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番外編 暗黒教団を迎撃せよ!
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昏い、昏い闇に覆われた空間。そこに集まる者達は異様な雰囲気を漂わせている。
「……やつは絶対に手を出してはならないモノに手を出した」
一人の神官が告げる。本来なら清廉を身に纏う白い服を纏うはずの神官だが、彼等は皆一様に黒い神官服を身に纏っていた。
かつて魔王と勇者を殺し、邪神を滅ぼしただけでは飽き足らず、戦乱の時代を暗躍して蹂躙し尽した世界最悪の集団、暗黒教団。
そのトップであるミスト・フローディアとトール・シノミヤを除く幹部全員が集まり、深刻に話し合いが続く。
「どうする?」
「もはや殺すしかあるまい」
「しかし、やつの力は強大っす。しかも警戒心も強い。暗殺は困難っすよ」
「問題ない。如何にやつとはいえ、我々幹部全員が力を持ってすれば――チャンスはあるはずだ」
世界中から恐れられている組織の幹部達。彼等ですら恐れる一人の男がいた。しかもその男の行動は下手をすれば、暗黒教団すら壊滅に陥らせるほど凶悪な代物なのだ。
「これは諜報部隊を使って独自に得た情報だ。見てくれ」
進行役の幹部は一枚の紙を全員に見せる。
「こ、これは……」
「まさか……まさか!」
「ヤ、ヤベェ! もう一刻の猶予もねえじゃねえか!」
この危険人物がとある宝石店で真剣な表情をしている写真がそこにはあった。世界トップクラスの超高級店だが、この男なら十分手にする資格があるだろう。
だからこそ不味い。幹部達は一瞬だけ瞳を閉じ、そして告げる。
「この戦いに俺は、命賭けるぜ」
「俺もだ」
「俺もっす」
ミストを慕い、ミストに憧れた男達は、己の居場所を守るために決断した。進行役の幹部が周りを見渡し、その瞳に映る決意を見て頷く。
「よく言ってくれた。それではこれより我らが女神ミスト・フローディアを守るため、例え最後の一人となっても戦い抜こう……あの一人で抜け駆けしまくってミスト様と最近イチャイチャしまくってるクサレ暗黒神官長をぶっ殺そう!」
「「「イエァ!」」」
「これは嫉妬などではない! 聖戦である! 我らが女神ミストを守ろう!」
「「「イエァ!」」」
「ミストちゃん可愛い!」
「「「可愛い!」」」
「ミストちゃん可愛い!」
「「「可愛い!」」」
「ミストちゃんは?」
「「「我らが女神! イエェェェェ!!!」」」
昏い闇を吹き飛ばす程の勢いで幹部達が立ち上がる。最近ミスト様から一番信頼を受けてるからってイチャイチャしているしているあの男――暗黒神官長トールを打ち倒す為、彼等は命を燃やす事を決意した。
暗黒教団神官長トールはこの日、休暇を取ってとある場所へと向かっていた。
魔王と勇者を倒し、邪神も滅ぼした。先日ミストを嫁にするとか調子に乗っていた帝国の皇帝をボコボコにして潰した。ようやく大陸が統一され、彼の周辺も落ち着きを見せ始めたので、彼はかねてより秘めていた計画を実行することにしたのだ。
目的の店に到着したトール、その中へと入っていく。並の貴族ですら手が出ない程の高級志向に拘った、大陸最高の宝石店。
当然店内にいるのは大陸有数の貴族や商人ばかりだが、それでもトールという現在統一国家となったフローディア王国のナンバー2の登場に騒めきだした。
「店主、すまないが人払いを頼む」
「これはこれはトール様! わざわざ来店して頂き、申し訳ありません。貴方様のためならばいくらでも店を閉めましょう!」
「俺の都合だ。まさか城で話をして勘付かれるわけにはいかないからな」
こればかりは絶対にバレる訳にはいかない。サプライズで一気に決め、押し切るつもりなのだ。先手必勝、考える隙は与えない。
