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旗持ち勇者は挫けない!

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「さあ勇者殿! 受け取るがいい! これらは魔王と戦う為に世界各地から集めた神器と呼ばれる――」

 目の前には王様の格好をしたオッサン。

 もう、挫けそうだよ。

 以下略――



 とりあえず今日起きた事を簡単に思い出そうと思う。

 終業式が終わった帰り道。これから始まる夏休みに胸を躍らせていた俺は、コンクリートを上を歩いていた筈なのにいきなり落下する。

 は? と思うよりも早くに目の前の風景が変わり、正面には漫画なんかで出てきそうな格好をした王様っぽいオッサンがいた。

 おいマジかよ異世界召喚モノかよ。

 隣にはクラス一のモテ男と学校一の美人と評判の生徒会長、それにモテ男の幼馴染のクラスメイトの三人が呆気に取られた顔で立っていた。 

 ――なるほどな。

 すぐに事態を察しした俺はそこそこオタクである。


 以下略――

 ステータスオープン! 適正ジョブがわかる!

 以下略――

 モテ男、生徒会長、モテ男の幼馴染がそれぞれ勇者、大魔術師、聖女の卵であると言う事が判明。周りは大歓声と共にこれで世界は救われると大喜び。

 俺の番がまだなんですが……

 以下略――

 俺の適正ジョブが旗持ちだった。ゲーム的感覚だと支援魔法とか使えそうだが、残念ながらそんなことはないらしい。

 戦争モノとかでたまにいる、何処の軍か一目で分かる様にする人達のようだ。

 両手で滅茶苦茶大きい旗を持ってなきゃいけないんだから、どれだけステータスが高くても戦えないな。

 しかし一応勇者として召喚された筈だが、どうやら俺は巻き込まれだったようだ。これはもしかして、役立たずは死ねとかいう話では? と焦っていると、王様から

「勇者の旗持ちが倒れれば、それは勇者が倒れた事に他ならん。絶対にお主は倒れたはならんぞ。最悪の場合、どんなに情けなくても良い。逃げて、逃げて、逃げて逃げて生き延びるのじゃ」

 という熱の籠ったありがたい言葉に内心ガッツポーズをする。平和な日本に住んでいた高校生が戦えるはずないしな。とりあえず結構な名誉職っぽく重宝されそうな雰囲気にホッとした。

 この後、宝物子に案内されてそれぞれ神器を選ばせてもらえることに。

 以下略――

 召喚された夜、勇者達だけで話し合いが設けられた。

 クラスメイトや生徒会長とはいえ、ほとんど話したことのないメンバーだったので、改めて自己紹介をした。

 モテ男は滅茶苦茶爽やかで良い奴だった。生徒会長は一つ上の学年だが、ちょっと茶目っ気があるものの良い人だ。モテ男の幼馴染もちょっと人見知りするものの良い奴だ。

 俺以外の三人は仲良しだったらしい。モテ男を巡っての三角関係だが、険悪になるほどでもないようで、二人共いい人なのでどちらも頑張って欲しい。

 正直言えば、二人共モテ男に貰ってもらえばいいと思う。ここは異世界だし、日本の法律に守られている場所じゃないんだから。

 俺がそう言うと二人は頬を赤らめてモテ男を見る。だが鈍感なのかモテ男はクエスチョンマークを出していた。

 もげればいいのに。

 話を戻そう。

 モテ男は困っている人がいたら助けるのが当たり前だと素面で言える男だった。会長は悩んでいるものの、惚れた男がそう言うならと同調。幼馴染は怖がっているが、付いていく決めた。

 俺は魔王からこの世界を救いたいと言う気持ちは一切ないが、家族も他界し日本に未練があるわけじゃないので、とりあえず同郷の三人に付いていく方針にする。

 とはいえ、俺のやる事って言えばこいつらが戦っている間、後ろで眺めるか旗振るかしかなさそうだが。


 ――以下略


 翌朝から訓練が開始された。

 モテ男には騎士団長が、会長には宮廷魔術師が、幼馴染には教会の枢機卿とかいう人がマンツーマンで教えてくれるらしい。

 俺の場合は旗持ち長とかいう偉いのか偉くないのかよくわからない人が付いてくれた。応援団長みたいに暑苦しい人だったが悪い人ではなさそうだ。

「旗持ちはぁ! 例え軍が壊滅的になっても最期まで立ってなきゃならぁぁぁん!!!」

 一日に何度も言われた言葉だ。もう魂まで沁みついてしまったかもしれない。

 そして神器だからか、俺専用アイテムだからかわからないが、この旗は意外と軽かった。

 これが倒れなかったら勇者は倒れないことになっているらしいから、軽いのは良い事だ。


 ――以下略
 
 勇者としての初陣があった。リアルな死に触れて苦しいが、モテ男達はもっとしんどいと思うと頑張ろうと思う。

 ――以下略

 魔王軍の幹部と戦った。彼等には彼等の守るべきものがあると知って、戦いが怖くなる。

 ――以下略

 召喚されて2年ほど経っただろう。

 魔王軍との戦いは苦労の連続だった。元々争いのない世界から来たとは思えない程みんな強くなったが、相手も死にもの狂いで来るし、モテ男も会長も幼馴染はいつも傷付きながら戦っている。

 最初の頃は俺も旗を置いて戦おうとしたのだが、まるで呪われているかのように戦いの時は旗から手を離せないのだ。

 俺に出来る事は旗を振りながら応援だけだった。

 だが俺がいる事で国の兵士や国民が希望を捨てずにいられる事を考えると、大切な立場なのだと思う。

 勇者は生きている。勇者は生きて戦っている。だからみんな立ち上がれ! 

