愛の言葉に傾く天秤

秋月真鳥

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後編

8.アードラー家からの使い

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 キリンの自立するぬいぐるみだけでなく、ギルベルトは革製の立体的なキリンのキーホルダーも買った。キリンの柄のエコバッグも買った。キリンの描かれたシャツも買った。どれに対してもエリーアスは全く反対しなかった。
 キリンの描かれたシャツを着てご機嫌で車庫で電気自動車を洗っているところに、黒塗りの高級車が家の前に乗り付けてきて、ギルベルトは眉間に皺を寄せた。いつかは来ると思っていたが、ギルベルトの兄弟たちがやってきたのだ。
 僅かでもエリーアスの負担になりたくはなかったから、ギルベルトは家の中のエリーアスに出かけてくる旨を伝えて、黒塗りの高級車に乗り込んだ。
 母親似のギルベルトとは違って、赤い髪に緑の目の兄のゲレオンと弟のグンターは、ギルベルトを見て涙ぐんでいる。

「さっさと車を出せ。周囲に見られたら困る」
「兄さん、アードラー家に帰って来てくれるのか?」
「帰るわけないだろう」
「アードラー家でお茶にしよう」

 静かに走り出した黒塗りの高級車の中で、ギルベルトはキリンの描かれたシャツを着て、高級なスーツ姿のゲレオンとグンターと共にアードラー家に連れて行かれたのだった。
 庭から屋敷まで車で移動する程度の敷地はあって、屋敷自体も非常に広いアードラー家だが、ギルベルトはいい思い出がなかったのでどんなところだったかほとんど覚えていなかった。悪趣味なシャンデリアの下がる応接室でお茶を出されても、エリーアスがいないので飲む気にもならない。

「兄さんを庇った元軍医に責任を感じて一緒に暮らしていると聞いていたんだ」
「元軍医にはハウスキーパーを雇うから、ギルベルトはこの屋敷に戻ってくるといい」

 勝手な言い草だが、英雄として有名になってしまったギルベルトをアードラー家に戻さなければグンターとゲレオンの体面が保てないのだろう。

「俺は好きでやっている。あのひとと暮らすことが俺の幸せなんだ」

 ぬいぐるみを欲しがっても、キリンのキーホルダーを買っても、キリンのエコバッグを使っても、キリンのシャツを着ても、エリーアスはギルベルトの好きなようにさせてくれる。自由に暮らすことを認められるというのがどれだけ楽で幸せなことなのか、エリーアスはギルベルトに教えてくれた。

「ギルベルトが……幸せと言っている……」
「兄さんは、自分の命を価値がないものとは思っていないんだね?」

 驚き絶句しているゲレオンと、身を乗り出して問いかけるグンター。ギルベルトが自分の命をどう思っていてもゲレオンとグンターには関係ないのだが、それでエリーアスとの仲が邪魔されないのならばエリーアスの言葉を借りることにする。

「どんな命も尊重されなければいけない。そのことをあのひとは教えてくれた」
「兄さんが生きる意欲を取り戻してる!」
「ギルベルト……良かった……」

 涙ながらに言われても、ギルベルトはゲレオンとグンターに対して、演技が上手だという感想しか持てなかった。誰も見ていないのにこんな風に泣いてまでアードラー家がギルベルトを無碍にしていないという事実を示すことが大事なのか。
 過去の出来事もあるのでギルベルトはゲレオンとグンターに対していい感情は抱いていなかった。兄弟として、二人はアードラー家で必要とされているのだから幸せに暮らせばいい。ギルベルトの幸せを邪魔しないでくれればそれで構わない。

「帰ってもいいか?」

 茶番に付き合わされるのも疲れるのでギルベルトがお茶にも茶菓子にも手をつけずに立ち上がると、ゲレオンとグンターはギルベルトに紙袋を持たせた。

「元軍医と食べてくれ」
「兄さんが幸せなら、俺たちはそれでいいんだ。兄さんが生きる意欲を取り戻してくれて良かった」

 アードラー家からもらったものをエリーアスと食べたいとは思わなかったが、中身は有名な洋菓子店の焼き菓子のようで、エリーアスが甘いものが好きなのが過って、ギルベルトは受け取ってしまった。
 黒塗りの高級車でエリーアスの家まで送り届けられて、「ギルベルトをお願いしますと挨拶する」というゲレオンとグンターを押し留めて帰らせて、ギルベルトは疲れた顔でエリーアスの元に戻った。
 朝からソファで論文に目を通していたエリーアスは、ほとんど体勢を変えずにソファに座ったままだった。

「お帰りなさい。アードラー家からのお迎えだったのでは?」
「俺を迎えに来るはずがない」
「そうですか?」
「これはエリさんと食べてくれともらった」

 有名な洋菓子店の焼き菓子の箱が入った紙袋を覗き込んで、エリーアスが首を傾げる。

「私にですか? 普通、追い払うのでは?」
「もしかして、毒が入っているとか!?」
「それなら、一緒に食べろとは言いませんよね」

 警戒してしまうギルベルトに、エリーアスはどこまでも冷静だった。
 ソファに座ってローテーブルの上に置いた焼き菓子の箱を睨んでいると、エリーアスが立ち上がってキッチンに向かう。薬缶でお湯を沸かしてお茶を淹れてくれたエリーアスに、ギルベルトは礼を言って受け取った。