別室に案内されたトールは、最高級のソファに身を沈め、店主と向かい合う。
「ミスト様へ指輪のプレゼント。そして愛の告白。男らしいではありませんか」
「もう出来ているな?」
「はい、間違いなく歴史上最高クラスの宝石と装飾技術で作られた最高の逸品ですとも」
そうして取り出されたのは、ミストの髪と瞳を意識したゴールドカラーをベースに、不純物を除いた最高品質のダイヤが取り付けられた指輪。トールはこれを持って、ミストへ愛の告白をするつもりだった。
「素晴らしい」
これを渡した時、ミストはどんな表情をしてくれるだろうか? 笑うだろうか? 驚くだろうか? もしかしたら怒るかもしれない。それを想像しただけで心が弾む。
最近は戦いが落ち着き、内政に興味を持ちだしたミスト。そのせいか、これまでのようなギラついた性格は鳴りを潜め、少し大人びてきた。初めて出会った時よりも女性らしい身体つきになり、縁談話もうるさいほど入って来る。
もっとも、全てトールの権限で握り潰しているが。
「では店主。代金は後程持ってこさせる」
「お気に召したようで良かったです。それでは、吉報をお待ちしておりますよ」
「ああ、任せておけ」
そう言って店を出た瞬間、トールの周囲が不自然に歪み、視界がぶれ始めた。この現象をトールは知っている。
「ちっ、転移魔術か!」
そうと気付いた瞬間、トールは見覚えのない荒野へと飛ばされていた。凄まじい早業。とてつもない技量の持ち主が相手だと、一気に警戒心を強める。
そうして目の前の相手を見て――
「……何してんだお前ら?」
思わずそう呟いてしまう。何せこの世界でミストを除けば最も長く付き合って来た、暗黒教団の幹部達百人が勢揃いしていたのだ。警戒していた分、思わず力が抜けてしまうのも仕方がない事だろう。
ただし、妙に殺気立っておりただ事ではない雰囲気であるのは間違いなさそうだ。
「トール・シノミヤ。貴様は犯してはならない罪を犯した」
「はっ?」
「暗黒教団『ミストちゃんファンクラブ』のトップでありながら、その地位を私的に利用し女神と交流を深め、ついには愛を囁くようになった。間違いないな?」
「いや……地位を利用とかはしてねえけど……」
少なくともミストと話す分には利用していない。縁談話を潰すことには利用しているが。
ただ、幹部達の目的は分かった。どうやらミストを崇拝している彼等は、個人的に親しくしているトールが気に食わないらしい。
確かに、トールとて逆の立場であれば納得できない。彼等の気持ちが良くわかるトールは集団のトップとして、確かに落とし前を付けるべきだろう。ならばと思い、集団リンチくらいは覚悟する。
その考えが甘いものだと知るのは、すぐの事だったが。
「よって判決、死刑」
「……重すぎね?」
「むしろ軽すぎるということで意見は一致している」
死刑より重い判決とか怖い。そう思うトールだが、彼等の目は真剣だ。ゆえに、トール自身も真剣にならざる得ない。
「とはいえ、神官長としての貴様の働きは我らをして情状酌量の余地があると判断できる。ゆえに寛大な我らは赦しの道を用意した」
「……ほう」
ことミストに関しては下手な狂人よりも狂っている彼等から出された一本の細い道。流石のトールも幹部全員を相手に生き延びる自信はなく、彼等の提案を受け入れざる得ないと思っていた。
しかし――
「貴様が先ほど買った指輪。それを我らに渡せ。そして一神官として、ミスト様から離れて再度研鑽を積むのだ。それを持って赦しと――」
その幹部は最後まで言葉を発することは出来なかった。発する前に、とてつもない重力が身体を襲い、地面に潰されたからだ。
「おいテメエ等……言いたい事はそれだけか?」
トールの声には怒りが込められていた。それはかつての邪神と戦かったとき、もしくはミストを嫁にと言い切った帝国の皇帝を相手にしたときに近い怒りだ。
