オーバー・ターン!

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3,異星人で異性人

3-1

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 風呂から上がり、部屋に戻ると、晩ご飯が用意されていた。
 俺の座敷に置かれている卓袱台の上に三人分が乗っかっている。その前にマリネルと見覚えのある男のエスターがいた。ある程度覚悟をしていた俺は肩の力が抜けた。
 エスターは着流しというとても風光明媚な格好をしており、対してマリネルはいつもパジャマ代わり着ているスエットの上下である。胸元の熊のアップリケが虚脱感を誘う。
 未だに居間からは馬鹿騒ぎが聞こえていた。
 「焼き鳥、ピザ、唐揚げ、肉じゃが、シーチキンサラダ、それにお茶漬けって飲み屋のメニューかこれは」
 「友弥って飲み屋に行ったことあるの?」
 微かに発布剤の臭いをさせたマリネルが聞いてきた。
 「兄弟子達に、無理矢理担がれて連れて行かれたことが何回か」
 「お前を担いでいくのか?」
 「そう、いやがる俺を、無理矢理こう摘んで」
 俺は隣のマリネルの襟後ろを摘んで見せた。
 「化け物だな」
 「ああ、化け物の集団だよ」
 「お酒は飲むの?」
 「見た目が明らかに学生の俺に飲ませるほど、店のオヤジさんは無謀じゃない」
 俺達はさっさと食事を済ませて、エスターが膳を下げた。
 手伝おうとした俺を片手で制して、お前はそこにいろと指さしてきた。
 どうやら、知覚操作のことを懸念しているらしかった。俺は素直に座布団の上に座った。
 「おい、マリネル、寝るんなら布団敷いて寝ろ」
 夕飯を食べ終わる少し前から、マリネルが船を漕ぎ出していた。
 「うん、寝るー」
 そう言いながら、ふらふらと自分の座敷に戻るのを俺は追い越し、押入を空けてマリネルの布団を敷いてやる。
 「ありがとーーー、おやすみーー」
 ぽやぽやとした声で礼を言いながら、マリネルは布団に潜り込んであっさりと眠り込んでしまった。
 暫くするとエスターが戻ってきた。
 「なんだ、マリネルは寝たのか」
 手にお盆を乗せたエスターである。
 「デザートをもらったんだが」
 「なに?」
 「抹茶アイス」
 エスターが小皿を三つ卓袱台の上に置いた。
 「そりゃまた、飲み屋のデザートっぽいのが・・・・」
 「お前くうか?」
 エスターがマリネルの分の小皿を指さして聞いてきたので、俺は首を横に振った。
 「お前が食え」
 甘い物はいまいち好きではない。特に抹茶はそのまま飲むのはいいが、アイスにして美味いと感じられない。
 「・・・・うむ」
 どことなく嬉しげなエスターであった。抹茶アイス好きなのか?
 俺達は抹茶アイスを口に運んだ。
 「今はどうだ?」
 「ああ、普通に戻っている」
 「それが普通だといいな」
 「怖いことを言う」
 そう答えた俺だが、違和感が戻ってきている。それも風呂に入る以前に比べたらかなり強烈になっている。
 俺の横で抹茶アイスを口に運んでいる、着流し姿のエスターに視線を向けた。
 髪は長くも短くもない。背筋を伸ばして座布団に座るエスターはその胸元も女性特有の曲線を描いていないし、二の腕も引き締まっている。
 「先ほど、テリエに連絡した」
 エスターがこちらを振り向きもせずに言った。
 「誰?」
 「第一保健室の養護教諭」
 「ああ、なるほど、そういう名前だったのか」
 「とりあえず、連絡待ちだ」
 「連絡待ち?」
 「電話して来るそうだ」
 何時と聞こうとしたところで、気が付いた様にエスターが顔を上げ、立ち上がるとハンガーに掛けてある自分の制服のポケットから携帯電話を取り出した。
 「俺だ」
 相変わらず電話口のエスターは横柄である。
 「友弥、今晩予定はあるか?」
 エスターは携帯を耳から離すと俺に向かって聞いてきた。俺が無いと答えると頷いたエスターは通話に戻った。
 「分かった、ではその様に」
 話し終わったエスターが俺に向き直った。
 「テリエが迎えに来る、制服と寝るのに必要な物を用意しろ、最悪月曜まで隔離かもしれない」
 そう言いながら、エスターが着流しを脱ぎ、制服に手を通した。エスターは越中を身につけていた。どれだけ気に入ったんだお前は。
 「お前も?」
 「ああ、俺もだ、お前と二人で長い時間、過ごしていたからな、かなり影響が出ているらしい」
