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第一話 古代龍を蹂躙せよ!
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既に深夜と言ってもいい時間帯。
石造りの神殿の一室、儀式場にも似た場所で黒いローブを纏った神官達が一人の少女を囲っていた。
「ククク、ハーハッハ!」
松明で照らされた神殿の中心部に描かれた巨大な魔法陣の前で、その少女が顔に手を当てて高笑いをし続ける。狂気に満ちたその声は途切れる事無く石造りの神殿に反響し、空間そのものを歪ませているかのようだ。
神殿そのものがこの世の地獄とも思わせるほど禍々しい。黒いローブの神官達は恐れ戦き、恐怖で身を竦ませている。そんな雰囲気の中、黄金の髪を持つ少女だけがまるで舞台役者のように輝いていた。
「神に選ばれた勇者? 世界を闇に覆う魔王? 世界の命運は二人の手に委ねられた? は、ははは! 全く笑わせてくれるではないか!」
その少女はあまりに美しかった。肩まで伸びた髪はまるで太陽のように黄金の輝きを見せ、同質の色を魅せる金色の瞳は伝説の神獣を彷彿とさせる。その雰囲気、佇まいはまだ十五の少女とは思えないほど威圧的で、周囲を囲む黒い神官達を圧倒していた。
「どこまでも愚かな! 愚かすぎる!」
少女が薙ぎ払うように手を振る。瞬間、爆発的な魔力が発生し、その矛先にいた黒い神官達が数名吹き飛ばされる。
「私だ――」
もう一振り、少女が腕を振るう。同時に吹き飛ばされる神官達。
少女の機嫌を損ねただけで消えてしまう命だと理解している神官達は恐怖に身を震わせ、それでも崇拝する少女への畏敬の念はわずかばかりの揺らぎもない。
「世界の中心はこの私、ミスト・フローディアだ!」
瞬間、ミストの背後の魔法陣から巨大な炎の龍が現れる。まるで神の如き存在感。矮小な人間など一飲み、いや僅かに触れただけでも消滅してしまうだろう。
龍は傲慢にも己を呼び出し起こした愚かで矮小な人間共を消してしまおうと、神殿全体を震わせるほどの咆哮と共に最も近くにいたミストへと襲い掛かる。
「それをこれから、証明して見せようではないか」
そう言って黄金の少女――ミスト・フローディアは短い犬歯を剥き出しにして笑うと、手を龍へと向けた。瞬間、まるで世界そのものを否定するかの如く空間が歪み始め、龍の動きが止まる。
それどころか少女を前に顔を上げる事すら許さないと言わんばかりに、地面に体全体が押し付けられるではないか。
苦しげに呻く龍へミストは一歩近づくと、龍の射殺さんばかりの視線を鼻で笑い、小さな足でその巨大な頭を踏みつける。
オオオオオ! と神官達が歓声を上げた。強大な力を持っているはずの龍が、少女に跪くように頭を下げるどころか、足で踏みつけられても何も出来ないでいるのだ。
どちらが上位者なのかなど、一目瞭然の光景である。
自分達の目に狂いはなかった! 彼女こそこの世界の支配者にして絶対者! 我らが絶対の主、ミスト・フローディア!
「括目せよ! 震撼せよ! 世界の支配者に相応しいのはこの私だ! 魔王でも勇者でもない! この私、ミスト・フローディアだ!」
神官達は一斉に歓声を上げた。この場の誰よりも小柄な、だが世界の誰よりも巨大な力を持った少女に崇拝の念を込めながら、大きな歓声を上げるのであった。
「ハハハ、ハハハハハ!」
少女が笑う。神官達も笑う。そんな中、たった一人顔を引き攣らせている男がいた。
神官達と同じ黒いローブを来た男は、ボサボサの黒髪に眠たげな瞳を大きく見開いて必死に腕を振るわせている。その視線の先は美しい黄金の少女、ではなくその足で頭を押さえつけられてる龍の方だ。
――いや、笑ってる場合じゃねえからぁぁぁ! この龍ガチな奴じゃねえかぁぁぁ!
