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第三話 魔王を撃破せよ! 前編
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一歩踏み込めばその瞬間重苦しい圧力が全身を襲い、まるで底なしの闇の中を歩いているかのような錯覚を覚える。松明に燃える青い炎だけが空間に光を与え、その道を照らしてくれていたが、それも敵が用意した物だと思うと地獄へ向かう道にも見えてしまう。
この先に人類の敵にして世界を闇に覆う者、魔王クロノがいるのだ。ならば、例えその先が地獄の底であろうと、堂々と歩いて見せよう。
魔王クロノ。突如魔界より現れた彼の者は瞬く間に近隣諸国を滅ぼし、魔族達の領土を地上に生み出した。その力は人類の手に負えるレベルではなく、歴戦の猛者達が次々と破れる様は人々を絶望へと誘ったものだ。
そんな化物である相手とこれから殺し合いをする。そう思うと己の中に流れる血が滾るのを感じた。
最強、最強だ。もちろん人間の勇者も最強クラスに違いないだろうが、単体戦力という意味では間違いなく魔王が種として最強である。
これを滅ぼせば、間違いなく己が世界最強にして最優の個として証明できるだろう。
「ふっ……」
思えば遠くまで来たものだ、とミストは思う。
生まれた時から己の身に宿る神の存在は知覚していた。それが決して善の属するものではなく、この世の終わりの先に存在する悪しきモノだと言う事も理解していた。
己が本気を出してしまえばきっと、世界は滅びるだろう。そう確信していたからこそ、彼女は生まれた時からその力を隠してきたのだ。
だがこの身に宿る神はそれを許さなかった。
殺せ、壊せ、この世の全ての生きとし生きる生命を殺戮せよ。
毎夜ミストが眠りにつく度に、呪いのようにそう囁いて来る。時には体の自由すら奪い、何度死の淵を彷徨ったか数えきれないほどだ。
恐ろしかった。殺される事がではない。殺さなければ生きていけない自分の存在が恐ろしかった。
この身に宿るモノを仮に邪神と名付け、殺す手段を調べた。だが殺すためにどれだけ魔術を勉強しようと、邪神に近づく事さえ出来なかった。
日に日に強まる邪神の声。少しでもこの声を遠ざける為、手当たり次第に暴れた事もある。人を傷付け、物を壊し、周囲からは狂人だの破壊王女だの言われたが、そうしなければ我を保てる自信がなかったのだ。
次第に自分の周りからは人が離れていった。残ったのは暴れた自分を取り押さえる為の騎士と、わずかばかりの使用人だけ。
いっそ全てを投げ出して破壊衝動に呑まれるか、この身を絶つか。そんな事が頭に過ぎる程、追い詰められていた。
そんな時、一人の青年と出会う。
王城で噂にもなっていた、暗黒神官を天職に持った青年、トールだ。
一目見てわかった。自分には彼が必要だと。彼こそ、ミストが長年求めていた邪神へと繋がる鍵なのだと。絶対に手放してはならない存在だと。
トールは優秀だった。魔術を教えればすぐさま理解し、応用すら見せて見せる。知りたい情報は王族の力をフルに利用し、どんな情報も集めて来る。何より、ミストが隠してきた邪神の事さえ、察して見せた。そして邪神の囁きを押さえる術さえ見つけてきたのだ。
その時は興奮のあまり思わず抱き付いてしまった。そう言えば、抱き付かれたトールはアタフタと焦っていて見ものであったなと思い出して笑う。
「ミスト様?」
「ん? なんだ?」
「いや、ずいぶんと楽しそうだと思いまして」
魔王と戦う直前だからだろうか。トールがいつもより少し強張った声でそう尋ねてきた。
「思い出していたんだよ。お前と出会った時をな」
「それは、あまり思い出して欲しくない場面ですね……」
そういえば元々は乞食同然で襲い掛かってきたのだった。それを思うと思い出して欲しくないのも当然か。自分としてはいい思い出なのだが、と当時のトールを思い返してまた笑ってしまう。
思えば、あの時の出会いから全ては始まった。隣を歩く、己よりも頭二つは背の高い青年と、最初はたった二人。それが今やこの場にいない神官を含めると、千人を超える大所帯だ。