 俺も同じように制服に着替え始めた。
 スポーツバッグを押入から取り出し、着ていたスエットを放り込む。
 「月曜まで?」
 「最悪はな」
 「じゃあ、明日の着替えも持って行った方がいいのか」
 「足りなければ、明日にでもブラッゲに持ってこさせる」
 俺は着替えを一着、道着を二着、そして朝練用のランパンとTシャツを放り込んだ。
 「ブラッゲとマリネルは?」
 「二人とも軽症だそうだ。茜さんに経緯を説明して許可を貰って来る」
 そう言うとエスターは部屋を出ていった。


 二十分後、俺達は寮の門前にいた。
 「こんな時間に、大変ねー」
 春日さんが、掃き掃除をしていた。今回は和装女中服である。単純に言えば、着物の上に割烹着姿とも表現できる。個人的な意見で言えば、洋式のメイド服よりも春日さんに似合っていると思う。しかし今の俺の視線は、何よりも春日さんの頭に注がれていた。
 「そっちこそ、こんな時間に掃除?」
 「ちょっと違うけど、まあこれもお仕事の一環だしね」
 「大変だね・・・」
 そう言いながらも俺の視線は、春日さんの頭に釘付けである。
 和装には似つかわしくないフリッツヘルメットを被り、そのヘルメットには単眼式の暗視装置が取り付けられていた。
 某国の軍が使っている個人用暗視装置である。春日さんは、その暗視装置越しに俺に話しかけてきているのだ。
 確かにここいらは街灯が一つしか無く、日が暮れると足下がおぼつかないのではあるが、何でまた暗視装置なのか理解に苦しむ。というか、よくそんなもの持っていると関心もしてしまう。
 「それ、本物?」
 俺の言葉に春日さんが違うよと答えた。
 「パチモンだから、これ。でもオリジナルより性能いいのよね。あ、ちなみにこれ、私のじゃないから。変な誤解しないように。これ、サバゲー部から借りてるだけだから」
 そう言いながら、竹箒で足下を掃き掃除している春日さん。
 異様です・・・・はっきり言って・・・・
 それに、暗視装置に、パチモンだと答えられる女子高生ってなかなかいないと思うのですが・・・・何を誤解するなと?・・・・・・
 「それよりも、駆け落ち?逃避行?」
 興味津々といった顔で聞いてくる春日さん。
 「なんでそう言う発想になる」
 「そんな感じの荷物だし」
 俺は大きくため息をついた。春日さんの言いたいことは分かる。俺の荷物はスポーツバッグ一個だが、エスターの荷物は大きなボストンバッグであった。本人にはそれでも少なく済ませたそうだった。
 「友弥、来たようだ」
 俺は春日さんにじゃあねと言って、エスターの元へ向かった。
 からからと変な音を立てながら俺達の前に横付けに止まったのは、黄色っぽい色のマリネルが見たら喜ぶであろうシュビムワーゲンであった。
 第二次世界大戦中、ドイツ軍で生産されていた軍用車両である。
 特徴は四輪駆動の水陸両用であり、リアに跳ね上げ式のスクリューが取り付けられていることである。
 ついでに目の前のそれはオープントップの車体後部に折りたたみ式の幌が取り付けられており、今は畳んだ状態になっていた。
 「お待たせしました」
 左ハンドルの運転席から、テリエさんが車体を跨ぐようにして降りてきた。そう、この車にはドアがない。水に浮かぶ船のようにバスタブの様な構造となっているためである。
 テリエさんがエスターの荷物を後部座席に載せる。
 「これ本物ですか?」
 「レプリカよ、本物はマニアじゃないと維持できないし、何よりも安全面で不安が残るしね」
 いや、すでにこの形の車を選んだ瞬間にマニアの仲間入りだと思うのですが。
 「これは、形が同じって言うだけで、化石燃料車じゃないしね」
 聞こえなかった振りをして、俺はエスターがさっさと後部座席に乗り込んだので仕方なく右側の助手席に乗り込んだ。その時車の前を横切ったのだが、ナンバープレート付いてませんよこの車・・・・ここいらは私道だからか?
 俺が乗り込むと、また変な音を立てて車が発進した。
 「ところで、どこにいくんですか?」
 「特技科第一校舎」
 「それだったら、呼び出してくれれば、こちらから行ったのに」
 「荷物もあるし、何よりも、辿り着けない可能性もあるから」
 「辿り着けない?」
 「そう、目の前にある物が認識出来なくて、そのまま迷子になる可能性。だから美咲ちゃんに頼んでおいたのよ」
 誰?
