薬指に咲く

雨宮羽音

文字の大きさ
上 下
11 / 17
約束

1.

しおりを挟む

時間が過ぎ、すでに日は落ちている。
それでも夏祭りの会場は、提灯ちょうちんや屋台の明かりで照らされて明るかった。

境内けいだいの奥に進むと、そこには木造の大きなやしろがあった。
社の前には屋台が無く、広場のようになっている。

近くに建っている仮設テントの中には、祭りを運営するスタッフが数人立っていた。
どうやらそこで線香花火を配っているらしく、賽銭箱さいせんばこの前は、花火を楽しむカップルや子供達で賑わっていた。

「舞葉、線香花火やっていく?」

「…私じゃ、すぐに落としちゃうの分かってるくせに」

僕の問いに舞葉は頬を膨らませて、首を横に振る。

「私は見てるから、景太君が両手で私の分もやってよ」

「ええ…、意味あるのかなそれ」

彼女の要求に、僕は困惑しながら花火をもらいにいく。
おじさん同士で笑い話をしているテントのスタッフは、僕を見ると線香花火を差し出してきた。

「悪いね。こいつが最後の一本だけど、大丈夫かい?」

「そうなんですか…。問題無いです」

「ありゃ。なんだい兄ちゃん、一人できたんかい!」

おじさんは大きな声で言う。
近くの人々の視線がこちらに向けられて、僕は恥ずかしくて顔を赤くした。

「ち、違いますよ!」

僕はそう言って、少し離れている舞葉の方へ視線を送る。
彼女は笑って吹き出しながら、僕達に向かって手を振っていた。

「がはは! そりゃすまんすまん!」

大笑いするおじさんの手から、僕は線香花火をかすめ取ってその場を後にする。

「ふふ。おじさんひどいね…」

戻った僕を見て、舞葉は笑いそうになるのを必死にこらえている。
僕は不貞腐ふてくされながらしゃがみ込んで、おじさんにもらったマッチで花火に火を着ける。

片手でぶら下げた線香花火が、音を立てて小さな火花を散らす。

僕の隣にしゃがんだ舞葉の瞳には、線香花火の光が映し出されていた。

「綺麗だね…」

感慨かんがい深そうに舞葉はつぶやく。

「そうだね…。でも、すぐに終わっちゃうから、なんだか切ない気持ちにさせられちゃうよ」

僕の言葉を聞いた舞葉は黙っていた。

ふと視界に入った地面に、舞葉は視線を移した。
近くのしげみの根本には、死んでいるセミの亡骸なきがらが落ちていて、その亡骸に沢山のありが集まっている。

「あっ、落ちちゃった…」

線香花火の火種が地面に落ちて、僕はつぶやく。

よそ見をしていたため、舞葉は最後の瞬間を見逃していた。
それに気づいた彼女は、残念そうに肩を落とす。

「なんだか夏の風物詩ふうぶつしって、終わりがはかないものばかりだね…」

力無く立ち上がった舞葉は、遠くの方をあおぎ見る。

「…ねえ、覚えてる? 一年くらい前に、景太君とお父さんが喧嘩けんかしちゃった時のこと」

舞葉の言葉を聞いて、僕は困った顔をする。
その思い出は僕にとって苦いものだった。

「あれは喧嘩じゃないよ。…ちょっと言い合いになっただけさ」

僕はしゃがみ込んだまま、舞葉の問いかけに答える。

「僕が悪かったんだ。…舞葉の病気に気づいていなかったとはいえ、夜霧やぎりさんに生意気な事を言っちゃったんだから」

そう言って立ち上がり、舞葉と同じ方向を仰ぎ見た。

「私の病気かぁ…。あの時、私どうなっちゃうのかと思ったよ…」

そう口にする舞葉の顔を、僕はチラリと見る。
遠くを眺める舞葉の瞳には、夜空の星が映り込んでいた。

「私とした約束も、ちゃんと覚えてる?」

僕と目が合った舞葉は、真剣な表情で問いかけてくる。

「もちろん…。忘れる訳がないだろう」

僕は視線をらさずに、真っ直ぐに彼女を見つめ続ける。

それは彼女との大切な約束。
僕の頭の中を、その時の記憶が駆け巡る。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

妊娠したのね・・・子供を身篭った私だけど複雑な気持ちに包まれる理由は愛する夫に女の影が見えるから

白崎アイド
大衆娯楽
急に吐き気に包まれた私。 まさかと思い、薬局で妊娠検査薬を買ってきて、自宅のトイレで検査したところ、妊娠していることがわかった。 でも、どこか心から喜べない私・・・ああ、どうしましょう。

婚約者

詩織
恋愛
婚約して1ヶ月、彼は行方不明になった。

好青年で社内1のイケメン夫と子供を作って幸せな私だったが・・・浮気をしていると電話がかかってきて

白崎アイド
大衆娯楽
社内で1番のイケメン夫の心をつかみ、晴れて結婚した私。 そんな夫が浮気しているとの電話がかかってきた。 浮気相手の女性の名前を聞いた私は、失意のどん底に落とされる。

ずぶ濡れで帰ったら彼氏が浮気してました

宵闇 月
恋愛
突然の雨にずぶ濡れになって帰ったら彼氏が知らない女の子とお風呂に入ってました。 ーーそれではお幸せに。 以前書いていたお話です。 投稿するか悩んでそのままにしていたお話ですが、折角書いたのでやはり投稿しようかと… 十話完結で既に書き終えてます。

【完結】忘れてください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。 貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。 夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。 貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。 もういいの。 私は貴方を解放する覚悟を決めた。 貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。 私の事は忘れてください。 ※6月26日初回完結  7月12日2回目完結しました。 お読みいただきありがとうございます。

最近様子のおかしい夫と女の密会現場をおさえてやった

家紋武範
恋愛
 最近夫の行動が怪しく見える。ひょっとしたら浮気ではないかと、出掛ける後をつけてみると、そこには女がいた──。

形だけの正妃

杉本凪咲
恋愛
第二王子の正妃に選ばれた伯爵令嬢ローズ。 しかし数日後、側妃として王宮にやってきたオレンダに、王子は夢中になってしまう。 ローズは形だけの正妃となるが……

処理中です...