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第六話 頂上決戦を制覇せよ! 前編
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その戦いはいずれ、伝説として語り継がれる事だろう。
黄金の邪神が放つその魔力は天を穿ち、白銀の魔王が振るうその剣戟は大地を斬り裂く。すでにこの大地は最初の原型を留めておらず、二人から漏れ出す魔力のぶつかりが世界そのものを歪ませていた。
世界の支配者として相応しい力だ。とはいえ、どちらが優位かは一目瞭然。トールを欠いたミスト側の戦力は落ち、そして魔王クロノの力は先までのものを遥かに上回る。時折反撃こそしているものの、防戦一方となっていた。
そんな二人の戦いを見ながら、トールは己の不甲斐なさに悪態を吐く。
「っ……くそ! まだか!?」
「切れた腕がそう簡単にくっつく筈ないじゃない! 大人しく治療されなさいよ馬鹿神官長!」
「っくしょう!」
普段はほとんど活躍の場がない治療部隊だが、その実力は世界トップクラス。とはいえ流石に斬り飛ばされた腕を治すのにはそれなりの時間がかかる。
腕が治るまでの間、他の神官達からは戦線を引くよう後方へと押しやられた。今ミストはトール以外の神官達が必死に守っているところだ。
しかし、真の力を解放した魔王クロノの力は神官達だけでは抑えきれない。このままではいずれミストが敗北してしまうだろう。
「おのれぇぇぇ! 許さん、貴様だけは絶対に許さんぞ魔王ォォォ!」
「力に繊細が欠けているぞ? それでは余には届かんよ」
ミストが怒りの咆哮を上げ、その感情に比例するかのように破壊の渦が戦場を覆うが、剣一本で全てを斬り裂く魔王は傷一つ付かない。決して他の神官達が弱い訳ではない。ただ、この魔王が強すぎるのだ。
遠目でも分かる。ミストの悪感情は既に限界値を超えかけていた。これ以上戦闘が長引けば、邪神の力が再び漏れ出しかねない。
「どうする? このままじゃミスト様が……」
邪神にその身を奪われる。それだけは絶対に避けなければならない。しかし、このまま魔王に勝てないと判断すれば邪神の力に頼るだろう。
――自分達を守る為に……
ミストと魔王の戦いはさらに激しくなる。正に天変地異とも言える激しい攻防は、余人に立ち入らせる隙を与えない。
もはや並の魔族や人間では立ち入ることの出来ない領域に達している。もしそう、あの頂上決戦の中に入れる人間がいるとすれば、それは邪神の恩恵を受けた神官達かもしくは――
「さて……これは一体どういう状況だ?」
――神の寵愛を受けた、異世界の勇者くらいだろう。
ある日突然、幼馴染達と共に異世界へと飛ばされた一条誠也は、そこで魔王討伐を依頼される。まるでゲームのような世界で魔王を倒せと言われて、元来人間不信気味のセイヤはかなり警戒した。
しかし相手は国王とその側近。高校生の自分がどうこう出来る相手ではないと思い、とりあえず言う事を聞く事にしながら、情報を集める事に専念する。
結果、自分達の置かれている状況があまり良くない事を理解した。
魔王を倒せ、と簡単に言ってくれるが、相手は国が軍隊を出しても勝てない正真正銘の化物。物語で勇者が魔王を倒すのは鉄板ネタかもしれないが、現実ではそう都合よくはいかない事くらい子供でも分かる。
とはいえここで逆らえばどうなるかわからない。実際一緒に来たであろう自分達よりも年上の男は、いつの間にかいなくなっていた。
一人で旅立ったと聞いていたが、何か揉めていたようだし、状況から見ても不都合があって消されたと考える方が自然だろう。
不幸中の幸いとも言えるのが、勇者というものがこの国にとって非常に都合のいい存在で、丁重に扱われたことくらいか。