 「春日美咲ちゃん、さっき一緒にいたでしょ?」
 「いましたね、春日さん、美咲という名前までは知りませんでしたが」
 「私が到着するまでに、貴方たちが門の前にいなかったら、門まで辿り着けなかった可能性があるから、あそこで貴方たちが敷地から出ているかいないかを見張っていて貰ったの」
 何となく春日さんの暗視装置の役割が解ったような気もするが、なんかすごくやばい状況にいるのか?俺達って・・・・
 確かにあのお屋敷は広いが、心身供に健康優良児だと思っている俺が、門まで辿り着けなくなるってどんな状況だ?
 悩んでいる俺を置いて車はあっという間に学校に着いた。
 夜の九時を過ぎているというのに、学校には灯りがともり、教師や事務員が歩いている。
 俺とエスターにはなじみの光景でもあった。
 毎日夜遅くまでシミュレータで居残りをしている俺達であり、学校を出るのが夜の十二時を越えることもしばしばあったのだが、その時間になっても教職員がいるのである。驚いた俺にエスターが、学校が二十四時間年中無休なのは、当たり前じゃないかと逆に不思議がられたモノである。
 その時は納得したのだが・・・・・・
 教職員玄関で俺達はスリッパを借りてそれに履き替えた。
 テリエさんがエスターの荷物を持ち、俺達を先導した先は第一保健室であった。
 ただ昼とは異なり、第一保健室には、横長のソファーが置かれている。
 「そこに座ってください」
 その言葉に従って、俺達はソファーに腰を掛けた。
 その間にテリエさんはデスクでプラッドの画面を覗き込んでいた。
 「本当ですね、特に矢田貝君はかなり凄いことになっています」
 「俺?」
 「そう、状態を今、モニターしていますけど、矢田貝君、良くそれで自我を保っていられるわね・・・・」
 「どういう事だ?」
 さらりと凄いことを言われた気がして、突っ込もうと思った矢先にエスターが聞いてくれた。しかし、その声音はまるで氷を思わせるかの如く、冷たく聞こえた。
 そのエスターに向き直ったテリエさんが恭しく、一礼をする。
 「知覚操作が極めて中途半端な状態で作用している状態では、通常なら外界と自分の立ち位置の認識に齟齬が生じて、精神を病んでしまう事が多いのです。人間は基本的に自分を中心として世界を認識しますが、自分が置かれている状況に順応出来なければ生命の存続を脅かしかねません。従って外界の状況に併せて、自分の認識も変化させようとします。しかし、自分を変化させると言っても限度があります。それでも無理矢理変化させようとして、精神的に病んでしまうのです。矢田貝君が今でも自我を保っていられるのは、信じられませんが、矢田貝君の意思の力がかなり強いということかと思われます」
 「一般論はいい、今すぐに友弥の状態を正常にしろ」
 「はい、緊急の手続きをしております」
 強気というよりかは、明らかに目下の者に命令を下す口調で話をするエスターと、それが当たり前のように振る舞うテリエさんを見て俺は首を傾げた。
 「二人はどのような関係?」
 俺の言葉にエスターの額に青筋が浮かんだ気がした。
 「友弥、お前は今危険な状態になっているんだ。理解していてもしていなくても、そこにおとなしく座っていろ」
 怒られてしまった。
 俺は改めてソファーに深く腰を沈めた。
 「後五分ほどで用意が出来ます、それとお二人に今の内に言っておかなければならないことがあります」
 エスターが無言で先を促した。
 「お二人の状態が状態なので一度全ての知覚操作を解除いたします。その場合、解除後に問題が発生します」
 「言語か?」
 「言葉だけではなく、ゼスチャーも通じなくなると考えて下さい。本来ならば機械翻訳器をお渡しするのですが、あいにくと現在手元に有りません。そして解除した後の再操作には最低でも十二時間空ける規定になっています。この間に様々な検査を行い、その後、改めて知覚操作が実施されます。今からですと、明日の昼頃に実施になると思ってください」
 「了解した」
 「それと、矢田貝君はこの国の養護教諭が現れますから、それの指示に従ってください」
 俺は頷いた。
 「そちらから、何か質問はありますか?」
 いっぱいあるが、聞いても後でと言われそうなので止めておく。
 「それではお二方は、リラックスして、良いと言うまで目を閉じていてください。よろしいですか?」
 俺はソファーの背もたれにもたれて、目を閉じた。
 キーボードを叩く音が聞こえた。
 「それではいきます」