その姿を間近で見ていた幹部達は、トールの恐ろしさを思い出す。だがそれはすでに時遅し。
「俺から、ミスト様に離れろ、だと? おいおいおい! お前ら、誰に向かって何言ってんのかわかってんのかアアン!」
「っ! 全員防御結界!」
トールが腕を振るう。瞬間、魔王すら超える強大な魔力が幹部達を襲う。彼等とて百戦錬磨の怪物達。世界最強クラスの魔術師だ。だが、トールの魔力は彼等の結界をものともせず、結界ごと纏めて吹き飛ばした。
「なあ、なあ、なあ! お前らよぉ! 俺からミスト様を奪おうってのか? ええ、オラ何とか言ってみろよ! 俺から! ミスト様を! 奪おうって言ってのかって聞いてんだ!」
「ひっ」
幹部の一人があまりの恐ろしさに声を漏らす。かつて邪神にすら恐れず立ち向かった彼等だが、今のトールの怒りはミストへの思いすら塗りつぶしかねない恐怖を撒き散らしていた。
「答えやがれぇぇぇぇ!」
「「「うぁぁぁぁ」」」
爆発する魔力。形式化されていないただの魔力の放出だが、ただそれだけで幹部達は再び一斉に吹き飛ばされた。
「全員、戦闘開始! 目標は暗黒神官長トール! これまで戦って来た中でも最強の化物だ! 絶対に油断するうぁぁぁぁ!」
指揮を取ろうとした男がトールに蹴り飛ばされ、そのまま気絶する。
「ミスト様ミスト様ミスト様ミスト様ミスト様……」
「祈りは済んだか?」
「あ、あ、あ……助けて」
「断る」
神官の一人の頭を掴み、そのまま地面に叩き付ける。
「怯むな! 遠距離から絶えず魔術で攻撃だ!」
「「「オオオオオォォォォ!」」」
かつて邪神の終焉魔術を削ったように、様々な魔術が荒野に飛び交う。しかしトールはそれを防ぎ、躱し、迎撃し、一つ一つ的確に捌いていく。
そうして魔術の嵐を抜けたトールは、目を血走らせて神官達を蹴散らし始めた。
「オラオラオラオラオラ!」
「負けるな! ここで負けたら我らが女神が奪われる! それだけは、それだけはぁぁぁぁ!」
「お前ら全員倒さなきゃミスト様が手に入んねえってんならいくらでも倒してやるよぉぉぉぉ!」
男と男のぶつかり合い。それはかつての邪神との戦い以上の激しさで魔術が飛び交う戦場となった。
そうして数時間、途中から援軍と称してやってきた暗黒神官達、総勢一万人との戦いは荒野が更に荒廃するまで続き、最終的にトールの勝利として決着が着く事となった。
そして――夜。
本日の業務を終えたミストは、王城の城壁から街を見下ろしていた。空には満月が浮かび、月明かりが城下を照らしている。
この景色を見るのが好きだった。だからこの時間は邪魔されたくないと、護衛の人間も外している。ただ一人を除いて。
「ミスト様」
唯一その場にいる事を許された存在、トールは背後からミストを呼びかける。
「ん、その声はトールか。どうした? 今日は休暇のはずではなかったか?」
ミストは振り向き、そして怪訝そうな顔をする。
「……いや、本当にどうしたのだ? ボロボロでないか!」
「どうしても譲れない戦いがあり、勝利してきました。お見苦しい姿を見せてしまい申し訳ありません」
「……そ、そうか。お前程の者がそこまでなるのだ。よほど大切な戦いだったんだろうな」
「ええ、何者にも代えられない、とても大切な戦いでした」
そう言いつつ、トールはそっとミストの隣に立ち、街を見下ろす。トールはこの光景が好きだった。ミストと二人、ゼロから作り上げてきた大切な景色だ。
ミストが同じように街を見下ろす。二人は並び、無言で同じ景色を見ていた。
それからしばらくして、ミストが呆れたように呟く。
「全く、休暇の時にボロボロになって、しかもそんな身体でここまで来て、何がしたいのだお前は」