「最初は私達二人だったのに、ずいぶんと大きくなったものだ」
「そうですね。まあ、ミスト様のカリスマがそれだけ凄かったってことですね」
「まったく、貴様は……」
その言葉に呆れてしまう。確かに彼等が己を慕って付いて来てくれているのは知っている。しかし、ミストは決して無能ではない。団員のほとんどが、トールがリーダーだから付いて来ていることくらい理解していた。
この集団を作ったのはトールで、この集団を維持しているのもトールだ。自分がその旗印であることは理解しているが、仮に自分がいなくともトールがいればこの集団は別の形で残るだろう。そして、その逆はない。
だというのにこの男は決して己を前に出さず、常に一歩引いたところでミストを立てる。ミストに替わってこの組織を使い、世界中の富も財宝も好き放題出来るだけの実力を持っている癖に、それを表に出す事は絶対にない。
確かに自分は世界の支配者で、それに見合った力もカリスマも、富も名誉も美貌も全て持っている。しかしそんな自分でさえ、この男ほどの忠臣を持てた事を天に感謝しているほどだ。
ふと、これだけの忠臣に対してこれまで褒美らしい褒美を与えて来なかったと思う。もうすぐ目標の一つである魔王退治が終わるのだ。そこまでくれば、褒美の一つや二つ与えないと主としての器量が問われかねない。
とはいえ、この男が何かを欲しいと言ってきたこともなく、正直何が欲しいのか分からなかった。
「お前に欲しい物はないのか?」
「突然ですね……んー、実は昔から欲しい者はあるんですけど、手に入れる為には命を全力で賭けてもまだ足りないくらいで……手が届かないんですよね」
「ほう……」
少し驚く。この無欲の権化とも思える男に、現状ですら手が届かないような物があるらしい。
「もっと早く手に入れとけばって思う時もあるんですけど、手に入れちゃったら手に入れたできっと価値がなかったんだろうなとも思います。ま、今更ですね」
「私が手に入れてやろうか?」
「あー……ミスト様でも、って言うよりミスト様だからこそ手に入れられない者なんで」
「よくわからん物言いだな? 世界の支配者たる私に手に入れられないものはないぞ」
富でも名誉でも『女以外』なら何でも与えてやれるというのに、不思議な男だと思う。そんな風に首を傾げていると、トールは穏やかに苦笑する。
「これは人の手を借りずに自分で手に入れないといけないものだから、頑張りますよ」
「そうか。まあお前がそう言うならいいがな」
ミストはこのトールのちょっと困ったような笑い方が嫌いでなかった。この顔が見たいがために、よく困らせる命令をしたものだ。
「ふ……」
随分と感傷に浸ってしまったが、それも終わりのようだ。
目の前には巨大な扉。その奥からは隠す気もないほど荒々しい魔力の渦。間違いない、この先に『世界を闇に覆う者』魔王クロノがいる。
ミストは振り向く。この場に来ている千人余の神官達。彼等はミストの勇姿を後世に称えるために付いてきた命知らず達だ。
隣に立つトールと二人から始まったこの旅路。その軌跡の証明とも言える彼等には夢と、そして未来を魅せる義務が自分にはある。
一度大きく息を吸い込み、ゆっくりと神官達を見据えながら口を開く。
「さあ、私に付いてきた愚か共よ! この世の中から逸れたはみ出し者共よ! 証明しようではないか! この世は誰のものだ? 神に選ばれた勇者のものか? 否! 違う! 世界を闇に覆う魔王でのものか? 否! 否だ!! 世界に中心は、この世界はこの世に生きとし生きる全ての生命の物だ! そして!」
黙ってじっと見つめる瞳を一人一人見つめ返し、不敵に笑ってやる。ゆっくり右手を心臓に当て、一呼吸を溜めた後、ゆっくり言葉を紡ぐ。
「私だ。その全ての生命の頂点に君臨するのはこの私、ミスト・フローディアだ! さあ括目せよ! 喝采せよ! これより貴様等は伝説を目にする事だろう! その生き証人として、この場にいられる栄誉を嚙み締めながら、この私の背を眼に焼き付けろぉ!」