 そう俺は鼓舞し続けた。俺がモテ男達に出来る最大限の事だと思っていたから。

 モテ男とはお互いの事を話し合った。馬鹿な話もした。モテ男だけじゃない。会長とも幼馴染とも、沢山の事を話した。

 戦わない俺をただの旗持ちと馬鹿にせず、大切な仲間だと言ってくれた。この二年間で、彼等とは真に心を許し合う仲間になれたと思う。

 元の世界じゃ考えられないくらい、俺は彼等の事を信じていた。




 だが、勇者達は死んだ。

 突然だった。追い詰められた魔王軍は、四天王全員で俺達に襲い掛かってきた。

 モテ男達は確かに強くなったが、魔王軍最高幹部の四天王も強かった。

 お互い全身全霊を賭けてモテ男達は三日三晩戦い続け、幼馴染が、会長が、四天王が次々と倒れていく。そして最後の四天王を聖剣が貫いたと同時に、モテ男も力尽きてしまった。

 激しい戦いがあった場所とは思えない程静かだ。強くなる雨が流れる血を洗い流す中、俺は旗を持ったまま立ち尽くしてしまう。

「……おい、俺の旗はまだ立っているぞ? 勇者の旗はまだ立っているんだ! だから起きろよ! この旗が立っている限り、勇者は生きているんだから……」

 俺の声はきっと誰にも聞こえないくらいか細いものだったろう。

 七人の死体の前で一人立ち尽くす俺にはきっと、涙を流す権利などない。だってそうだろう、もし俺が戦えれば、四対四になっていたのだ。それならきっとモテ男達なら負けなかった。

 いや、駄目か。もし俺が戦えたとしても、四天王相手に互角に戦えるはずがない。彼等は皆、一人一人が勇敢な戦士だったのだから。

 会長と幼馴染をモテ男の傍に。四天王達は全員並べてやる。七人共、まるで眠っているかのように、だけど二度と目が醒めることはない。

 彼等を埋葬してやらないと。

 雨で地面が柔らかくなっていて良かった。人が何人も入る穴を掘るのは大変だが、筋力だけは人以上にある。

 穴を掘りながら、今後の事を考える。

 希望の勇者がいなくなった。絶望を撒き散らす魔族の幹部もいなくなった。これから先、人間と魔族の戦争は泥沼を辿る事だろう。

 だけどもうどうでもよかった。元々同郷のモテ男達がいたから、一緒に旅をしてきただけだ。命をかけてまでこの世界を助けたいとは思わなかったし、そもそも助けられるとも思わなかった。

「俺は……何の為にこの世界に呼ばれたんだ?」

 ただの旗持ちとしてなら別に、わざわざ異世界から呼ぶ必要なんて良かったじゃないか。こんな思いをするなら、元の世界で一所懸命に勉強して、きっちり働いて……それで……

「なあ教えてくれよ。教えて……くれよぉ……」

 勇者が死んで、旗持ちだけが生きている意味がどこにあるんだ。

 


「そうか……そうか……」

 モテ男達が死んだ。王都に戻りそう告げると、王は悲しそうに顔を伏せて顔を覆った。

 そんな顔をしないでくれよ。あんたが俺達を召喚したんだ。どうせなら役に立たん勇者達だと罵って、俺も殺して再召喚でも何でもしれくれればいいじゃないか。

 こんな、役立たずの勇者なんて、誰も望んでいないんだから。

「そんなことをするものか。約束通りお主は最後まで旗を折らず、勇敢に戦ってくれた。魔族軍ももはや力はないはず。この世界の事は、あとは我々で何とかしよう。すまなかった、ありがとう」

 四天王は死んだ。魔族の大部分の幹部達もこれまでの旅でほとんどいなくなったはず。確かに言葉の部分で見れば人間が圧倒的に有利になったようにも感じる。

 だけどずっとモテ男達の戦いを見てきた俺には分かる。魔族は人間よりも圧倒的に強い。数では勝っているかもしれないが、このまま戦えば例え幹部がいなくとも負けるのは人間だ。

