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アルフォンス公爵家に来た時に感じたことといえば、本当に魔力なしに行う対応なのだろうかという疑問であった。
初めて公爵家に来た時には使用人全員で出迎えをされた。ほとんど初めて他人に笑顔を向けられた。初めて、硬くないパンを食べた。初めてふかふかのベッドで寝た。初めて掃除を自分でやらない日を過した。
今までの生活と比べたら、それは何よりも幸せな日常であった。
ただひとつ言うことがあるとすれば、夫であるブルーノにたった一度も会ったことがないということだ。結婚式なるものは開いておらず、書類上での夫婦になっただけである。セシリアはブルーノの顔も知らなかった。性格も、声も、好きなものも何も知らない。知っているのはアルフォンス公爵家の現当主であるということだけだった。
1度も会うことがないまま1ヶ月が過ぎた。
ある時、専属侍従に夜遅くに起こされた。帰ってきたブルーノに呼ばれているとのことだった。
セシリアはブルーノに、こんなに素晴らしい生活を送らせてくださる方なのだからきっととても優しい方であると期待し、少し心を躍らせながらブルーノの元に急いだ。
呼ばれた書斎にいたブルーノは、疲れている色は見えるものの、銀髪が月明かりに反射して絹のように輝きを帯びており、なんて綺麗な方なのだろうかと息を飲むほどだった。
「っ貴方がセシリア嬢であるか。」
少し見開いた紫苑の瞳はセシリアを映した。
すぐに何事も無かったかのように取り繕われたその瞳には静かな怒りが滲んでいた。
「はい、私がセシリアでございます。このような素晴らしい生活をありが「そういうのはいい。君が裏で何を思っているか知っている。私の前だからと綺麗事を言うとはやめろ。」
セシリアはブルーノが何を言っているか全くわからなかった。裏で何を思うも何も、心の底からそう思っているのだ。
「あの、何を仰っているのかわかりません……」
セシリアがそう言うとブルーノは大きなため息をついた。その後に向けられたのは確実なる敵意であった。
「君の使用人への横暴な態度はこちらに何度も伝わっているんだ。さすがにもうこれ以上は黙っている訳にはいかない。いつまでもしらを切られるのは胸糞が悪い。自分がどんな立場なのか理解しているのか?」
セシリアは困惑した。使用人にはきちんと毎回礼を欠かしていない。掃除を邪魔することも、用意されたご飯を残すこともしていない。ブルーノの言う使用人に何か横暴なことなど1度もした覚えがないのだ。
「本当に何を仰っているのかわからないのですが、どのようなことを私がしたのか教えていただけないでしょうか?」
ブルーノは2回目の大きなため息をつき、言った。
「初日にもかかわらず誰にも挨拶に行かずに自室に篭もり食事も部屋に運ばせた。掃除も自分でやらない。当主である私が帰ってきたにも関わらず出迎えもしない。さすがにここまで言われればわかるだろう?」
素晴らしい生活なんかではなかった。全てセシリアの勘違いだった。ブルーノも優しい人でもなかった。考えが甘かった。魔力なしがこんな生活を送ることが出来るはずがなかったのだと思い知らされた。
結局アルフォンス家の人も、ルシファー家の人も同じだったのだ。どんな所でも、同じなのだ。
セシリアは信じかけていたアルフォンス家に盛大に裏切られたのであった。
1度信じかけてしまって柔くなってしまったセシリアの心臓が嫌な音を立てながら痛みを生じた。ルシファー家にいた時よりも痛い気がした。
これから何を言われるかは、分かっている。
どうせまた魔力なしがと罵られる。
これだからと。
自分で、こんなに人ではないような扱いを受けるのは魔力なしだから仕方ないと逃げるために使うのではないもの。
確実に罵られるために使われる魔力なしという言葉は呪いのようにセシリアを侵した。
「これだから魔力なしはだめなんだ。公爵家に嫁いだからと公爵家の人間になれると思っているのか?どこに嫁いだところで魔力がないということは変わらない。調子に乗るな。これからはきちんと魔力なしとしての振る舞いをしろ。」
追い討ちのようにかけられた言葉の刃はセシリアを着実に傷つけ、切り裂いた。
セシリアの体を支配する四肢の痛みは今は感じなかった。
セシリアの耳には激しい鼓動が響く。他には何も聞こえない。
大きな拍動をする心臓がただただ辛く、身体中を巡る血が、ここから出せとでも言うように熱く、熱く主張していた。