オオオォという大きな歓声を受け、ミストは魔王の扉に向かって振り向く。
そしてゆっくりとその扉を開け、中へと入っていた。千人を超える神官達と、そして隣に一人の男を添えて。
この先に人類の敵にして世界を闇に覆う者、魔王クロノがいるのだ。ならば、例えその先が地獄の底であろうと、堂々と歩いて見せよう。
魔王クロノ。突如魔界より現れた彼の者は瞬く間に近隣諸国を滅ぼし、魔族達の領土を地上に生み出した。その力は人類の手に負えるレベルではなく、歴戦の猛者達が次々と破れる様は人々を絶望へと誘ったものだ。
そんな化物である相手とこれから殺し合いをする。そう思うと己の中に流れる血が滾るのを感じた。
最強、最強だ。もちろん人間の勇者も最強クラスに違いないだろうが、単体戦力という意味では間違いなく魔王が種として最強である。
これを滅ぼせば、間違いなく己が世界最強にして最優の個として証明できるだろう。
「ふっ……」
思えば遠くまで来たものだ、とミストは思う。
生まれた時から己の身に宿る神の存在は知覚していた。それが決して善の属するものではなく、この世の終わりの先に存在する悪しきモノだと言う事も理解していた。
己が本気を出してしまえばきっと、世界は滅びるだろう。そう確信していたからこそ、彼女は生まれた時からその力を隠してきたのだ。
だがこの身に宿る神はそれを許さなかった。
殺せ、壊せ、この世の全ての生きとし生きる生命を殺戮せよ。
毎夜ミストが眠りにつく度に、呪いのようにそう囁いて来る。時には体の自由すら奪い、何度死の淵を彷徨ったか数えきれないほどだ。
恐ろしかった。殺される事がではない。殺さなければ生きていけない自分の存在が恐ろしかった。
この身に宿るモノを仮に邪神と名付け、殺す手段を調べた。だが殺すためにどれだけ魔術を勉強しようと、邪神に近づく事さえ出来なかった。
日に日に強まる邪神の声。少しでもこの声を遠ざける為、手当たり次第に暴れた事もある。人を傷付け、物を壊し、周囲からは狂人だの破壊王女だの言われたが、そうしなければ我を保てる自信がなかったのだ。
次第に自分の周りからは人が離れていった。残ったのは暴れた自分を取り押さえる為の騎士と、わずかばかりの使用人だけ。
いっそ全てを投げ出して破壊衝動に呑まれるか、この身を絶つか。そんな事が頭に過ぎる程、追い詰められていた。
そんな時、一人の青年と出会う。
王城で噂にもなっていた、暗黒神官を天職に持った青年、トールだ。
一目見てわかった。自分には彼が必要だと。彼こそ、ミストが長年求めていた邪神へと繋がる鍵なのだと。絶対に手放してはならない存在だと。
トールは優秀だった。魔術を教えればすぐさま理解し、応用すら見せて見せる。知りたい情報は王族の力をフルに利用し、どんな情報も集めて来る。何より、ミストが隠してきた邪神の事さえ、察して見せた。そして邪神の囁きを押さえる術さえ見つけてきたのだ。
その時は興奮のあまり思わず抱き付いてしまった。そう言えば、抱き付かれたトールはアタフタと焦っていて見ものであったなと思い出して笑う。
「ミスト様?」
「ん? なんだ?」
「いや、ずいぶんと楽しそうだと思いまして」
魔王と戦う直前だからだろうか。トールがいつもより少し強張った声でそう尋ねてきた。
「思い出していたんだよ。お前と出会った時をな」
「それは、あまり思い出して欲しくない場面ですね……」
そういえば元々は乞食同然で襲い掛かってきたのだった。それを思うと思い出して欲しくないのも当然か。自分としてはいい思い出なのだが、と当時のトールを思い返してまた笑ってしまう。
思えば、あの時の出会いから全ては始まった。隣を歩く、己よりも頭二つは背の高い青年と、最初はたった二人。それが今やこの場にいない神官を含めると、千人を超える大所帯だ。
「最初は私達二人だったのに、ずいぶんと大きくなったものだ」
「そうですね。まあ、ミスト様のカリスマがそれだけ凄かったってことですね」
「まったく、貴様は……」
