あと少しの生命なら

sawa

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目を開いて一番最初に見えたものは自室の天井だった。腕を動かそうとした時に、今までとは比べものにならないほどの痛みが脳を支配した。悲鳴に近い声を出そうとしても、体がそれを拒否しているかのように息しか出すことは叶わなかった。

「起きられましたか、セシリア様。」

そう声をかけてきたのは、侯爵家にいたときに体を見てくれた医者だった。
話を聞けば、倒れたセシリアをブルーノが部屋に運んだあと、病気だったのではないかと疑い、夜遅かったが馬を飛ばして侯爵家を訪ね医者を連れてきたのだそうだ。
倒れる前に聞いた言葉を発する人と同一人物とは思えない行動だった。

医者が水を口に運んで飲ませてくれた。乾いていた喉が潤ったはずなのに声は出てくれなかった。

「精神的から来るものでしょうね。一時期のことか、これからずっとかは、セシリアさん次第ですよ。」
そう医者は言ったが、セシリアはもう出ないことを悟った。礼でさえももう言うことが出来ないのかと、自分が出来る最低限のことも出来ないのかと絶望した。

「セシリアさん。こちらに来てから、体を使うような運動をしましたか?」
首を横に振る。
「では、誰かに暴力を振られるようなことがありましたか?」
また首を横に振る。
「吐血する血は赤黒いままですか?」
今度は肯定をするように首を縦に振った。

他にも色々な質問をした医者は、全て聞き終わったあと、初めて会った時のように死にそうな顔をして言った。

「運動を何もしていないのに拍動が速すぎるんです。心臓に負荷が有り得ないほどかかっているんです。侯爵家の時の傷が既に治ってもいいはずなのにまだ治っていないんです。四肢の腱がちぎれかかっているんですよ。どうして……どうして公爵家に来てまでも我慢し続けるんですか!」

そんなの、魔力なしだからに決まっている。魔力持ちの貴方に言われたくない。そう言いたかったが声は出ないし伝えることは叶わなかった。自分だって我慢せずに叫びたい。だけれど、魔力がないから、自分のことなど語るなんて烏滸がましいのだ。所詮魔力なしは人権などあってもないものなのだ。
誰よりも言いたい人間に、そう叫ぶ医者に、少なからずも怒りを抱いた。


ブルーノに呼ばれなければ、身体中が痛いと、苦しいと専属侍従に零してしまっていたであろう。
きっと、アルフォンス家の人間に遊ばれていると気づかなければ、信じてしまっていたのだろう。いや、既に信じてしまっていた。
だからこんなにも心臓が痛いのだ。裏切られたと勝手に勘違いしていた。信じてしまった自分が悪いのだ。

自分が悪い、自分が悪い、自分が悪い、そう思い込むことで心臓の痛みを逃がそうとした。
きっとセシリアが苦しそうな顔をしたのだろう。医者も苦しそうな顔をして、セシリアの枕元に水と薬を置いた。


「セシリア様。これは痛み止めです。常に痛みが生じているから別にいいと飲まないなどということはしないでください。確かに飲み続ければ効果は薄まるでしょうがまだ先の話ですから。これから毎日お邪魔させていただきます。公爵様にも許可は頂きました。腕をあまり動かさなくてもいいような会話の方法も考えてみますね。……セシリア様、少しずつ、少しずつでいいので私を信じてもらえれば幸いです。」



そう言って医者は部屋を出ていった。
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