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後編
10.幻想は砕かれた
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エリーアスと結婚するのならば軍の将軍であり、ギルベルトの父親であるアードラー家の当主と話し合いの場を設けなければいけない。
その場にエリーアスがいないのは不自然な気がして、ギルベルトはエリーアスに同席してもらうようにお願いをしようと考えていた。
エリーアスが仕事を終えて研究所から帰る車内でも、ずっとそのことばかりを考えていた。
晩ご飯を作ってエリーアスと食べて、シャワーを浴びて、いつもならばそのまま寝室にエリーアスを抱き上げて連れて行くのだが、ギルベルトはその日、エリーアスをリビングのソファに座らせて、自分も手早くシャワーを済ませて、エリーアスと向き合っていた。
大事な話があるのだろうとエリーアスもソファに腰かけて待っていてくれる。義手と義足は外していたので、真っすぐ座るのが若干きついのか、ソファに横たわるような形になっているエリーアスに、抱きたい気持ちが込み上げてくるが、今は欲望を優先させているときではない。ギルベルトは真剣な眼差しでエリーアスを見た。バスローブが乱れていて白い胸がチラ見しているのが気になって仕方がないが、それからは目を反らす。
「俺の父親に会ってほしいんだ」
「何でですか?」
「絶対にエリーアスとのことに関して文句は言わせないし、不快な気持ちにはさせない。俺が守る」
「いや、だから、何で私がギルベルトのお父さんと会わなければいけないんですか?」
直接的に言わなければ通じないと理解して、ギルベルトはエリーアスに告げた。
「エリーアスとの結婚を認めてもらうためだ」
「はぁ?」
「俺はエリーアスと結婚するつもりだ。生涯エリーアスの傍にいて、エリーアスと共に生きるつもりだ」
最高のプロポーズだとギルベルトは考えていた。完璧にエリーアスの心を掴んだと考えていたのに、エリーアスの表情が優れない。
「責任を取るというのは、そういう意味だったんですか?」
「そういう意味とは?」
「私の左腕と左脚がなくなったのは、ギルベルトのせいではないのですよ。だから、私と結婚しようなんてことを考えなくていいのです」
完璧なプロポーズだったつもりなのに、エリーアスには何も通じていない。これ以上どういえば通じるのか分からなくて、ギルベルトは内心焦っていた。
「そういうことじゃない。俺がエリーアスと暮らしたいんだ」
「そこまで考えていただく必要はありません。確かに、あなたとの暮らしで私は楽をさせてもらっていますが、あなたがいなくても、私は一人で暮らせます」
「エリーアス?」
「そういうつもりだったんなら、同居は解消しましょう。私はあなたを縛るつもりなんてなかったんですよ」
やっと名前で呼んでくれるようになったのに、エリーアスは冷たくギルベルトのことを「あなた」と呼んでいる。どうして態度が変わってしまったのか理由が分からないギルベルトに、エリーアスはソファに身を起こした。
「荷物を運んだりする必要があるでしょうから、車は自由に使ってください。今夜は私がソファで寝るので、あなたはベッドを使っていいです」
「どうして? 俺の気持ちが分からないのか?」
「全く理解できません」
冷徹なまでに言い切られてギルベルトはエリーアスに詰め寄っていた。左腕と左脚のないエリーアスは、体格の差があってもギルベルトに片手で押し倒されてしまう。
「キスもした。体も交わした。俺のことを受け入れてくれたと思ってたのに、どうして?」
「お互いに気持ちよかったからしていただけでしょう? あなたにとっては最初からこの行為は性欲処理だった」
「最初はそうだったかもしれないけど、今は違う!」
「違いません。あなたは勘違いしているだけなんですよ」
ソファの上に押し倒されてもどこまでも冷静なエリーアスにギルベルトはぼろぼろと涙を零していた。身体を交わし、心も通い合ったと思っていたのはギルベルトだけだったのだろうか。