「ありがとう。エリさんのお茶だ」
「もっといいお茶がアードラー家で出たのではないですか?」
「飲みたくなかったから飲まなかった」
「そうですか……。お昼前ですけど、ちょっと摘まみますか?」

 有名な洋菓子店の焼き菓子に興味津々のエリーアスの姿は可愛いので、焼き菓子に罪はないとしてギルベルトは箱を開けた。中にはマドレーヌやフィナンシェやクッキーやシガークッキーが入っている。
 お茶を飲みながら焼き菓子を摘まむエリーアスはにこにこしていて、受け取らないと言わずに持って帰ってきたことをギルベルトはよかったと思っていた。
 お昼前におやつを食べてしまったので、昼は軽くサンドイッチで済ませる。エリーアスが淹れてくれたコーヒーにミルクをたっぷり入れて、ギルベルトはサンドイッチを頬張った。

「すっかりあなたも料理上手になりましたね」
「簡単なものしか作ってないぞ」
「私は料理自体が面倒ですから、簡単じゃないですよ」

 料理を作ることに関してもエリーアスはギルベルトを評価してくれている。幸福な気分に満たされてギルベルトはエリーアスのソファの隣りに座って、キリンのぬいぐるみを抱きながら夕食のメニューを考えていた。
 ピーマンの肉詰めとスープとサラダとパンの夕食を作ると、エリーアスは「美味しい」と言って食べてくれた。
 食べ終わってエリーアスの義手と義足を外すのを手伝って、ギルベルトはエリーアスを膝に抱いてシャワーを浴びる。エリーアスの身体を洗うのも、髪を洗うのも慣れてしまった。
 シャワーを浴び終えたエリーアスの身体を拭いて、バスローブを纏わせて、寝室に行く。搬入の終わったキングサイズのベッドが組み立てられていて、エリーアスの身体をそこに横たえると、ギルベルトは自分がまだ身体と髪を洗っていないのに、我慢ができなくなっていた。

「エリーアス……いいだろう?」
「あなた、まだ洗ってないんじゃないですか?」
「汚いかな?」

 シャワーのお湯で流してはいたがボディソープやシャンプーで身体と髪を洗っていないギルベルト。エリーアスが気にするのかと見つめていると、バスローブをはだけて緩く脚を広げられる。

「いいですけど、後でちゃんと洗ってくださいね」

 受け入れられた喜びにギルベルトはエリーアスの脚の間に身体を滑り込ませていた。左脚は膝から先がないのだが、そのことは気にならない。バスローブを脱がせると兆しかけているエリーアスの中心が気になった。
 基地にいた頃に一度だけエリーアスはそこを口で慰めてくれたことがあった。後孔に直に放つとお腹を下してしまうということだったので、エリーアスがギルベルトの精液を飲んでしまったことにギルベルトは動揺したが、ただのたんぱく質なので大丈夫だとエリーアスは言っていた。
 ローションを後孔に塗り込めながらも、ギルベルトはエリーアスの中心の先端に舌を這わせてみる。しょっぱいような妙な味がしたが、エリーアスのものだと思うとそれほど気にならない。

「ちょっと、あっ!? きたない……」
「汚くないよ。エリーアスもしてくれただろう」

 後ろに指を差し込みながら先端を咥えると、エリーアスが甘い声を漏らす。

「どうじっ、だめぇ!」

 ダメと言いつつもエリーアスが快楽に蕩けているのが分かって、ぐりぐりと悦い場所を指で刺激しながら深く咥え込むと、エリーアスの中心の質量が増してくる。

「あぁっ! でるっ! ダメッ! でちゃうぅ!」

 出されても平気だというつもりで甘苦い雫を飲み込み吸い上げると、エリーアスの中心がギルベルトの口の中で弾ける。喉に直接放たれて味わわずに飲み込もうとするギルベルトを、エリーアスが慌てて止める。

「の、飲まないで」
「飲んだ……」
「な、なんで飲むんですか!?」

 ごくりと喉を鳴らして飲み込んでから答えると、エリーアスが右手でギルベルトの頬を撫でる。

「気持ち悪くなかったですか?」
「エリーアスも飲んでくれただろう。俺もしたかった」

 誇らしげに言うとエリーアスに顔を顰められる。どうしてそんな顔をしているのか分からないが、後ろに差し込んだ指を動かすと、エリーアスが締め付けてくる。指を引き抜いて膝の上に抱き上げると、エリーアスは左脚の膝から先がないからバランスがとりづらいようだった。
 ギルベルトが腕で支えていると、エリーアスが右腕をギルベルトの首に絡めてくる。避妊具を被せたギルベルトの中心をエリーアスの後孔に宛がうと、エリーアスがゆっくりと腰を落としてきた。

「エリーアス、気持ちいい……中、熱くて締め付けて……」
「もう、だまってください」

 唇を塞がれて、ギルベルトはエリーアスを下から突き上げながら口付けを交わして抱き合っていた。
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