 ましてやあの四天王よりも強い魔王がまだ控えているのだ。勝てる筈がなかった。

 だけど王はもういいと言う。王城の一室を与えるから、心と体を休めてくれと言ってくれる。

 俺には力がないから。違う、戦う意志がないからだ。




 言われた通り、与えられた部屋で日々を過ごす。たまに部屋の掃除に来てくれるメイドに近況などを聞くと、あまり良くない情報ばかりが返ってきた。

 負けた王国民は魔族の奴隷として、辛い日々を過ごしている。もはや残るはこの王都と、近隣の都市や村のみが残っているだけだそうだ。

 モテ男達と旅した街の住民達も奴隷にされたのか……

「この旗を見ろ! この俺を見ろ! 勇者は生きている。勇者は生きて戦っている! この旗がその証明だ! 立ち上がれ民よ! 立ち上がれぇぇぇ!」

 それは、過去の記憶だった。

 街ごと魔族軍の奴隷にされていて、さらにモテ男達が罠に嵌められ行方不明になり絶体絶命だったとき、俺は我武者羅に旗を振りかざした。

 モテ男達が生きている保証はなかったが、それでも俺は信じていた。アイツ等が簡単にやられるはずがないって。だから俺は俺の出来る事をしようって思ったのだ。

 俺が声を上げて旗を振る度に、生気のない瞳をしていた街の住民が立ち上がり、ぼろぼろの格好で戦い始めた。その士気は非常に高く、勇者に頼らず自力で魔族を追い返してしまったほどだ。

 窓の外を見る。すでに近くの街まで陥落してしまったようで、魔物達の群れが視認出来るところまで近づいて来ていた。

 城下はパニック状態に陥っているようにも見える。もはや、人間の敗北はあと僅かだろう。

「俺に、勇者の旗持ちの俺に、まだ出来る事ってあるのかな?」

 答えは返ってこない。だけど、モテ男、会長、幼馴染の言う言葉は例え聞こえなくても分かっていた。




 火の手が周り、そこはまるで地獄のようだった。

「おかあさん! おかあさん!」
「ああ! 逃げて、逃げてぇ!」

 幼い子供に襲い掛かろうとしてる魔族を、俺は旗を振り全力で薙ぎ払う。勇者として筋力は並の人間を遥かに超えている俺の一撃は、例え魔族であっても耐えられるものではなかった。

 俺は旗を地面に突き刺すと、この場にいる誰よりも大きな声で宣言する。

「この旗を見ろ! この俺を見ろ! これは希望の光! 勇者の証である! 勇者は生きている。勇者は生きて戦っている! この旗がその証明だ! 立ち上がれ民よ! 立ち上がれぇぇぇ!」

 俺が勇者だ。俺こそが希望だ!

 それを証明するように、この地獄のような城下町で俺は魔族相手に暴れ続けた。モテ男達がいた時はまるで呪いのように旗で戦うことなど出来なかったのが嘘のように、今は戦い続けた。

 そして一人救うたびに俺は声を張り上げる。

「立て! 立って戦え! この旗は勇者の証! この旗に続くやつ、全員が勇者だ! さあ家族のために! 国の為に! 友の為に恋人の為に何でもいい! ただ一つ、俺を信じて戦え! 戦え! 戦えぇ!」

 魔族を薙ぎ払う。助ける。声を張り上げる。未だに戦う意味が得られていない俺は、まるで機械のように同じことを繰り返していた。

 ただ、死んだとき仲間達の顔に泥を塗る様な死に方はしたくなかったんだ。

 なのに、城下に襲い掛かってきた魔族達を全滅させた時、気付けば俺の後ろには数えきれないほどの人が立っていた。

 まるで自分こそが真の勇者だと言わんばかりに瞳を輝かせ、この勇者の旗印の下に人々が集まってくる。持っている武器は貧層で、とても聖剣の勇者であったモテ男とは比べ物にならない。

 だけどその眼を俺は知っていた。その眼は、モテ男や会長、幼馴染達と同じ、この世界を救おうとする眼だ。

 彼等の後ろに、モテ男達の姿を幻視した。

「あ……」

 気が付けば、俺は涙を流していた。

 そうだ、俺はあいつ等の仲間だったんだ。だったら、いつまでも挫けてないで、やらなくちゃいけない事があったじゃないか。

 涙をぬぐう。力強く勇者の旗を地面に刺し、俺は声高々と宣言する。

「さあ勇者達よ! これからは反撃の時間だ! この旗が倒れない限り勇者は不滅! 死を恐れるな! 例え倒れても、その意思は次の勇者に引き継ぎ次世代へと繋がっていく! 我らはこれより先、勝つまで戦い続ける! 何度でも言う! この旗が倒れない限り、勇者の心は不滅である! 戦え、戦え、戦い続けろ! その先に、俺達の未来が待っている!」

 この言葉と共に、王国民が熱狂的に声を上げて吼える。

 それを見た俺は、これから先きっと地獄に堕ちるだろうと思った。モテ男達はきっと天国に行くだろうから、会う事は出来ないなと思うと残念だが仕方がない。

 その代わり、この旗だけは絶対に折らせない。これが折れない限り、勇者は不滅なのだから。俺の心が挫けない限り、人間達の敗北はないのだから。

 俺は魔王を倒すその瞬間、最期の最期まで勇者の旗印であり続けよう。

 だからみんな、見守っていてくれ。

 戦争が終わる、その日まで。
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