「抱いてもいいですけど、私の気持ちは変わりませんよ」
それが止めだった。
エリーアスの言葉にギルベルトはキリンのぬいぐるみを抱いて家を出て行く。行く宛もなく街灯の灯の下をふらふらと彷徨うギルベルト。暗い空からは霧雨が小雪に変わって降ってきていた。
キリンのぬいぐるみを濡らしたくなくて、ギルベルトは携帯端末でタクシーを手配して乗り込んだ。乗り込んだはいいのだが、行き先が分からない。どこに行けばいいのか分からずにいると、自動運転のタクシーから機械音で「行き先を入力してください」と促される。
涙が止まらないままで行く場所もなく、キリンのぬいぐるみを抱えたギルベルトは、どうしようもなくアードラー家の住所を入力していた。
路上で寝ると宣言したエリーアスとの同居初日。あのときにエリーアスはギルベルトに同情して家の中に入れてくれたのだろうか。
これまでの関係も全てエリーアスの優しさでしかなくて、浮かれて愛されていると思っていたのは自分だけだったのだろうか。
アードラー家に戻って来たギルベルトを、ゲレオンとグンターは迎え入れてくれた。
「そのキリンのぬいぐるみはなんなんだ?」
「兄さんはキリンが好きなのか?」
捨てられると強く抱き締めたキリンのぬいぐるみを、ゲレオンとグンターは奇異の目で見てはいたが、取り上げたりはしなかった。客間に通されてギルベルトはベッドに倒れ込む。
愛されているという事実すら、全て幻想だった。
ギルベルトだけがエリーアスを好きで、エリーアスはギルベルトが義務感で世話をしていると思い込んでいた。抱くときにもあんなに優しく大事にしたのに、エリーアスは性欲処理としか思っていなくて、ギルベルトだけがエリーアスに受け入れられていると勘違いしていた。
「エリーアス……なんで……」
自分から家を出たにも関わらず、エリーアスが恋しくて堪らない。エリーアスがいないのならば、自分の存在などどうでもいいくらいにギルベルトはエリーアスに惚れて溺れ切っていた。
止まらない涙が頬を伝って流れ落ちて行く。抱きしめているキリンのぬいぐるみがなければ、ギルベルトは荒れ狂って部屋中を破壊していたかもしれない。
「エリーアス……エリーアス」
カウンセラーとの面談にも同席させてくれた。パートナーというのは否定していたが、ただの照れ隠しだとギルベルトは思っていた。本当にエリーアスの気持ちが少しもなかったのだったら、ギルベルトにあんなにも優しくできただろうか。
気付いていないだけでエリーアスもギルベルトを思ってくれていたはずだ。
それを少し前までは完全に信じることができていたが、エリーアスの冷たい態度を見た後では幻想だったのかもしれないと思ってしまう。
「あの元軍医がなにかしたのか?」
「兄さん、何があったんだ?」
心配して部屋を覗き込んでくるゲレオンとグンターに何も話す気になれない。自分の中で崩れてしまったエリーアスの愛について、ゲレオンとグンターに話したところで何かが変わることはない。
「放っておいてくれ」
手榴弾の爆発で左腕と左脚を失っていたのが、ギルベルトの方ならよかったとまでギルベルトは思い詰めていた。そうだったなら、エリーアスは責任を感じてギルベルトを放っておけなかったかもしれない。
結婚の申し出も受け取ってくれたかもしれない。
ドアの隙間から覗き込むゲレオンとグンターの視線が鬱陶しくて、ギルベルトはドアに向かって枕を思い切り投げた。枕が破けて部屋中に羽が飛び散る。
「俺に近寄るな! 俺を見るな!」
ゲレオンとグンターに泣き付くつもりも、話をするつもりもなかった。ただ一人、ギルベルトが心を許して話ができるのは、エリーアスだけで、そのエリーアスに拒まれてしまった今、ギルベルトは自分のことをいらないと思うくらいに落ち込んでいた。
エリーアスの愛してくれない自分ならばいらない。
戦争は終わっていたが、まだ紛争の残る地帯はあったはずだ。
積極的に死にたいとは思わなかったが、ギルベルトは自分の命がどうなっても構わない気持ちになっていた。
紛争地帯の部隊に志願すれば出陣できるかもしれない。
エリーアスのいない自分なら必要ない。
どこかで野垂れ死ぬのがお似合いだ。