 テリエさんの宣言と同時に、閉じた目の奥で光が瞬いた。
 「○×□△」
 「はい、ご苦労様、目は開けても良いですよ」
 聞き覚えのない声音の聞いたこともない言葉と、聞き覚えのない声音の聞いたことがある言葉が同時に聞こえて、俺は眼を開けた。
 目を閉じる前まで感じていた違和感が完全に無くなっていた。辺りの光景が如何にも自分の目で見ていると意識できるほどくっきりと写り、まるでさわやかな朝を迎えた如く頭の中が冴え渡っていた。
 「こんばんは、で、始めましてよね、第二保健室養護教諭の大西祐子よ。姉の大西茜から矢田貝君の事は聞いているますよ、ちなみに私は今の今までこの部屋にいたけど、貴方は私が知覚できていなかったってことは理解しているかしら?」
 白衣を身に纏ったぼんぎゅぽん、で優しげなお姉さんが目の前に立っていた。しかも寮母さんの妹と名乗っている。確かに目元などは、大家さんの静さんに似ている。
 「矢田貝友弥です、宜しくお願いいたします」
 俺は思わず深々とお辞儀をしてしまう。礼儀作法にうるさい祖父と祖母の教育のたまものと言ったところであろうか。
 「○×□△!」
 聞いたことが有る声音が横から聞こえたかと思うと、派手な音を立てて転倒する音が聞こえた。
 横を見るとそこには、ソファーの端に足を引っかけて転倒したと思える女性が、あられもない格好でこちらを驚愕の表示で見ていた。眼が大きく見開かれて、桜色の唇がわなないている。
女子の制服らしき物を身に纏っているので、スカートが捲れ上がり下着がばっちり見えいている。しかもその下着は・・・・・
 褌
 越中である
 「○×□△○友弥×□△!」
 友弥という単語が聞こえた。
 「エスター?」
 俺が呟くと、美少女はびくりと肩をふるわした。
 慌てた様子で筋肉お兄さんが走り寄り、美少女版エスターを助け起こした。
 筋肉お兄さん?
 この部屋にいるのは、四名。
 一人目は俺。
 二人目は俺の横で倒れていた美少女で多分これがエスター。
 三人目は俺の前に立つ大西祐子さん
 そして四人目が、筋肉お兄さん・・・・・・
 消去法で考えると、その筋肉お兄さんは、一体誰かが判断出来る。
 おいちょっと待て。
 エスターが幻覚の美少女かもしれないという心構えは出来ていたが、テリエさんが、筋肉ムキムキのお兄さんだとは予想だにしなかった新事実である。
 俺は軽い目眩に襲われた。うわ、マジですか?筋肉ムキムキのお兄さんのことを、俺はお姉さんと認識していたんですか?やばい、あまりにもやばすぎる技術であるとしみじみと身にしみて理解できた。
 「お前が、幻覚の美少年の正体か、と仰っているわね」
 俺は祐子さんを振り向いた。
 「分かるんですか?」
 「こう見えても、ステイン星系の標準言語を勉強したエリートよ?」
 「ステイン星系?」
 「デクル姫様や、フェリスレイ姫様のお国の言葉ね」
 「デクル姫?フェリスレイ姫?」
 「そう、そこにいらっしゃるのが、エスターリア・デクル・クルスト姫でエノラステイン公国第一王女殿下、ペイゼルーリエ・フェリスレイ・ノーラステイン姫様がノーラステイン公国第一王女殿下ね。お二人とも将来の国王と言うところかしら。ちなみに、王族の方々をお呼びするときには、ミドルネームで呼ぶのが礼儀とされているから、デクル姫とフェリスレイ姫と呼ぶわけ」
 あっけにとられた俺はエスターを振り返ると、当の本人と目があった。
 瞬間目を逸らせようとしたエスターが、それを誤魔化すように逆に睨むように俺を見てきた。おかげで俺も目を逸らすことが出来なくなり、結果として俺達は見つめ合う形になってしまった。
 「○×□△」
 「○×□△!」
 ムキムキお兄さん・・・・もとい、テリエさんが何かを言い、それに対してエスターが答えた。おかげで俺達は視線を外すことが出来たのでテリエさんに心の中で感謝した。
 「とりあえず、矢田貝君、私について来て。今晩寝泊まりして貰う場所に案内するから。色々知りたいことも有ると思うし、逆に色々と知っておかなければならない事も有るから、そこでお話をしましょう」
 「あ、はい、分かりました」
 俺はスポーツバッグを抱えると、エスターに視線を向けた。改めて目にする女子制服姿のエスターは整った目鼻立ちに意志の強そうな瞳、そして腰まである黒髪が似合うとても綺麗な女の子である。
 エスターは荷物を持ったテリエさんに連れられてちょうど部屋を出るところであった。
 俺は振り返ったエスターに手を振った。