心の中で叫びながら、全力で龍に向かって重力魔法を使い続ける。
男の名前は篠宮透。日本からこの異世界に召喚された勇者、に巻き込まれた一般人だ。
生まれも育ちも日本の彼がこんなファンタジー全開の場所で怪しい邪教の神官の真似事をしているのにはもちろん理由がある。
それは新入社員として会社の研修を受けた帰りの出来事だ。男二人女二人の四人組の近くをたまたま歩いていたら、いきなり魔法陣が足元に現れ、気が付けば王宮に立っていた。
しばらく説明を聞くと、どうやら魔王を倒して世界の平和をもたらす為、異世界から召喚されたらしい。説明によると魔王を倒したら帰れるとのことだが、透は若干疑っていた。何せ了承もなしに拉致同然で連れて来られたのだ。しかも殺し合いをしろと言ってくる。これを信じろと言う方が無理があるだろう。
とはいえ、実際に選択肢などない。相手は国の王様を筆頭に偉い人間達。こちらは何の権力もない一般人。いや、戸籍すらない以上それ以下の存在だ。
まるでゲームのようにステータスと天職が分かる世界。召喚した王宮の人間達の前でステータスを開示して勇者だと判明した四人に倣い、同じく開示したのが運の尽き。
天職に『暗黒神官』の文字が出た透は、ごく自然に王宮から追い出された。何でも邪神を崇拝する者にのみ現れる転職で、王国に翻意を抱く可能性があるからだという。
あんまりと言えばあんまりである。この世界の常識も何も知らないのに、邪神を崇拝するはず等ないだろう。そう言うも、相手はいずれ邪神を崇拝することが決まっているの一点張り。天職とはそういうものらしい。
殺されないだけ感謝しろ、と言われて感謝する馬鹿がどこにいるというのか。
金もない、身寄りもない、文字すら読めない異世界にいきなり放り出された透は飢えた。当然のように飢えた。せめて投獄でもしてくれれば最低限の食事が出来ただろうに、放り出されてはどうしようもない。
平和な日本で生きてきて、これまで当たり前の生を謳歌してきた透にとって、、これほど過酷な状況はかつて体験したことがなかった。
飢えによる思考の低下は限界に達し、もうこれは略奪する以外にないと覚悟を決めた透は、偶然にも通りかかった黄金の髪を持った少女に目を付ける。
明らかに平民とは異なる高価な服を着た少女に襲い掛かかろうとして、倒れた。そもそも体力の限界だったのだ。
――く、くくく。そうか貴様が王宮で話題になっていた暗黒神官か。面白い。貴様、私の下に付け。
倒れた透を己の部屋に連れ込んだ少女――王国の第二王女ミスト・フローディアは透の話を聞くと大層に笑いだしながらそう言った。
見た目にそぐわぬ物言いに呆れはしたが、倒れた自分を介抱したばかりか、ご飯まで恵んでくれた命の恩人である。例え自分を捨てた王族の一員であっても、あれほどの飢えを経験した透にとって、再び捨てられるわけにはいかなかった。そう、プライドを捨てて尻尾を振るには十分な経験だったのだ。
それから透は顔を隠し、ミストの付き人となった。王女ミストは傲慢な少女だ。世界は自分が中心に回っていると思っているし、その身に宿る魔力は世界すら滅ぼせると思っている。自分以上に美しい存在はいないと豪語し、弱い者苛めが大好きだ。
魔王すらいずれ潰すと言い切る姿は、一体どこのラスボスだろうと思ったものである。
そして困ったことに、このうちの半分くらいは当たっていると気付いたのは、付き人となって一年ほど経った頃だろうか。
まず一つ、世界は彼女が中心となって回っている。信じられない事だが、透はこれが本当かもしれないと思っていた。何せあまりにも彼女の都合のいいように世界が動くのだ。
ミストは傲慢な性格である。だから魔王のように王国、ひいては自分に仇名す存在を許しはしない。そして、己よりも目立つ存在である勇者もまた、彼女にとっては許せる存在ではなかった。