待遇が良ければ多少の不満は消えていくのか、召喚されて二週間ほど経った頃には、幼馴染三人も警戒を解いて魔王討伐に乗り気になっていた。
王女は美しく、聡明で、柔かな物腰で自分達勇者を立てて来る。騎士団長や国王といったこの国の重鎮達も、勇者がいかに素晴らしいかを声高々と宣言する。
特別な人間として扱われるのは、悪い気がしない。一際この国の人間を警戒していたセイヤですらそう思ってしまうのだ。元々人の良い幼馴染三人が懐に取り込まれるのは、当たり前の結果だった。
城で訓練を終えた四人は、そのまま旅に出た。魔王軍に苦しめられている村や町を救い、英雄として祭り上げられ、さらに次へとこの国の為に尽くす。
この辺りからだろうか。幼馴染三人と自分に温度差がハッキリと出始めたのは。
セイヤの第一目的は元の世界に全員引き連れて戻す事だ。極論を言えば、魔王を倒さなくとも元の世界に戻れるならばその方法を選ぶ。
国を襲う魔族を倒すのは、現時点でわかっている帰還方法が魔王を倒す事のみであり、その為に強くなる必要があったからだ。
しかし幼馴染三人は違う。この国を本気で救う為に戦っている。この国の人間達の為に傷付き、戦っていた。例え自分が傷ついても、この国の人間を守れて良かったと笑うのだ。
それが、セイヤには我慢できなかった。幼馴染三人は、セイヤにとって宝だ。彼等がいなければ、彼等の優しさに触れなければ己は碌な人間にならなかっただろう。
そんな誰よりも大切な幼馴染達が、どこともしれぬ誘拐犯達の為に傷付くなど、許せる筈がなかった。とはいえ、彼等の意志は尊重したい。だからセイヤは、国民を守る幼馴染達を守る事を決意した。
しかしその行為は決して簡単な物ではない。勇者として召喚されただけあって、その実力はこの世界の人間から見れば高い。しかし、魔族相手に無双出来るほどではなかったからだ。
当然、進めば進むほど強くなる魔族を相手に苦戦し始める。聖剣に選ばれ、光の加護を得ていたセイヤを除いて。
異世界から召喚された四人の勇者。しかしその中で本当に勇者と言えるのは、結果だけを見れば光の加護を得たセイヤだけだったのだ。
はっきり言って、他の三人の勇者とセイヤの実力は天と地ほど離れている。魔王軍八天将との戦いでその差が浮き彫りになった。だからこそ、それ以降セイヤは幼馴染三人から離れて行動するようになる。
足手まといと言うわけではない。彼等がいてくれたおかげで助かった事は何度もある。しかし、これからの戦いについてこれるかと言えば、そうは思えなかった。
もっと言えば、これ以上の戦いで彼等を守り切る自信がなかったのだ。
実際、魔王城に近づくたびに強くなる魔族達。聖剣に選ばれ、光の加護を得た勇者セイヤであれば難なく屠れる者達も、幼馴染三人では太刀打ち出来ないレベルであった。
それに、幼馴染と自分では戦いの目的が大きく食い違っている。街を、村を守るなどと言う『余分な』行動を取らず、ただ己の身を鍛え続けたセイヤは、四人で行動していた時とは比べ物にならないほど力を付けた。
その目的はただ一つ。魔王を倒して元の世界に戻る事。それ以外は全て些事である。
「さて、これは一体どういう状況だ?」
セイヤの視線の先は、本来魔王城があるはずの場所だ。しかし魔王城は見るも無残に崩落し、まるでこの世の地獄とも言えるほど濃密な魔力が辺りを渦巻いている。
それを引き起こしているのは、二人の人外。聖剣に選ばれ、光の加護を得たセイヤをして、化物と言わざる得ない力だ。
「これは、サクラ達を置いて来て正解だったな……」
天が割れ、地が裂ける。これまで戦って来た全ての魔族達が赤子に見えるほど、そこで行われている戦いは次元の違うものだった。