 しかし、エスターは俺を見た瞬間、開いたドアに頭をぶつけた。
 「その仕草はNGかな、矢田貝君、それは言葉にすると【愛しています、愛しのあなた】と解釈されるの知っててやっている?」
 俺は固まった。
 「○×□△」
 祐子さんがエスターに言葉をかけた。
 「○×□△」
 俺を睨んで何かを言うと、エスターは部屋から出て行った。
 「私達にとっては、じゃあまたねという程度の挨拶だと伝えておいたわよ。帰って来た言葉は【紛らわしいことをするな】だそうよ」
 ありがとうございます。俺は深々と祐子さんにお辞儀をした。


 祐子さんに案内されたのは、第一校舎脇に建てられている建物の部屋であった。なんでもこの学校には教職員専用の宿泊部屋が完備されているらしく、この建物全体がその施設なのだそうだが、そもそもこんな場所にこんな建物があること自体、知覚できていなかった。
 宿泊施設が建っているのは、俺が毎朝毎晩使っている自転車置き場の隣である。
 なんか不自然な感じがする場所があっちこっちにあるなと思っていたのだが、これで納得した。
 なんでこんな所に不自然に空き地があるのか疑問に思っていたのだ。
 この部屋ねと案内されたのは、あまり広くない宿泊施設のロビーを抜け、絨毯敷きの廊下を歩いた一番奥から二番目の部屋であった。
 部屋の広さは四畳半ほどか、ベッドが部屋のほぼ六割を締めている寝室にテレビと椅子付きの簡易テーブルが備え付けられている。ベッドの手前にはユニットバスのドアがあり、ユニットバスと寝室、二つの部屋割りで構成された部屋であった。祐子さんの解説によると、ビジネスホテル並と言うことであるが、日本のビジネスホテルに宿泊した試しがない俺には良く解らない話である。
 「さて、じゃあ、次は何が聞きたい?」
 祐子さんがベッドに腰掛けて聞いてきたので、荷物を置いた俺は簡易テーブルの椅子を引っ張り出してそれに座った。そしてここに来る前に手渡された、地球人用簡易マニュアル日本人男子編という冊子をテーブルの上に乗せた。
 中身は知覚操作が解除された後、ステイン星系人と暮らしていくための生活の知恵的な事柄が簡素にまとめられた冊子である。どうやら祐子さんお手製の冊子であるらしく、冒頭にいきなり、【詳細はステイン星系ガイドブック地球人用を購入して読むこと】と書かれている。
 この部屋に案内されるまでに、俺はその冊子に目を通しながら、性別誤認ついて聞かされていた。
 俺がエスターを男と認識させられていた理由である。これが今のところ一番の衝撃の事実であった。
 それは、エスター達ステイン星系人と地球人類の外見的及び精神的特徴の決定的な差違は性別であるということに起因していた。
 ステイン星系人は外見だけ地球人類の男と女の性別を入れ替えたと考えれば理解は早いらしく、古来から女性は社会で働き、家を守るのは男の役目と考えられて来た社会だそうだ。
 男は家で家事をやっているのが未だにスタンダードな構成らしい。
 従って、男はエスター達から見たら、地球でいうところの女の子になってしまうらしく、この地球では何かと不都合が起こるため、それぞれの性別をそれぞれの生活基盤に相応しい性別に認識させて新入生の一学期は過ごさせ、互いを認め合ってからその性別知覚を正常に戻すやり方が、円滑に物事が運ぶという事らしい。
 つまりエスターは俺のことをずっと女だと誤認していたと言う訳である。
 だったら、ずっと知覚誤認していた方が良いのでは?という俺の意見に祐子さんが私も最初はそう思ったんだけどねぇと呟きながら教えてくれたのだが、知覚操作が厳しい条件で運用されているため、性別の認識交換は短期間しか認められていないということと、社会に出てからその様な事実を知らされた方が衝撃が大きいらしい。
 確かにそうかもしれない・・・・
 そう、俺は毎晩美少女と二人っきりで夜遅く帰り、一緒に風呂に入っていたのだ。
 この事実はかなりの衝撃である・・・・・
 俺が扇風機の前で素っ裸のままナニをぶらぶらさせながら、涼んでいた事をエスターは知っているし、エスターも同じ事をやっていたのを俺は知っている。
 多分エスターも今頃は顔を蒼くしている事であろう。
 ・・・・・・・ええい、知らん、過ぎ去った過去の事などに悩んでいる暇は俺にはない。
 俺はそれらの事実を封印することに決めた。

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