軍の将軍である父親に対面して話すことは変わってしまったが、ギルベルトは紛争地帯への志願を本気で考え始めていた。
その場にエリーアスがいないのは不自然な気がして、ギルベルトはエリーアスに同席してもらうようにお願いをしようと考えていた。
エリーアスが仕事を終えて研究所から帰る車内でも、ずっとそのことばかりを考えていた。
晩ご飯を作ってエリーアスと食べて、シャワーを浴びて、いつもならばそのまま寝室にエリーアスを抱き上げて連れて行くのだが、ギルベルトはその日、エリーアスをリビングのソファに座らせて、自分も手早くシャワーを済ませて、エリーアスと向き合っていた。
大事な話があるのだろうとエリーアスもソファに腰かけて待っていてくれる。義手と義足は外していたので、真っすぐ座るのが若干きついのか、ソファに横たわるような形になっているエリーアスに、抱きたい気持ちが込み上げてくるが、今は欲望を優先させているときではない。ギルベルトは真剣な眼差しでエリーアスを見た。バスローブが乱れていて白い胸がチラ見しているのが気になって仕方がないが、それからは目を反らす。
「俺の父親に会ってほしいんだ」
「何でですか?」
「絶対にエリーアスとのことに関して文句は言わせないし、不快な気持ちにはさせない。俺が守る」
「いや、だから、何で私がギルベルトのお父さんと会わなければいけないんですか?」
直接的に言わなければ通じないと理解して、ギルベルトはエリーアスに告げた。
「エリーアスとの結婚を認めてもらうためだ」
「はぁ?」
「俺はエリーアスと結婚するつもりだ。生涯エリーアスの傍にいて、エリーアスと共に生きるつもりだ」
最高のプロポーズだとギルベルトは考えていた。完璧にエリーアスの心を掴んだと考えていたのに、エリーアスの表情が優れない。
「責任を取るというのは、そういう意味だったんですか?」
「そういう意味とは?」
「私の左腕と左脚がなくなったのは、ギルベルトのせいではないのですよ。だから、私と結婚しようなんてことを考えなくていいのです」
完璧なプロポーズだったつもりなのに、エリーアスには何も通じていない。これ以上どういえば通じるのか分からなくて、ギルベルトは内心焦っていた。
「そういうことじゃない。俺がエリーアスと暮らしたいんだ」
「そこまで考えていただく必要はありません。確かに、あなたとの暮らしで私は楽をさせてもらっていますが、あなたがいなくても、私は一人で暮らせます」
「エリーアス?」
「そういうつもりだったんなら、同居は解消しましょう。私はあなたを縛るつもりなんてなかったんですよ」
やっと名前で呼んでくれるようになったのに、エリーアスは冷たくギルベルトのことを「あなた」と呼んでいる。どうして態度が変わってしまったのか理由が分からないギルベルトに、エリーアスはソファに身を起こした。
「荷物を運んだりする必要があるでしょうから、車は自由に使ってください。今夜は私がソファで寝るので、あなたはベッドを使っていいです」
「どうして? 俺の気持ちが分からないのか?」
「全く理解できません」
冷徹なまでに言い切られてギルベルトはエリーアスに詰め寄っていた。左腕と左脚のないエリーアスは、体格の差があってもギルベルトに片手で押し倒されてしまう。
「キスもした。体も交わした。俺のことを受け入れてくれたと思ってたのに、どうして?」
「お互いに気持ちよかったからしていただけでしょう? あなたにとっては最初からこの行為は性欲処理だった」
「最初はそうだったかもしれないけど、今は違う!」
「違いません。あなたは勘違いしているだけなんですよ」
ソファの上に押し倒されてもどこまでも冷静なエリーアスにギルベルトはぼろぼろと涙を零していた。身体を交わし、心も通い合ったと思っていたのはギルベルトだけだったのだろうか。
「抱いてもいいですけど、私の気持ちは変わりませんよ」
それが止めだった。
エリーアスの言葉にギルベルトはキリンのぬいぐるみを抱いて家を出て行く。行く宛もなく街灯の灯の下をふらふらと彷徨うギルベルト。暗い空からは霧雨が小雪に変わって降ってきていた。