自身以外の人間が近づけば、あっさり挽肉になってしまうに違いない。それはきっと、同じ勇者である他の三人も例外ではない。
もし一緒にここまで来ていれば、セイヤは彼等を守る事も出来ずに殺されていたはずだ。心の底から思う。一人で行動を始めていて良かった、と。
化物と化物の殺し合い。勇者セイヤの目にはそう見える程高次元の戦いは、どうやら片翼の堕天使が黄金の女神を圧倒している。
状況を顧みると、この二人のどちらかが魔王だろう。とすれば、もう一人が何者かなどどうでもいい。己の目的は、魔王の討伐なのだから。
戦いの余波でそうなったのか、片腕を失った神官に目を向ける。男からもまた凄まじい魔力を感じる。それこそ、聖剣を全力で使用している時の自分と同等か、それ以上の力だ。
この世界では珍しい黒髪黒目。どこかで見た覚えがある男だが、今は関係ない。
「なあそこの神官。俺は今来たばっかなんだ。状況が把握出来ない。教えてくれないか?」
「光の勇者……もうここまで来たのか」
「お? 俺を知ってるか。じゃあ話は早いな。俺は勇者セイヤ。魔王を討伐に来た」
聖剣を背中から抜き、視線を戦いの舞台へと向ける。戦っているうちの片方、黄金の女神はこの男同様どこかで見た覚えがある。
ともすれば、恐らく片翼の堕天使が魔王だろう。凄まじいイケメンだな、と場違いな事を考えてしまう。黄金の女神もまた美しい。神聖さすら感じてしまう二人の存在は、神々が戦争をしていると言われても頷いてしまうほどだ。
しかしである。元々日本人であり、若干の人間不信であったセイヤは、かつて自分が考えたある設定を思い出してしまう。
「銀髪、片翼の翼、黒い剣……金髪の女神……う、頭が……」
思わず己の黒歴史を思い出しかけ、セイヤは頭を押さえる。さらに言うなら今の自分は聖剣の勇者だ。まさに中二病のオンパレード。ここに邪眼や右腕がなどという輩がいなくて良かったと心の底から思う。
「どうする……今ここで加勢が入るのは僥倖だ……しかし、ミスト様が加勢を喜ぶか?」
「ミスト? ああそうか、どっかで見た事あると思ったら、アイツ王女か」
数度遠目で見ただけだが、あれだけの存在感は目を引く。流石に数年前に見たきりだったため思い出すのに時間がかかったが、確かに美しい黄金の髪をしていた。
「へぇ……破壊王女なんて呼ばれてたけど、こいつは驚きだな。つーか、あんなに強いのがいるなら俺ら召喚する必要なかったじゃねえか」
ミストの力は明らかに自分を除いた他の勇者を超えている。圧倒している。それこそ、聖剣に選ばれ、光の加護を得たセイヤの全力を持っても打ち倒せるか疑問なほどだ。
「つっても、ありゃ不味い。魔王よりもよっぽど邪悪な気を発してやがる」
伊達に何年も勇者として戦ってきていない。魔族以上に醜悪な気配を纏った王女を見て、そのヤバさを肌で感じ取ってしまう。
その言葉が聞こえたからか、王女の部下らしき神官がまるで親の仇を見るような目で睨みつけてきた。
「くっ、ミスト様に手を出すというなら、ここでお前を殺す!」
手負いとは言え、明らかな強者。流石にこの殺気を受けてセイヤは体に力が入ってしまう。とはいえ、セイヤにとってどれだけ王女が邪悪でも関係ない。
「なあアンタ。取引しないか」
「なに?」
セイヤの言葉に神官は警戒の色を濃くする。しかしセイヤからすれば、そう大した事を言うつもりはないのだ。
「なに、簡単な取引だ。アンタ強いだろ? だからさ、ちょっとお願いがあるんだ」
「……内容によるな。いいだろう、言ってみろ」
「お、話がわかるな。それじゃあ――」
例え魔王を倒した後、あの黄金の女神が世界を滅ぼそうと関係ない。自分達四人は元の世界に帰って、これまで通りの日常を謳歌するのだ。
だから――
――これから俺は魔王を殺す。その代り、魔王を殺した後、あの王女が俺を殺さないように守ってくれ。