もっと早く戦いが終われば、着替える余裕もあった。だが暗黒教団『ミストちゃんファンクラブ』のメンバーはしぶとく、好戦的で、しかも増援を呼ばれたせいで更に全滅させるまでに時間がかかり、ギリギリの時間になってしまったのだ。
かと言って、この時間以外は護衛が付いていて二人きりになれず、別の日になれば暗黒教団のメンバーが何をしてくるかわかったものではない。
だからこそ、例え不格好であってもこの瞬間を逃すわけにはいかなかったのだ。
「どうしても二人きりの時に、お伝えしたい事がありました。このタイミングくらいしか二人きりになれないですから」
「だとしても、それなら事前に言えばいいだろう。多忙とはいえ、お前のためならいくらでも時間を取ってやる」
「ははは、ありがとうございます」
そう笑いながら、視線をミストへ移す。月明かりの光が黄金の髪を反射し、キラキラと輝いていた。彼女が立つその姿が幻想的で、本物の女神のように美しい。
頭一つ以上小さな彼女は、じっと見て来るトールを見上げながら何も言わずただ待ってくれている。そんな彼女にトールは覚悟を決めて、懐から小さな箱を取り出した。
「ミスト様。以前俺に欲しい者がないかって、聞いてくれたことがありましたよね?」
そうして箱を開き、中に入っている指輪をミストへ見せる。
――貴方の一生を俺に下さい。代わりに俺は一生、貴方の傍で生きていきます。
この時の、涙を流しながら嬉しそうに笑うミストの顔を、トールは一生忘れないだろうと、そう思った。
「……やつは絶対に手を出してはならないモノに手を出した」
一人の神官が告げる。本来なら清廉を身に纏う白い服を纏うはずの神官だが、彼等は皆一様に黒い神官服を身に纏っていた。
かつて魔王と勇者を殺し、邪神を滅ぼしただけでは飽き足らず、戦乱の時代を暗躍して蹂躙し尽した世界最悪の集団、暗黒教団。
そのトップであるミスト・フローディアとトール・シノミヤを除く幹部全員が集まり、深刻に話し合いが続く。
「どうする?」
「もはや殺すしかあるまい」
「しかし、やつの力は強大っす。しかも警戒心も強い。暗殺は困難っすよ」
「問題ない。如何にやつとはいえ、我々幹部全員が力を持ってすれば――チャンスはあるはずだ」
世界中から恐れられている組織の幹部達。彼等ですら恐れる一人の男がいた。しかもその男の行動は下手をすれば、暗黒教団すら壊滅に陥らせるほど凶悪な代物なのだ。
「これは諜報部隊を使って独自に得た情報だ。見てくれ」
進行役の幹部は一枚の紙を全員に見せる。
「こ、これは……」
「まさか……まさか!」
「ヤ、ヤベェ! もう一刻の猶予もねえじゃねえか!」
この危険人物がとある宝石店で真剣な表情をしている写真がそこにはあった。世界トップクラスの超高級店だが、この男なら十分手にする資格があるだろう。
だからこそ不味い。幹部達は一瞬だけ瞳を閉じ、そして告げる。
「この戦いに俺は、命賭けるぜ」
「俺もだ」
「俺もっす」
ミストを慕い、ミストに憧れた男達は、己の居場所を守るために決断した。進行役の幹部が周りを見渡し、その瞳に映る決意を見て頷く。
「よく言ってくれた。それではこれより我らが女神ミスト・フローディアを守るため、例え最後の一人となっても戦い抜こう……あの一人で抜け駆けしまくってミスト様と最近イチャイチャしまくってるクサレ暗黒神官長をぶっ殺そう!」
「「「イエァ!」」」
「これは嫉妬などではない! 聖戦である! 我らが女神ミストを守ろう!」
「「「イエァ!」」」
「ミストちゃん可愛い!」
「「「可愛い!」」」
「ミストちゃん可愛い!」
「「「可愛い!」」」
「ミストちゃんは?」
「「「我らが女神! イエェェェェ!!!」」」
昏い闇を吹き飛ばす程の勢いで幹部達が立ち上がる。最近ミスト様から一番信頼を受けてるからってイチャイチャしているしているあの男――暗黒神官長トールを打ち倒す為、彼等は命を燃やす事を決意した。