必ず潰す、とは彼女の言だ。そしてそんな魔王や勇者に対抗する為に出来上がったのが、ミストを中心とし、透を大司教とした暗黒教団である。この暗黒教団、決してミストが作ろうとしたわけでも、透が作ろうとしたわけではない。
なのに気付けば王国が魔王並に危険視している集団のトップである。ずっと付き人をしていたはずなのに、気付けばトップ。意味が分からなかった。
次にミストは世界すら滅ぼせる魔力を持っていると豪語しているが、これはただの勘違いである。いや、その身に邪神を宿しているという意味では間違っていないのだが、解放すれば死んでしまうのでやはり勘違いである。
そもそもミストは魔法が使えない。その事実をミスト本人が理解していないという、ある意味恐ろしい状況が続いてた。
何故そんな状況が続くのか。魔法が使えないのに周囲もミスト本人も、強大な魔力を持っていると勘違いし続けている。気付いているのは一部の教団員のみ。
これは簡単で複雑な話だ。
世界はミストを中心に回っている。ミストが気に入らない事があれば、その対象に突風が突き刺さる。ミストが魔獣を倒そうとすれば、隕石が降って来る。言っている意味が分からないかもしれないが、これが事実であった。恐ろしい事に、この世界はミストが望んだ結果通りに事が進むのである。
そしてこの世界で一番美しいと思っているが、これは透も認めていた。ミストこそこの世界で一番美しい少女だと、本気で思っている。
例え誰よりも傲慢で、魔法が使えないのに最高の魔法使いだと勘違いし、自分で自分を美人と言い切り、弱い者苛めが大好きなサディストであっても許せるくらい、透にとっては美しい少女なのだ。
それこそ、神の依代と言われても疑わないくらいに。
透は飢えを凌ぐためにミストへ下ったのではない。彼女を一目見て惚れたからこそ、彼女の下に付く事を決めたのだ。
そして今、暗黒教団の大司教トールとして、ミスト・フローディアの覇業を支えていた。
ミストが人を探していれば教団の情報網をフルに使って全力で探し、倒したい魔獣がいればミストが倒しているよう見せかけながら鍛えた重力魔術でぶち殺す。
他にも派手な演出が好きなミストの好みに合わせた魔術の習得に余念はなく、今ではミスト自身自分が魔術を使っていると思い込んでいるだろう。
暗黒教団大司教トール。彼の仕事は、世界を支配したがっている愛しい少女の夢を守るため、全力でサポートすることである。
――ちょっ! この龍マジやべぇぇぇ! 俺の重力魔術を押し返してきやがるぅぅぅ!
巨大な龍は矮小な存在である人間にここまでコケにされたことなどなかったのだろう。かつてない怒りは普段以上の力を発揮し、徐々に立ち上がり始める。
足を頭を乗せていたミストは、少し面白そうに龍を眺める。
「ふ、無駄な悪あがきを。そろそろ止めと行こうか」
そしてミストが指を鳴らした。瞬間、龍の胃袋から凄まじい轟音が鳴り響き、同時に白目を向いて地面に倒れた。
「くくく! はーっはっはっは! 何が千年生きた古代龍だ! 所詮はトカゲ! 生意気にも睨んできたが、私の敵ではないわ!」
再び龍の頭に足を乗せ、ご満悦なミスト。龍の口からモクモクと黒い煙がこぼれ出る。まるで、ミストが魔術で体内を爆発させたような光景だ。事実、ミストはそう思っているのだろう。
だが大司教トールは知っている。この爆発魔術を行使したのが、自分とは別の教団員であることを。
暗黒教団――別名ミストちゃんファンクラブ。
彼等はミストがどこまでもミストらしく、そして楽しく生きていけるようサポートするために集まった集団である。仮に彼女が本気で世界征服を始めたら、魔王だろうが勇者だろうが倒して実現させるつもりだった。全ては、ミストの笑顔を守るため!
今日も今日とて暗黒神官にして暗黒教団大司教トールを筆頭として、彼等は戦い続ける。全てはミストが楽しく笑える世界を作るため!