まるで悪魔のように囁きながら、勇者セイヤはそう言った。
あの女神の奥底に眠る、魔王以上に本当にヤバイ存在を、彼は本能で察してたから。
黄金の邪神が放つその魔力は天を穿ち、白銀の魔王が振るうその剣戟は大地を斬り裂く。すでにこの大地は最初の原型を留めておらず、二人から漏れ出す魔力のぶつかりが世界そのものを歪ませていた。
世界の支配者として相応しい力だ。とはいえ、どちらが優位かは一目瞭然。トールを欠いたミスト側の戦力は落ち、そして魔王クロノの力は先までのものを遥かに上回る。時折反撃こそしているものの、防戦一方となっていた。
そんな二人の戦いを見ながら、トールは己の不甲斐なさに悪態を吐く。
「っ……くそ! まだか!?」
「切れた腕がそう簡単にくっつく筈ないじゃない! 大人しく治療されなさいよ馬鹿神官長!」
「っくしょう!」
普段はほとんど活躍の場がない治療部隊だが、その実力は世界トップクラス。とはいえ流石に斬り飛ばされた腕を治すのにはそれなりの時間がかかる。
腕が治るまでの間、他の神官達からは戦線を引くよう後方へと押しやられた。今ミストはトール以外の神官達が必死に守っているところだ。
しかし、真の力を解放した魔王クロノの力は神官達だけでは抑えきれない。このままではいずれミストが敗北してしまうだろう。
「おのれぇぇぇ! 許さん、貴様だけは絶対に許さんぞ魔王ォォォ!」
「力に繊細が欠けているぞ? それでは余には届かんよ」
ミストが怒りの咆哮を上げ、その感情に比例するかのように破壊の渦が戦場を覆うが、剣一本で全てを斬り裂く魔王は傷一つ付かない。決して他の神官達が弱い訳ではない。ただ、この魔王が強すぎるのだ。
遠目でも分かる。ミストの悪感情は既に限界値を超えかけていた。これ以上戦闘が長引けば、邪神の力が再び漏れ出しかねない。
「どうする? このままじゃミスト様が……」
邪神にその身を奪われる。それだけは絶対に避けなければならない。しかし、このまま魔王に勝てないと判断すれば邪神の力に頼るだろう。
――自分達を守る為に……
ミストと魔王の戦いはさらに激しくなる。正に天変地異とも言える激しい攻防は、余人に立ち入らせる隙を与えない。
もはや並の魔族や人間では立ち入ることの出来ない領域に達している。もしそう、あの頂上決戦の中に入れる人間がいるとすれば、それは邪神の恩恵を受けた神官達かもしくは――
「さて……これは一体どういう状況だ?」
――神の寵愛を受けた、異世界の勇者くらいだろう。
ある日突然、幼馴染達と共に異世界へと飛ばされた一条誠也は、そこで魔王討伐を依頼される。まるでゲームのような世界で魔王を倒せと言われて、元来人間不信気味のセイヤはかなり警戒した。
しかし相手は国王とその側近。高校生の自分がどうこう出来る相手ではないと思い、とりあえず言う事を聞く事にしながら、情報を集める事に専念する。
結果、自分達の置かれている状況があまり良くない事を理解した。
魔王を倒せ、と簡単に言ってくれるが、相手は国が軍隊を出しても勝てない正真正銘の化物。物語で勇者が魔王を倒すのは鉄板ネタかもしれないが、現実ではそう都合よくはいかない事くらい子供でも分かる。
とはいえここで逆らえばどうなるかわからない。実際一緒に来たであろう自分達よりも年上の男は、いつの間にかいなくなっていた。
一人で旅立ったと聞いていたが、何か揉めていたようだし、状況から見ても不都合があって消されたと考える方が自然だろう。
不幸中の幸いとも言えるのが、勇者というものがこの国にとって非常に都合のいい存在で、丁重に扱われたことくらいか。
待遇が良ければ多少の不満は消えていくのか、召喚されて二週間ほど経った頃には、幼馴染三人も警戒を解いて魔王討伐に乗り気になっていた。
