っている。どうか、ギルベルトをよろしく頼む」
深々と頭を下げた父親の髪に白髪が混じって、頭頂部が薄くなり始めているのを見て、ギルベルトはこのひとも年を取ったのだと実感する。それ以上の感慨はなかったが、エリーアスも頭を下げているのには泣きそうな気分になる。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「アードラー家とは関わりを持つ気はないからな」
「それでもいい。どこかでお前が幸せに暮らしているのならば」
呆気ないほどあっさりと挨拶は終わってしまった。ユストゥスとエリーアスを電気自動車に乗せて帰る車内で、ギルベルトは驚きを隠せなかった。
「体面を大事にするあのひとたちが、あっさり許すとは思わなかった」
「私が前線の基地に召集されたときもあなたのお兄さんと弟さんに泣き付かれたのですよ」
「その話もあまり信じてなかった」
これまでのことがあるから父親も兄弟も信用できないし、アードラー家と関わりを持つ気がないことをギルベルトが告げると、ユストゥスが苦笑する。
「許せないことは許せなくていいんじゃないかな。僕も兄さんからギルベルトの家族の話は聞いているけれど、嫌なことがたくさんあったみたいだしね」
「私たちは私たちで幸せになれば、それでいいんじゃないでしょうか」
ユストゥスの言葉もエリーアスの言葉も、ギルベルトには納得できるもので、ギルベルトは小さく頷いた。
その日の午後にギルベルトとエリーアスは近くの小さな教会に行った。簡単な結婚式を挙げられるか神父に相談するつもりだったのだ。
「二人だけ……いや、ユストゥスは来るか。二人と参列者一人の小さな式を挙げたいんです。お願いできますか?」
「神の御前で全てのひとが祝福される、それがこの教会です」
「よろしくお願いします」
衣装もブーケも自分たちで用意することになったが、堅苦しいことは考えずに、今着ている三つ揃えのスーツでいいことにする。結婚式の日取りを決めて、ギルベルトはエリーアスと一緒に家に戻った。
晩ご飯を食べてシャワーを浴びると、エリーアスを寝室に運んで、ギルベルトも手早く洗って寝室に入る。先にベッドに横たわっているエリーアスの胸にギルベルトが顔を埋めると、エリーアスが右手でギルベルトの金色の髪を撫でた。
「結婚の書類も役所に提出しなければいけませんね」
「そうだった。式を挙げたら終わりじゃなかった」
結婚式を挙げたら結婚できる気になっていたギルベルトに、エリーアスがくすくすと笑い声をあげる。落ち着いたエリーアスが声を上げて笑うのは珍しくて、ギルベルトはエリーアスの顔をじっと見つめてしまった。
「どうしました?」
「笑ったなと思って」
「私だって笑いますよ」
その表情が『愛してる』という以前よりもずっと柔らかくなっていることにエリーアスは気付いているのだろうか。いつかいなくなるかもしれないという不安を抱えていたエリーアスにとっては、ギルベルトが生涯傍にいると誓うことはそれだけ緊張感を解くことなのかもしれない。
「エリーアス、愛してる」
「ギルベルト、私も」
口付けると、エリーアスが目を閉じて口付けを受けてくれる。舌を絡める深い口付けに下半身も反応しそうになって、ギルベルトは顔を離して、エリーアスの胸に顔を埋めた。
「ギルベルト、あなた、あれ以来私を抱きませんね」
プロポーズが失敗して、関係が完全に決裂したと絶望した日から、ギルベルトはエリーアスのことを抱いていない。抱きたい気持ちはものすごくあるのだが、ギルベルトはそれにブレーキをかけていた。
「結婚してから、ちゃんとしたい」
「今更、ですか?」
「今更かもしれないけど、形式は大事なものだろう?」
肉体関係を持つのは結婚してから。
それまでの肉体関係をエリーアスが性欲処理と認識していたのならば、それを塗り替えるような結婚初夜を迎えたい。
ギルベルトが恥ずかし気にそのことを告げると、エリーアスに笑われてしまう。
「いいですよ。結婚初夜がどのようなものか、期待しておけばいいんですね?」
「エリーアス、大事にする。どんなお姫様よりも大切にする」
真剣に言ったはずなのに、ギルベルトの言葉にエリーアスはますます笑い声をあげて身を捩っている。
「私がお姫様なんて、ないですよ」
「俺にとってはお姫様だ」
「あなたよりもずっと体格がいいんですよ?」
「そんなの関係ない。エリーアスは美しい俺のお姫様だ」
言えば言うほど笑われてしまって、ギルベルトは不満そうに唇を尖らせてエリーアスの胸に顔を埋めていた。
翌日は霧のように細雪の降る冷たく寒い日だったが、エリーアスとギルベルトは役所に行って二人で結婚の書類を提出した。不備もなく書類は受理されて、エリーアスとギルベルトは正式な夫婦となった。
「ギルベルトは知らないかもしれませんが、成人した大人は両者の同意があれば、周囲がどれだけ反対しようと結婚できるんですよ」
「そうなのか!?」
アードラー家の父親に認められなければ、書類すら改ざんされるような気分でいたが、軍の将軍であろうともそこまでの権限はない。単純に書類を出せば結婚できたのだと知って、ギルベルトは自分が悩んでいたことはなんだったのかと頭を抱えた。
「私は嬉しかったですけどね。あなたが嫌な相手に対峙してまで私と結婚したかったというのが分かったんですからね」
「エリさんは嬉しかったのか」
「嬉しかったですよ」
自分の勘違いは恥ずかしかったが、エリーアスが嬉しかったのならばそれでいい。そう思うギルベルトだった。
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