その言葉に呆れてしまう。確かに彼等が己を慕って付いて来てくれているのは知っている。しかし、ミストは決して無能ではない。団員のほとんどが、トールがリーダーだから付いて来ていることくらい理解していた。
この集団を作ったのはトールで、この集団を維持しているのもトールだ。自分がその旗印であることは理解しているが、仮に自分がいなくともトールがいればこの集団は別の形で残るだろう。そして、その逆はない。
だというのにこの男は決して己を前に出さず、常に一歩引いたところでミストを立てる。ミストに替わってこの組織を使い、世界中の富も財宝も好き放題出来るだけの実力を持っている癖に、それを表に出す事は絶対にない。
確かに自分は世界の支配者で、それに見合った力もカリスマも、富も名誉も美貌も全て持っている。しかしそんな自分でさえ、この男ほどの忠臣を持てた事を天に感謝しているほどだ。
ふと、これだけの忠臣に対してこれまで褒美らしい褒美を与えて来なかったと思う。もうすぐ目標の一つである魔王退治が終わるのだ。そこまでくれば、褒美の一つや二つ与えないと主としての器量が問われかねない。
とはいえ、この男が何かを欲しいと言ってきたこともなく、正直何が欲しいのか分からなかった。
「お前に欲しい物はないのか?」
「突然ですね……んー、実は昔から欲しい者はあるんですけど、手に入れる為には命を全力で賭けてもまだ足りないくらいで……手が届かないんですよね」
「ほう……」
少し驚く。この無欲の権化とも思える男に、現状ですら手が届かないような物があるらしい。
「もっと早く手に入れとけばって思う時もあるんですけど、手に入れちゃったら手に入れたできっと価値がなかったんだろうなとも思います。ま、今更ですね」
「私が手に入れてやろうか?」
「あー……ミスト様でも、って言うよりミスト様だからこそ手に入れられない者なんで」
「よくわからん物言いだな? 世界の支配者たる私に手に入れられないものはないぞ」
富でも名誉でも『女以外』なら何でも与えてやれるというのに、不思議な男だと思う。そんな風に首を傾げていると、トールは穏やかに苦笑する。
「これは人の手を借りずに自分で手に入れないといけないものだから、頑張りますよ」
「そうか。まあお前がそう言うならいいがな」
ミストはこのトールのちょっと困ったような笑い方が嫌いでなかった。この顔が見たいがために、よく困らせる命令をしたものだ。
「ふ……」
随分と感傷に浸ってしまったが、それも終わりのようだ。
目の前には巨大な扉。その奥からは隠す気もないほど荒々しい魔力の渦。間違いない、この先に『世界を闇に覆う者』魔王クロノがいる。
ミストは振り向く。この場に来ている千人余の神官達。彼等はミストの勇姿を後世に称えるために付いてきた命知らず達だ。
隣に立つトールと二人から始まったこの旅路。その軌跡の証明とも言える彼等には夢と、そして未来を魅せる義務が自分にはある。
一度大きく息を吸い込み、ゆっくりと神官達を見据えながら口を開く。
「さあ、私に付いてきた愚か共よ! この世の中から逸れたはみ出し者共よ! 証明しようではないか! この世は誰のものだ? 神に選ばれた勇者のものか? 否! 違う! 世界を闇に覆う魔王でのものか? 否! 否だ!! 世界に中心は、この世界はこの世に生きとし生きる全ての生命の物だ! そして!」
黙ってじっと見つめる瞳を一人一人見つめ返し、不敵に笑ってやる。ゆっくり右手を心臓に当て、一呼吸を溜めた後、ゆっくり言葉を紡ぐ。
「私だ。その全ての生命の頂点に君臨するのはこの私、ミスト・フローディアだ! さあ括目せよ! 喝采せよ! これより貴様等は伝説を目にする事だろう! その生き証人として、この場にいられる栄誉を嚙み締めながら、この私の背を眼に焼き付けろぉ!」
オオオォという大きな歓声を受け、ミストは魔王の扉に向かって振り向く。
そしてゆっくりとその扉を開け、中へと入っていた。千人を超える神官達と、そして隣に一人の男を添えて。
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