暗黒教団神官長トールはこの日、休暇を取ってとある場所へと向かっていた。
魔王と勇者を倒し、邪神も滅ぼした。先日ミストを嫁にするとか調子に乗っていた帝国の皇帝をボコボコにして潰した。ようやく大陸が統一され、彼の周辺も落ち着きを見せ始めたので、彼はかねてより秘めていた計画を実行することにしたのだ。
目的の店に到着したトール、その中へと入っていく。並の貴族ですら手が出ない程の高級志向に拘った、大陸最高の宝石店。
当然店内にいるのは大陸有数の貴族や商人ばかりだが、それでもトールという現在統一国家となったフローディア王国のナンバー2の登場に騒めきだした。
「店主、すまないが人払いを頼む」
「これはこれはトール様! わざわざ来店して頂き、申し訳ありません。貴方様のためならばいくらでも店を閉めましょう!」
「俺の都合だ。まさか城で話をして勘付かれるわけにはいかないからな」
こればかりは絶対にバレる訳にはいかない。サプライズで一気に決め、押し切るつもりなのだ。先手必勝、考える隙は与えない。
別室に案内されたトールは、最高級のソファに身を沈め、店主と向かい合う。
「ミスト様へ指輪のプレゼント。そして愛の告白。男らしいではありませんか」
「もう出来ているな?」
「はい、間違いなく歴史上最高クラスの宝石と装飾技術で作られた最高の逸品ですとも」
そうして取り出されたのは、ミストの髪と瞳を意識したゴールドカラーをベースに、不純物を除いた最高品質のダイヤが取り付けられた指輪。トールはこれを持って、ミストへ愛の告白をするつもりだった。
「素晴らしい」
これを渡した時、ミストはどんな表情をしてくれるだろうか? 笑うだろうか? 驚くだろうか? もしかしたら怒るかもしれない。それを想像しただけで心が弾む。
最近は戦いが落ち着き、内政に興味を持ちだしたミスト。そのせいか、これまでのようなギラついた性格は鳴りを潜め、少し大人びてきた。初めて出会った時よりも女性らしい身体つきになり、縁談話もうるさいほど入って来る。
もっとも、全てトールの権限で握り潰しているが。
「では店主。代金は後程持ってこさせる」
「お気に召したようで良かったです。それでは、吉報をお待ちしておりますよ」
「ああ、任せておけ」
そう言って店を出た瞬間、トールの周囲が不自然に歪み、視界がぶれ始めた。この現象をトールは知っている。
「ちっ、転移魔術か!」
そうと気付いた瞬間、トールは見覚えのない荒野へと飛ばされていた。凄まじい早業。とてつもない技量の持ち主が相手だと、一気に警戒心を強める。
そうして目の前の相手を見て――
「……何してんだお前ら?」
思わずそう呟いてしまう。何せこの世界でミストを除けば最も長く付き合って来た、暗黒教団の幹部達百人が勢揃いしていたのだ。警戒していた分、思わず力が抜けてしまうのも仕方がない事だろう。
ただし、妙に殺気立っておりただ事ではない雰囲気であるのは間違いなさそうだ。
「トール・シノミヤ。貴様は犯してはならない罪を犯した」
「はっ?」
「暗黒教団『ミストちゃんファンクラブ』のトップでありながら、その地位を私的に利用し女神と交流を深め、ついには愛を囁くようになった。間違いないな?」
「いや……地位を利用とかはしてねえけど……」
少なくともミストと話す分には利用していない。縁談話を潰すことには利用しているが。
ただ、幹部達の目的は分かった。どうやらミストを崇拝している彼等は、個人的に親しくしているトールが気に食わないらしい。
確かに、トールとて逆の立場であれば納得できない。彼等の気持ちが良くわかるトールは集団のトップとして、確かに落とし前を付けるべきだろう。ならばと思い、集団リンチくらいは覚悟する。
その考えが甘いものだと知るのは、すぐの事だったが。
「よって判決、死刑」
「……重すぎね?」
「むしろ軽すぎるということで意見は一致している」
