桜の朽木に虫の這うこと

朽木桜斎

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第3作 ドラゴン・タトゥーの少年 桜の朽木に虫の這うこと(三)

第49話 ドラゴン・ライド

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「アルトラ、ドラゴン・ライド――!」

 姫神壱騎ひめがみ いっきの肉体に、あらぶる龍の紋様が浮かびあがった。

「これは……」

 森花炉之介もり かろのすけら一同は言葉を失った。

 その龍はいまにも飛び出して襲いかかってくるかのようであり、少年の体に絡みつくそのさまは、たけだけしくもあり、また美しくもあった。

「行きますよ、森さん――っ!」

「――っ!?」

 速い、速すぎる!

 先ほどまでより、さらに。

 まさしくブーストがかかったようだ。

「くっ――!」

 空間を切り裂くがごとき剣戟に、全盲の剣士ははじき返されてしまう。

「ぐあっ!」

 後方へとしりもちをつく。

「まだまだあっ!」

「えっ、エンジェル・ダストおっ!」

「うぐっ――!」

 大量の砂ぼこりが渦となり、少年剣士の全身を包みこむ。

「エンジェル・ダスト、バイツ・オブ・ヘル!」

 塵の塊がまがまがしい悪魔の顔を形成した。

「壱騎さん!」

 ウツロが叫ぶ。

「ふふ、どうやら肉体強化系の能力のようですが、悲しいかな、わたしのエンジェル・ダストに対し、物理的な攻撃はいっさい通用しない!」

 森花炉之介は高らかに笑った。

「ぐ……」

 姫神壱騎の体から力が抜けていく。

「父、さん……」

 砂の渦の中で彼は邂逅した。

「壱騎、人間の心ってのはな、この空といっしょなんだぜ?」

「お空と?」

「そうさ、壱騎。ときどきくもったりもするけどよ、またきれいに晴れわたるだろ? 俺たちも、そんなふうに生きたいよな?」

「うん、父さん!」

 そんなふうに笑いあっていた。

「わかったよ、父さん――!」

 大空から黒雲が完全に消え去る。

「父さん、俺に、父さんの力を――!」

 少年は天に向け、剣を振りかざした。

「あれは……!」

 ウツロが思わず声を漏らす。

「悪魔の顔が、消えていく……」

 南柾樹みなみ まさきたちも同様に目を見張った。

いな、否、否……」

 長刀を中心として回転をしながら、塵の群れは文字どおり雲散霧消した。

 アルトラの強さとはすなわち、それを有する者の心の持ちように激しく影響される。

 つまりこの現象は暗に、姫神壱騎の精神力が、森花炉之介のそれを圧倒的に上回ったことを示していた。

「塵は空にのぼり、消えるものですよ?」

「バカな……わたしの、エンジェル・ダストが、破られるなど……」

 少年剣士は刀を返し、決然と言い放つ。

「あなたが負けたのは俺ではない、ご自分のお心なのです!」

「黙れえっ!」

 森花炉之介は汗もしとどに叫んだ。

 しかし残念ながら、それは「負け犬の遠吠え」そのものである。

「何が心だ! 信じるかそんなもの! そんなものがあるのならば、天はなぜわたしに、光を与えなかったのだ!? 目の見えないわたしが、どれほどの苦しみを背負ってこれまで生きてきたと思う!?」

 ウツロはハッとした。

 まるで同じだ、父のときと。

 父・似嵐鏡月にがらし きょうげつが陥っていた蒙、そしてそれを悟らされたときのあがきに。

 あのとき、俺は……

 姫神壱騎が前へ出る。

 すなわち、「あのとき」のウツロと同じことをするために。

「森さん」

 彼はやさしいまなざしを、苦悶する剣客へ送った。

 ウツロはニコリとほほ笑む。

「光とは誰かに与えられるものではない、みずからが心に宿すものなのです」

「……」

 森花炉之介は茫然とした。

 しかし、何となくわかってきたことがある。

 それはあたかも、彼の心の扉が少しずつ開いていくような感触だった。

 そうか、そうなのか、そういうことなのか。

 わかった、いまわかったぞ、鏡月……

 答えははじめからあったのだ。

 わたしの目の前に、いや、心の内に。

 鏡月、ふふっ……

 この風景を、おまえも見ていたのだな?

 この青い大空を……

「わたしはいったい、なんということを……」

 いっぽうで森花炉之介は、激しい自責の念に駆られてきた。

 自分の置かれた立場を言い訳にし、どれだけの悪行を繰り返してきたのか?

 腹が立ったら殴ればよい、のどが渇けば奪えばよい。

 そんな心持ちでいまのいままで生きてきたのだ。

 恥ずかしい。

 わたしは自分が、恥ずかしい……

 上を向いてみる。

 目視こそかなわないが、すぐそこに姫神壱騎がいることはわかる。

 かがんでいるようだ。

 そして、こちらへ手を差し出している。

「森さん、罪を憎んで人を憎まず。俺とて聖人君主ではありませんが、ここからもう一度、あゆみなおしてはみませんか? そして、今度こそは、光の当たる道をあゆむのです」

「光、光ですか……」

 彼があえてその単語を使ったこと、いまの自分には理解できる。

 ああ、鏡月よ。

 やはり、光はここにあったのだな……

 森花炉之介は姫神壱騎のほうへ手を伸ばした。

「エロトマニアあっ!」

 二人のいる場所から、激しい閃光とともに大きな爆炎が上がった。
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