「くくく、はーはっはっは! 魔王も勇者も関係ない。纏めて潰してくれるわ!」
そう笑う姿はとても可憐で、トール含め教団員はみんな見惚れてしまう。心臓がドキドキと鼓動を早くし、この気持ちは恋に違いないと全員が思っていた。
ただ日本からやってきたトールは、やはり思う。この子、一体どこのラスボスなんだろう、と。
石造りの神殿の一室、儀式場にも似た場所で黒いローブを纏った神官達が一人の少女を囲っていた。
「ククク、ハーハッハ!」
松明で照らされた神殿の中心部に描かれた巨大な魔法陣の前で、その少女が顔に手を当てて高笑いをし続ける。狂気に満ちたその声は途切れる事無く石造りの神殿に反響し、空間そのものを歪ませているかのようだ。
神殿そのものがこの世の地獄とも思わせるほど禍々しい。黒いローブの神官達は恐れ戦き、恐怖で身を竦ませている。そんな雰囲気の中、黄金の髪を持つ少女だけがまるで舞台役者のように輝いていた。
「神に選ばれた勇者? 世界を闇に覆う魔王? 世界の命運は二人の手に委ねられた? は、ははは! 全く笑わせてくれるではないか!」
その少女はあまりに美しかった。肩まで伸びた髪はまるで太陽のように黄金の輝きを見せ、同質の色を魅せる金色の瞳は伝説の神獣を彷彿とさせる。その雰囲気、佇まいはまだ十五の少女とは思えないほど威圧的で、周囲を囲む黒い神官達を圧倒していた。
「どこまでも愚かな! 愚かすぎる!」
少女が薙ぎ払うように手を振る。瞬間、爆発的な魔力が発生し、その矛先にいた黒い神官達が数名吹き飛ばされる。
「私だ――」
もう一振り、少女が腕を振るう。同時に吹き飛ばされる神官達。
少女の機嫌を損ねただけで消えてしまう命だと理解している神官達は恐怖に身を震わせ、それでも崇拝する少女への畏敬の念はわずかばかりの揺らぎもない。
「世界の中心はこの私、ミスト・フローディアだ!」
瞬間、ミストの背後の魔法陣から巨大な炎の龍が現れる。まるで神の如き存在感。矮小な人間など一飲み、いや僅かに触れただけでも消滅してしまうだろう。
龍は傲慢にも己を呼び出し起こした愚かで矮小な人間共を消してしまおうと、神殿全体を震わせるほどの咆哮と共に最も近くにいたミストへと襲い掛かる。
「それをこれから、証明して見せようではないか」
そう言って黄金の少女――ミスト・フローディアは短い犬歯を剥き出しにして笑うと、手を龍へと向けた。瞬間、まるで世界そのものを否定するかの如く空間が歪み始め、龍の動きが止まる。
それどころか少女を前に顔を上げる事すら許さないと言わんばかりに、地面に体全体が押し付けられるではないか。
苦しげに呻く龍へミストは一歩近づくと、龍の射殺さんばかりの視線を鼻で笑い、小さな足でその巨大な頭を踏みつける。
オオオオオ! と神官達が歓声を上げた。強大な力を持っているはずの龍が、少女に跪くように頭を下げるどころか、足で踏みつけられても何も出来ないでいるのだ。
どちらが上位者なのかなど、一目瞭然の光景である。
自分達の目に狂いはなかった! 彼女こそこの世界の支配者にして絶対者! 我らが絶対の主、ミスト・フローディア!
「括目せよ! 震撼せよ! 世界の支配者に相応しいのはこの私だ! 魔王でも勇者でもない! この私、ミスト・フローディアだ!」
神官達は一斉に歓声を上げた。この場の誰よりも小柄な、だが世界の誰よりも巨大な力を持った少女に崇拝の念を込めながら、大きな歓声を上げるのであった。
「ハハハ、ハハハハハ!」
少女が笑う。神官達も笑う。そんな中、たった一人顔を引き攣らせている男がいた。
神官達と同じ黒いローブを来た男は、ボサボサの黒髪に眠たげな瞳を大きく見開いて必死に腕を振るわせている。その視線の先は美しい黄金の少女、ではなくその足で頭を押さえつけられてる龍の方だ。
――いや、笑ってる場合じゃねえからぁぁぁ! この龍ガチな奴じゃねえかぁぁぁ!
