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約束
1.
しおりを挟む時間が過ぎ、すでに日は落ちている。
それでも夏祭りの会場は、提灯や屋台の明かりで照らされて明るかった。
境内の奥に進むと、そこには木造の大きな社があった。
社の前には屋台が無く、広場のようになっている。
近くに建っている仮設テントの中には、祭りを運営するスタッフが数人立っていた。
どうやらそこで線香花火を配っているらしく、賽銭箱の前は、花火を楽しむカップルや子供達で賑わっていた。
「舞葉、線香花火やっていく?」
「…私じゃ、すぐに落としちゃうの分かってるくせに」
僕の問いに舞葉は頬を膨らませて、首を横に振る。
「私は見てるから、景太君が両手で私の分もやってよ」
「ええ…、意味あるのかなそれ」
彼女の要求に、僕は困惑しながら花火をもらいにいく。
おじさん同士で笑い話をしているテントのスタッフは、僕を見ると線香花火を差し出してきた。
「悪いね。こいつが最後の一本だけど、大丈夫かい?」
「そうなんですか…。問題無いです」
「ありゃ。なんだい兄ちゃん、一人できたんかい!」
おじさんは大きな声で言う。
近くの人々の視線がこちらに向けられて、僕は恥ずかしくて顔を赤くした。
「ち、違いますよ!」
僕はそう言って、少し離れている舞葉の方へ視線を送る。
彼女は笑って吹き出しながら、僕達に向かって手を振っていた。
「がはは! そりゃすまんすまん!」
大笑いするおじさんの手から、僕は線香花火をかすめ取ってその場を後にする。
「ふふ。おじさんひどいね…」
戻った僕を見て、舞葉は笑いそうになるのを必死に堪えている。
僕は不貞腐れながらしゃがみ込んで、おじさんにもらったマッチで花火に火を着ける。
片手でぶら下げた線香花火が、音を立てて小さな火花を散らす。
僕の隣にしゃがんだ舞葉の瞳には、線香花火の光が映し出されていた。
「綺麗だね…」
感慨深そうに舞葉は呟く。
「そうだね…。でも、すぐに終わっちゃうから、なんだか切ない気持ちにさせられちゃうよ」
僕の言葉を聞いた舞葉は黙っていた。
ふと視界に入った地面に、舞葉は視線を移した。
近くの茂みの根本には、死んでいるセミの亡骸が落ちていて、その亡骸に沢山の蟻が集まっている。
「あっ、落ちちゃった…」
線香花火の火種が地面に落ちて、僕は呟く。
よそ見をしていたため、舞葉は最後の瞬間を見逃していた。
それに気づいた彼女は、残念そうに肩を落とす。
「なんだか夏の風物詩って、終わりが儚いものばかりだね…」
力無く立ち上がった舞葉は、遠くの方を仰ぎ見る。
「…ねえ、覚えてる? 一年くらい前に、景太君とお父さんが喧嘩しちゃった時のこと」
舞葉の言葉を聞いて、僕は困った顔をする。
その思い出は僕にとって苦いものだった。
「あれは喧嘩じゃないよ。…ちょっと言い合いになっただけさ」
僕はしゃがみ込んだまま、舞葉の問いかけに答える。
「僕が悪かったんだ。…舞葉の病気に気づいていなかったとはいえ、夜霧さんに生意気な事を言っちゃったんだから」
そう言って立ち上がり、舞葉と同じ方向を仰ぎ見た。
「私の病気かぁ…。あの時、私どうなっちゃうのかと思ったよ…」
そう口にする舞葉の顔を、僕はチラリと見る。
遠くを眺める舞葉の瞳には、夜空の星が映り込んでいた。
「私とした約束も、ちゃんと覚えてる?」
僕と目が合った舞葉は、真剣な表情で問いかけてくる。
「もちろん…。忘れる訳がないだろう」
僕は視線を逸らさずに、真っ直ぐに彼女を見つめ続ける。
それは彼女との大切な約束。
僕の頭の中を、その時の記憶が駆け巡る。
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