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月下の水面
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深い森の中を静かに流れる小川。
俺はその川の中で、仰向けになって力無く浮かんでいた。
緩やかな川の流れに乗って、下流へと運ばれているようだった。
水に浸かっている俺の身体の周りは、赤黒く染まっている。
俺が負った深傷から、大量の血が流れ出ているのだろう。
全身に力が入らない。
それでも、右手に持つ愛刀は手放すまいと、残った力で握りしめる。
こいつは侍である俺の魂だ。
どんな状況に陥ったとしても、それだけは失う訳にはいかなかった。
朦朧とする意識をなんとか保ち、俺は星の浮かぶ夜空を眺めながら物思いに耽る。
この森に住み着いた凶悪な妖怪。オオイタチをなんとか討伐することができた…。
その妖怪は熊よりも大きい姿をしていて、近辺の村に出没しては人を襲い、暴虐の限りを尽くしていた。
それに困り果てた幕府は勅令を出し、急ごしらえの討伐隊を結成したのだった。
人々の安寧のためと思い、俺は志願して討伐隊に参加した。
仲間達と共に、使命を果たすためにこの森へ足を運び、死闘の末にトドメの一撃を奴に与えることができたのだ。
しかし、戦いの中で多くの仲間が命を失った。
そして俺自身も、あと少しでその仲間達の後を追うことになるだろう。
オオイタチの牙と爪は鋭く、動きは俊敏。
その攻撃を完全にしのぐことは出来なかった。
人々に、「人間相手に敵無しの剣豪」と謳われていた俺ですら、奴とは刺し違えることで精一杯。
とてつもない強さを持った敵であった。
そして、最後の瞬間に川へと落下してしまった俺は、重傷で体が動かせず、今こうして川に流されているのだ。
はぐれてしまった生き残りの仲間達は、俺の事を探しているだろうか。
せめて骨だけでも拾ってもらいたい。
四十年近く生きてきたが、そんな気持ちが湧くことを死の淵に立って初めて知った。
誰に看取られる事もないというのは、人の為に命を張り、戦った者の最後にしては寂しい気もする。
それでも、せめて侍として死を迎えられるよう、刀だけは決して手放すまい。
そう思って残った力を振り絞り、俺は愛刀を握りしめるのだった。
「おったぞ! あそこじゃ!」
不意に、女の声が俺の耳に届く。
まともに五感が働かなくなりつつある俺は、それが何と言っているのか聞き取れない。
「ほれ! さっさと引き上げんか! わらわは泳げんのじゃ!」
水面に何かが落ちる音がした。
しばらくして、俺の体は水中を引っ張られる。
引きずられるようにして、俺の体は岸へと上げられた。
「だれ…だ?」
仰向けにされた俺の瞳に、人影が写る。
霞んだ視界では、森の緑と重なってぼやけてしまうため、それがどの様な人物なのか分からなかった。
「よかった…、まだ息があるようじゃ…」
人影がそう口にする。
そこで俺の意識は途絶えた。
それが死んだということなのか、単に眠りに落ちただけなのか、自分では判断することができなかった。
俺はその川の中で、仰向けになって力無く浮かんでいた。
緩やかな川の流れに乗って、下流へと運ばれているようだった。
水に浸かっている俺の身体の周りは、赤黒く染まっている。
俺が負った深傷から、大量の血が流れ出ているのだろう。
全身に力が入らない。
それでも、右手に持つ愛刀は手放すまいと、残った力で握りしめる。
こいつは侍である俺の魂だ。
どんな状況に陥ったとしても、それだけは失う訳にはいかなかった。
朦朧とする意識をなんとか保ち、俺は星の浮かぶ夜空を眺めながら物思いに耽る。
この森に住み着いた凶悪な妖怪。オオイタチをなんとか討伐することができた…。
その妖怪は熊よりも大きい姿をしていて、近辺の村に出没しては人を襲い、暴虐の限りを尽くしていた。
それに困り果てた幕府は勅令を出し、急ごしらえの討伐隊を結成したのだった。
人々の安寧のためと思い、俺は志願して討伐隊に参加した。
仲間達と共に、使命を果たすためにこの森へ足を運び、死闘の末にトドメの一撃を奴に与えることができたのだ。
しかし、戦いの中で多くの仲間が命を失った。
そして俺自身も、あと少しでその仲間達の後を追うことになるだろう。
オオイタチの牙と爪は鋭く、動きは俊敏。
その攻撃を完全にしのぐことは出来なかった。
人々に、「人間相手に敵無しの剣豪」と謳われていた俺ですら、奴とは刺し違えることで精一杯。
とてつもない強さを持った敵であった。
そして、最後の瞬間に川へと落下してしまった俺は、重傷で体が動かせず、今こうして川に流されているのだ。
はぐれてしまった生き残りの仲間達は、俺の事を探しているだろうか。
せめて骨だけでも拾ってもらいたい。
四十年近く生きてきたが、そんな気持ちが湧くことを死の淵に立って初めて知った。
誰に看取られる事もないというのは、人の為に命を張り、戦った者の最後にしては寂しい気もする。
それでも、せめて侍として死を迎えられるよう、刀だけは決して手放すまい。
そう思って残った力を振り絞り、俺は愛刀を握りしめるのだった。
「おったぞ! あそこじゃ!」
不意に、女の声が俺の耳に届く。
まともに五感が働かなくなりつつある俺は、それが何と言っているのか聞き取れない。
「ほれ! さっさと引き上げんか! わらわは泳げんのじゃ!」
水面に何かが落ちる音がした。
しばらくして、俺の体は水中を引っ張られる。
引きずられるようにして、俺の体は岸へと上げられた。
「だれ…だ?」
仰向けにされた俺の瞳に、人影が写る。
霞んだ視界では、森の緑と重なってぼやけてしまうため、それがどの様な人物なのか分からなかった。
「よかった…、まだ息があるようじゃ…」
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そこで俺の意識は途絶えた。
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