心の中で叫びながら、全力で龍に向かって重力魔法を使い続ける。
男の名前は篠宮透。日本からこの異世界に召喚された勇者、に巻き込まれた一般人だ。
生まれも育ちも日本の彼がこんなファンタジー全開の場所で怪しい邪教の神官の真似事をしているのにはもちろん理由がある。
それは新入社員として会社の研修を受けた帰りの出来事だ。男二人女二人の四人組の近くをたまたま歩いていたら、いきなり魔法陣が足元に現れ、気が付けば王宮に立っていた。
しばらく説明を聞くと、どうやら魔王を倒して世界の平和をもたらす為、異世界から召喚されたらしい。説明によると魔王を倒したら帰れるとのことだが、透は若干疑っていた。何せ了承もなしに拉致同然で連れて来られたのだ。しかも殺し合いをしろと言ってくる。これを信じろと言う方が無理があるだろう。
とはいえ、実際に選択肢などない。相手は国の王様を筆頭に偉い人間達。こちらは何の権力もない一般人。いや、戸籍すらない以上それ以下の存在だ。
まるでゲームのようにステータスと天職が分かる世界。召喚した王宮の人間達の前でステータスを開示して勇者だと判明した四人に倣い、同じく開示したのが運の尽き。
天職に『暗黒神官』の文字が出た透は、ごく自然に王宮から追い出された。何でも邪神を崇拝する者にのみ現れる転職で、王国に翻意を抱く可能性があるからだという。
あんまりと言えばあんまりである。この世界の常識も何も知らないのに、邪神を崇拝するはず等ないだろう。そう言うも、相手はいずれ邪神を崇拝することが決まっているの一点張り。天職とはそういうものらしい。
殺されないだけ感謝しろ、と言われて感謝する馬鹿がどこにいるというのか。
金もない、身寄りもない、文字すら読めない異世界にいきなり放り出された透は飢えた。当然のように飢えた。せめて投獄でもしてくれれば最低限の食事が出来ただろうに、放り出されてはどうしようもない。
平和な日本で生きてきて、これまで当たり前の生を謳歌してきた透にとって、、これほど過酷な状況はかつて体験したことがなかった。
飢えによる思考の低下は限界に達し、もうこれは略奪する以外にないと覚悟を決めた透は、偶然にも通りかかった黄金の髪を持った少女に目を付ける。
明らかに平民とは異なる高価な服を着た少女に襲い掛かかろうとして、倒れた。そもそも体力の限界だったのだ。
――く、くくく。そうか貴様が王宮で話題になっていた暗黒神官か。面白い。貴様、私の下に付け。
倒れた透を己の部屋に連れ込んだ少女――王国の第二王女ミスト・フローディアは透の話を聞くと大層に笑いだしながらそう言った。
見た目にそぐわぬ物言いに呆れはしたが、倒れた自分を介抱したばかりか、ご飯まで恵んでくれた命の恩人である。例え自分を捨てた王族の一員であっても、あれほどの飢えを経験した透にとって、再び捨てられるわけにはいかなかった。そう、プライドを捨てて尻尾を振るには十分な経験だったのだ。
それから透は顔を隠し、ミストの付き人となった。王女ミストは傲慢な少女だ。世界は自分が中心に回っていると思っているし、その身に宿る魔力は世界すら滅ぼせると思っている。自分以上に美しい存在はいないと豪語し、弱い者苛めが大好きだ。
魔王すらいずれ潰すと言い切る姿は、一体どこのラスボスだろうと思ったものである。
そして困ったことに、このうちの半分くらいは当たっていると気付いたのは、付き人となって一年ほど経った頃だろうか。
まず一つ、世界は彼女が中心となって回っている。信じられない事だが、透はこれが本当かもしれないと思っていた。何せあまりにも彼女の都合のいいように世界が動くのだ。
ミストは傲慢な性格である。だから魔王のように王国、ひいては自分に仇名す存在を許しはしない。そして、己よりも目立つ存在である勇者もまた、彼女にとっては許せる存在ではなかった。
必ず潰す、とは彼女の言だ。そしてそんな魔王や勇者に対抗する為に出来上がったのが、ミストを中心とし、透を大司教とした暗黒教団である。この暗黒教団、決してミストが作ろうとしたわけでも、透が作ろうとしたわけではない。
なのに気付けば王国が魔王並に危険視している集団のトップである。ずっと付き人をしていたはずなのに、気付けばトップ。意味が分からなかった。