王女は美しく、聡明で、柔かな物腰で自分達勇者を立てて来る。騎士団長や国王といったこの国の重鎮達も、勇者がいかに素晴らしいかを声高々と宣言する。
特別な人間として扱われるのは、悪い気がしない。一際この国の人間を警戒していたセイヤですらそう思ってしまうのだ。元々人の良い幼馴染三人が懐に取り込まれるのは、当たり前の結果だった。
城で訓練を終えた四人は、そのまま旅に出た。魔王軍に苦しめられている村や町を救い、英雄として祭り上げられ、さらに次へとこの国の為に尽くす。
この辺りからだろうか。幼馴染三人と自分に温度差がハッキリと出始めたのは。
セイヤの第一目的は元の世界に全員引き連れて戻す事だ。極論を言えば、魔王を倒さなくとも元の世界に戻れるならばその方法を選ぶ。
国を襲う魔族を倒すのは、現時点でわかっている帰還方法が魔王を倒す事のみであり、その為に強くなる必要があったからだ。
しかし幼馴染三人は違う。この国を本気で救う為に戦っている。この国の人間達の為に傷付き、戦っていた。例え自分が傷ついても、この国の人間を守れて良かったと笑うのだ。
それが、セイヤには我慢できなかった。幼馴染三人は、セイヤにとって宝だ。彼等がいなければ、彼等の優しさに触れなければ己は碌な人間にならなかっただろう。
そんな誰よりも大切な幼馴染達が、どこともしれぬ誘拐犯達の為に傷付くなど、許せる筈がなかった。とはいえ、彼等の意志は尊重したい。だからセイヤは、国民を守る幼馴染達を守る事を決意した。
しかしその行為は決して簡単な物ではない。勇者として召喚されただけあって、その実力はこの世界の人間から見れば高い。しかし、魔族相手に無双出来るほどではなかったからだ。
当然、進めば進むほど強くなる魔族を相手に苦戦し始める。聖剣に選ばれ、光の加護を得ていたセイヤを除いて。
異世界から召喚された四人の勇者。しかしその中で本当に勇者と言えるのは、結果だけを見れば光の加護を得たセイヤだけだったのだ。
はっきり言って、他の三人の勇者とセイヤの実力は天と地ほど離れている。魔王軍八天将との戦いでその差が浮き彫りになった。だからこそ、それ以降セイヤは幼馴染三人から離れて行動するようになる。
足手まといと言うわけではない。彼等がいてくれたおかげで助かった事は何度もある。しかし、これからの戦いについてこれるかと言えば、そうは思えなかった。
もっと言えば、これ以上の戦いで彼等を守り切る自信がなかったのだ。
実際、魔王城に近づくたびに強くなる魔族達。聖剣に選ばれ、光の加護を得た勇者セイヤであれば難なく屠れる者達も、幼馴染三人では太刀打ち出来ないレベルであった。
それに、幼馴染と自分では戦いの目的が大きく食い違っている。街を、村を守るなどと言う『余分な』行動を取らず、ただ己の身を鍛え続けたセイヤは、四人で行動していた時とは比べ物にならないほど力を付けた。
その目的はただ一つ。魔王を倒して元の世界に戻る事。それ以外は全て些事である。
「さて、これは一体どういう状況だ?」
セイヤの視線の先は、本来魔王城があるはずの場所だ。しかし魔王城は見るも無残に崩落し、まるでこの世の地獄とも言えるほど濃密な魔力が辺りを渦巻いている。
それを引き起こしているのは、二人の人外。聖剣に選ばれ、光の加護を得たセイヤをして、化物と言わざる得ない力だ。
「これは、サクラ達を置いて来て正解だったな……」
天が割れ、地が裂ける。これまで戦って来た全ての魔族達が赤子に見えるほど、そこで行われている戦いは次元の違うものだった。
自身以外の人間が近づけば、あっさり挽肉になってしまうに違いない。それはきっと、同じ勇者である他の三人も例外ではない。