死刑より重い判決とか怖い。そう思うトールだが、彼等の目は真剣だ。ゆえに、トール自身も真剣にならざる得ない。
「とはいえ、神官長としての貴様の働きは我らをして情状酌量の余地があると判断できる。ゆえに寛大な我らは赦しの道を用意した」
「……ほう」
ことミストに関しては下手な狂人よりも狂っている彼等から出された一本の細い道。流石のトールも幹部全員を相手に生き延びる自信はなく、彼等の提案を受け入れざる得ないと思っていた。
しかし――
「貴様が先ほど買った指輪。それを我らに渡せ。そして一神官として、ミスト様から離れて再度研鑽を積むのだ。それを持って赦しと――」
その幹部は最後まで言葉を発することは出来なかった。発する前に、とてつもない重力が身体を襲い、地面に潰されたからだ。
「おいテメエ等……言いたい事はそれだけか?」
トールの声には怒りが込められていた。それはかつての邪神と戦かったとき、もしくはミストを嫁にと言い切った帝国の皇帝を相手にしたときに近い怒りだ。
その姿を間近で見ていた幹部達は、トールの恐ろしさを思い出す。だがそれはすでに時遅し。
「俺から、ミスト様に離れろ、だと? おいおいおい! お前ら、誰に向かって何言ってんのかわかってんのかアアン!」
「っ! 全員防御結界!」
トールが腕を振るう。瞬間、魔王すら超える強大な魔力が幹部達を襲う。彼等とて百戦錬磨の怪物達。世界最強クラスの魔術師だ。だが、トールの魔力は彼等の結界をものともせず、結界ごと纏めて吹き飛ばした。
「なあ、なあ、なあ! お前らよぉ! 俺からミスト様を奪おうってのか? ええ、オラ何とか言ってみろよ! 俺から! ミスト様を! 奪おうって言ってのかって聞いてんだ!」
「ひっ」
幹部の一人があまりの恐ろしさに声を漏らす。かつて邪神にすら恐れず立ち向かった彼等だが、今のトールの怒りはミストへの思いすら塗りつぶしかねない恐怖を撒き散らしていた。
「答えやがれぇぇぇぇ!」
「「「うぁぁぁぁ」」」
爆発する魔力。形式化されていないただの魔力の放出だが、ただそれだけで幹部達は再び一斉に吹き飛ばされた。
「全員、戦闘開始! 目標は暗黒神官長トール! これまで戦って来た中でも最強の化物だ! 絶対に油断するうぁぁぁぁ!」
指揮を取ろうとした男がトールに蹴り飛ばされ、そのまま気絶する。
「ミスト様ミスト様ミスト様ミスト様ミスト様……」
「祈りは済んだか?」
「あ、あ、あ……助けて」
「断る」
神官の一人の頭を掴み、そのまま地面に叩き付ける。
「怯むな! 遠距離から絶えず魔術で攻撃だ!」
「「「オオオオオォォォォ!」」」
かつて邪神の終焉魔術を削ったように、様々な魔術が荒野に飛び交う。しかしトールはそれを防ぎ、躱し、迎撃し、一つ一つ的確に捌いていく。
そうして魔術の嵐を抜けたトールは、目を血走らせて神官達を蹴散らし始めた。
「オラオラオラオラオラ!」
「負けるな! ここで負けたら我らが女神が奪われる! それだけは、それだけはぁぁぁぁ!」
「お前ら全員倒さなきゃミスト様が手に入んねえってんならいくらでも倒してやるよぉぉぉぉ!」
男と男のぶつかり合い。それはかつての邪神との戦い以上の激しさで魔術が飛び交う戦場となった。
そうして数時間、途中から援軍と称してやってきた暗黒神官達、総勢一万人との戦いは荒野が更に荒廃するまで続き、最終的にトールの勝利として決着が着く事となった。
そして――夜。
本日の業務を終えたミストは、王城の城壁から街を見下ろしていた。空には満月が浮かび、月明かりが城下を照らしている。
この景色を見るのが好きだった。だからこの時間は邪魔されたくないと、護衛の人間も外している。ただ一人を除いて。
「ミスト様」
唯一その場にいる事を許された存在、トールは背後からミストを呼びかける。