キリンのぬいぐるみを濡らしたくなくて、ギルベルトは携帯端末でタクシーを手配して乗り込んだ。乗り込んだはいいのだが、行き先が分からない。どこに行けばいいのか分からずにいると、自動運転のタクシーから機械音で「行き先を入力してください」と促される。
涙が止まらないままで行く場所もなく、キリンのぬいぐるみを抱えたギルベルトは、どうしようもなくアードラー家の住所を入力していた。
路上で寝ると宣言したエリーアスとの同居初日。あのときにエリーアスはギルベルトに同情して家の中に入れてくれたのだろうか。
これまでの関係も全てエリーアスの優しさでしかなくて、浮かれて愛されていると思っていたのは自分だけだったのだろうか。
アードラー家に戻って来たギルベルトを、ゲレオンとグンターは迎え入れてくれた。
「そのキリンのぬいぐるみはなんなんだ?」
「兄さんはキリンが好きなのか?」
捨てられると強く抱き締めたキリンのぬいぐるみを、ゲレオンとグンターは奇異の目で見てはいたが、取り上げたりはしなかった。客間に通されてギルベルトはベッドに倒れ込む。
愛されているという事実すら、全て幻想だった。
ギルベルトだけがエリーアスを好きで、エリーアスはギルベルトが義務感で世話をしていると思い込んでいた。抱くときにもあんなに優しく大事にしたのに、エリーアスは性欲処理としか思っていなくて、ギルベルトだけがエリーアスに受け入れられていると勘違いしていた。
「エリーアス……なんで……」
自分から家を出たにも関わらず、エリーアスが恋しくて堪らない。エリーアスがいないのならば、自分の存在などどうでもいいくらいにギルベルトはエリーアスに惚れて溺れ切っていた。
止まらない涙が頬を伝って流れ落ちて行く。抱きしめているキリンのぬいぐるみがなければ、ギルベルトは荒れ狂って部屋中を破壊していたかもしれない。
「エリーアス……エリーアス」
カウンセラーとの面談にも同席させてくれた。パートナーというのは否定していたが、ただの照れ隠しだとギルベルトは思っていた。本当にエリーアスの気持ちが少しもなかったのだったら、ギルベルトにあんなにも優しくできただろうか。
気付いていないだけでエリーアスもギルベルトを思ってくれていたはずだ。
それを少し前までは完全に信じることができていたが、エリーアスの冷たい態度を見た後では幻想だったのかもしれないと思ってしまう。
「あの元軍医がなにかしたのか?」
「兄さん、何があったんだ?」
心配して部屋を覗き込んでくるゲレオンとグンターに何も話す気になれない。自分の中で崩れてしまったエリーアスの愛について、ゲレオンとグンターに話したところで何かが変わることはない。
「放っておいてくれ」
手榴弾の爆発で左腕と左脚を失っていたのが、ギルベルトの方ならよかったとまでギルベルトは思い詰めていた。そうだったなら、エリーアスは責任を感じてギルベルトを放っておけなかったかもしれない。
結婚の申し出も受け取ってくれたかもしれない。
ドアの隙間から覗き込むゲレオンとグンターの視線が鬱陶しくて、ギルベルトはドアに向かって枕を思い切り投げた。枕が破けて部屋中に羽が飛び散る。
「俺に近寄るな! 俺を見るな!」
ゲレオンとグンターに泣き付くつもりも、話をするつもりもなかった。ただ一人、ギルベルトが心を許して話ができるのは、エリーアスだけで、そのエリーアスに拒まれてしまった今、ギルベルトは自分のことをいらないと思うくらいに落ち込んでいた。
エリーアスの愛してくれない自分ならばいらない。
戦争は終わっていたが、まだ紛争の残る地帯はあったはずだ。
積極的に死にたいとは思わなかったが、ギルベルトは自分の命がどうなっても構わない気持ちになっていた。
紛争地帯の部隊に志願すれば出陣できるかもしれない。
エリーアスのいない自分なら必要ない。
どこかで野垂れ死ぬのがお似合いだ。
軍の将軍である父親に対面して話すことは変わってしまったが、ギルベルトは紛争地帯への志願を本気で考え始めていた。
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