もし一緒にここまで来ていれば、セイヤは彼等を守る事も出来ずに殺されていたはずだ。心の底から思う。一人で行動を始めていて良かった、と。
化物と化物の殺し合い。勇者セイヤの目にはそう見える程高次元の戦いは、どうやら片翼の堕天使が黄金の女神を圧倒している。
状況を顧みると、この二人のどちらかが魔王だろう。とすれば、もう一人が何者かなどどうでもいい。己の目的は、魔王の討伐なのだから。
戦いの余波でそうなったのか、片腕を失った神官に目を向ける。男からもまた凄まじい魔力を感じる。それこそ、聖剣を全力で使用している時の自分と同等か、それ以上の力だ。
この世界では珍しい黒髪黒目。どこかで見た覚えがある男だが、今は関係ない。
「なあそこの神官。俺は今来たばっかなんだ。状況が把握出来ない。教えてくれないか?」
「光の勇者……もうここまで来たのか」
「お? 俺を知ってるか。じゃあ話は早いな。俺は勇者セイヤ。魔王を討伐に来た」
聖剣を背中から抜き、視線を戦いの舞台へと向ける。戦っているうちの片方、黄金の女神はこの男同様どこかで見た覚えがある。
ともすれば、恐らく片翼の堕天使が魔王だろう。凄まじいイケメンだな、と場違いな事を考えてしまう。黄金の女神もまた美しい。神聖さすら感じてしまう二人の存在は、神々が戦争をしていると言われても頷いてしまうほどだ。
しかしである。元々日本人であり、若干の人間不信であったセイヤは、かつて自分が考えたある設定を思い出してしまう。
「銀髪、片翼の翼、黒い剣……金髪の女神……う、頭が……」
思わず己の黒歴史を思い出しかけ、セイヤは頭を押さえる。さらに言うなら今の自分は聖剣の勇者だ。まさに中二病のオンパレード。ここに邪眼や右腕がなどという輩がいなくて良かったと心の底から思う。
「どうする……今ここで加勢が入るのは僥倖だ……しかし、ミスト様が加勢を喜ぶか?」
「ミスト? ああそうか、どっかで見た事あると思ったら、アイツ王女か」
数度遠目で見ただけだが、あれだけの存在感は目を引く。流石に数年前に見たきりだったため思い出すのに時間がかかったが、確かに美しい黄金の髪をしていた。
「へぇ……破壊王女なんて呼ばれてたけど、こいつは驚きだな。つーか、あんなに強いのがいるなら俺ら召喚する必要なかったじゃねえか」
ミストの力は明らかに自分を除いた他の勇者を超えている。圧倒している。それこそ、聖剣に選ばれ、光の加護を得たセイヤの全力を持っても打ち倒せるか疑問なほどだ。
「つっても、ありゃ不味い。魔王よりもよっぽど邪悪な気を発してやがる」
伊達に何年も勇者として戦ってきていない。魔族以上に醜悪な気配を纏った王女を見て、そのヤバさを肌で感じ取ってしまう。
その言葉が聞こえたからか、王女の部下らしき神官がまるで親の仇を見るような目で睨みつけてきた。
「くっ、ミスト様に手を出すというなら、ここでお前を殺す!」
手負いとは言え、明らかな強者。流石にこの殺気を受けてセイヤは体に力が入ってしまう。とはいえ、セイヤにとってどれだけ王女が邪悪でも関係ない。
「なあアンタ。取引しないか」
「なに?」
セイヤの言葉に神官は警戒の色を濃くする。しかしセイヤからすれば、そう大した事を言うつもりはないのだ。
「なに、簡単な取引だ。アンタ強いだろ? だからさ、ちょっとお願いがあるんだ」
「……内容によるな。いいだろう、言ってみろ」
「お、話がわかるな。それじゃあ――」
例え魔王を倒した後、あの黄金の女神が世界を滅ぼそうと関係ない。自分達四人は元の世界に帰って、これまで通りの日常を謳歌するのだ。
だから――
――これから俺は魔王を殺す。その代り、魔王を殺した後、あの王女が俺を殺さないように守ってくれ。
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