「ん、その声はトールか。どうした? 今日は休暇のはずではなかったか?」
ミストは振り向き、そして怪訝そうな顔をする。
「……いや、本当にどうしたのだ? ボロボロでないか!」
「どうしても譲れない戦いがあり、勝利してきました。お見苦しい姿を見せてしまい申し訳ありません」
「……そ、そうか。お前程の者がそこまでなるのだ。よほど大切な戦いだったんだろうな」
「ええ、何者にも代えられない、とても大切な戦いでした」
そう言いつつ、トールはそっとミストの隣に立ち、街を見下ろす。トールはこの光景が好きだった。ミストと二人、ゼロから作り上げてきた大切な景色だ。
ミストが同じように街を見下ろす。二人は並び、無言で同じ景色を見ていた。
それからしばらくして、ミストが呆れたように呟く。
「全く、休暇の時にボロボロになって、しかもそんな身体でここまで来て、何がしたいのだお前は」
もっと早く戦いが終われば、着替える余裕もあった。だが暗黒教団『ミストちゃんファンクラブ』のメンバーはしぶとく、好戦的で、しかも増援を呼ばれたせいで更に全滅させるまでに時間がかかり、ギリギリの時間になってしまったのだ。
かと言って、この時間以外は護衛が付いていて二人きりになれず、別の日になれば暗黒教団のメンバーが何をしてくるかわかったものではない。
だからこそ、例え不格好であってもこの瞬間を逃すわけにはいかなかったのだ。
「どうしても二人きりの時に、お伝えしたい事がありました。このタイミングくらいしか二人きりになれないですから」
「だとしても、それなら事前に言えばいいだろう。多忙とはいえ、お前のためならいくらでも時間を取ってやる」
「ははは、ありがとうございます」
そう笑いながら、視線をミストへ移す。月明かりの光が黄金の髪を反射し、キラキラと輝いていた。彼女が立つその姿が幻想的で、本物の女神のように美しい。
頭一つ以上小さな彼女は、じっと見て来るトールを見上げながら何も言わずただ待ってくれている。そんな彼女にトールは覚悟を決めて、懐から小さな箱を取り出した。
「ミスト様。以前俺に欲しい者がないかって、聞いてくれたことがありましたよね?」
そうして箱を開き、中に入っている指輪をミストへ見せる。
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この時の、涙を流しながら嬉しそうに笑うミストの顔を、トールは一生忘れないだろうと、そう思った。
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※小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも投稿中
異世界転生でチートを授かった俺、最弱劣等職なのに実は最強だけど目立ちたくないのでまったりスローライフをめざす ~奴隷を買って魔法学(以下略)
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不慮の事故(死神の手違い)で命を落としてしまった日本人・御厨 蓮(みくりや れん)は、間違えて死んでしまったお詫びにチートスキルを与えられ、ロートス・アルバレスとして異世界に転生する。
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生前、目立っていたことで死神に間違えられ死ぬことになってしまった経験から、異世界では決して目立たないことを決意するロートス。
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※『小説家になろう』でも掲載しています。
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