次にミストは世界すら滅ぼせる魔力を持っていると豪語しているが、これはただの勘違いである。いや、その身に邪神を宿しているという意味では間違っていないのだが、解放すれば死んでしまうのでやはり勘違いである。
そもそもミストは魔法が使えない。その事実をミスト本人が理解していないという、ある意味恐ろしい状況が続いてた。
何故そんな状況が続くのか。魔法が使えないのに周囲もミスト本人も、強大な魔力を持っていると勘違いし続けている。気付いているのは一部の教団員のみ。
これは簡単で複雑な話だ。
世界はミストを中心に回っている。ミストが気に入らない事があれば、その対象に突風が突き刺さる。ミストが魔獣を倒そうとすれば、隕石が降って来る。言っている意味が分からないかもしれないが、これが事実であった。恐ろしい事に、この世界はミストが望んだ結果通りに事が進むのである。
そしてこの世界で一番美しいと思っているが、これは透も認めていた。ミストこそこの世界で一番美しい少女だと、本気で思っている。
例え誰よりも傲慢で、魔法が使えないのに最高の魔法使いだと勘違いし、自分で自分を美人と言い切り、弱い者苛めが大好きなサディストであっても許せるくらい、透にとっては美しい少女なのだ。
それこそ、神の依代と言われても疑わないくらいに。
透は飢えを凌ぐためにミストへ下ったのではない。彼女を一目見て惚れたからこそ、彼女の下に付く事を決めたのだ。
そして今、暗黒教団の大司教トールとして、ミスト・フローディアの覇業を支えていた。
ミストが人を探していれば教団の情報網をフルに使って全力で探し、倒したい魔獣がいればミストが倒しているよう見せかけながら鍛えた重力魔術でぶち殺す。
他にも派手な演出が好きなミストの好みに合わせた魔術の習得に余念はなく、今ではミスト自身自分が魔術を使っていると思い込んでいるだろう。
暗黒教団大司教トール。彼の仕事は、世界を支配したがっている愛しい少女の夢を守るため、全力でサポートすることである。
――ちょっ! この龍マジやべぇぇぇ! 俺の重力魔術を押し返してきやがるぅぅぅ!
巨大な龍は矮小な存在である人間にここまでコケにされたことなどなかったのだろう。かつてない怒りは普段以上の力を発揮し、徐々に立ち上がり始める。
足を頭を乗せていたミストは、少し面白そうに龍を眺める。
「ふ、無駄な悪あがきを。そろそろ止めと行こうか」
そしてミストが指を鳴らした。瞬間、龍の胃袋から凄まじい轟音が鳴り響き、同時に白目を向いて地面に倒れた。
「くくく! はーっはっはっは! 何が千年生きた古代龍だ! 所詮はトカゲ! 生意気にも睨んできたが、私の敵ではないわ!」
再び龍の頭に足を乗せ、ご満悦なミスト。龍の口からモクモクと黒い煙がこぼれ出る。まるで、ミストが魔術で体内を爆発させたような光景だ。事実、ミストはそう思っているのだろう。
だが大司教トールは知っている。この爆発魔術を行使したのが、自分とは別の教団員であることを。
暗黒教団――別名ミストちゃんファンクラブ。
彼等はミストがどこまでもミストらしく、そして楽しく生きていけるようサポートするために集まった集団である。仮に彼女が本気で世界征服を始めたら、魔王だろうが勇者だろうが倒して実現させるつもりだった。全ては、ミストの笑顔を守るため!
今日も今日とて暗黒神官にして暗黒教団大司教トールを筆頭として、彼等は戦い続ける。全てはミストが楽しく笑える世界を作るため!
「くくく、はーはっはっは! 魔王も勇者も関係ない。纏めて潰してくれるわ!」
そう笑う姿はとても可憐で、トール含め教団員はみんな見惚れてしまう。心臓がドキドキと鼓動を早くし、この気持ちは恋に違いないと全員が思っていた。
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落ちる!と思ったとたん、思わず、持っていたオーブを強く握ってしまったのだ。
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「XXXサバイバルセットが使用されました…。」
そして落ちた所が…。
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