セシリアが倒れる寸前に見たのは驚いたように紫苑が開かれるブルーノの姿だった。
初めて公爵家に来た時には使用人全員で出迎えをされた。ほとんど初めて他人に笑顔を向けられた。初めて、硬くないパンを食べた。初めてふかふかのベッドで寝た。初めて掃除を自分でやらない日を過した。
今までの生活と比べたら、それは何よりも幸せな日常であった。
ただひとつ言うことがあるとすれば、夫であるブルーノにたった一度も会ったことがないということだ。結婚式なるものは開いておらず、書類上での夫婦になっただけである。セシリアはブルーノの顔も知らなかった。性格も、声も、好きなものも何も知らない。知っているのはアルフォンス公爵家の現当主であるということだけだった。
1度も会うことがないまま1ヶ月が過ぎた。
ある時、専属侍従に夜遅くに起こされた。帰ってきたブルーノに呼ばれているとのことだった。
セシリアはブルーノに、こんなに素晴らしい生活を送らせてくださる方なのだからきっととても優しい方であると期待し、少し心を躍らせながらブルーノの元に急いだ。
呼ばれた書斎にいたブルーノは、疲れている色は見えるものの、銀髪が月明かりに反射して絹のように輝きを帯びており、なんて綺麗な方なのだろうかと息を飲むほどだった。
「っ貴方がセシリア嬢であるか。」
少し見開いた紫苑の瞳はセシリアを映した。
すぐに何事も無かったかのように取り繕われたその瞳には静かな怒りが滲んでいた。
「はい、私がセシリアでございます。このような素晴らしい生活をありが「そういうのはいい。君が裏で何を思っているか知っている。私の前だからと綺麗事を言うとはやめろ。」
セシリアはブルーノが何を言っているか全くわからなかった。裏で何を思うも何も、心の底からそう思っているのだ。
「あの、何を仰っているのかわかりません……」
セシリアがそう言うとブルーノは大きなため息をついた。その後に向けられたのは確実なる敵意であった。
「君の使用人への横暴な態度はこちらに何度も伝わっているんだ。さすがにもうこれ以上は黙っている訳にはいかない。いつまでもしらを切られるのは胸糞が悪い。自分がどんな立場なのか理解しているのか?」
セシリアは困惑した。使用人にはきちんと毎回礼を欠かしていない。掃除を邪魔することも、用意されたご飯を残すこともしていない。ブルーノの言う使用人に何か横暴なことなど1度もした覚えがないのだ。
「本当に何を仰っているのかわからないのですが、どのようなことを私がしたのか教えていただけないでしょうか?」
ブルーノは2回目の大きなため息をつき、言った。
「初日にもかかわらず誰にも挨拶に行かずに自室に篭もり食事も部屋に運ばせた。掃除も自分でやらない。当主である私が帰ってきたにも関わらず出迎えもしない。さすがにここまで言われればわかるだろう?」
素晴らしい生活なんかではなかった。全てセシリアの勘違いだった。ブルーノも優しい人でもなかった。考えが甘かった。魔力なしがこんな生活を送ることが出来るはずがなかったのだと思い知らされた。
結局アルフォンス家の人も、ルシファー家の人も同じだったのだ。どんな所でも、同じなのだ。
セシリアは信じかけていたアルフォンス家に盛大に裏切られたのであった。
1度信じかけてしまって柔くなってしまったセシリアの心臓が嫌な音を立てながら痛みを生じた。ルシファー家にいた時よりも痛い気がした。
これから何を言われるかは、分かっている。
どうせまた魔力なしがと罵られる。
これだからと。
自分で、こんなに人ではないような扱いを受けるのは魔力なしだから仕方ないと逃げるために使うのではないもの。
確実に罵られるために使われる魔力なしという言葉は呪いのようにセシリアを侵した。
「これだから魔力なしはだめなんだ。公爵家に嫁いだからと公爵家の人間になれると思っているのか?どこに嫁いだところで魔力がないということは変わらない。調子に乗るな。これからはきちんと魔力なしとしての振る舞いをしろ。」
追い討ちのようにかけられた言葉の刃はセシリアを着実に傷つけ、切り裂いた。
セシリアの体を支配する四肢の痛みは今は感じなかった。
セシリアの耳には激しい鼓動が響く。他には何も聞こえない。
大きな拍動をする心臓がただただ辛く、身体中を巡る血が、ここから出せとでも言うように熱く、熱く主張していた。
セシリアが倒れる寸前に見たのは驚いたように紫苑が開かれるブルーノの姿だった。
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